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by S.K.
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父親世代

わたしは比較的若い時に父親をなくしたせいかもしれないが、最近、父親世代の人間の言説を注視するようになっている。世代としては1920年代から1930年代前半生まれの人たちである。わたしの歳であると、およそそのような年代の人が父親の世代となる。わたしの父は1910年代の生まれだが、1920年代生まれの人間は特に、多感な時期に第二次大戦に深く関わった世代である。わたしの両親も多くの悲劇を体験した世代となる。

父は内地での配属であったから、海外で戦ったといった経験はないが、父の弟(叔父)は、軍の訓練、教育によって神経が衰弱し、社会に不適応な人間になってしまった。叔父は結局、メッキ工場で細々と雇われ、死んでいった。

最近、打ち合わせスペースを借りているオフイスで、同じスペースを借りている方々と話す機会があった。その中にイスラエルと仕事をされている方がいて、イスラエルでは男女ともに徴兵制があることを知る。彼に言わせれば、こうした緊張感のある国ともし戦争になれば、日本など絶対に勝ち目はないと言っていた。軍事産業にエリートのエンジニアが集まる国、それがイスラエルだというのである。

父から多くの戦争体験を聞くこともなく、父は死んでいったが、精神的なトラウマから抜け出せていたのか、今となっては知るすべもない。父は気の弱い叔父がわたしの実家に来るたびにしっかりするよう叱り付けていたが、わたしはその様子がかわいそうで仕方なかった。幼かったわたしを見るのを楽しみに来ていたのを知っていたからである。叔父はわたしを見ると安心した様子で、また職場に帰っていく。

こんな経験をした世代ももう私たちで終わりだろう。私たちの親の世代が、直接に戦争というものを語らず、何を伝えようと必死に努力してきたのか、そのことを学んでいるこの頃である。



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by kurarc | 2017-06-13 00:39

ポルトガルでお世話になったイリナさんの結婚

フェイスブック上で、ポルトガルでお世話になったイリナさんがインドの地で結婚したとの報告が飛び込んだ。イリナさんはリスボンでわたしの下宿先の同居人であった方。今で言うシェアハウスの大家さんにあたる。(この下宿先はシザ・ヴィエイラの設計したものであった。)

彼女が美大の学生でデザインを学んでいたことから、わたしに色々情報を提供してくれた。通っていた美大の授業の中にポルトガル建築史の授業があるから受講しないかと手配してくれた。女性の先生の授業だったが、いわゆる潜りで授業を受けさせてくれた。

下宿先では一つの台所を共同で使用していた。イリナさんはわたしがつくる料理には興味があったようだが、ごま油を使った料理をしていると、匂いがダメだったらしく、厳しい表情をしていた。洗濯機も共同だったが、わたしが洗濯物を入れようとすると、彼女のパンティーが残っていたこともあった。懐かしい思い出である。

彼女は大げさに言えば、命の恩人でもある。ブラジル旅行からリスボンに戻り、1週間ほどしてからわたしは高熱を出した。今まで出たこともないような40度を超える高熱であり、首から上が真っ赤に硬直し、わたしはあわてた。彼女が医者の手配をしてくれ、医者の処方してくれた薬も買ってきてくれた。その薬を飲むと、大量の汗が吹き出し、一晩に4回ほど下着を取り替えたが、みるみるうちに熱は下がり、翌朝には平熱に戻っていた。なんの薬であったのか未だにわからない。

イリナさんと言う名前からわかるように、彼女はロシア系オーストリア人らしかった。語学は、英語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語、ドイツ語、ロシア語をはじめ、今ではアラビア語までこなす。およそどのような言語も3ヶ月あれば理解できると言っていた。こう言う人種とは互角に競い合うことなどできるはずもない。

彼女のファイスブックを見ていると、世界中を旅しながらその地でデザインの仕事をし、生計を立てているようである。日本に来たいと言う思いもあるのかもしれないが、彼女のような人間は、日本のような狭い世界には収まりそうにない。結婚後、どのような世界を築いていくのだろう?

