Archiscape


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by S.K.
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映画『博士と彼女のセオリー』をみる

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映画『博士と彼女のセオリー』(原題:THE THEORY of EVERYTHING)をみる。あのホーキング博士の半生を描いた映画である。特に、最初の妻ジェーンとの出会いと別れを中心にそえて、人間ホーキングに焦点をあてた映画である。

わたしはホーキングの本をひとつも読んだことはなかったが、この映画をみて、彼の生き方、そして、彼の研究成果に強烈に興味をもつようになった。この映画がある程度のフィクションを含んでいるとしても、彼の人生から学ぶことは大である。最近みた映画では最も悲しかったが、最も希望を与えられた映画であった。

ホーキングはまだ、74歳。今でも、研究を続けているのだという。こういう映画もたまにはよいものである。

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# by kurarc | 2016-09-25 17:58 | cinema

グレース・ケリー

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1982年、世界的な女優が二人、それも同時期に他界している。一人は、イングリッド・バーグマン。乳がんを長い間患い、その闘いもむなしく他界。もう一人は、グレース・ケリーである。彼女は、40メートルほどの崖の上から車ごと転落し、死去するという痛ましい死に方であった。

ふたりの面影は、なにか共通するものがあり、どちらももちろん魅力的だが、わたしはグレース・ケリー派である。バーグマンの声がわたしには受け入れられないのである。そして、ヒッチコックの映画『裏窓』、『ダイヤルMを廻せ』、『泥棒成金』の中のケリーはどれもチャーミングで、グレース・ケリーはわたしにとって映画の中のアイドルといってよい存在である。

ちょうど、銀座松屋で開催されている「グレース・ケリー展」に脚を運んできた。さすがにわたしのような中年男性はほとんどいなかったが、ケリーのファンであれば、この展覧会は見ておいた方がよいだろう。彼女の衣装から趣味の押し花、身につけていた装飾品などが展示されているからだが、そのどれもが彼女らしいものであふれているのだ。

衣装は確かに普通の女性では着こなせないような一流品であるが、かといって、そのほとんどすべては、以外とシックであり、品のよいもので、真の大女優(後にプリンセス)はこういうものを選択するのかと納得できたのである。

興味深かったのはブローチで、そのどれもが動物をあしらったものであり、可愛らしいものばかりであった。これも、自然を愛したケリーらしいコレクションであった。

ケリーを主人公にした映画(『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』)が2014年上映され、フィクションとして紹介されているが、彼女はモナコ公国に嫁ぎ、そのモナコの国家存続のために、フランスと板挟みになり、腐心したことは確かであろう。

わたしは、しかし、彼女は映画女優としての道を全うしてほしかったと思う方である。ファンとしてそのように思うのはあたり前のことである。

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# by kurarc | 2016-09-22 22:12 | cinema

「とってもジュテーム」の真意

日本人が最もなじんでいるフランス語は何だろうか?最近では、お菓子やフランス料理の影響でいろいろなフランス語が流通しているが、「ジュテーム Je t'aime.」すなわち、「愛しています。」という言葉は誰でも知っている言葉の一つであろう。

しかし、この言葉には注意が必要だそうだ。もし、「Je t'aime beaucoup.」(ジュテーム ボク)と言われたらフランス語を知らない日本人はどのように感じるだろうか?直訳すれば、「とても愛している」であるが、フランスでは、「ただの友だち」的好意を意味するのだと言う。恋人関係になる気はないとの警告なのだとか。(『「とってもジュテーム」にご用心』、飛幡祐規著、晶文社より)

フランス語では、過剰な修飾、強調には注意が必要らしい。また、簡素な言い回しでもその真意となると定かではないのだそうだ。「彼(彼女)はやさしい。」と言った場合、日本語では誉め言葉の内にはいると思うが、フランス語では、女性が「彼、ほんとうにやさしいわ」と評したら、やさしいだけで恋人には物足りないというニュアンスのことが多いのだそうだ。

フランスでは純真さはもてはやされない。どうもひねくれた文化らしい。こうしたことがわかってくると、言葉を学ぶことが一段と興味深くなる反面、同時に、注意深く学ばねばならないことがわかる。



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# by kurarc | 2016-09-21 23:12 | France

