Archiscape


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by S.K.
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カテゴリ:nature( 84 )

テニスをする鳥

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最近、小学校時代の幼なじみと、野鳥を楽しむ会のようなものをつくった。わたし以外の二人は、カメラ機材もプロ級で、巨大な望遠レンズを担いで、現場に現れる。

わたしは野鳥は好きであったが、観察するようなことはしていなかった。少し前のブログで野鳥がわたしに話しかけてきた、といったようなことを書いたが、それは、いわゆる「聞きなし」というもので、野鳥の鳴き声を人間の言葉のようにわたしが聞いてしまった、ということのようである。

野鳥の何に興味があるかといえば、そのすべてに、ということだが、野鳥の観察が具体の科学を学ぶ格好の材料となることが最大の魅力である。鳥の飛行、鳥の形態及び身体の構造、羽毛の機構、鳴き声、羽毛の色彩、その生態から活動、行動に到るまで、野鳥を学ぶことは、真に生きた科学を学ぶことに等しい。

現在特に注視しているのは、野鳥の鳴き声である。井の頭公園に響く野鳥の鳴き声に耳を澄ますことが日課となっている。野鳥たちがどのようなコミュニケーションを行なっているのかも気になる。野鳥は、「自然という都市」の中に暮らしている生き物と考えてみても良いかもしれない。自然が野鳥たちの障害物となって、そのため、鳴き声を発達させたという見方も存在するからである。

人間の言語の誕生と野鳥の鳴き声との関係を真剣に研究する学者も現れている。この辺りが、わたしの最も注目するところである。

カラスの中には、テニスコートでテニス遊びの真似事(もちろん、ラケットを持ってやるようなものではない)をすることが観察されているという。大脳が最も進化したカラスは、今後もわたしたちをアッと言わせるような習性を身につけていくかもしれない。

今、鳥がおもしろい。

*写真は、アントニオ・カルロス・ジョビンのアルバムのタイトルにもなったブラジルの小鳥「Matita Pereマチータ・ペレ」。

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by kurarc | 2017-03-16 21:39 | nature

鳥との出会い

最近、神秘的な体験をした。井の頭公園を歩いていると、鳥がわたしに語りかけてきたのである。わたしが勝手に語りかけてきた、と勘違いしただけかもしれない。その日から、わたしは野鳥の観察をはじめた。

記憶の中にある鳥との出会いで、最も幼少期のものは、自宅に迷い込んできた手乗り文鳥である。わたしは、その鳥を手乗り文鳥であることから「TENO」と名付けて、溺愛した。自宅にはわたしが生まれる前から、「タマ」というネコがいて、そのネコも溺愛したが、「TENO」はそれ以上であったと思う。確か小学校1、2年生のときであったが、その文鳥とコミュニケーションができているかのようであった。そのくらい、わたしの言うことをよく聞く文鳥であった。

ある日、鳥かごの中に「TENO」がいないことに気づいた。2階に鳥かごは置いていたが、鳥かごを置いていた窓際には1階の屋根があり、その上に野良猫がいて、わたしの方をにらんだ。窓を開けっ放してでかけてしまったのがまずかった。しかし、死骸のようなものはなく、「TENO」は消えてしまったのである。その野良猫に食われてしまったのか、あるいは、鳥かごから出て、どこかへ飛び去って逃げたのかわからない。その時の悲しみは今でも忘れられない。

最近、鳥を意識したのは、実は映画の中でのことである。わたしの好きなアントニオーニやロメールの映画を観ていると、映画音の中に鳥の鳴き声が聴こえてくるのである。自然の中で撮影しているからだろう、鳥の鳴き声が映画の撮影と同時に録音されているのである。登山を楽しんでいたときには、よくライチョウに遭遇した。鎌倉に住んでいるときには、コノハズクの鳴き声を楽しんだ。ブログにアオバトの飛来について取り上げたこともある。しかし、継続して観察するような習慣はなかった。考えてみれば不思議なことである。それは、本当は鳥のことが好きなのに、自分で好き、ということに気づいていなかったのである。
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幸い、小学校時代の幼なじみに野鳥好きが2人いて、先日、井の頭公園を一緒に散策した。野鳥の楽しみは、ネコのようなペットとは異なり、遠くから自然の姿を観察する楽しみである。決して近づくことはできないし、手に取って可愛がることもできないが、自然に生きる動物に敬意をもって接することの学習となる。わたしは手にとろうとしても絶対に手にとることが許されない「野鳥という自然」に最も興味があるのかもしれない。

