Archiscape


Archiscape
by S.K.
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カテゴリ:未分類( 184 )

21世紀のものづくり Fabスペースの広がり

慶應義塾大学環境情報学部教授、田中浩也氏のお話を聞く機会があった。田中氏は、ここ10年において世界的に広がりつつあるFabスペースの可能性を研究している研究者である。

この10年のものづくりの大きな変化の一つに3Dプリンターやレーザーカッターが個人で購入できる価格帯に変化してきたこと、また、こうした機器を常備した工房、Fabスペースが日本各地(世界各地にも)に出現していることがあげられる。2016年年末時点で全国に120ほどのFabスペースが存在する、と田中氏は言っていた。

それだけでは、工房が各地にできただけのことだが、こうした工房がインターネットを通じて世界各国につながり、世界のつくり手と情報交換が行われ、ものづくりが個人から共創性を持つ様態に変化していることである。それは、ソフトのプログラムが公開され、その改良のため多くの人間が参加、日々進化していくようなソフトのあり方が、そのままものづくりに応用されている感覚に近い。

もはや個人で閉じたものづくりではなく、参加型のものづくりの体制がつくられつつあるということである。さらに、こうしたFabスペースでは、誰が教え、誰が学ぶかと言った立場の境界は消え、誰もが生徒であり教師であるような立場に変化し、その中で様々なコミュニケーションが生まれる場がかたちづくられているという。

藤沢の慶応大キャンパス内の図書館にはすでに16台の3Dプリンター類が配備されているという。図書館は本を読む、調べると言ったスペースから、工房を併せ持つ創造するスペースとして、再定義されているのである。

こうした変化は興味深いことは確かだが、優れた宮大工が木の性質を読みこみ、ものをつくっていくようなあり方とは根本的に異なる。共創はよいが、著作権はどうなるのか、とか、Fabで代替することができないものづくりはどうなるのか、とか多くの疑問が湧いてくることも確かである。

self-helpでものをつくることの可能性とその限界、落とし穴などが今後、個人によるものづくりが進むにつれて、明らかになってくることだろう。機械を利用した一つのものづくりのあり方が加速度的に進みつつあることは確かである。

[PR]
by kurarc | 2017-10-07 21:24

『雑学者の夢』(多木浩二著) を読む

b0074416_19572318.jpg
この夏は、計4つの中編、長編小説とフランス語、音楽理論の学習、そして、この多木先生の書物を読むことを計画していた。

一応、すべて一通り学ぶことができたのだが、(音楽理論は中途半端になった)タイトルの多木先生の書物は、多木先生の中でかなり特殊な書物である。晩年の書物(出版されたのは76歳の時)でもあり、多木先生が、どのような書物を学び、読解してきたかの告白、回想であり、紹介でもある。

バルト、ソシュールからバンヴェニストといった哲学者、言語学者、ベンヤミン、そして、フーコーを中心に言及されているが、彼らに連関する名だたる人名が数多く登場する。わたしには理解も及ばない知的な世界であるが、多木先生は、こうした知的世界を逍遥しながら、自らの世界を構築していったことがよく理解できた。

この書物を読んだ限り、やはり多木先生は、早い時期にフランスの思想家、特に、ロラン・バルトから多くの刺激を受けたことが理解できる。さらに、「ヨーロッパの認識論の解体」をするものとしてのフーコーから自己批判をするようになったことが赤裸々に語られている。追いつこうとしていたものから、突き放されるような感覚を味わったのかもしれない。

決して自己を直接語る書物ではないが、知的に自己を表現している。先生は、最後まで知の巨人であり、紳士であったのだと思う。

[PR]
by kurarc | 2017-09-05 19:56

ブログ 長期休暇

ブログを当面(8月末くらいまで)お休みすることにします。いろいろとやらなければならないことが増えてきましたので、それが一旦落ち着いてから、また改めて再開しようと思います。

再開は9月からの予定です。

[PR]
by kurarc | 2017-07-19 23:08

私淑

武蔵野美術大学で受講している島崎信先生の椅子の講義は、質の高い講義である。先生はすでに80も半ばというご高齢にもかかわらず、精力的な講義を聞かせていただいている。

講義自体ももちろん興味深いのだが、講義終了後、ムサビ内の食堂で有志とともにコーヒーブレイクも兼ねて雑談をしてくださる。講義に参加している25名ほどの中で、この雑談に参加するのは7〜8名であるが、この雑談の中で、先生の過去の体験など貴重なお話しを聞かせていただいている。

