失われた日本語の音韻

最近、ポーランド語だのフランス語だのを学習するにつれて、欧米の言語が表音文字であり、音を体系とした文字、つまり、文字自体が発音記号になっていることを改めて再認識している。そうすると、日本語では、漢字が輸入される以前、どのような音韻体系があったのだろうか、という疑問が自然にうかんでくる。いわゆる、古代の音、上代語の音韻である。

この研究については、すでに橋本進吉氏によってなされていて、平易に書かれた『古代国語の音韻に就いて』(岩波文庫)で読むことができる。上代語は奈良地方を中心に使用された音の体系からなるが、その音は平安時代から江戸、そして、現代に至り、およそ半分くらいの音が消失されたことになる。奈良時代には87の音節を区別する音韻体系が存在していたということを橋本氏は研究により導いたのである。

先日、カタカナ語についてブログに書いたが、もしかしたら、こうした消失した音韻は、日本人の遺伝子の中に残っていて、たとえば、フランス語の発音の中に上代語と同じような音が残っていると考えてみると興味深い。つまり、カタカナ語は失われた日本語の音(おん)の記憶を呼び覚ましているのかもしれない、と考えてみるのである。

そうすると、我々が外国語をカタカナで書くことが好きなのは、失われた日本の音(おん)に対する郷愁である、といった一つの仮説が成り立つ訳だが、この仮説はあまりにも飛躍しすぎているから、証明することは困難を極めることになるだろう。それにしても、失われた音韻とはどのような音であったのか、など日本語を表音の体系としてとらえ直すことは可能な訳で、そうした試みから、日本の音(おん)、音楽を再認識してみるのもおもしろそうである。

*カタカナ語も現在の日本語にある音を変換しているだけなので、上代語の音は使われることはない訳だが、音と音との関係の中に、上代語に近似した組み合わせが外国語に認められるということが考えられる。また、カタカナで言い表わすことができない音を認識するような場合、そこに古代の音が含まれている可能性もあるということである。

*たとえば、あいうえおの「え」とやいゆえよの「え」は発音が異なっていたが、現在、現代人はこの音の違いを知らないだろうし、区別することはできない。

by kurarc | 2015-12-02 11:24 | music