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by kurarc | 2017-06-11 23:22

フェイスブックこの頃

フェイスブックでの「友達」の数は200近くに達した。「友達」はすべて積極的にフェイスブックを利用しているわけではないが、日々更新される内容をすべて把握することは困難になってきた。また、いつこのフェイスブックをPC上でみるのかによって、みた時に情報を提供してくれた「友達」でない限り、その他の「友達」が何を取り上げていたのか気づくことはない。遡れば情報を探索できるが、それほどの時間的余裕はない。通常、フェイスブックの情報は、車窓から眺める風景のように通り過ぎていってしまう。

このような経験をすることは馬鹿馬鹿しいと思う人も数多くいるだろう。わたしも半分はそのように思っている。しかし、「友達」以外の情報、例えば、アンスティチュ・フランセやイタリア文化会館など、そのほか数多くの組織からの情報が入るため、相手にしない手はない。お世話になった先生方や友人と始めた鳥に関する情報交換、様々なグループの交流もあるから、そもそも無視することはできない。膨大な出来事の集積がフェイスブックという場所だが、それをみて思うことは「自分の時間を大切にしよう」と痛切に感じることである。何か逆説的ではあるが、人は人、そのことをフェイスブックは日々気づかせてくれる。

個人的な情報が日々「流れていく」様をみていると、人が過ごす時間の多様さに驚かされる。わざわざ今日は何を食べただの、このラーメンが美味しいなど、わたしにとってはどうでもよい情報(わたしはラーメンを食べない)が写真付きで流れてくるのには呆れるが、先日、大学時代の同級生が帯状疱疹になった、といった個人的な情報を流してくれたおかげで、わたしの症状も同じ帯状疱疹であることに気づかせてくれたから、馬鹿にはできない。こういうわたしもくだらない情報を数多く提供している。

ようはフェイスブックとの付き合い方の問題ということに決着できそうである。少なくとも、くだらないテレビ番組より役に立つ情報を得られることだけは確かである。

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by kurarc | 2017-05-20 21:04

『アッシャー家の崩壊』ほかとPCの故障

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PC(Macbook pro 17inch)は周期的に故障する。仕事が終盤に入った連休にそれは起こり、修理にいったが、再びダウン。新横浜の修理店に足を運ぶ。即日修理をお願いし、修理の間、エドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』他を読みながら待機する。

ポーを久しぶりに読もうと思ったのは、いろいろな書物の中に度々登場するからである。今日は、『アッシャー家の崩壊』、『ライジーア』、『大渦巻への下降』と進んだが、『大渦巻への下降』を読んでいる途中に、当日では修理は不可能との連絡が入り、やむなく、帰路につく。

今日読んだポーの短編(tales)で興味深いのは、彼の未来を予言しているかのような短編であるということ。わたしはてっきり、ポーが若い妻を亡くしたのちにこれらの短編を書いたと思っていたが、彼の年表を見ると、それより7、8年前に書かれているのである。これらの短編には、若い女性の死が度々登場する。

ポーは詩作から出発したことと、彼が短編(tales)に執着することとの関係について、訳者である小川高義氏は解説でふれている。ポーによれば短編(tales)は小説(novel)を上回るという持論を持っていたということである。「効果や印象の統一性」を重んじたポーは小説の散漫さを嫌ったということらしい。

久しぶりにポーを読んでいて、面白かったのは文の中に挿入された引用である。特に注意をひいたのは、ロジャー・ベーコンの随筆『美について』からの引用である。

「およそ極上の美となるには・・・均整がとれた中にもどこか異質なものがなければならぬ・・・」

この考えは、ポーを通じて特にフランンスの文学、美術に影響を与えたという。

また、改めてポーを読んで不思議に思ったのが『構成の哲学』で示された首尾一貫性(consistency)である。すべてを理詰めで書くこと、「終わりから始まりに向かって書く」ことが彼の方法だが、実際、彼の短編は、その首尾一貫性から離れて、結末が良く理解できないものが多い、ということである。それは、ヒッチコックの映画『裏窓』のように、何か、煙に巻かれて終わるものもある、ということである。

きっとポーは原文で読まなくてはならない作家なのかもしれない。そこには意外な英語を使った展開と巧みな表現が含まれているに違いない。『アッシャー家の崩壊』の「崩壊」は「fall」という単語が使われているという。図らずも、わたしのPCが「fall」した時に読むには適した短編であったのかもしれない。

