Archiscape


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by S.K.
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東京外国語大学 読書冊子 pieria

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今日から東京外国語大学でポーランド映画の講座が始まった。午後7時過ぎに大学へ。校舎内の書籍紹介コーナーに外国語大学が定期的に発行する読書冊子pieriaが置いてあったので、頂戴する。以前、フェイスブックでも一度紹介した冊子である。

外国語大学の教師たちが、テーマに沿った書籍を紹介してくれている冊子で、今回のテーマは、「見えないものにふれる」である。様々なフィールドをもつ教師たちが推薦する書籍はどれも魅力的である。わたしは教師の学生に対する義務の一つは、良書を紹介することだと思っている。いや、教師はそれだけでよいのではないか。教師が教師づらをしてウンチクを語っても学生は聞きもしない。それより、一冊、あるいは数冊の良書を紹介する。それを手に取るか取らないかは学生の感性に任せるのである。紹介した本は、次への行動を促すようなものでなくてはならない。その本を手に取った学生は、いつのまにか次への一歩を勝手に歩み始める。それが理想の学び方であろう。

冊子の中に、今福龍太さんのインタビューが掲載されていた。彼の薦める書籍は、『沈黙の世界』(マックス・ピカート著)、『音、沈黙と測りあえるほどに』(武満徹著)、『サイレンス』(ジョン・ケージ著)の三冊。沈黙とは何か、について考える三冊。今福さんらしい三冊である。



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by kurarc | 2017-04-14 23:28

帯状疱疹

帯状疱疹という病にかかってしまった。10日ほど前から、左片側に軽い頭痛のようなものを感じていて、偏頭痛かなと思っていたが、気がつくと左耳上にかぶれたような症状が現れ、痛がゆい感じが続いた。その後、痛みはチクチクというかなりの激痛に変化し、昨晩鏡を見ると水泡が頭にできていた。フェイスブックでたまたま大学時代の同級生が同じ病のことをアップしてくれていたおかげで、この病気のことがわかり、皮膚科へ駆けつけた。実は、4日前にも皮膚科に行って診てもらっていたが、その時には水泡がでるまでに進行していなかったのだろう。医者も病を特定することができなかった。フェイスブックもバカにならない。

インターネットでこの病のことを調べて見ると、あなどれない病のようで、手遅れになると神経をやられてしまったり、様々な後遺症に悩まされることになるらしい。わたしも今後どのようになるかわからないが、こういう時には薬に頼るしかない。このところ、仕事をしながら引越しの準備、そして引越しとかなりの体力を使ったこともあり、疲れがたまっていたのかもしれない。ただでさえ年度末は身体の疲れが噴出する頃である。気をつけなければならない。


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by kurarc | 2017-03-25 12:42

こぼれ落ちたニースの地図

ちょうど一ヶ月前に、ジャック・ドゥミの映画『天使の入江』について書いてから2、3日した日だったと思う。未だ片付かない事務所の本の瓦礫を整理していた時のことである。瓦礫の中から33年前にニースに行ったときインフォメーションでもらった地図が事務所の床に落ちていた。33年前に行った旅行の時にもらった地図類は何冊かのファイルに閉じてあり、まだそのファイルが入っているダンボールは開封していなかったのだが、なぜかニースの地図だけが落ちていたのである。

わたしは、またかと思った。最近、こうした偶然とも必然とも言えないような体験をよくするのである。ニースを舞台にした映画を見ていたら、目の前にニースの地図が「偶然」に落ちていたということになる。その地図には、「15.10.84 S.K.」とメモしてあった。1984年の10月15日にインフォメーションでもらったものであった。

ポーランド映画をみていて、「タデウシュ」という人名が出てきた時も、ポルトガル語の発音に似ているな、と感じていたが、実は、アントニオ・タブッキの『レクイエム』というリスボンを舞台にした小説の中でにも「タデウシュ」が登場していて、これをタブッキは、「アデウシュ」という永続的な別れを意味するポルトガル語と関連付けていたことを最近知った。

ポルトガルからポーランドへの興味も必然的だったのでは、という気がしないでもない。わたしの好きなポーランド人の女性歌手アナ・マリア・ヨペクがリスボンをテーマとした音楽を作り、『イマジン』というポーランド映画がリスボンという都市を舞台としていて、こうした映画と出会うことも偶然とは思えない。

すべての出会いは必然的なのだが、その必然性を人は鈍感にも感じないか、無視してしまうことで、偶然と感じてしまうのだと思う。わたしがどこを歩き、どこに行き、誰に会うのか、好きなものから好きなものへの出会いの連続はすべてわたしの中の必然性の帰結なのだと思う。



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by kurarc | 2017-03-24 17:37

