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平和から日常へ

少し前に紹介した『ボローニャ紀行』(井上ひさし著、文春文庫)を読了。この本は、紀行文でありながら、井上氏の自伝にもなっているいわば自伝的紀行文という体裁である。加えて、ボローニャという都市を題材にした都市論にもなっていて、多くの楽しみ方ができる内容になっている。

この本の中盤に「日常が大事ということ」という章がある。井上氏は、「平和」という言葉を使わず、それに代わる言葉として「日常」を使うようになった、ということが記されていた。作家という人種はやはり言葉に敏感なのだろう。3.11を経た我々は、その「日常」という言い方に敏感になり、共感するが、井上氏がこの文章を書いたのは2004年から2006年にかけてである。「平和」という言い方は、井上氏も言うように「意味が消えかかっている」し、何か間の抜けた、中身のない空虚な言葉にわたしも感じられる。

この本は井上氏にとって晩年の著書である。井上氏はボローニャという都市を通じて、自らの生い立ちを振り返り、自らの生と重ねながら都市論を現した。ボローニャは彼に理想の都市像を夢みさせてくれたようだ。井上氏にとって、この文章を書いている時は幸福であったはずである。一方で、彼はこの執筆当時のイタリアの過酷な現実に目を向けることもわすれていはいない。EUへの加盟は自国で勝手に通貨を切り下げるようなマネはできなくなり、そのしわ寄せは、雇用へと影響、今日の日本のような労働環境に変化し・・・etc.

しかし、わたしはこのボローニャの市民による協同組合制度を見る限り、日本の都市よりは断然よいと思われた。イタリアにはいまだに都市国家といってよいような都市の自律性が存在しているのがよくわかる。それに比べ、日本の都市は、都市国家とは言えず、「国家都市」なのだと思う。

*1984年から85年にかけて1年間の旅をした時、およそ5000枚撮影した写真の中で、自分の顔が入っている写真はわずか3枚しかない。そのうちの一枚は、このボローニャの塔(アッシネッリの塔)の頂上で撮影したものである。撮影してくれたのは、ボローニャのドミトリーで知り合いになったフランチェスコという青年である。1999年に再度ボローニャへ行った時、この塔の頂上へ登り、撮影した場所を15年ぶりに訪ねた。


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by kurarc | 2017-04-19 23:58 | books
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