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偶然 人の生のシナリオ

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最近、このブログで浅井忠という画家についてふれた。その浅井について調べていると、太宰治の娘で作家の太田治子さんが浅井忠についての本『夢さめみれば 日本近代洋画の父・浅井忠』という本を出版されているので、いつものとおり古本で購入した。

この本を読み進めながら、驚いたことがある。わたしは名刺を銀座2丁目の中村活字という印刷所でつくっている。その店の近くに銀座としては珍しい出し桁造りの町家(上写真)があり、その写真をいつも名刺をつくりに行く帰りに何気なく撮影していた。先日、新しく移る事務所の名刺を受け取りに行ったときも、この町家の写真を撮影していた。

そして、その後、太田さんの本を手に取って読んだのだが、この町家のことが文章の中に現れたのである。中村活字やこの町家がある辺りは浅井が生まれた江戸・木挽町で、浅井忠が生まれた木挽町佐倉藩邸があったのもこの辺りだというのである。

わたしはこの文章を読んでいて、あまりの偶然の出会いの結びつきに寒気がするほど驚いたのである。このブログでは、よくこうしたことを書いていたが、これほど思いもかけないことがつながって行くことにもはや偶然とは思えないとすら感じるようになった。

人の一生はもしかしたらすでに一つのシナリオが書かれていて、そのように人は生きているのではないか、とすら思えてくるのである。人の出会いや別れもすでに決まっているのかもしれない。そう考えると、慌てることもないし、迷うこともない。ただ、ありのままに生きればよい、ということかもしれない。

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# by kurarc | 2017-01-19 21:18 | books

建築の中のカオス

お手伝いしている大規模な建築がかたちをなしてきた。この現場に通いだしておよそ1年7ヶ月が経過し、竣工を今月末にひかえ、様々な想念が頭の中を駆け巡っている。その中で最も強く印象づけられたのは、建築がカオスから秩序づけられ、かたちづくられていく様である。

住宅のような小さい建築の仕事からは、そのような印象は現れないが、竣工前の6ヶ月くらいは未だにかたちのみえない化け物のような様相の物体が、3ヶ月前、1ヶ月前と竣工に近づくにつれて、かたちが現れ、カオスから秩序を持ったかたちへと収束していく。建築に携わり、この時を迎えられるのをずっと待ち望んでいた。

建築をつくるとは、いわば先の見えないトンネルを掘り続け、ある時期にふと明かりが見え始める、そんな仕事なのである。その明かりが見えるまで、暗闇の中を少しづつ歩いていかなくてはならない根気のいる仕事である。

古来、巨大な建築を建設してきた権力者たちは、巨大な建築がもつこうしたカオスを利用してきたのだと思われる。労働者をカオスの中に導き、そのカオスから抜け出させるために、膨大な労働を強いる。労働者に目標と理想を与え、カオス的様相をもつ人間の意思を一つの方向に向かわせたのであろう。人は、建築に参加することで、一つになる。

そして、こうした統一は、巨大な建築でなければなし得ない。ピラミッドや様々な神殿、宗教建築が巨大であることは偶然ではない。権力者たちは巨大でなければならないことを理解していたのである。現在、権力者のかたちも変化したが、建築に携わる人間とものとの格闘は、今も昔も変わらないのだと思う。巨大な建築の中で、人は何千年も前のカオスと同じ経験を味わうことになる。

わたしは巨大な建築からずっと遠ざかってきたものであるが、今回、このプロジェクトに参加できた経験から、建築を全く今までとは異なる視点で考えられるようになった。建築は一つの世界ではないのである。やはり、いろいろ体験することは人を変えてくれるものである。

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# by kurarc | 2017-01-14 23:12

Biel(ビェル) 白へのオマージュ

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アナ・マリア・ヨペクと小曽根真とのCD『俳句』を購入した。今まで、アナのCDにはポーランド語の日本訳が掲載されていなかったが、このCDには幸い、日本語訳が掲載されている。もっと早く気づけばよかったのだが、今まで彼女が歌うポーランド語の意味を知りたくて仕方がなかった。

このCDの中の5曲目に入っている「Biel」(白の意)は、大好きな曲であった。あった、と書いたのは、パット・メセニーとつくったCD『UTOJENIE』の中の3曲目にも入っていて、以前からよく聴いていたからである。

