Archiscape


archiscape
by S.K.
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

カテゴリ:music( 130 )

ギター音楽へ

b0074416_23152101.jpg
ラルフ・タウナーやアサド兄弟のギター音楽を久しぶりに聴いた。ラルフ・タウナーの方は『Time Line』、アサド兄弟の方は映画音楽『夏の庭』である。両方とも、楽譜を持っていることもあり、楽譜を見ながら鑑賞する。

この二人(正確には三人)のギタリストは特に好きで、タウナーのこのCDについては、11年前のブログで取り上げた。アサド兄弟についても、何回か書いている。タウナーの方はすべての曲が採譜されている譜面ではないので、採譜されているものを中心に聴く。また、自分でも演奏できそうなものを特に重点的に聴いてみる。

彼らの音楽は繊細で、ラジオから日々流れてくるような音楽とは一線を画しているが、今回、タウナーの演奏を聴いてみると、そのリズムの揺れの大きさに驚かされた。彼の演奏は、まったく楽譜通りのリズムで演奏しているものは皆無である。タウナーのギターは、人を大きく揺さぶる。つまり、鑑賞者は、タウナーという大きな船の上にいて、その揺れに身をまかせている感じなのである。

アサド兄弟の方は意外にも、楽譜にかなり忠実に演奏している。それでも二重奏が大半であるから、二人の息の微妙なズレがタウナーの揺れのように音楽を揺さぶることになる。

最近は、ほとんどギターを手にしていなかったが、爪も少しずつ伸ばし始めた。ギターは爪の手入れが厄介である。ただ、彼らの曲をギターで弾いたら、何か音楽の深さが少しでもつかめそうな気がするから、また一から練習してみようと思っている。
b0074416_23153652.jpg

[PR]
by kurarc | 2017-03-29 23:13 | music

パット・メセニー音楽のブラス・バージョンへの期待

b0074416_11344776.jpg
月に1度、トランペットを学んでいる先生の属するオーケストラの音楽を聴く機会があった。ブラジル音楽をトランペットやアルトサックスといった管楽器と、ギター、ベース、パーカッションの編成で演奏するオーケストラである。その中で、パット・メセニーがちょうど30年前に発表した名盤『STILL life(talking)』の中の曲”(IT'S JUST) TALK"のブラスヴァージョンを聴くことができたのだが、これが非常によかったのである。

パット・メセニーは、このCDを発表した1987年以前、ECMから『FIRST CIRCLE』というアルバムを発表しているが、CD全体のできは統一感がなく、中途半端な仕上がりとなっていた。ただ、”THE FIRST CIRCLE "という曲で、声を大胆に曲の中に取り入れる『STILL life(talking)』につながるような曲のイメージをつかんでいたように思う。中南米音楽、特にブラジル音楽のとの接近である。

その手がかりをもとに、『STILL life(talking)』ではバンドの音楽というフレームから抜け出し、サウンドスケープと言えるような風景、環境のようなものを音楽に結実させたのである。1曲目のタイトル”MINUANO(68)"が直接示すように、冬の季節風を意味するブラジル・ポルトガル語を使い、ブラジル音楽との関係を明確に表現しようとした。

このCDを聴いて、以前のCDとの大きな違いはドラムの音が繊細になり、むしろパーカッションの一部と扱われたことであろう。無造作な8ビートの曲などはもちろん含まれない。ドラムの音は軽くなり、リズムの波は穏やかに変化した。改めてこのCDを聴き返すと、全体のコンセプトのようなものがはっきりと感じられて、名盤であることがわかる。このCDによって、新しいパットの音楽が旅立った記念すべき1枚となっている、といってよいのではないか?

そして、彼の音楽のブラス化に今後も期待したい。作曲家たちは、アニメソングだの、歌謡曲をブラスバンド用に編曲することはよくやるのに、パットの音楽をなぜ用いないのだろう?