子供用椅子のデザイン完了

K市の後援を主とするコンペに子供用椅子のデザインを提出した。

デザインを開始してからおよそ2ヶ月、小さな椅子ではあるが、2転、3転しながらようやくかたちをまとめることができた。今回は、販売価格が低価格ということもあり、かなり合理化されたデザインとした。いつもデザインを始める前に参照とするデザイナーの仕事というものはあるが、今回はオランダの近代建築家リートフェルトである。

まだ、締め切り前ということもあり、多くのことを語ることはできないが、当初のデザインからこれ以上簡素にできないのでは、と思われるくらい簡素な椅子をデザインすることになった。

「子供用椅子の原形のようなもの」を目指したといってもよい。素人の方からみれば、どこをデザインしたのだ、と言われかねない椅子と見えるかもしれない。普通の椅子だが、この椅子は見えないところまで考え抜かれているつもりであり、自分としては満足している。

コンペの結果はどうでもよいことで、こうしたデザインをまとめあげるトレーニングとして、自分に課題を課せることが重要なのである。自分の納得のいく「かたち」(もちろん、コンセプトにおいても)にまでデザインするというトレーニングを何度も繰り返し行うことで、さらに優れたデザインの考えが浮かぶようになるからである。

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# by kurarc | 2016-09-18 21:23 | design

次はイタリア語か

ロマンス諸語の学習を逍遥している。現在はフランス語である。ルーマニア語は失礼なことではあるが、学習してメリットがありそうもないので、パスさせてもらうことにするとして、最後はイタリア語である。

本来であれば建築を学ぶものとして、イタリア語は必修の語学であるが、わたしは意識的にさけてきた。それは、正直イタリア語の音がわたしには心地よく響いてこなかったことによる。通常、イタリア語の響きは美しいというように感じる人は多いと思うが、わたしには今でもそのようには感じられない。母音をはっきり発音し、日本語の母音に近い音であることにも抵抗があるのかもしれない。

しかし、イタリア語の学習はさけられそうにない。わたしの最も敬愛する建築家ブルネレスキの国の言葉であり、建築を学ぶ上でイタリア語の知識は欠かせない(音楽を学ぶ上においても)からである。

最初の海外旅行のときにも、イタリアは1ヶ月半という時間をかけて、北はミラノから南はシチリアまで旅した。他の国にこれだけの時間をかけたところはない。もっとも感動し、刺激を受けた国であったと思う。それでは、なぜ初めにイタリア語を勉強し、遊学しなかったのか。それは、わたしの世代は、すでに多くの人がイタリア赴くことは一般化していたから、それをさけたことが大きい。

建築をやる人間は、多くの人がイタリアの建築事務所に勉強に行く。すぐれたデザイナーが多くいるからあたり前のことだが、わたしはその一人になりたくはなかった。滞在するのにお金がかかるということもあった。少しでも長く滞在するためには、スペインやポルトガルのような、当時物価の安い国を選択せざるを得なかったこともある。

ポルトガル語の学習からはじめたが、それは、スペイン語、フランス語を経て、イタリア語を学ぶ基礎をつくってくれた。ポルトガル語を学んだことが、最後にはイタリア語を学ぶ道を切り開いてくれたのである。少し(大分)遠回りをしただけのことである。

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# by kurarc | 2016-09-16 23:26

ビクトル・ハラ

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このブログで少し前に紹介したCD『In maggiore』で、不覚にもわたしは初めてビクトル・ハラについて知った。今日、または明日は、ハラが1973年9月に起きたチリでのクーデターの際、軍部により虐殺された命日にあたる。

ちょうど、いつもの通り、アマゾンで購入した古本『平和に生きる権利』(ビクトル・ハラ著、濱田滋郎著・訳、横井久美子著)が届いた。先日のパオロ・フレスらのコンサートはその時期としても、タイムリーであったことになる訳である。

届いた本の中にはCDと彼の歌の歌詞(スペイン語)と濱田氏の訳、楽譜が含まれている。ハラのスペイン語は非常にわかりやすく、わたしでも読解できるほどである。ハラは、この歌とギターを武器として戦った詩人であり、歌手であった。

1972年12月5日、ハラが総指揮をとった国立競技場で、パブロ・ネルーダのノーベル賞授賞祝典が行われたのだと言う。そのおよそ9ヶ月後、ハラは同競技場で虐殺された。40歳であった。

