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2018年 01月 04日 ( 1 )

もう一つの原点 川越へ

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昨日、わたしのもう一つの原点といえる川越を訪ねた。17年ぶりのことになる。20代最後の一年間をここで過ごした。遅れて入学した大学院の修士論文を書くため、大学院に近いこの街に移転して、アパートにこもりながら論文を仕上げていった。

当時のアパートがあるかどうか確かめに、川越市駅からアパートのある場所に向かった。川越女子高校に隣接する場所にアパートはあり、たまに、女子高生の声が聞こえてきたのが印象に残っている。28年も前に住んだアパートだが、奇跡的にも当時のまま残っていた。(上写真)2階の奥から2番目の部屋がわたしが借りた部屋である。鉄筋コンクリート造であるわけではないが、大家さんが1階に住まわれていることもあるのだろう。手入れがなされ、外壁に汚れもない。

その後、川越の旧市街を訪ねる。こんなにも木造建築や蔵、様式建築、武家屋敷跡などが数多く残っている街であったのか、と感心しながら歩く。思えば当時は論文で忙しく、街に出歩くのは夜になってからで、ろくに街を歩いていない。エアコンがなかったこともあり、夏の夜はファミレスで論文資料を持ち込んで過ごし、涼しくなった夜11時頃にアパートに帰ることが日課になっていた。

川越は、観光地としては当時よりかなり活気づいていたが、果たしてこうしたまちづくりが正解なのか、多少の疑問が残る。それは、テーマパークのようであり、市民にとって活きた街と言えるのかどうか?

川越は、自宅から国分寺経由で西武線を乗り継いで行くと、意外にも近いことがわかった。江戸の情緒を感じるには最も手軽に散策できる街である。また、日を改めて訪ねることにしよう。(下に、蔵以外の建造物(登録文化財)の写真を掲載しておく)

*歴史的建造物を活用するまちづくりは、再考すべきと感じられた。わたしの地元吉祥寺のような街は歴史的建造物もほとんどなく、川越からすると建築的には貧しいが、実用的なまちと言え、日常生活に素直な活きたまちと感じられる。その反対に、川越のようなまちは歴史的建造物が豊富で見所は多いが、一歩間違えると、その領域のみが突出し、まち全体のバランスが崩れる可能性がある。(つまり、観光客がいなければ成立しないまちは果たして正常なまちと言えるのか?ということ)飛騨高山のように歴史的建造物と日常が調和しているような(のように少なくとも感じられる)あり方はどのようにしたら可能なのだろう?
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by kurarc | 2018-01-04 15:58


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