昨日、講義後の雑談の中で色々と興味深いお話を伺うことができたが、その一つ、デザイナーはデザインができるのは当たり前、そして、デザインは人と人との付き合いの中でできるものなのだから、そうしたデザインができなければならない、つまり、自分自身のデザインをしなさい、ということ。

そして、若いデザイナーにアドバイスした言葉に、「私淑しなさい」ということ。「私淑」とは、文学作家になりたいと思うのであれば、目標にすべき人物、例えば夏目漱石と定めたならば、その漱石の生涯をたどって、どうしてあのような偉大な作家になれたのか調べなさい、また、どのような挫折を味わったかについてまでも調べなさい、そして、その作家のようになることを30年後くらいに思い浮かべ努力しなさい、とのアドバイスをされていた。

わたしにはすでに時遅し、ということなのかもしれないが、逆にいうと、私淑できない人、何が目標かを定めることができないならば、その人はそれまでだ、ということだと思う。当たり前のことだが、目標を持ち、それに近づくべく努力するということはどのような分野の人間にも必要なことだということである。

[PR]
by kurarc | 2017-07-16 14:14

父親世代

わたしは比較的若い時に父親をなくしたせいかもしれないが、最近、父親世代の人間の言説を注視するようになっている。世代としては1920年代から1930年代前半生まれの人たちである。わたしの歳であると、およそそのような年代の人が父親の世代となる。わたしの父は1910年代の生まれだが、1920年代生まれの人間は特に、多感な時期に第二次大戦に深く関わった世代である。わたしの両親も多くの悲劇を体験した世代となる。

父は内地での配属であったから、海外で戦ったといった経験はないが、父の弟(叔父)は、軍の訓練、教育によって神経が衰弱し、社会に不適応な人間になってしまった。叔父は結局、メッキ工場で細々と雇われ、死んでいった。

最近、打ち合わせスペースを借りているオフイスで、同じスペースを借りている方々と話す機会があった。その中にイスラエルと仕事をされている方がいて、イスラエルでは男女ともに徴兵制があることを知る。彼に言わせれば、こうした緊張感のある国ともし戦争になれば、日本など絶対に勝ち目はないと言っていた。軍事産業にエリートのエンジニアが集まる国、それがイスラエルだというのである。

父から多くの戦争体験を聞くこともなく、父は死んでいったが、精神的なトラウマから抜け出せていたのか、今となっては知るすべもない。父は気の弱い叔父がわたしの実家に来るたびにしっかりするよう叱り付けていたが、わたしはその様子がかわいそうで仕方なかった。幼かったわたしを見るのを楽しみに来ていたのを知っていたからである。叔父はわたしを見ると安心した様子で、また職場に帰っていく。

こんな経験をした世代ももう私たちで終わりだろう。私たちの親の世代が、直接に戦争というものを語らず、何を伝えようと必死に努力してきたのか、そのことを学んでいるこの頃である。



[PR]
by kurarc | 2017-06-13 00:39

ポルトガルでお世話になったイリナさんの結婚

フェイスブック上で、ポルトガルでお世話になったイリナさんがインドの地で結婚したとの報告が飛び込んだ。イリナさんはリスボンでわたしの下宿先の同居人であった方。今で言うシェアハウスの大家さんにあたる。(この下宿先はシザ・ヴィエイラの設計したものであった。)

彼女が美大の学生でデザインを学んでいたことから、わたしに色々情報を提供してくれた。通っていた美大の授業の中にポルトガル建築史の授業があるから受講しないかと手配してくれた。女性の先生の授業だったが、いわゆる潜りで授業を受けさせてくれた。

下宿先では一つの台所を共同で使用していた。イリナさんはわたしがつくる料理には興味があったようだが、ごま油を使った料理をしていると、匂いがダメだったらしく、厳しい表情をしていた。洗濯機も共同だったが、わたしが洗濯物を入れようとすると、彼女のパンティーが残っていたこともあった。懐かしい思い出である。

彼女は大げさに言えば、命の恩人でもある。ブラジル旅行からリスボンに戻り、1週間ほどしてからわたしは高熱を出した。今まで出たこともないような40度を超える高熱であり、首から上が真っ赤に硬直し、わたしはあわてた。彼女が医者の手配をしてくれ、医者の処方してくれた薬も買ってきてくれた。その薬を飲むと、大量の汗が吹き出し、一晩に4回ほど下着を取り替えたが、みるみるうちに熱は下がり、翌朝には平熱に戻っていた。なんの薬であったのか未だにわからない。

