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『アッシャー家の崩壊』ほかとPCの故障

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PC(Macbook pro 17inch)は周期的に故障する。仕事が終盤に入った連休にそれは起こり、修理にいったが、再びダウン。新横浜の修理店に足を運ぶ。即日修理をお願いし、修理の間、エドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』他を読みながら待機する。

ポーを久しぶりに読もうと思ったのは、いろいろな書物の中に度々登場するからである。今日は、『アッシャー家の崩壊』、『ライジーア』、『大渦巻への下降』と進んだが、『大渦巻への下降』を読んでいる途中に、当日では修理は不可能との連絡が入り、やむなく、帰路につく。

今日読んだポーの短編(tales)で興味深いのは、彼の未来を予言しているかのような短編であるということ。わたしはてっきり、ポーが若い妻を亡くしたのちにこれらの短編を書いたと思っていたが、彼の年表を見ると、それより7、8年前に書かれているのである。これらの短編には、若い女性の死が度々登場する。

ポーは詩作から出発したことと、彼が短編(tales)に執着することとの関係について、訳者である小川高義氏は解説でふれている。ポーによれば短編(tales)は小説(novel)を上回るという持論を持っていたということである。「効果や印象の統一性」を重んじたポーは小説の散漫さを嫌ったということらしい。

久しぶりにポーを読んでいて、面白かったのは文の中に挿入された引用である。特に注意をひいたのは、ロジャー・ベーコンの随筆『美について』からの引用である。

「およそ極上の美となるには・・・均整がとれた中にもどこか異質なものがなければならぬ・・・」

この考えは、ポーを通じて特にフランンスの文学、美術に影響を与えたという。

また、改めてポーを読んで不思議に思ったのが『構成の哲学』で示された首尾一貫性(consistency)である。すべてを理詰めで書くこと、「終わりから始まりに向かって書く」ことが彼の方法だが、実際、彼の短編は、その首尾一貫性から離れて、結末が良く理解できないものが多い、ということである。それは、ヒッチコックの映画『裏窓』のように、何か、煙に巻かれて終わるものもある、ということである。

きっとポーは原文で読まなくてはならない作家なのかもしれない。そこには意外な英語を使った展開と巧みな表現が含まれているに違いない。『アッシャー家の崩壊』の「崩壊」は「fall」という単語が使われているという。図らずも、わたしのPCが「fall」した時に読むには適した短編であったのかもしれない。

*訳者の小川氏は、ポーが「死」ということを意味する英語に「dissolution」(生命体の「分解」のようなニュアンスとして)を多用することを述べている。

*ポーに関しては、わたしの愛読書、花田清輝の『復興期の精神』の中に2章にわたり言及されている。「終末観ーポー」、及び「球面三角ーポー」である。「球面三角・・・」では、あのクラヴェリナという動物の比喩が登場する。花田のこの著作の中で最も難解な2章と言えるものである。花田は、再生が死から始まることを強調しながら、終末(死)から必死に再生しようする知的野心をもったポーをルネッサンス人とみなしているところが新鮮である。


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by kurarc | 2017-05-19 16:30
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