[PR]
by kurarc | 2017-03-11 11:33 | music

Biel(ビェル) 白へのオマージュ

b0074416_22070181.jpg
アナ・マリア・ヨペクと小曽根真とのCD『俳句』を購入した。今まで、アナのCDにはポーランド語の日本訳が掲載されていなかったが、このCDには幸い、日本語訳が掲載されている。もっと早く気づけばよかったのだが、今まで彼女が歌うポーランド語の意味を知りたくて仕方がなかった。

このCDの中の5曲目に入っている「Biel」(白の意)は、大好きな曲であった。あった、と書いたのは、パット・メセニーとつくったCD『UTOJENIE』の中の3曲目にも入っていて、以前からよく聴いていたからである。

この曲は、パット・メセニーのためにつくったと、作詞作曲者のマルチン・クドリンスキが『俳句』のライナーノーツに書いている。さらに興味深いことは、この曲の詩を「和泉式部の和歌からインスピレーションを受けて書いた」ということである。

待つ人の 今も来たらば いかがせむ 踏むまま惜しき 庭の雪かな

という和歌であるという。庭に積もった雪の美しさを詠んだ和歌だが、この曲では、その雪の白い色の美しさ、世界の初源としての色を讃えている。そうした内容の詩であることを知ると、いっそうこの曲が好きになった。

この曲を鑑賞するのにふさわしく、ちょうど白い季節が訪れようとしている。

*ちなみに、作詞作曲者のマルチン・クドリンスキは、アナの夫であるという。主に、彼女のプロデュサーを担っているようだ。

[PR]
by kurarc | 2017-01-13 22:04 | music

”Rua Dos Remedios”  ポルトガルのボサノヴァ

アナ・マリア・ヨペクの音楽を相変わらず楽しんでいる。彼女のリスボン(ポルトガル)を主題にした『SOBREMESA』(日本語で、デザートの意)は、なかなかよい出来のCDである。

以前にもこのブログで取り上げたCDの1曲目 ”Rua Dos Remedios” のアレンジが最近特に気になっている。このアレンジの何が気になるのかというと、「ポルトガルのボサノヴァ」と言える曲に仕上がっていると思えることである。

この曲は6拍子だが、これを4拍のギターのストロークで均一に分割している。ブラジルのボサノヴァにみられるシンコペーションのリズムではなく、均質な、plainなリズムで曲を分割している。そのアレンジがポルトガルらしいボサノヴァを形づくっていると思えるのである。

均質に分割しているからといって、そこにシンコペーションを感じられないかというとそうではない。6拍子と4分割というズレが独特のシンコペーションを感じさせてくれる。よって、均質なリズムでありながら退屈しない。

ポルトガルの音楽は、保守的なものが多いが、アナはそうした慣習に新しい風を吹き込むことに見事に成功したといってよいだろう。

[PR]
by kurarc | 2017-01-08 21:06 | music

長田弘とボブ・ディラン

b0074416_22114154.jpg
テレビでボブ・ディランの特集をやっている。わたしはボブ・ディランに薫陶を受けた世代ではない。彼の曲を聴くと、歌詞は確かに優れているが、曲はどうだろう?

わたしが頼りにする20世紀のバイブル『私の20世紀書店』(長田弘著)には、ボブ・ディランに関係する章があった。「iDEATH」というタイトルの章である。

長田はここで、直接ディランを語るのではなく、ディランの友人でシンガー・ソングライターであったフィル・オクスを取り上げている。1963年、オクスとディランは雑誌「ブロードサイド」を編集。名曲「風に吹かれて」はそこからはじまったのだという。しかし、彼らはたえず衝突。プロテスト・ソングの正道をいくオクスをディランは批判していたのだという。オクスのテーマは常に「政治」だったからである。しかし、そのオクスが独房に入れられるや、ディランはオクスのためのバラード「ハリケーン」を歌うことになる。

長田によれば、1960年代のアメリカは死(自死、変死)の時代であった。ヘミングウェイの自殺、モンローの死、ケネディの死、キング牧師の暗殺などあげれば切りがない。

こうした時代の後に、詩人のアレン・ギンズバークはディランの『欲望』に、「キープ・オン・ワーキング!」(やりつづけること!)という言葉をよせたと言う。長田は、「日々の生きるという手仕事」を「やりつづけること」と解釈している。

