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by S.K.
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イタリア小説の方へ

住まいが静かな環境に変化したのに連れて、不思議なことだが、本を読むという行為が自然とできるようになった。以前の環境では何か強い意志のようなものが必要であった読書が自然と本を手に取れるように変化してきたのである。環境は重要であるとつくづく感じている。

先日、タブッキというイタリアの作家に関するメモを書いたが、わたしの手元には、パヴェーゼ、レーヴィ、ヴィットリーニといったイタリアの作家の本が集まり始めた。そのどれもが、スペイン戦争に関わるもの、ファシズムと戦った(反ファシズム)物語である。小説を読むことは苦手なのだが、環境が変わったこともあり、落ち着いて本と対話できるようになった。トクヴィルというフランスの思想家により「近代」を復習し、上の3人の作家によって、1930年代から始まった「同時代(コンテンポラリー)」の出発点を学ぶ、ということである。

イタリアからは、現在、建築よりも、こうした人文科学や映画から学ぶことが多い。上の作家に、カルヴィーノ、ピランデルロなどといった作家が加わってくるが、この流れからいうと、ファシズムに積極的に関わった建築家のテラーニが問題となってくる。ファシズムに関わった建築家として、コルビュジェも上がってくる。この辺りが建築の考察においては当面の課題となりそうである。


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# by kurarc | 2017-03-23 19:35 | books

リスボン大地震からデモクラシーへ

図書館から『トクヴィル 現代へのまなざし』(富永茂樹著、岩波新書)を借りてきた。イギリスがEUから脱退することが正式に決まり、トランプが大統領に就任した。世界が大きく変化しようとしていることは明白である。大きくは、17世紀後半から芽生え出したデモクラシーが大きな変曲点を迎えていると思われる。

そもそもデモクラシーとは何なのか?そのことをもう一度考えるために、この本を借りてきたのである。この新書の最後に添付された略年譜を見ると、興味深いことに、1739年から1911年までのトクヴィルに関する動向と関連事件が対照的にまとめてあり、1755年にはリスボン大地震が記され、この同じ年にルソーの『人間不平等論』が出版されていることも記されている。

現在進行している世界の状況を冷静に考えるためには、このリスボン大地震の時代から19世紀、20世紀初頭までのデモクラシーの推移を押さえておくのが良いのではないか、そのためにはトクヴィルの経験を復習しておくのが良いのではないか、と思いこの本を借りてきたのである。

トクヴィル(1805−59)は、デモクラシーの未来を当時のアメリカやイギリスの状況を踏まえて考察し、さらに自国フランスの革命による社会と政治の変容を熟思した思想家である。わたしも彼の思想に詳しくはないが、この本の中には、18世紀後半に出現した群集やその舞台となる都市の意味などが考察されているし、フィリップ・アリエスの『子供の誕生』といった書物も登場して、大学時代に少しかじった「家族」や「子供」の問題にも触れている。

現在は、デモクラシー、さらに、広く「モダン」という時代を復習すべき時なのだと思う。

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# by kurarc | 2017-03-21 21:29

fragment2017/03/19  タブッキ 可能性の郷愁(ペソア)

アントニオ・タブッキによるペソア論のメモ

・・・「ペソアの特徴は、直角の郷愁、仲介者による郷愁、仮定的なレベルでの郷愁です。それはかつて存在したものへのノスタルジーではなく、ありえたかもしれないものへの郷愁です。」タブッキはこれを「可能性の郷愁」と呼ぶ・・・

『ユリイカ アントニオ・タブッキ 2012−6』 澤田直著「ポルトガル、裏面へ」より引用

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# by kurarc | 2017-03-19 23:02 | fragment

テニスをする鳥

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最近、小学校時代の幼なじみと、野鳥を楽しむ会のようなものをつくった。わたし以外の二人は、カメラ機材もプロ級で、巨大な望遠レンズを担いで、現場に現れる。

わたしは野鳥は好きであったが、観察するようなことはしていなかった。少し前のブログで野鳥がわたしに話しかけてきた、といったようなことを書いたが、それは、いわゆる「聞きなし」というもので、野鳥の鳴き声を人間の言葉のようにわたしが聞いてしまった、ということのようである。