リスボン大地震からデモクラシーへ

図書館から『トクヴィル 現代へのまなざし』(富永茂樹著、岩波新書)を借りてきた。イギリスがEUから脱退することが正式に決まり、トランプが大統領に就任した。世界が大きく変化しようとしていることは明白である。大きくは、17世紀後半から芽生え出したデモクラシーが大きな変曲点を迎えていると思われる。

そもそもデモクラシーとは何なのか?そのことをもう一度考えるために、この本を借りてきたのである。この新書の最後に添付された略年譜を見ると、興味深いことに、1739年から1911年までのトクヴィルに関する動向と関連事件が対照的にまとめてあり、1755年にはリスボン大地震が記され、この同じ年にルソーの『人間不平等論』が出版されていることも記されている。

現在進行している世界の状況を冷静に考えるためには、このリスボン大地震の時代から19世紀、20世紀初頭までのデモクラシーの推移を押さえておくのが良いのではないか、そのためにはトクヴィルの経験を復習しておくのが良いのではないか、と思いこの本を借りてきたのである。

トクヴィル(1805−59)は、デモクラシーの未来を当時のアメリカやイギリスの状況を踏まえて考察し、さらに自国フランスの革命による社会と政治の変容を熟思した思想家である。わたしも彼の思想に詳しくはないが、この本の中には、18世紀後半に出現した群集やその舞台となる都市の意味などが考察されているし、フィリップ・アリエスの『子供の誕生』といった書物も登場して、大学時代に少しかじった「家族」や「子供」の問題にも触れている。

現在は、デモクラシー、さらに、広く「モダン」という時代を復習すべき時なのだと思う。

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by kurarc | 2017-03-21 21:29

「かわいい」とは

「かわいい」という言葉は、いまや国際語になりつつある。しかし、「かわいい」とはそもそもどのような意味なのか?

わたしは、典型的な「かわいい」という言葉をあまりよい言葉とは思っていない。単に姿、外見が「かわいい」とか、そのような意味で「かわいい」という言葉は使いたくない。

「かわいい」ということを最近特に感じたのは、Li-sa-Xという12才の少女のギタリストの演奏をyou-tubeでみたときである。彼女がギターを弾く様に「かわいさ」を感じた。それは、「健気」にギターを弾いていること、その様に感じたのである。

「かわいい」をわたしは「健気さ」という意味として解釈したい。何かに一生懸命に取り組むこと、それが「かわいい」ことと思いたい。だから、「かわいい」人はいくら歳をとっても関係がない、「かわいい」人でいられるのである。

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by kurarc | 2017-02-22 21:00

引越しから学ぶこと

このところ引越しについて書いている。引越しは建築を設計するものにとって、いろいろ考えるきっかけを与えてくれる。

まず第一に、引越しをすることは必然的に新しいプランの体験となる。プラン、使い勝手のよいところ、悪いところを新鮮に学ぶことができる。クローゼットの奥行きが足りないとか、扉の開き勝手とか、照明の位置であるとか、ここはうまくいっていないな、といったところは特に自分でも注意しなければならない。

まだ、ほぼ段ボールの中に様々なものが収納されている状態であるから、日々使用する事物についても考えさせられる。お皿がないということがどれだけ不便かとか、クリップがないので書類が閉じられないとか、洗剤がなくて食器が洗えないとか・・・etc. 日常の些細な生活、作業に小さな事物がいかに重要であるのかを改めて発見するのである。

日常とはそうした些細な出来事を連続させていくこと、そのために小さな事物が数多く必要であり、我々の生活を援助してくれていることを思い知らされることになる。

建築を生業とするものは、数多くの引越しを体験すべきなのである。それによって様々な生活環境を経験し、学び、それを仕事に活かすことが大切である。ブルーノ・タウトが戦前日本にやってきて、群馬の小さな住宅に住み、そこから多くの日本家屋の特色を引き出したことを思い出した。彼は生涯旅人であり、変化していく環境から新しい建築を認識していった。

若いときに自邸をつくってもよいが、それをいつでも捨てる勇気を建築家は持たなくてはならないのだと思う。

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by kurarc | 2017-02-08 22:46

引越しの準備

事務所を移転することになった。鎌倉から地元三鷹に戻り、およそ4年が過ぎた。手狭であったこともあり、ずっとどこかよい場所はないかと昨年から探していたのだが、ちょうど、ジブリ美術館の近くに最適の物件が見つかり、引っ越すことになった。

ここは、実家から歩いて5分程度の場所であり、母校である小学校のすぐ近くでもある。子供の頃からなじみのある場所で、近くに幼なじみも数多く住んでいる。さらに、ジブリ美術館をはじめ、井の頭公園西園に面するような立地であり、公園の中を歩きながら吉祥寺へ行ける。わたしの最も好きな場所が目の前にあるのでありがたい。