*写真は、ビクトル・ハラの墓。(wikipediaより)

*フレスのCDの中に採録された曲は、ハラの『Te recuerdo Amanda』(アマンダの想い出)。フレスのCDは、もしかしたら、ハラに出会うためのものだったのかもしれない。



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# by kurarc | 2016-09-15 21:29 | music

木にさわる

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『つばめが一羽でプランタン』(飛幡祐規著、白水社)を読んでいる。フランス語の格言を集めたような本であり、格言から現代のフランスの様相をとらえようとしたエッセイ集でもある。

本のタイトルは、下のようなフランス語の格言で、

Une hirondelle ne fait pas le printemps.

直訳すれば、「つばめが一羽いるからといって春が来たことにはならない」であり、そこから、「物事の一部、一例だけを見て、全体を推し量ってはならない」という意味を表現していると飛幡氏は書いている。

こうした興味深い格言が35文掲載されている。その中で、「木にさわる」というものがあった。わたしは、この格言、金言のような言葉を知ってまず思い出したのは、映画『ふたりのヴェロニカ』のラストシーンである。ヴェロニカは車の中から自宅にある木にさわり、父親の姿が映され幕が降りる。このシーンは、映画の冒頭での幼少期の植物の体験の映像に回帰することをも想像させるが、フランスで「木にさわる」とは、一種のおまじないであり、「悪運をはらいのける」ことであるという。

Touchons du bois.

が、そのフランス語である。その他、左足で犬の糞を踏んづけると縁起が良いとされ、ガラスを割ると福をもたらすなど、奇妙な言われもあるのだそうだ。逆に縁起の悪いといわれるものは、家の中で傘を開くこと、梯子の下をくぐること、パンを裏向きに置くこと、鏡を割ること・・・etc.

科学的精神をよしとし、ライシテ(非宗教)を旨とするフランスも、おまじない、お守りが大好きらしい。どこかの国の人とよく似ている。

*ちなみに、著者は女性である。

*この「木」とは、trique(棍棒、男性性器を隠喩)を象徴するものでもあるそうだ。

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# by kurarc | 2016-09-13 21:30

パオロ・フレス(Tp)+ダニエレ・ディ・ボナベントゥーラ(Bn)

ECMレーベルのCD『In maggiore』はタイトルの二人、トランペットとバンドネオンの二重奏による。イタリア語によるタイトルの意味は多分、意訳すると「大人のための音楽」といったような意味を表現したかったのではないかと思う。

幸運にもイタリア文化会館でその生演奏を聴くことができたが、それはCDを遥かに超えるものであった。CDの録音は2014年5月、イタリア、ルガーノにおいてだから、この2年の内に、彼らの音楽が成熟する時間があったのかもしれない。

CDの中にライナーノーツのようなものが一切ないため、このCDの製作経緯は不明だが、そのようなことはどうでもよいことで、トランペットとバンドネオンがこれほど相性のよいものかということにまず驚いたことと、二人の演奏にも関わらず、リズムが正確に刻まれると同時に、間合いにおいても息が合ったすばらしい演奏であった。さらに、二人の音の切れ味の良さにも驚いた。イタリア人の、あるいはラテン人のもつシャープさというものを思い知らされた。

イフェクターを使用したパオロ・フレスのトランペット(フリューゲルホルン)は、トランペット音楽の表現の可能性を広げ、かといって、生のトランペット音と全く異質な音とは感じられなかった。わたしがこの場で最も言いたいことは、わたしは彼らのような音楽をやりたい、と思ったことだろう。クラシックでもなく、ジャズでもない、エスノ・コンテンポラリー音楽のような言い方になるのだろうか?今までに聴いたトランペット音楽の中で最も優れた音楽であったといってよいだろう。
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# by kurarc | 2016-09-11 23:56 | music

子供用の椅子(その2)

子供用の椅子のコンセプトがほぼ固まってきた。価格がかなり低価格であることから、大袈裟なデザインはできないが、かといって、貧しいものにしてはいけない。そのバランスが問われることになる。