*写真は、井の頭公園にて撮影(ハシビロガモ 2017年2月末日)
*ブログのバグは、HTML編集を操作することで、調整できることがわかった。どうも文章を編集している間、勝手にHTMLを編集してしまうようなバグがこのブログにはあるようだ。

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by kurarc | 2017-03-07 22:42 | nature

野鳥観察事始め

今年から、井の頭公園を中心として野鳥を観察しようと思っている。不思議なことだが、急に興味が湧いてきたのである。

野鳥はネコのように人間にこびないところが好きである。生きるのに人間を必要としていないように思う。むしろ人は邪魔な存在だろう。野鳥たちのえさ場を次々となくしているのは人間だからである。このわたしも建築に携わる身として心が痛む。(わたしの知る限り、ロンドンは別である。たとえば、ロンドンのハイド・パークでエサを手にして持ち上げると、野鳥達がこれでもかと寄ってきて、エサを食べにくる。)

若くして亡くなった幼なじみと、大学を卒業する頃だったと思うが、井の頭公園で野鳥を観察したことがある。彼は、鹿児島まで鶴を見に行くような野鳥マニアであった。わたしも今後どうなるのかわからないが、まずは身近な井の頭公園で観察することとしたい。

先日、国立の郷土資料館に行ったときに、悲しい事故の話を聞いた。郷土資料館は、地下に埋もれたプランだが、地下の中庭に面した開口部は大きなガラス張りである。そのガラスを野鳥は認識できず、隣接する森から飛び立った野鳥がガラスに衝突して、死んでしまうのだという。郷土資料館では、そうした野鳥の死骸を剝製にして、資料館内に展示してあった。(ガラスに周辺の風景が映り込んでしまう場合も、野鳥はガラスを認識できないことになるらしい)

こうしたことも、人間は野鳥の敵である証拠である。自然の豊かな地域で建築をつくる場合、この野鳥のガラス事故は常に気にかけるべきことかもしれない。鳥が認識できるようなガラスの開発を望みたい。

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by kurarc | 2017-02-09 18:47 | nature

鳥の鳴き声

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今年は酉年ということもあり、野鳥に注目したいと思っている。早朝、井の頭公園を散歩しながら、聴こえて来るのは鳥の鳴き声である。カラスの鳴き声はあまり聴きたいとは思わないが、驚くほど多様な鳴き声を聴くことができる。

アントニオ・カルロス・ジョビンの歌にも、「sabia」や「passarim」といった鳥をテーマとした歌がある。この2曲は名曲で、わたしの大好きな歌であるが、ジョビンは、リオの生活の中で聴こえてくる鳥の鳴き声に耳を澄まし、その鳴き声からインスパイアーされ、作曲されたものと思われる。

今日、写真でとらえたのは「ルリビタキ」(メス、上写真)あるいは、「コルリ」(メス)のようだ。わたしは野鳥の名前には疎いが、今はよい小図鑑があり、それで調べている。野鳥はよく観察すると実に可愛らしい。そして、色彩に富み、実に美しい。

井の頭公園ほどの自然があれば、野鳥をはじめ、様々な自然を学習することができる。貴重なスペースである。今年5月、井の頭恩賜公園は、いよいよ100周年を迎える。




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by kurarc | 2017-02-01 21:32 | nature

樹木の地図

今日は朝食の後、いつもの井の頭公園周辺を散歩した。ナザレ修道院が玉川上水沿いにあるが、ここは、わたしが小学生の頃、「ドングリ林」と名付けていて、カブトムシやクワガタ、蝉などを採集した林であった。その2/3は修道院になってしまったが、1/3は裏庭として一般に開放されている。