イリナさんと言う名前からわかるように、彼女はロシア系オーストリア人らしかった。語学は、英語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語、ドイツ語、ロシア語をはじめ、今ではアラビア語までこなす。およそどのような言語も3ヶ月あれば理解できると言っていた。こう言う人種とは互角に競い合うことなどできるはずもない。

彼女のファイスブックを見ていると、世界中を旅しながらその地でデザインの仕事をし、生計を立てているようである。日本に来たいと言う思いもあるのかもしれないが、彼女のような人間は、日本のような狭い世界には収まりそうにない。結婚後、どのような世界を築いていくのだろう?

[PR]
by kurarc | 2017-06-11 23:22

フェイスブックこの頃

フェイスブックでの「友達」の数は200近くに達した。「友達」はすべて積極的にフェイスブックを利用しているわけではないが、日々更新される内容をすべて把握することは困難になってきた。また、いつこのフェイスブックをPC上でみるのかによって、みた時に情報を提供してくれた「友達」でない限り、その他の「友達」が何を取り上げていたのか気づくことはない。遡れば情報を探索できるが、それほどの時間的余裕はない。通常、フェイスブックの情報は、車窓から眺める風景のように通り過ぎていってしまう。

このような経験をすることは馬鹿馬鹿しいと思う人も数多くいるだろう。わたしも半分はそのように思っている。しかし、「友達」以外の情報、例えば、アンスティチュ・フランセやイタリア文化会館など、そのほか数多くの組織からの情報が入るため、相手にしない手はない。お世話になった先生方や友人と始めた鳥に関する情報交換、様々なグループの交流もあるから、そもそも無視することはできない。膨大な出来事の集積がフェイスブックという場所だが、それをみて思うことは「自分の時間を大切にしよう」と痛切に感じることである。何か逆説的ではあるが、人は人、そのことをフェイスブックは日々気づかせてくれる。

個人的な情報が日々「流れていく」様をみていると、人が過ごす時間の多様さに驚かされる。わざわざ今日は何を食べただの、このラーメンが美味しいなど、わたしにとってはどうでもよい情報(わたしはラーメンを食べない)が写真付きで流れてくるのには呆れるが、先日、大学時代の同級生が帯状疱疹になった、といった個人的な情報を流してくれたおかげで、わたしの症状も同じ帯状疱疹であることに気づかせてくれたから、馬鹿にはできない。こういうわたしもくだらない情報を数多く提供している。

ようはフェイスブックとの付き合い方の問題ということに決着できそうである。少なくとも、くだらないテレビ番組より役に立つ情報を得られることだけは確かである。

[PR]
by kurarc | 2017-05-20 21:04

『アッシャー家の崩壊』ほかとPCの故障

b0074416_16342284.jpg
PC(Macbook pro 17inch)は周期的に故障する。仕事が終盤に入った連休にそれは起こり、修理にいったが、再びダウン。新横浜の修理店に足を運ぶ。即日修理をお願いし、修理の間、エドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』他を読みながら待機する。

ポーを久しぶりに読もうと思ったのは、いろいろな書物の中に度々登場するからである。今日は、『アッシャー家の崩壊』、『ライジーア』、『大渦巻への下降』と進んだが、『大渦巻への下降』を読んでいる途中に、当日では修理は不可能との連絡が入り、やむなく、帰路につく。

今日読んだポーの短編(tales)で興味深いのは、彼の未来を予言しているかのような短編であるということ。わたしはてっきり、ポーが若い妻を亡くしたのちにこれらの短編を書いたと思っていたが、彼の年表を見ると、それより7、8年前に書かれているのである。これらの短編には、若い女性の死が度々登場する。

ポーは詩作から出発したことと、彼が短編(tales)に執着することとの関係について、訳者である小川高義氏は解説でふれている。ポーによれば短編(tales)は小説(novel)を上回るという持論を持っていたということである。「効果や印象の統一性」を重んじたポーは小説の散漫さを嫌ったということらしい。