子供用の椅子を考えていて興味深いのは、通常の大人の椅子の強度は要求されないことからくる自由さであろうか。材と材の接合などもかなり自由に考えてかまわない。しかし、耐久性、安全性は最重要課題となるから、その面は表現としてデザインに結びつけなくていはならない。

そういえば、『星の王子さま』の挿絵(下 一部)のなかにも、かわいらしい椅子がいくつか登場する。子供用の椅子は大人の椅子の高さの二分の一程度。ほんとうにかわいい大きさである。わたしのデザインの中で初めて「かわいい」をデザインしていることになりそうである。
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# by kurarc | 2016-09-08 23:06 | design

外国語を1日で学ぶ

フランス映画や映画のシナリオの理解、さらに、フランス文化に対する興味のため、フランス語を学び始めておよそ8ヶ月が過ぎた。当初予想していた進み具合まではいっていないが、フランス語の先生と月2回学習している。フランス語は、もしかしたら今まで学んだ外国語の中で最も学習しやすい外国語のように思えてきた。

それはなぜか。第1に、多くの学習書、辞書が豊富にそろっていること。そして、その学習書をつくっている著者がフランス文化に対して並々ならぬ愛着をもっていること。第2に、フランス映画、フランス音楽など、語学を学ぶためのサブテキストとなるような教材に事欠かないこと、そして、フランス語文法が非常に洗練されていて、明解であるからである。

8月には、「星の王子さま」をベースにしたフランス語入門書を一通り通読した。そして、この通読をいかに早くできるかが語学の習得には欠かせないように思う。わたしが通読した語学書は157ページであり、この分量であれば1日で読むことができる分量である。つまり、この学習書を1ヶ月かけてこつこつやるのではなく、1日で読み通すことを4〜5回やった方が語学の習得に効果があるように思える。(ポルトガル語、スペイン語、フランス語などロマンス諸語の言語の文法はほぼ共通しているので、一つだけでなく、複数を学ぶことで理解しやすくなる)

以前にもこのブログで書いたと思うが、語学の習得は、なるべく早く言語文法の全体像をおぼろげながらもつかむことが大切である。よって、日本にいて、1年かけて文法を学ぶようなことは避けた方がよい、というのがわたしの持論である。海外に1年いれば、1年間語学漬け状態を維持できるが、日本にいたのでは、それはほぼ望めない。ならば、1日ですべてを学ぶくらいの集中が必要である。全体をつかみ、その後、部分、ディテールを学習していくのである。

語学は1日で学ぶことができる分量の学習書からまずは始めるのがよいのではないか?

*白水社のニューエクスプレスシリーズ、または、言葉のしくみシリーズは、おおむね150ページ前後であるから、これを、1日で読んでしまう。わからなくてもかまわない。それを、少なくとも3回以上続ける。発音の学習は、1日では無理であろう。これは、根気よく続けるしかない。それでも、なるべく早く発音の体系をつかむことが大切である。



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# by kurarc | 2016-09-03 23:37 | France

映画『冬冬の夏休み』

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仕事帰り、早稲田松竹(高田馬場)にて、候孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の映画『冬冬(トントン)の夏休み』をみる。早稲田松竹は高田馬場に残るいわゆる名画座。久しぶりに訪れたが、内部は改装され、椅子も大きめの余裕のあるシートであり、名画座にしては、落ち着いて映画を観ることができた。最終上映は、800円であるからなのか、観客数も老弱男女問わず、60%以上は埋まっていたように思う。

候孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の映画は、『恋恋風塵』、『悲情城市』の二つが特に好きであり、わたしの映画のベストテンの中に二つとも入る映画といってよい。今回、『冬冬の夏休み』は初めて観たが、先の2作に先行する映画であり、映像、シナリオは荒削りなところもあるが、候孝賢の映画の原石のようなものを感じた映像であった。

また、この映画が製作された1984年は、わたしが初めて台湾を訪れた年と重なり、その台湾の映像がなつかしかった。台湾では、夏休みに入る前が、学期の終わりであるという。この映画は、その学期が終わり、ある兄妹がおじいさんの家で暮らす夏休みのひと時を描いた映画である。瑞々しい台湾の光景が眩しい映画であり、その光景は、沖縄や日本の光景と重なりながらも、微妙に異なる。

