建築家のバイブル ロス・キング著『天才建築家 ブルネレスキ』

ロス・キング著(田辺希久子訳)の『天才建築家 ブルネレスキ』を読むのは2度目になる。この本は、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のドームがいかに建造されたのかについて、その設計監理に携わった建築家ブルネレスキの評伝というかたちをとっているが、それだけではなく、フィレンツェ共和国周辺の14世紀から15世紀に至る文化史をも著すすぐれた著作である。

ロス・キングは私と同世代の作家だが、この著書を見る限りその博識ぶりは並大抵のものではなく、かつその記述方法は具体的で生々しく、本書を読んでいると映画を観ているようにブルネレスキの偉業が伝わってくる。このような著作が建築史の専門家でもない作家によるもの(専門家ではないがゆえに書けたのだろう)であることにも驚嘆する。全19章による章立てのタイトルも魅力的で、建築を専門としないものにとっても最後まで読まずにはいられないような興味深い物語りに仕立てられている。

本書の原題は『ブルネレスキのドーム』だが、訳者あるいは出版社によってつけられたタイトル『天才建築家・・・』の天才という言葉の起源についても本書に言及されている。この天才という言葉の使い方には注意を要するが、イタリアの建築家の中でブルネレスキが初めて天才と呼ばれたことが明らかにされ、彼以後、建築家は単なる職人から芸術家へと格上げされた。

本書の中で学んだことは数限りないが、特に興味をひいたのは、パオロ・トスカネッリという当時の数学者であり天文学者が彼のドームを巨大な日時計として利用し、暦がこれまで以上に正確に計算され、そのことが後に天体観測による位置を確認する「天測航法」の時代をつくり、コロンブスの「発見」にまでつながるエピソードである。彼のドームが以後の大航海時代を準備していたのである。

ブルネレスキは、あるときは戦争にかり出され、またあるときは投獄という不運を経験しながらもドームをつくるという情熱を失うことなく、ほぼ最後まで大聖堂を完成させ死んでいった。その不屈の生き様は同じ建築家という職業をもつものにとって鏡といってよい存在である。建築家をこんなに励ましてくれる著作もめずらしい。ロス・キングに感謝すると共に、ブルネレスキのドームを観に、またフィレンツェへ行きたくなってしまった。
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by kurarc | 2007-06-26 21:58 | books