長田のこうしたディランの理解の仕方はなんとエレガントなのだろう。

[PR]
by kurarc | 2016-12-10 22:10 | music

パリから楽譜が届く

b0074416_22522058.jpg
パリから楽譜が届いた。以前から何度も紹介している映画『ロシュフォールの恋人たち』の映画音楽をアレンジした楽譜である。ピアノ譜と歌詞、及び映画のシーンの写真がセットになっている。予想外に安価であったために購入することにした。

ルグランの音楽が楽譜になっていることはありがたい。本来は自分でコピーする必要があるのだろうが、その力はわたしにはない。この楽譜がよいのは、歌詞も書かれていること。フランス語のよい勉強になる。

まずは、Chanson d'Andy(Thème concertoと同じメロディ)をゆっくりしたテンポで、トランペットで練習したい。トランペットの練習曲は良いものが少ない。それより、こうした自分の好みの曲を用いて練習する方がモチベーションが上がる。タンギングとリップスラーの練習にはもってこいである。

[PR]
by kurarc | 2016-11-29 22:52 | music

吹奏楽のための第2組曲「ラティーノ・メキシカーナ」

現在属している吹奏楽団で、アルフレッド・リード作曲のタイトルの曲を練習している。"Son Montuno"、"Tango"、”Guaracha"、”Paso Doble"を主題にした4楽章よりなる組曲である。

不思議なのは、この曲のタイトルの副題が、”Latino- Mexicana"であること。わたしにはなぜ、”Mexicana”を付加しなければならないのかわからない。

メキシコ人もラテン人の仲間であるのだから、わざわざ”Mexicana”を加える必要はないのでは?と思ってしまうのだが、予想されることは、リードの暮らしていたアメリカ合衆国では、お隣の国となるメキシコは、ラテン人というよりは、メキシコ人と直截的に呼ばれるにふさわしいく、それだけ、身近な国であり、人々であるのだろうから、あえて、”Latino”から想像される人々と分離し、区別するために、”Latino- Mexicana"という表記を行ったのでは?と想像されるが・・・?あるいは、以外とアメリカでは流通する言い回しなのか・・・?

曲の方は、それぞれ、キューバ(クーバと言った方がよいだろう)のモントゥーノ、ブラジル風タンゴ、アルゼンチンのグアラチャ(酒盛り歌)、最後はスペイン-メキシコの闘牛の行進曲といった展開であり、ラテンといってもほとんどスペイン系の楽曲で構成されているといってよい。演奏時間の関係から、第1楽章と第4楽章を演奏する。わたしが最も気に入っているのは、第2楽章。ゆったりとしたテンポのタンゴが心地よいが、この曲の中には残念ながらトランペットの出番はほとんどない。

[PR]
by kurarc | 2016-10-14 00:04 | music

ビクトル・ハラ

b0074416_21292646.jpg
このブログで少し前に紹介したCD『In maggiore』で、不覚にもわたしは初めてビクトル・ハラについて知った。今日、または明日は、ハラが1973年9月に起きたチリでのクーデターの際、軍部により虐殺された命日にあたる。

ちょうど、いつもの通り、アマゾンで購入した古本『平和に生きる権利』(ビクトル・ハラ著、濱田滋郎著・訳、横井久美子著)が届いた。先日のパオロ・フレスらのコンサートはその時期としても、タイムリーであったことになる訳である。

届いた本の中にはCDと彼の歌の歌詞(スペイン語)と濱田氏の訳、楽譜が含まれている。ハラのスペイン語は非常にわかりやすく、わたしでも読解できるほどである。ハラは、この歌とギターを武器として戦った詩人であり、歌手であった。

1972年12月5日、ハラが総指揮をとった国立競技場で、パブロ・ネルーダのノーベル賞授賞祝典が行われたのだと言う。そのおよそ9ヶ月後、ハラは同競技場で虐殺された。40歳であった。