この曲は、パット・メセニーのためにつくったと、作詞作曲者のマルチン・クドリンスキが『俳句』のライナーノーツに書いている。さらに興味深いことは、この曲の詩を「和泉式部の和歌からインスピレーションを受けて書いた」ということである。

待つ人の 今も来たらば いかがせむ 踏むまま惜しき 庭の雪かな

という和歌であるという。庭に積もった雪の美しさを詠んだ和歌だが、この曲では、その雪の白い色の美しさ、世界の初源としての色を讃えている。そうした内容の詩であることを知ると、いっそうこの曲が好きになった。

この曲を鑑賞するのにふさわしく、ちょうど白い季節が訪れようとしている。

*ちなみに、作詞作曲者のマルチン・クドリンスキは、アナの夫であるという。主に、彼女のプロデュサーを担っているようだ。

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# by kurarc | 2017-01-13 22:04 | music

豆菓子

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豆(あるいは種)が大好きである。毎日なんらかの豆や種を食べている。スープには必ず大豆を入れるし、家のガラス瓶にはいつもアーモンドやカシューナッツ、ピーナッツほかをミックスしたものを常備している。

先日、有楽町駅前の交通会館の中にある地方の物産を販売している店で、「塩豆」という菓子が目に入り、購入した。長崎五島のとっぺん塩(「とっぺん」はてっぺん、一番の意味とのこと)によって味付けされた豆菓子は美味であり、食べ始めると止まらない。

この「とっぺん塩」も気になる。ゲランドの塩がほとんどなくなりかけているので、今度はこの塩でスープをつくってみるか。

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# by kurarc | 2017-01-12 21:43 | gastronomy

オムニバス映画

仕事が忙しくなってきた。このようなときには映画を楽しむ余裕すらなくなってくる。しかし、幸いオムニバス映画というものがある。15分程度の物語りをいくつか収めた映画だから、ちょっとした時間があれば映画を楽しむことができるのだ。

アントニオーニ監督+ヴェンダース監督の『愛のめぐりあい』の中の第4話「死んだ瞬間」は、何度みたかわからない。この映画が好きなのは、舞台がエクサン・プロヴァンスであることが大きい。初めてヨーロッパ旅行をしたとき、わずか2日立ち寄っただけの街であるが、この街がわたしの中で大きな記憶に膨れあがっているからなおさらである。先日も久しぶりに見返したが、この映画の音響が気になった。

この映画は、昼から夜にかけての半日を描くが、はじめに小鳥のさえずる音からはじまり、泉の水の音、教会内のミサの音楽(音響)、雨(雑踏の音)、雷から最後に映画音楽を導入して終わる。音の展開とシーンの展開が完全に計算しつくされている。イレーヌ・ジャコブが階段を駆け上がりながら流れる音楽はいつ聴いても美しい。(このシーンも、階段を上がるという上昇性と彼女が明日、修道院へ入る身であることが重ね合わされていることはあきらかであろう)

忙しいときには優れたオムニバス映画をいくつか用意しておけば、映画熱を少しだけ冷ますことができるのである。

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# by kurarc | 2017-01-11 23:13 | cinema

”Rua Dos Remedios”  ポルトガルのボサノヴァ

アナ・マリア・ヨペクの音楽を相変わらず楽しんでいる。彼女のリスボン(ポルトガル)を主題にした『SOBREMESA』(日本語で、デザートの意)は、なかなかよい出来のCDである。

以前にもこのブログで取り上げたCDの1曲目 ”Rua Dos Remedios” のアレンジが最近特に気になっている。このアレンジの何が気になるのかというと、「ポルトガルのボサノヴァ」と言える曲に仕上がっていると思えることである。

この曲は6拍子だが、これを4拍のギターのストロークで均一に分割している。ブラジルのボサノヴァにみられるシンコペーションのリズムではなく、均質な、plainなリズムで曲を分割している。そのアレンジがポルトガルらしいボサノヴァを形づくっていると思えるのである。

均質に分割しているからといって、そこにシンコペーションを感じられないかというとそうではない。6拍子と4分割というズレが独特のシンコペーションを感じさせてくれる。よって、均質なリズムでありながら退屈しない。

ポルトガルの音楽は、保守的なものが多いが、アナはそうした慣習に新しい風を吹き込むことに見事に成功したといってよいだろう。

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# by kurarc | 2017-01-08 21:06 | music