久しぶりにポーを読んでいて、面白かったのは文の中に挿入された引用である。特に注意をひいたのは、ロジャー・ベーコンの随筆『美について』からの引用である。

「およそ極上の美となるには・・・均整がとれた中にもどこか異質なものがなければならぬ・・・」

この考えは、ポーを通じて特にフランンスの文学、美術に影響を与えたという。

また、改めてポーを読んで不思議に思ったのが『構成の哲学』で示された首尾一貫性(consistency)である。すべてを理詰めで書くこと、「終わりから始まりに向かって書く」ことが彼の方法だが、実際、彼の短編は、その首尾一貫性から離れて、結末が良く理解できないものが多い、ということである。それは、ヒッチコックの映画『裏窓』のように、何か、煙に巻かれて終わるものもある、ということである。

きっとポーは原文で読まなくてはならない作家なのかもしれない。そこには意外な英語を使った展開と巧みな表現が含まれているに違いない。『アッシャー家の崩壊』の「崩壊」は「fall」という単語が使われているという。図らずも、わたしのPCが「fall」した時に読むには適した短編であったのかもしれない。

*訳者の小川氏は、ポーが「死」ということを意味する英語に「dissolution」(生命体の「分解」のようなニュアンスとして)を多用することを述べている。

*ポーに関しては、わたしの愛読書、花田清輝の『復興期の精神』の中に2章にわたり言及されている。「終末観ーポー」、及び「球面三角ーポー」である。「球面三角・・・」では、あのクラヴェリナという動物の比喩が登場する。花田のこの著作の中で最も難解な2章と言えるものである。花田は、再生が死から始まることを強調しながら、終末(死)から必死に再生しようする知的野心をもったポーをルネッサンス人とみなしているところが新鮮である。


[PR]
by kurarc | 2017-05-19 16:30

ミュージカル映画『NEWYORK NEWYORK』

b0074416_22431750.jpg
ミュージカル映画『LA LA LAND』にインスピレーションを与えた映画の一つと言われる『NEWYORK NEWYORK』をみる。わたしは初めてみたのだが、圧巻であった。

アメリカ映画を好んでみる方ではないが、この映画は、アメリカ映画のよい面、アメリカ人しかつくれないような力強さを持つ映画である。ライザ・ミネリ、ロバート・デ・ニーロのどちらの演技にも甲乙つけがたい。どちらも熱演。何か言葉にできない。

この映画はみた方がよい、としか言いようがない。

*ライザ・ミネリが誰かに似ているな、誰だろうと考えてみたら、わたしのフランス語の先生にそっくりであった。

*この映画は、スコセッシ監督の映画『タクシードライバー』の次回作に当たる。この頃のデ・ニーロの演技は神がかっている。

[PR]
by kurarc | 2017-05-13 22:45

東京外国語大学 読書冊子 pieria

b0074416_23281848.png
今日から東京外国語大学でポーランド映画の講座が始まった。午後7時過ぎに大学へ。校舎内の書籍紹介コーナーに外国語大学が定期的に発行する読書冊子pieriaが置いてあったので、頂戴する。以前、フェイスブックでも一度紹介した冊子である。

外国語大学の教師たちが、テーマに沿った書籍を紹介してくれている冊子で、今回のテーマは、「見えないものにふれる」である。様々なフィールドをもつ教師たちが推薦する書籍はどれも魅力的である。わたしは教師の学生に対する義務の一つは、良書を紹介することだと思っている。いや、教師はそれだけでよいのではないか。教師が教師づらをしてウンチクを語っても学生は聞きもしない。それより、一冊、あるいは数冊の良書を紹介する。それを手に取るか取らないかは学生の感性に任せるのである。紹介した本は、次への行動を促すようなものでなくてはならない。その本を手に取った学生は、いつのまにか次への一歩を勝手に歩み始める。それが理想の学び方であろう。

冊子の中に、今福龍太さんのインタビューが掲載されていた。彼の薦める書籍は、『沈黙の世界』(マックス・ピカート著)、『音、沈黙と測りあえるほどに』(武満徹著)、『サイレンス』(ジョン・ケージ著)の三冊。沈黙とは何か、について考える三冊。今福さんらしい三冊である。



[PR]
by kurarc | 2017-04-14 23:28


検索
最新の記事
カテゴリ
Notes
HP here

e-mail here

■興味のあるカテゴリを見た後に、また最初のページに戻るには、カテゴリの「全体」をクリックしてください。

■カテゴリarchives1984-1985では、1984年から1985年にかけて行った11ヶ月の旅(グランドツアー)について紹介しています。
画像は30年前のスライドをデジタル化しているため、かなり劣化しています。

■カテゴリfragmentでは、思考のヒント、覚書き、論理になる前のイメージ等、言葉を羅列する方法で書いています。

ライフログ
画像一覧
以前の記事