詳しく語るのはやめるが、この映画に登場する狂人のような女性を挿入したシナリオに、並々ならぬ候の才能を感じた。この女性を映画の全体に登場させることで、この映画のストーリーは、映画としてのリアリティを確かなものにしている。今度はDVDで、ゆっくりと味わいたい映画である。

*原作・脚本の朱天文(チュー・ティエンウェン)の母方の祖父の家で、実際に医院だった日本家屋がロケ地として使われた。外省人の父親と本省人(客家系)の母親を持つ朱天文の体験が元になっている。(Wikipediaより)
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# by kurarc | 2016-09-03 00:07 | cinema

NOUGAT NOIR

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フランス語の先生より、「NOUGAT NOIR」(ヌガー・ノワール)をいただく。日本語でいう(黒い)「ヌガー」である。袋には「TENDRE」とフランス語で記されている。「ソフトな、やわらかい」ヌガーということである。

ヌガーというお菓子は日本では最近、あまり食べられることはないかもしれない。wikipediaによれば、もともとはアラブのお菓子(ハルヴァ)であり、それが中国に伝わり、その後、またフランスに伝播、南フランスの名物菓子となったようである。このヌガーの蜂蜜は”Luberon”という土地のラベンダーの蜂蜜が使われている。

蜂蜜とナッツ(フランスではアーモンド)がその主原料であり、蜂蜜がどの程度の割合で入っているか、どのような質の蜂蜜かが質を見極める決め手になるようだ。早速、食後にいただいたが、今までに食べたことのないような素朴なヌガーで、甘さも控えめで美味であった。

お菓子は素朴なものほどよい。

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# by kurarc | 2016-08-31 20:17 | France

DALEKO 遥か遠くへ

アナ・マリア・ヨペクのCD『ID』を電車の中で久しぶりに聴き直した。このCD内の曲はどれも魅力的だが、今回は、最後の「DALEKO」というアナの多重音声とノルウェーのジャズピアニスト、トルド・グスタフセンとのデュオの曲にひきつけられた。

電車の中で、一瞬、時が静止したかのような時間を感じ、アナ・マリア・ヨペクの世界に引き込まれた。繊細なメロディーとアレンジ、そして、グスタフセンのクリアなピアノ音がすばらしいのである。この曲は、CDレコーダーで聴くよりは、より精度の高いヘッドホンで聴く方が適している。

日本人ミュージシャンのつくるメロディーに繊細さを感じることはめったにない。いつからかは思い出せないが、いつの間にか日本人ミュージシャンの音楽を聴くこともなくなった。彼女のCDを聴いていると、それもやむを得ないと思えてならない。たった4分30秒ほどのこの「DALEKO」(ダレコ ポーランド語で遥か遠くへの意)という一曲を聴くだけで、「遥か遠く」の世界へ導いてくれるからである。

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# by kurarc | 2016-08-30 23:35 | music

映画『最初の人間』をみる

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イタリア人映画監督、ジャンニ・アメリオの映画『最初の人間』を観た。2012年、岩波ホールで公開された映画だけあり、名画であった。

原作は、カミュの同名最期の小説である。自動車事故で亡くなったカミュの鞄の中から原稿が発見されたという小説であり、その不完全さから出版の是非が多くの知人、近親者によって議論されたあげく、出版にこぎつけた小説だという。わたしは、この小説を読んではいないが、カミュの自伝的小説であるだけに、興味をもった。

カミュの貧しい少年時代と現在(1957年当時)が折り重ねられて描写された映画であり、大きなクライマックスのようなものもなく、淡々と映画が進行していく。少年時代、カミュの同居人には、文字を読める家族がいなかった。母親は病院に勤務していたが、文字が読めなかったため、看護師になることもできなかった。しかし、カミュは友人たちには看護師である、と告げていたらしい。(映画の中での話)

撮影はアルジェで実際に行われた?ようで、アルジェのカズバ(メディナ、旧市街)が登場し、その入り組んだ街路の延長上に地中海がかすかに望まれていた。アルジェリア側から望む地中海は、日本で言えば日本海側と重なり、同じ地中海でも、ヨーロッパ側からの開放性は感じられない。むしろ、理性的な海を感じる。わたしがアルジェの街を歩いたのは、1985年のことだが、映画の中のアルジェの光景は、全く変化がないようであった。

