ミケランジェロ・アントニオーニの『さすらい』とロードムービー


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先日、ミケランジェロ・アントニオーニの映画『さすらい』(1957年)を観た。彼の作品は昔いくつか観ただけで、その内容はほとんど記憶になかった。この『さすらい』を観るのは初めてであると思われるが(記憶が定かではない)、非常に興味深い映画であった。なぜならば、この映画がいわゆるロードムービーとして観ることができること、また、大人と子供の対話による映画であること、映画音楽を重視していることなど、ポスト・アントニオーニ世代の映画の原型となるような内容を数多く含むものであることが感じられたからである。

ロードムービーというと『イージーライダー』やフェリーニの『道』、ヴェンダースの『パリ、テキサス』などをすぐに思い浮かべるが、この『さすらい』もそのジャンルに含まれると思われるし、荒削りな仕上がり方が何とも言えず刺激的であった。結婚するはずだった女性から突然の別れ話を持ちかけられた技師の主人公が幼い娘を連れて短い旅にでるのだが、この技師と娘との素朴なやりとりがよい。この演技を観てしまうと、『ニューシネマパラダイス』の子役の演技などはわざとらしく感じられてしまう。そして、誰もが指摘するアントニオーニのパースペクティブなカメラアングルがよい。特に、娘が父親の浮気をみてしまい、父親から遠ざかっていくアングルの虚無感がなんとも言えない。イタリア北部のポー河の風景と主人公の勤めたモダニズム建築の工場もその虚無感を見事に表現している。アントニオーニがこんなにすばらしい映画をとっていたことを見逃していた。

なお、この映画の娘役として名演技を見せたミルナ・ジラルディだが、グーグルで検索しても登場しない。残念ながらこの映画しか出演していないのかもしれない。誰かその後の彼女の仕事について知っている方がいたら教えてほしいものだ。





by kurarc | 2009-06-21 22:32 | cinema(映画)