野鳥の何に興味があるかといえば、そのすべてに、ということだが、野鳥の観察が具体の科学を学ぶ格好の材料となることが最大の魅力である。鳥の飛行、鳥の形態及び身体の構造、羽毛の機構、鳴き声、羽毛の色彩、その生態から活動、行動に到るまで、野鳥を学ぶことは、真に生きた科学を学ぶことに等しい。

現在特に注視しているのは、野鳥の鳴き声である。井の頭公園に響く野鳥の鳴き声に耳を澄ますことが日課となっている。野鳥たちがどのようなコミュニケーションを行なっているのかも気になる。野鳥は、「自然という都市」の中に暮らしている生き物と考えてみても良いかもしれない。自然が野鳥たちの障害物となって、そのため、鳴き声を発達させたという見方も存在するからである。

人間の言語の誕生と野鳥の鳴き声との関係を真剣に研究する学者も現れている。この辺りが、わたしの最も注目するところである。

カラスの中には、テニスコートでテニス遊びの真似事(もちろん、ラケットを持ってやるようなものではない)をすることが観察されているという。大脳が最も進化したカラスは、今後もわたしたちをアッと言わせるような習性を身につけていくかもしれない。

今、鳥がおもしろい。

*写真は、アントニオ・カルロス・ジョビンのアルバムのタイトルにもなったブラジルの小鳥「Matita Pereマチータ・ペレ」。

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# by kurarc | 2017-03-16 21:39 | nature

横光利一作 『春は馬車に乗って』

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春が近づいてくると読みたくなる小説が、横光利一の『春は馬車に乗って』である。この短編小説は、結核に冒された妻とその死までの会話を題材にしている。春の訪れを告げるスイートピーの花束を胸に抱きしめながら妻が息を引き取るという悲しい小説であるが、なぜか、春の風が吹き抜けていくような爽やかな印象を残す不思議な小説である。

横光は、20代に様々な死や破局を経験する。24歳で父を亡くし、その1年後には関東大震災を経験、そして、28歳のときには23歳の妻キミを亡くす。この小説は実体験に基づいた小説なのである。

人が生きるとは、実はこうした破局、カタストロフィーとそこから立ち直ろうとする夢との繰り返しなのである。大学時代お世話になったT先生の最期の著書の副題は、「夢とカタストロフィーの彼方へ」と題されていた。T先生は、トリノという都市の中に、そうした二つの様相を読み込もうとしたのだが、それは、トリノという都市だけではない。都市の中に生きる人間がもつ普遍的な二つの営みなのである。

3.11というカタストロフィーを経験した我々は、ずぐに、そこから復興しようと夢をもち、夢を追いかける。実は夢とカタストロフィーとは表裏の関係にあるのだ。苦悩の中にこそ大きな夢は育っていく。3.11をむかえていつも思うことは、人間の宿命のようなものだが、それは宿命だけに避けられない、ということである。

横光も、20代に経験したカタストロフィー以後、珠玉の作品を残していったが、その夢の実現は、20代の経験なしにはなしえなかったのではないだろうか。



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# by kurarc | 2017-03-13 18:03 | books

パット・メセニー音楽のブラス・バージョンへの期待

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月に1度、トランペットを学んでいる先生の属するオーケストラの音楽を聴く機会があった。ブラジル音楽をトランペットやアルトサックスといった管楽器と、ギター、ベース、パーカッションの編成で演奏するオーケストラである。その中で、パット・メセニーがちょうど30年前に発表した名盤『STILL life(talking)』の中の曲”(IT'S JUST) TALK"のブラスヴァージョンを聴くことができたのだが、これが非常によかったのである。

パット・メセニーは、このCDを発表した1987年以前、ECMから『FIRST CIRCLE』というアルバムを発表しているが、CD全体のできは統一感がなく、中途半端な仕上がりとなっていた。ただ、”THE FIRST CIRCLE "という曲で、声を大胆に曲の中に取り入れる『STILL life(talking)』につながるような曲のイメージをつかんでいたように思う。中南米音楽、特にブラジル音楽のとの接近である。

その手がかりをもとに、『STILL life(talking)』ではバンドの音楽というフレームから抜け出し、サウンドスケープと言えるような風景、環境のようなものを音楽に結実させたのである。1曲目のタイトル”MINUANO(68)"が直接示すように、冬の季節風を意味するブラジル・ポルトガル語を使い、ブラジル音楽との関係を明確に表現しようとした。

このCDを聴いて、以前のCDとの大きな違いはドラムの音が繊細になり、むしろパーカッションの一部と扱われたことであろう。無造作な8ビートの曲などはもちろん含まれない。ドラムの音は軽くなり、リズムの波は穏やかに変化した。改めてこのCDを聴き返すと、全体のコンセプトのようなものがはっきりと感じられて、名盤であることがわかる。このCDによって、新しいパットの音楽が旅立った記念すべき1枚となっている、といってよいのではないか?