カミュは、彼の才能を察知した小学校時代の恩師ルイ・ジェルマンによって、奨学金の制度を使い、学業を続けられることになった。生まれてすぐに父を失ったカミュは、この教師を第2の父として尊敬し、映画の中にも描かれている。ノーベル賞を受賞した翌日、ルイ宛に手紙を書いており、その手紙は、小説『最初の人間』の中に補遺として収録されている。

最後に、この映画音楽を担当したフランコ・ピエルサンティの音楽が、当時のアルジェリアの状況やアルジェリア側から望む地中海の様相(わたし個人の勝手な主観であるが)を巧みに表現していることに好感がもてた。

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# by kurarc | 2016-08-28 10:56

Chanson de L'adieu

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"Chanson de L'adieu"は、ショパンの「別れの曲」と呼ばれる名曲の日本名である。この曲の導入部のメロディーをトランペットの練習曲として活用したいと思っている。

低音からはじまり、高音まで幅の広い音域の練習と、スラー、リップスラーの練習には最適の曲である。わたしがもっていたトランペットの楽曲集にたまたま楽譜が掲載されていたこともあるが、原曲の音域のままトランペットで吹くことができるようにアレンジされている。

フランス語で、「L'adieu」(「ラディュ」の音に近い)が使われているように、この別れは、永遠の別れを意味すると考えてよいだろう。ショパンに即して考えれば、それは祖国ポーランドとの別れということになろうか。「L'adieu」はポルトガル語では、「Adeus」であり、「神のご加護がありますように」といった意味を含んだ「さようなら」になる。ショパンは、この曲を「別れ」をテーマに作曲したということではない、ということは念のため押さえておかなければならない。

この曲を日本で「別れの曲」という言い方に定めたのは、1935年に日本で公開されたドイツ映画であったという。(但し、日本ではフランス語バージョンが公開されたという)ショパンの生涯をテーマとした映画が「別れの曲」というタイトルであったことから、日本でこの曲をこのように命名するようになったらしい。(wikipediaより)このドイツ映画、観ることが可能であるのなら、是非観てみたいものである。(映画は、ショパン生誕200年の年、DVDが発売されたとのこと。)

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# by kurarc | 2016-08-26 23:39 | trumpet

子供用の椅子

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子供用の椅子のデザインを考えている。子供用といっても、小学校へあがる前の3〜5歳の子供用椅子である。

小学生の頃使用していた椅子(上写真のような椅子)は今でも強く印象に残っているが、重くてごつい椅子であった。一点だけよかったのは、それが無垢の材料でつくられていたことくらいで、多くの生徒はクッションを持参して、お尻の痛さをしのいでいた。

現在は、合板とスチールパイプでつくられた椅子を大半の学校が採用していると思うが、この椅子も長時間座ることに耐えられるようなデザインではない。以前もこうした椅子についてこのブログで書いたと思うが、こうした椅子で机に向かって勉強しろ、というのは拷問に近い。

一方、デザイナーたちは、今まで子供用の椅子を真剣に考えたものはごく少数のように思われる。椅子の作品集をみても、大人の椅子ばかりであり、子供用の椅子で名作といわれるようなものは思い浮かばない。商品化すれば、保育園ほか多くの需要があると思うが、こうした備品に多くの経費をかけられるような保育園も皆無に近いのだろう。

子供用の椅子を考えるにあたり、まず驚くのは、そのスケール感である。座高はおよそ200mm。大人用椅子のおよそ1/2であり、このスケール感をつかむのには苦労する。日常的に、大人たちのスケールでものを見ている証拠であり、反省すべき点が多い。世の中のすべてのものは、通常、大人たちのスケール、ものの考え方でつくられている。そうした視点を転換する上においても、子供用の椅子を考えることは役に立つ。

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# by kurarc | 2016-08-24 14:32 | design

久我山から人見街道、連雀通り、さくら通りへ

今日は仕事帰り、渋谷から井の頭線で久我山で下車。久我山から三鷹駅南口行きバスに乗り、帰宅した。もちろん、通常は吉祥寺まで井の頭線、その後中央線に乗り換えて三鷹駅まで行く。たまに、井の頭線で帰宅するときには、久我山で降りたくなることがある。久我山から三鷹駅南口行きのバス便があるためである。