*訳者の小川氏は、ポーが「死」ということを意味する英語に「dissolution」(生命体の「分解」のようなニュアンスとして)を多用することを述べている。

*ポーに関しては、わたしの愛読書、花田清輝の『復興期の精神』の中に2章にわたり言及されている。「終末観ーポー」、及び「球面三角ーポー」である。「球面三角・・・」では、あのクラヴェリナという動物の比喩が登場する。花田のこの著作の中で最も難解な2章と言えるものである。花田は、再生が死から始まることを強調しながら、終末(死)から必死に再生しようする知的野心をもったポーをルネッサンス人とみなしているところが新鮮である。


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by kurarc | 2017-05-19 16:30

ミュージカル映画『NEWYORK NEWYORK』

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ミュージカル映画『LA LA LAND』にインスピレーションを与えた映画の一つと言われる『NEWYORK NEWYORK』をみる。わたしは初めてみたのだが、圧巻であった。

アメリカ映画を好んでみる方ではないが、この映画は、アメリカ映画のよい面、アメリカ人しかつくれないような力強さを持つ映画である。ライザ・ミネリ、ロバート・デ・ニーロのどちらの演技にも甲乙つけがたい。どちらも熱演。何か言葉にできない。

この映画はみた方がよい、としか言いようがない。

*ライザ・ミネリが誰かに似ているな、誰だろうと考えてみたら、わたしのフランス語の先生にそっくりであった。

*この映画は、スコセッシ監督の映画『タクシードライバー』の次回作に当たる。この頃のデ・ニーロの演技は神がかっている。

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by kurarc | 2017-05-13 22:45

東京外国語大学 読書冊子 pieria

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今日から東京外国語大学でポーランド映画の講座が始まった。午後7時過ぎに大学へ。校舎内の書籍紹介コーナーに外国語大学が定期的に発行する読書冊子pieriaが置いてあったので、頂戴する。以前、フェイスブックでも一度紹介した冊子である。

外国語大学の教師たちが、テーマに沿った書籍を紹介してくれている冊子で、今回のテーマは、「見えないものにふれる」である。様々なフィールドをもつ教師たちが推薦する書籍はどれも魅力的である。わたしは教師の学生に対する義務の一つは、良書を紹介することだと思っている。いや、教師はそれだけでよいのではないか。教師が教師づらをしてウンチクを語っても学生は聞きもしない。それより、一冊、あるいは数冊の良書を紹介する。それを手に取るか取らないかは学生の感性に任せるのである。紹介した本は、次への行動を促すようなものでなくてはならない。その本を手に取った学生は、いつのまにか次への一歩を勝手に歩み始める。それが理想の学び方であろう。

冊子の中に、今福龍太さんのインタビューが掲載されていた。彼の薦める書籍は、『沈黙の世界』(マックス・ピカート著)、『音、沈黙と測りあえるほどに』(武満徹著)、『サイレンス』(ジョン・ケージ著)の三冊。沈黙とは何か、について考える三冊。今福さんらしい三冊である。



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by kurarc | 2017-04-14 23:28

帯状疱疹

帯状疱疹という病にかかってしまった。10日ほど前から、左片側に軽い頭痛のようなものを感じていて、偏頭痛かなと思っていたが、気がつくと左耳上にかぶれたような症状が現れ、痛がゆい感じが続いた。その後、痛みはチクチクというかなりの激痛に変化し、昨晩鏡を見ると水泡が頭にできていた。フェイスブックでたまたま大学時代の同級生が同じ病のことをアップしてくれていたおかげで、この病気のことがわかり、皮膚科へ駆けつけた。実は、4日前にも皮膚科に行って診てもらっていたが、その時には水泡がでるまでに進行していなかったのだろう。医者も病を特定することができなかった。フェイスブックもバカにならない。

インターネットでこの病のことを調べて見ると、あなどれない病のようで、手遅れになると神経をやられてしまったり、様々な後遺症に悩まされることになるらしい。わたしも今後どのようになるかわからないが、こういう時には薬に頼るしかない。このところ、仕事をしながら引越しの準備、そして引越しとかなりの体力を使ったこともあり、疲れがたまっていたのかもしれない。ただでさえ年度末は身体の疲れが噴出する頃である。気をつけなければならない。


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by kurarc | 2017-03-25 12:42