そして、彼の音楽のブラス化に今後も期待したい。作曲家たちは、アニメソングだの、歌謡曲をブラスバンド用に編曲することはよくやるのに、パットの音楽をなぜ用いないのだろう?

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# by kurarc | 2017-03-11 11:33 | music

鳥との出会い

最近、神秘的な体験をした。井の頭公園を歩いていると、鳥がわたしに語りかけてきたのである。わたしが勝手に語りかけてきた、と勘違いしただけかもしれない。その日から、わたしは野鳥の観察をはじめた。

記憶の中にある鳥との出会いで、最も幼少期のものは、自宅に迷い込んできた手乗り文鳥である。わたしは、その鳥を手乗り文鳥であることから「TENO」と名付けて、溺愛した。自宅にはわたしが生まれる前から、「タマ」というネコがいて、そのネコも溺愛したが、「TENO」はそれ以上であったと思う。確か小学校1、2年生のときであったが、その文鳥とコミュニケーションができているかのようであった。そのくらい、わたしの言うことをよく聞く文鳥であった。

ある日、鳥かごの中に「TENO」がいないことに気づいた。2階に鳥かごは置いていたが、鳥かごを置いていた窓際には1階の屋根があり、その上に野良猫がいて、わたしの方をにらんだ。窓を開けっ放してでかけてしまったのがまずかった。しかし、死骸のようなものはなく、「TENO」は消えてしまったのである。その野良猫に食われてしまったのか、あるいは、鳥かごから出て、どこかへ飛び去って逃げたのかわからない。その時の悲しみは今でも忘れられない。

最近、鳥を意識したのは、実は映画の中でのことである。わたしの好きなアントニオーニやロメールの映画を観ていると、映画音の中に鳥の鳴き声が聴こえてくるのである。自然の中で撮影しているからだろう、鳥の鳴き声が映画の撮影と同時に録音されているのである。登山を楽しんでいたときには、よくライチョウに遭遇した。鎌倉に住んでいるときには、コノハズクの鳴き声を楽しんだ。ブログにアオバトの飛来について取り上げたこともある。しかし、継続して観察するような習慣はなかった。考えてみれば不思議なことである。それは、本当は鳥のことが好きなのに、自分で好き、ということに気づいていなかったのである。
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幸い、小学校時代の幼なじみに野鳥好きが2人いて、先日、井の頭公園を一緒に散策した。野鳥の楽しみは、ネコのようなペットとは異なり、遠くから自然の姿を観察する楽しみである。決して近づくことはできないし、手に取って可愛がることもできないが、自然に生きる動物に敬意をもって接することの学習となる。わたしは手にとろうとしても絶対に手にとることが許されない「野鳥という自然」に最も興味があるのかもしれない。

*写真は、井の頭公園にて撮影(ハシビロガモ 2017年2月末日)
*ブログのバグは、HTML編集を操作することで、調整できることがわかった。どうも文章を編集している間、勝手にHTMLを編集してしまうようなバグがこのブログにはあるようだ。

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# by kurarc | 2017-03-07 22:42 | nature

タラのアクラ フランスのクレオール料理

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在日フランス大使館のHPの中にフランスの食文化を紹介しているコーナーがある。その中に紹介されている料理のレシピをながめていると、グラドループのクレオール料理”タラのアクラ”(上写真、在日フランス大使館HPより引用)が紹介されていた。

この料理に興味を持ったのは、ポルトガルのバルでよく供される”パスティシュ・ドゥ・バカリャオ”(タラのコロッケ)とそっくりな料理であったからである。

塩タラを使う料理はユダヤ文化と関わりがあるとどこかで読んだことがあるが、どうもそれだけではないのかもしれない。フランスから遠く離れたカリブ海に浮かぶフランスの海外県グラドループ(アンティル諸島内)にこのような料理がなぜあるのか、興味深い。

