断捨離

断捨離 とはよく考えたフレーズである。もはや一昔前の流行語といった感じもしないでもないが、年末までにかけて挑戦中である。

いかに自分の室内の贅肉を落としていくのか、これは身体の贅肉を落とすことより難しい。本当に必要なもの、使いやすいもの、使っていて楽しい道具、どうしても必要な本、着やすい洋服や電化製品、食器等々にいたるまで吟味していかなければならない。

一番困るのは、死んだ母親が遺した膨大な日記帳である。母は筆まめであり、日々の暮らしを日記に記し、その印象を俳句にするのが趣味であった。また、母親の和服も困る。これらは捨てるに捨てられない。それに引き換え、父は何も残さなかった。見事という他はない。私も死ぬときにはスーツケース一つくらいの持ち物まで整理したいものだ。そのときにいったい何が残るのだろう?最期に残すべきもの、残るもの、それは私の記憶を閉じ込めたiPadあたりになるのだろうか?そういえば、このブログも残ってしまうことになるのだろうか?

by kurarc | 2012-09-28 00:32