小学生の頃と比べると、樹木は間引きされ、きれいになり、林は鬱蒼とした雰囲気はなくなったが、この中のクヌギをはじめとする樹木は、わたしが子供の頃から生き続けている樹木である。

この中のどの木でカブトムシだのクワガタだのを採集したのか、今となっては思い出せない。子供の頃に、この林の木一本一本を地図にして、記録しておけば、どの木が残っていったのかわかるはずであるが、今となってはそれは望めない。

何気なく残る木々を眺めていると、子供の頃からわたしを見守ってくれている、と感じるときがある。木と会話ができたならいろいろな想い出話ができるだろうに、と思うのである。そう考えると木々が愛おしくなってくる。

身の回りの木々を一つ一つ地図にして、プロットしていくこと、それは大自然の中では不可能だが、都市の中の限られた自然の中では可能なことなのである。木々をもっとよく観察しなければと思うこの頃である。

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by kurarc | 2016-12-24 21:07 | nature

東京の自然

最近、東京の自然についてよく考える。玉川上水のような人口の用水路によって、この土地は都市としての機能を成就できるようになったり、人口ではないにしても、湧水によって潤ってきた土地である、ということについてである。

東京は江戸から東京という大都市に発展するために、水(上水)の供給量を極端に増量させなければならなかったし、その水によって、新しい農地を開墾し、村を形づくっていくことになる。

こうした事業としての水の供給がなければ、東京は痩せた土地でしかなかったし、人口を膨らませることは不可能だった。わたしが旅した海外でいうと、どこかイスラムの地域に似ていなくもない。モロッコにある砂漠地帯のような土地との類似性を感じる。湧水はオアシスに近い。

そして、玉川上水の自然に対する興味が、その中心となっている。上水という水に対する興味であり、この土木事業がどのように行われたのか、あるいは、350年以上経過した上水の環境についてである。たとえば、上水沿いにどのような植生が宿っていったのかを調べてみることは、玉川上水が開通してから350年を超える歴史のなかで、植物がどのように成長したのかを観察できる貴重な領域となっている。

東京の自然も捨てたものではない。それは、都市の中の自然(地方のような、自然の中の都市ではなく)を考えるモデルとなる、ということである。

*300年という年月は、原生林を育むことができる年月と言われる。玉川上水の中の自然に、武蔵野の原生林に近い植生が再現されている可能性があるかもしれないのである。

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by kurarc | 2016-12-08 22:21 | nature

針治療と筋肉

久しぶりに腰を痛めてしまった。腰の痛みで治療院にかかるのは12、3年ぶりくらいである。今度はかなり深刻な痛みであった。

右の脚の付け根のあたりから臀部が硬直してきて、パンパンに張ってきた。それにともない痛みが生じ、腰が自由に曲がらないのである。まずはマッサージにいったが、痛みの原因は把握できたものの、解決しない。翌日、針治療も行う治療院に行き、この場合は、針治療が適切との指導を受けたため、生まれて初めて鍼をうってもらう。それだけでなく、硬直した筋肉に低周波の電流を流し、筋肉を強制的に動かすパルス鍼というものと併用した。

こうした経験で、筋肉が「ポンプ」の役割をする、とよくテレビの健康番組で紹介されるが、そのことが初めて実感できた。電流を流すと、筋肉は周期的に運動しはじめる。その部分の滞った血流がその運動によって改善し(つまり、停止していたポンプが動きはじめた訳である)、針治療が終わる頃には、今までこわばっていたお尻のあたりの硬直が改善された。昔、中学生の頃だろうか、カエルに電流を流す実験をやった記憶があるが、まさにそのような状態に置かれた訳である。筋肉とは、心臓外心臓のような器官と言えるのかもしれない。