使うものだけしか持たないこと

引越しを一ヶ月後にひかえて、ものの整理をしている。最近、持っているもので壊れるものが多いので、これらは捨てるのに都合が良い。いつの時でも、引越し前になると、なぜ、使ってもいないものをずっと持っていたのか、腹立たしくなる。

たとえば、食器類。普段使う皿やコーヒカップなどは限られているのに、戸棚の中にはいくつもの余分な皿やカップが置いてある。こうしたものは、この際、すべて処分することに決めた。少なくとも一週間に一度も使わないようなものは、すべて処分の対象とすることにした。一度そのように考えると、処分するときにも躊躇がない。想い出の品と思っていたものも、使わないと思ったものは迷いなく処分してしまう。

しかし、困ったのは、以前にもこのブログで書いたが、母の遺品である。特に、日記や俳句を書きつらねた大量のノート類。母親は筆まめだったせいで、残されたノート類の量は半端ではない。わたしは母が結婚する前にお花やお料理の習い事をしていたときのノートまで持っている。ことばには魂のようなものの痕跡を感じるせいか、どうも潔く捨てられない。今回は、これらをどうするのか、結論を出さなくてはならない。

使うものだけをもつこと、これは以外と難しい。そして、もう一つの難問は、書籍であろう。膨大な量の書籍はいつも手に取って読んでいる訳ではないが、資料価値というものもあり、手元に置かざるを得ないものも多い。現在は段ボールで100箱ほどだが、これをできれば50程度にしたい。半分をpdf化してしまえば本当はよいのだろうが、そこまで経費をかけるのも気が進まない。

何を持ち、何を捨て処分するのかは、生きている限り、考えつづけることになるのだろう。



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# by kurarc | 2017-01-04 20:49

スケッチ

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以前仕事をさせていただいたクライアントの方から頂戴したA4版モレスキンのノートを昨年、使い切った。かなり、厚手の大きいノートであったので、スケッチ(上のようなスケッチ。2015年にグラスをデザインしたときのもの。)で満たすのに5年かかった。

ノートを使い切ったということもあるが、最近は、使っていたものの寿命をむかえることが多い。先日、このブログで書いたが、照明器具が壊れた。そして、長年使っていた圧力鍋の取手が崩れ落ちるように壊れもした。長年愛用しているBOSEのCDプレーヤーもこのところ調子が悪い。ちょうど、引っ越しを1ヶ月後にひかえていることもあるが、すべての意味で節目の年という時期なのかもしれない。

ノートの方はいくら大きくても、少なくとも1年くらいで使い切るようでなくてはダメだろう。まだまだ手が遅いということである。今年からは、本格的に椅子のデザインにとりかかりたいと思っている。今日、新たにA4よりひとまわり小さいモレスキンのノートを買い込んだ。このノートをスケッチで満たすのにどのくらいかかるだろう。早速今日から挑戦しなくては。

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# by kurarc | 2017-01-02 20:38 | design

浅井忠のグレ 『グレーの塔』

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池澤夏樹さんの本を渉猟している。今は、彼がフランス滞在時代に書いたものだ。最近のブログの話題はほとんど池澤さんの本からのものである。『異国の客』という本の中に、洋画家の浅井忠が登場した。わたしは高校時代、美術に興味を持ったとき、日本の画家でまず最初に好きになったのは浅井忠の写実画だった。高校時代の美術の教師に、誰に興味があるのか、と訪ねられた時、即座に「浅井忠」と答えたのを今でもはっきりと覚えている。

美大に進んでから、むしろ絵画から遠ざかるようになった。藝術というものに疑問をもつようになった。しかし、それから30年以上経ち、再び浅井忠に巡り会うことになった。彼がフランスへ留学をしていたこともすっかり忘れていた。最近は、絵画を落ち着いて鑑賞できるようになった。

彼の絵画、『グレーの塔』(上)の「グレー」は色のことではない。フォンテーヌブローの東の街グレ・シュル・ロワンの「グレー」であり、フランス語の発音に忠実に書くのならば、「グレ」なのである。浅井が二年間のフランスの生活の中で何を吸収して行ったのか、そして、帰国後、どのような成果をもたらすに到ったのか気になる。

今年も、フランスに関係した人々、フランスに影響を受けた人々から様々なことを学習する年になりそうである。

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# by kurarc | 2017-01-01 20:31 | art

謹賀新年 2017

                 謹賀新年 2017

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# by kurarc | 2017-01-01 07:18


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