こぼれ落ちたニースの地図

ちょうど一ヶ月前に、ジャック・ドゥミの映画『天使の入江』について書いてから2、3日した日だったと思う。未だ片付かない事務所の本の瓦礫を整理していた時のことである。瓦礫の中から33年前にニースに行ったときインフォメーションでもらった地図が事務所の床に落ちていた。33年前に行った旅行の時にもらった地図類は何冊かのファイルに閉じてあり、まだそのファイルが入っているダンボールは開封していなかったのだが、なぜかニースの地図だけが落ちていたのである。

わたしは、またかと思った。最近、こうした偶然とも必然とも言えないような体験をよくするのである。ニースを舞台にした映画を見ていたら、目の前にニースの地図が「偶然」に落ちていたということになる。その地図には、「15.10.84 S.K.」とメモしてあった。1984年の10月15日にインフォメーションでもらったものであった。

ポーランド映画をみていて、「タデウシュ」という人名が出てきた時も、ポルトガル語の発音に似ているな、と感じていたが、実は、アントニオ・タブッキの『レクイエム』というリスボンを舞台にした小説の中でにも「タデウシュ」が登場していて、これをタブッキは、「アデウシュ」という永続的な別れを意味するポルトガル語と関連付けていたことを最近知った。

ポルトガルからポーランドへの興味も必然的だったのでは、という気がしないでもない。わたしの好きなポーランド人の女性歌手アナ・マリア・ヨペクがリスボンをテーマとした音楽を作り、『イマジン』というポーランド映画がリスボンという都市を舞台としていて、こうした映画と出会うことも偶然とは思えない。

すべての出会いは必然的なのだが、その必然性を人は鈍感にも感じないか、無視してしまうことで、偶然と感じてしまうのだと思う。わたしがどこを歩き、どこに行き、誰に会うのか、好きなものから好きなものへの出会いの連続はすべてわたしの中の必然性の帰結なのだと思う。



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by kurarc | 2017-03-24 17:37

リスボン大地震からデモクラシーへ

図書館から『トクヴィル 現代へのまなざし』(富永茂樹著、岩波新書)を借りてきた。イギリスがEUから脱退することが正式に決まり、トランプが大統領に就任した。世界が大きく変化しようとしていることは明白である。大きくは、17世紀後半から芽生え出したデモクラシーが大きな変曲点を迎えていると思われる。

そもそもデモクラシーとは何なのか?そのことをもう一度考えるために、この本を借りてきたのである。この新書の最後に添付された略年譜を見ると、興味深いことに、1739年から1911年までのトクヴィルに関する動向と関連事件が対照的にまとめてあり、1755年にはリスボン大地震が記され、この同じ年にルソーの『人間不平等論』が出版されていることも記されている。

現在進行している世界の状況を冷静に考えるためには、このリスボン大地震の時代から19世紀、20世紀初頭までのデモクラシーの推移を押さえておくのが良いのではないか、そのためにはトクヴィルの経験を復習しておくのが良いのではないか、と思いこの本を借りてきたのである。

トクヴィル(1805−59)は、デモクラシーの未来を当時のアメリカやイギリスの状況を踏まえて考察し、さらに自国フランスの革命による社会と政治の変容を熟思した思想家である。わたしも彼の思想に詳しくはないが、この本の中には、18世紀後半に出現した群集やその舞台となる都市の意味などが考察されているし、フィリップ・アリエスの『子供の誕生』といった書物も登場して、大学時代に少しかじった「家族」や「子供」の問題にも触れている。

現在は、デモクラシー、さらに、広く「モダン」という時代を復習すべき時なのだと思う。

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by kurarc | 2017-03-21 21:29

「かわいい」とは

「かわいい」という言葉は、いまや国際語になりつつある。しかし、「かわいい」とはそもそもどのような意味なのか?

わたしは、典型的な「かわいい」という言葉をあまりよい言葉とは思っていない。単に姿、外見が「かわいい」とか、そのような意味で「かわいい」という言葉は使いたくない。

「かわいい」ということを最近特に感じたのは、Li-sa-Xという12才の少女のギタリストの演奏をyou-tubeでみたときである。彼女がギターを弾く様に「かわいさ」を感じた。それは、「健気」にギターを弾いていること、その様に感じたのである。

「かわいい」をわたしは「健気さ」という意味として解釈したい。何かに一生懸命に取り組むこと、それが「かわいい」ことと思いたい。だから、「かわいい」人はいくら歳をとっても関係がない、「かわいい」人でいられるのである。

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by kurarc | 2017-02-22 21:00


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