*写真は、ビクトル・ハラの墓。(wikipediaより)

*フレスのCDの中に採録された曲は、ハラの『Te recuerdo Amanda』(アマンダの想い出)。フレスのCDは、もしかしたら、ハラに出会うためのものだったのかもしれない。



[PR]
by kurarc | 2016-09-15 21:29 | music

パオロ・フレス(Tp)+ダニエレ・ディ・ボナベントゥーラ(Bn)

ECMレーベルのCD『In maggiore』はタイトルの二人、トランペットとバンドネオンの二重奏による。イタリア語によるタイトルの意味は多分、意訳すると「大人のための音楽」といったような意味を表現したかったのではないかと思う。

幸運にもイタリア文化会館でその生演奏を聴くことができたが、それはCDを遥かに超えるものであった。CDの録音は2014年5月、イタリア、ルガーノにおいてだから、この2年の内に、彼らの音楽が成熟する時間があったのかもしれない。

CDの中にライナーノーツのようなものが一切ないため、このCDの製作経緯は不明だが、そのようなことはどうでもよいことで、トランペットとバンドネオンがこれほど相性のよいものかということにまず驚いたことと、二人の演奏にも関わらず、リズムが正確に刻まれると同時に、間合いにおいても息が合ったすばらしい演奏であった。さらに、二人の音の切れ味の良さにも驚いた。イタリア人の、あるいはラテン人のもつシャープさというものを思い知らされた。

イフェクターを使用したパオロ・フレスのトランペット(フリューゲルホルン)は、トランペット音楽の表現の可能性を広げ、かといって、生のトランペット音と全く異質な音とは感じられなかった。わたしがこの場で最も言いたいことは、わたしは彼らのような音楽をやりたい、と思ったことだろう。クラシックでもなく、ジャズでもない、エスノ・コンテンポラリー音楽のような言い方になるのだろうか?今までに聴いたトランペット音楽の中で最も優れた音楽であったといってよいだろう。
b0074416_23582738.jpg
b0074416_00014361.jpg

[PR]
by kurarc | 2016-09-11 23:56 | music

DALEKO 遥か遠くへ

アナ・マリア・ヨペクのCD『ID』を電車の中で久しぶりに聴き直した。このCD内の曲はどれも魅力的だが、今回は、最後の「DALEKO」というアナの多重音声とノルウェーのジャズピアニスト、トルド・グスタフセンとのデュオの曲にひきつけられた。

電車の中で、一瞬、時が静止したかのような時間を感じ、アナ・マリア・ヨペクの世界に引き込まれた。繊細なメロディーとアレンジ、そして、グスタフセンのクリアなピアノ音がすばらしいのである。この曲は、CDレコーダーで聴くよりは、より精度の高いヘッドホンで聴く方が適している。

日本人ミュージシャンのつくるメロディーに繊細さを感じることはめったにない。いつからかは思い出せないが、いつの間にか日本人ミュージシャンの音楽を聴くこともなくなった。彼女のCDを聴いていると、それもやむを得ないと思えてならない。たった4分30秒ほどのこの「DALEKO」(ダレコ ポーランド語で遥か遠くへの意)という一曲を聴くだけで、「遥か遠く」の世界へ導いてくれるからである。

[PR]
by kurarc | 2016-08-30 23:35 | music


検索
最新の記事
カテゴリ
Notes
HP here

e-mail here

■興味のあるカテゴリを見た後に、また最初のページに戻るには、カテゴリの「全体」をクリックしてください。

■カテゴリarchives1984-1985では、1984年から1985年にかけて行った11ヶ月の旅(グランドツアー)について紹介しています。
画像は30年前のスライドをデジタル化しているため、かなり劣化しています。

■カテゴリfragmentでは、思考のヒント、覚書き、論理になる前のイメージ等、言葉を羅列する方法で書いています。

ライフログ
画像一覧
以前の記事