窓は主に西向きだが、わたしは全く気にしない。むしろ一日の終わりに夕陽(西日でなく)を楽しむこととしたい。アントニオーニの映画の台詞の中に、「人は夕陽を眺めることを忘れる」といったフレーズが出てくるが、わたしも東京に住んでいるといつの間にかそうなってしまっていた。湘南の夕陽には及ばないが、窓の向こうには高層建築がないので、かなり長い間、夕陽を楽しむことができる。

それにしても、引越しはいつになっても嫌なものである。スーツケース一つで引っ越すことができたらどれだけ楽だろうと思うが、そういう訳にはいかない。引越しのとき苦労するのは、本の整理もそうだが、むしろ細々したものである。そうしたものは、部屋の中にバラバラに置かれているから、それらをまとめなければならない。これがなければ、実は引越しはそんなに大変なことではない。そうした細々したもののなかに大切なものが多いから、粗末に扱うこともできない。

あと1週間で引越しである。新しい事務所に移るための通過儀礼だから、我慢するしかない。



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by kurarc | 2017-01-31 22:47

建築の中のカオス

お手伝いしている大規模な建築がかたちをなしてきた。この現場に通いだしておよそ1年7ヶ月が経過し、竣工を今月末にひかえ、様々な想念が頭の中を駆け巡っている。その中で最も強く印象づけられたのは、建築がカオスから秩序づけられ、かたちづくられていく様である。

住宅のような小さい建築の仕事からは、そのような印象は現れないが、竣工前の6ヶ月くらいは未だにかたちのみえない化け物のような様相の物体が、3ヶ月前、1ヶ月前と竣工に近づくにつれて、かたちが現れ、カオスから秩序を持ったかたちへと収束していく。建築に携わり、この時を迎えられるのをずっと待ち望んでいた。

建築をつくるとは、いわば先の見えないトンネルを掘り続け、ある時期にふと明かりが見え始める、そんな仕事なのである。その明かりが見えるまで、暗闇の中を少しづつ歩いていかなくてはならない根気のいる仕事である。

古来、巨大な建築を建設してきた権力者たちは、巨大な建築がもつこうしたカオスを利用してきたのだと思われる。労働者をカオスの中に導き、そのカオスから抜け出させるために、膨大な労働を強いる。労働者に目標と理想を与え、カオス的様相をもつ人間の意思を一つの方向に向かわせたのであろう。人は、建築に参加することで、一つになる。

そして、こうした統一は、巨大な建築でなければなし得ない。ピラミッドや様々な神殿、宗教建築が巨大であることは偶然ではない。権力者たちは巨大でなければならないことを理解していたのである。現在、権力者のかたちも変化したが、建築に携わる人間とものとの格闘は、今も昔も変わらないのだと思う。巨大な建築の中で、人は何千年も前のカオスと同じ経験を味わうことになる。

わたしは巨大な建築からずっと遠ざかってきたものであるが、今回、このプロジェクトに参加できた経験から、建築を全く今までとは異なる視点で考えられるようになった。建築は一つの世界ではないのである。やはり、いろいろ体験することは人を変えてくれるものである。

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by kurarc | 2017-01-14 23:12

使うものだけしか持たないこと

引越しを一ヶ月後にひかえて、ものの整理をしている。最近、持っているもので壊れるものが多いので、これらは捨てるのに都合が良い。いつの時でも、引越し前になると、なぜ、使ってもいないものをずっと持っていたのか、腹立たしくなる。

たとえば、食器類。普段使う皿やコーヒカップなどは限られているのに、戸棚の中にはいくつもの余分な皿やカップが置いてある。こうしたものは、この際、すべて処分することに決めた。少なくとも一週間に一度も使わないようなものは、すべて処分の対象とすることにした。一度そのように考えると、処分するときにも躊躇がない。想い出の品と思っていたものも、使わないと思ったものは迷いなく処分してしまう。

しかし、困ったのは、以前にもこのブログで書いたが、母の遺品である。特に、日記や俳句を書きつらねた大量のノート類。母親は筆まめだったせいで、残されたノート類の量は半端ではない。わたしは母が結婚する前にお花やお料理の習い事をしていたときのノートまで持っている。ことばには魂のようなものの痕跡を感じるせいか、どうも潔く捨てられない。今回は、これらをどうするのか、結論を出さなくてはならない。

使うものだけをもつこと、これは以外と難しい。そして、もう一つの難問は、書籍であろう。膨大な量の書籍はいつも手に取って読んでいる訳ではないが、資料価値というものもあり、手元に置かざるを得ないものも多い。現在は段ボールで100箱ほどだが、これをできれば50程度にしたい。半分をpdf化してしまえば本当はよいのだろうが、そこまで経費をかけるのも気が進まない。

何を持ち、何を捨て処分するのかは、生きている限り、考えつづけることになるのだろう。



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by kurarc | 2017-01-04 20:49

謹賀新年 2017

                 謹賀新年 2017

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by kurarc | 2017-01-01 07:18


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