久我山から三鷹までは、人見街道、連雀通り、さくら通りを経て、自宅近くのバス停で下車する。この街道、通り沿いは、わたしが中学時代によくでかけたエリアであり、途中、母校の中学校の前を通過、自宅近くも通過し、現在の住まいへとつながって行く

人見街道は、杉並の大宮八幡宮と府中をつなぐ街道であり、バスに乗っていても古い街道であることはわかるが、整った街道ではない。しかし、中学時代によくこの付近を自転車で通り、友人の家へ遊びにいったりしているので、懐かしい記憶がある。また、環状八号線を使い車で帰宅するときには、この人見街道を下って帰っていたこともあり、見慣れた街道でもある。

この街道を初めて車で通過しても、なにも感じないような地味な道だとは思うが、記憶というのは興味深いものである。この街道をバスの中から眺めていると、40年以上前の記憶が甦って、当時の光景が浮かんでくる。つまり、人は、誰一人として同じ場所を見ても、同じ光景を見てはいない、ということなのである。

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# by kurarc | 2016-08-23 23:26 | 三鷹-Mitaka

映画『イマジン』再見

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ポーランド人の映画監督、アンジェイ・ヤキモフスキの『イマジン』を再見。およそ、2年前に観た映画だが、TSUTAYAでDVDがレンタル開始されたこともあり、手に取った。

この映画は、リスボンを舞台とし、視覚障害者の世界を描いた映画である。再度2年前と同じように感じたのは、リスボンという都市のランドスケープやテクスチャーを背景に、巧みな演出がなされているということである。

アズレージョと呼ばれるタイル、カルサーダ(シュ)と呼ばれる敷石の街路、動物たちの奏でる音、そして、この映画の主題となる都市のサウンドスケープが映画の中でさりげなく表現に取り込まれている。そして、今回新たに気づかされたのは、わざわざ英語とポルトガル語という2重の言語を台詞に含ませることで、言語の音感、ニュアンスの違いまで表現に取り入れているということである。この映画でわかることだが、ポルトガル語は英語に比較して、発音がしなやかであるということ。そうした言語のニュアンスの違いを、「視覚のない思考」、「音」を主題とした映画の中で利用しているのである。

ヤキモフスキは、1990年代後半にリスボンを訪れ、この映画の構想(港が近くにありながら、そのことを感じさせない都市景観があること)を思いついたということだが、そのときには、都市景観の特徴だけでなく、重合した都市のテクストのようなものを同時に感じとったに違いない。さらに、ヴェンダースの映画『リスボン・ストーリー』も音を副題にしていたので、ヤキモフスキにヒントを与えたのかもしれない。

この映画は、リスボンを舞台にした名画として、『過去をもつ愛情』、『白い町で』、『リスボン・ストーリー』などの映画と共に確実に映画史に刻まれると言ってよいだろう。

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# by kurarc | 2016-08-21 21:32 | cinema

100分de名著 サルトル 実存主義とはなにか

このところ、フランス文化を学んでいる。20世紀のフランスといえば、やはり、サルトルは外せないだろう。サルトルの著作をまじめに読んだことはないが、まずは、実存主義についての理解のため、NHKのテレビテキスト、『100分de名著 サルトル 実存主義とはなにか』(海老坂武著)を読んだ。

この小著は、タイトルの通り、実存主義についての概要を把握するのに役に立ったが、それ以上に興味をひいたのは、サルトルの生涯である。わたしがイメージしていた哲学者の生き方とは異なり、やはり普通ではなかった。

斜視という身体的な欠陥があったにもかかわらず、サルトルの生涯はそうした負の側面が全く感じられない。むしろ、負の側面を、どのように反転させるかを考え続けている。ボーヴォワールとの契約結婚では、お互いの自由を貫いている。お互い愛人をつくりながらも、サルトルは激しい嫉妬はしていない、という。ボーヴォワールに関しても、わたしのイメージは覆された。彼女はバイセクシャルであったのだという。

こうした生々しい人間関係の中においても、サルトルは哲学すること、小説という創作を怠ることはなかった。なにかを所有することを嫌い、稼いだお金は使い果たし、晩年にはお金に苦労し、出版社に前借りまでしていたらしい。