ポルトガルと異なるのは、唐辛子や生姜などスパイスの効いたソースと共に供すること、ジャガイモを使わない(コロッケではない)ということである。見かけはほとんど同じと言ってもよいもので、前菜のように供されることも似ている。

ポルトガルのタラのコロッケは、もしかしたらアフリカの影響があるのかもしれない。

この在日フランス大使館のHPは編集がすぐれていて、フランスに興味をもつものに親切でわかりやすい。フランスは多くの国に囲まれていることもあり、ドイツ、スペイン、イタリアから影響を受けたと思われる料理、植民地としたアジア、アフリカなど多くのクレオール料理が存在することも興味深い。

*ブログのバグだと思うが、なぜか少し編集をすると、一部文字が拡大されてしまう。わたしが意図的に拡大しているように思われてしまい、心苦しい。


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# by kurarc | 2017-03-05 12:24 | gastronomy

三鷹の水

三鷹に戻り5年目に入った。以前住んでいたマンションは、5階建てであったこともあり、水道水は、一度受水槽を経由して、室内に届いていた。よって、夏は水が暖まっていたりとおいしい水を飲むことができなかった。

現在の住まいは、3階建てであるから、水道水は直結であり、直接水道管から水が供給されるため、水の味が以前住んでいたマンションと全く異なる。

わたしはこの4年間、今飲んでいる三鷹の水の味を味わうことができなかったのだと、今更ながら気づいた。現在の水の味はわたしが子供の頃味わっていたものと全く同じ、よく冷えた水(地下水が含まれる)である。

水が合う、とよく言われるが、わたしはこの三鷹の水が今まで暮らした土地の中で最も合っていると思う。唯一、ポルトガルだけは異なる。異国でありながら、ポルトガルの水(ミネラルウォーター)はおいしかったし、よく合った。

水の味というのは微妙なものであるが、その微妙な味を舌はよく覚えているようだ。水の合う土地はわたしにとって最も大切な土地、場所である。

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# by kurarc | 2017-03-04 19:22 | water

映画『LA LA LAND』

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普段はアカデミー賞をとったからといって、映画を観に行くようなことはないが、この映画『LA LA LAND』は特別である。この映画が、ジャック・ドゥミの映画『シェルブールの雨傘』や『ロッシュフォールの恋人』からインスパイアされたミュージカル映画と知ったからである。

映画の日、夜仕事を早めに終わらせ、地元の映画館へ脚を運んだ。結論から言うと、エンターテイメント映画としては申し分ないできばえであり、音楽もよかった。アメリカ版のシェルブールの雨傘、及びロッシュフォールの恋人と言える内容だが、それだけではない。わたしのまだ観たことのない映画のアレゴリー、引用に満ちている。(詳しくはパンフレット参照)

監督のデイミアン・チャゼルの相変わらずのジャズ好き、そして映画好きがこれでもかと登場する映画であること。そして、ロサンゼルスという都市の魅力を引き出したことなど、古典的映画をよく研究した上で、この映画を製作したことがよく理解できて、チャゼル監督の映画に対する誠実さ、謙虚さに好感が持てる内容になっている。

映画が公開されてまだ日が浅いので、あまりストーリーについてはふれないが、この映画がアカデミー賞の作品賞を逃したのは、きっとラストシーンの詰めの甘さからだったのではないか。残念なのはその点だけである。少なくともシャルブールの雨傘に匹敵するようなラストをつくれたのなら、この映画は作品賞も受賞できたのではないか?

それにしても、わたしはもう一度、今度は少しスクリーンから距離をとって観たいとおもった。クローズアップが多かったこともあり、それにしては少し前で観すぎてしまったからである。あれこれ言ったが、お薦めの映画であることに全く異論はない。

*この映画にはかなり厳しい批評も見受けられる。このチャゼル監督の目指しているのは、きっとジャック・ドゥミのような品のある映画ではなく、徹底したエンターテインメント重視の映画だろうから、そもそも批評の対象に取り上げられる映画と言えるのかどうか?映画を観ていて、楽しいか、楽しくないか、そのどちらかの映画であり、楽しい映画に出来上がっているのだからそれでよいと思う。逆に、わたしはそうした単純な、直截的な映画をつくれるチャゼル監督の力量こそ評価したい気がする。

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# by kurarc | 2017-03-02 22:14 | cinema


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