哲学者とは、机の上で頭を抱え込んで思索するような人間ではなく、人間という実存についての可能性を突き詰め、行動していく人間のことを哲学者というのだろう。フランス語の感覚が少し身に付いてきたこともあるが、サルトルのキーワード、アンガジュマンといった用語もすんなりと理解できるようになった。

今、サルトルから何を学ぶのか。まずは、サルトルの言う、「人間は自由の刑に処せられている」という考えを考え抜いた先達の思索を一つ一つ噛みしめてみることであろう。

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# by kurarc | 2016-08-21 00:27

イタリア人トランペット奏者 パオロ・フレスが聴ける

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イタリア文化会館からメールマガジンを受け取っている。様々なイベントの紹介を月1〜2回程度知らせてくれる。このところ、時間があればこうしたイベントに参加している。

先日、このブログで紹介したレオナルド・ダ・ヴィンチに関する講演会もそのイベントの一つであった。今回は、イタリアのトランペット奏者パオロ・フレスほかのコンサートの紹介がメールされた。現在、最も興味のあるトランペット奏者であり、さらに、こうしたコンサートが無料で参加できることもありがたい。

今年は、イタリアとの国交150周年ということもあるのかもしれないが、来日するメンバーの選定がよい。このイベントで聴いたイタリアのトランペット奏者ファブリッツィオ・ボッソに続き、パオロ・フレスの演奏を是非楽しみたいと思っている。

*以下に、イタリア文化会館のHPに紹介された奏者のプロフィールを紹介しておく。

プロフィール

パオロ・フレス Paolo Fresu トランペット

世界的に髙い評価を受けているイタリア人ミュージシャン。年200回以上のコンサートを開き、数多くのCDをリリースしている。手がけるジャンルは民族音楽や軽音楽からバロックまでで、著名なミュージシャンと共演し、ジャズやクラシック(RAI国立交響楽団など)のオーケストラからソリストとして招かれるなど、活動の幅は非常に広い。

フレスは11歳のとき生地のサルデーニャ島ベルキッダの楽団でトランペットを始める。サッサリ音楽院で学んだあと、カリアリ音楽院を修了する。その間にプロ活動を開始したことがきっかけで、1980年代初めにジャズの世界に入る。その時期ブルーノ・トンマーゾの指導のもとRAI でスタジオ録音をし、シエナのジャズセミナーに参加するなど評価されるようになる。1988年にはベルキッダにフェスティバル‟タイム・イン・ジャズ“を創設した。同フェスティバルは2015年に28回を迎え、ヨーロッパの主要なジャズイベントの一つとなっている。その他ヌオロのジャズセミナーの芸術監督と講師でもあり、ベルガモ国際フェスティバルでは監督を務めた。さらにダンサー、画家、彫刻家、詩人、ドキュメンタリーやビデオの監督等と組んでマルチメディアの企画とコーディネートをしている。2010年には、自らのレーベルTuk Musicを作った。


ダニエレ・ディ・ボナヴェントゥーラ Daniele di Bonaventura バンドネオン

マルケ州フェルモ生れ。ピアノ、チェロ、指揮を学び、作曲で学位を取得。ピアニスト、バンドネオン奏者、作曲家、アレンジャーとして、クラシックから現代音楽、ジャズからタンゴ、民族音楽までと幅広いジャンルをこなし、演劇、映画、ダンスの分野でも活躍している。イタリア内外のフェスティバルで、各国のメジャーのミュージシャンと共演する。2003年にマルケ州フィルハーモニー交響楽団から委嘱をうけ、バンドネオンとオーケストラのための組曲を作曲、演奏、録音した。

2014年にはエルマンノ・オルミ監督の映画「緑はよみがえる」のサウンドトラックで演奏を担当。50以上のCDをリリースし、その多くは世界的にも高く評価されている。パオロ・フレスとの結びつきは強く、ふたりで、コルシカ島のヴォーカル・グループ‟A Filetta”も加わったアルバム‟Mistico Mediterraneo”や、ディ・ボナヴェントゥーラがバンドネオンとピアノの演奏をする二枚組CD‟Nadir”を生み出している。さらにパオロ・フレスとは2015年にCD“In Maggiore”(ECM)をリリースした。


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# by kurarc | 2016-08-19 21:54 | trumpet


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