今日は、まだ痛みは少しあるものの、歩いても全く違和感はなくなったため、ウォーキングで身体をほぐして、血流を維持することに勤めた。腰の状態は現在かなりよい。

わたしくらいの歳になると、病気にならないで健康な状態に甘んじていると働きすぎて、怪我や身体を故障させてしまうことが多い。そうならないように、バランスのとれた働き方、日常を送らなければならないということになる。そうしたバランスを維持すること、維持できることが、「大人になる」ということなのかもしれない。
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by kurarc | 2015-11-21 18:14 | nature

一日15分でも、人間のつくったもの以外をみよ

「一日15分でも、人間のつくったもの以外をみよ」。今日ラジオで養老孟司氏が話していた。

自分のサガかもしれないが、デザインや建築のような分野に属した人間であるため、人がつくったものばかりに気を取られていることを感じる。人がつくったものを絶賛したり、賛美したり。しかし、最近、外を飛び回るトンボの俊敏な飛行をわれわれはつくりだすことができない。

養老氏の言うことは正しい。自然は人間の尺度である、とも言っていた。音楽であるとか、映画であるとか、本であるとか人のつくったものばかりに気を取られていた。

ちょうど、先日ブログでふれた、高校時代の校長であった春田俊郎先生の自然に関する書物に出会ったのもなにかの縁なのかもしれない。先生と言われる人たちは以外と身近にいるものなのだと改めて感じる。

たとえば、高い山に登って自己満足するだけでなく、その過程の自然をよく眺めよ、ということである。レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿に描かれた世界を思い出せ、ということか。
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by kurarc | 2015-08-30 19:04 | nature

自ら食べる野菜をつくる

わたしの母親は、よくわたしに言っていたことがある。

「農業をやりなさい」

と。これは冗談で言っているのではなかった。母親は、戦中世代であり、その時代、かなり食料に不自由し、東北(特に山形県)まで食料を求めていった、と聞いている。山形の豊かさ、土の黒さに驚いたと母からよく聞いた。わたしに「農業をやりなさい」と言っていたのはそのせいだと思うが、食料の大切さをよく知っていたからであった。

以前から都市農業には興味はあったが、なかなか行動にまで移すことはなかった。市営の農地の応募があったので、申し込むと、幸運にも抽選に当たった。この4月から30㎡弱の農地を借りられることになったのである。

わたしはこのブログでも書いている通り、現在の主食と言えるものは「野菜」や「豆」である。あるいは「野菜スープ」である。そのおかずがご飯であり、パンであるような食生活である。お米や小麦がなくなろうと、わたしは全くかまわない。主食である「野菜」に良質なタンパク質である「豆」、「肉」、「魚」と少しの「果物」があれば、あとはなにもいらないような食事に変化したからである。

(ベジタリアンではないし、米やパンを食べないとうことではないが、小麦を多く使うスナック菓子、ケーキなどの類いは基本的に食べない。お祝い事のような時、また、外出先で出されたときにのみそうした嗜好品はいただく。つまり、嗜好品(菓子類)は自分で買って食べることはチョコレート以外ない。数少ない外食では、米やパン、デザートの類いも普通にいただく。嗜好品の中でもお酒は別である。週に一度は焼酎やワイン、ブランデーほかをいただく。)

わずかではあるが、農地を借りられることになり、わたしにとっての主食である「野菜」をつくってみようと思っている。きっと、初めはうまくいかないだろう。野菜には様々な栽培方法があるので、この1ヶ月はその学習に費やすことにした。手間を最小限にし、農薬を使用しない野菜づくりが目標である。

*わたしのような指向の食生活であると、以下のようなメニューはほとんど自ら選択して口にすることはない。

・寿司・・・寿司ではなく刺身を選択する。
・どんぶりもの(牛丼、天丼、カツ丼など)・・・たとえば、天丼ではなく、天ぷらを選択する。
・ピザ・・・ピザではなくガレットを選択する。
・パスタ
・定食・・・おかずのみを選択できる店を選ぶ。ご飯も通常の1/3程度しか食べない。
・白米・・・自宅では古代米を選択する。
・肉じゃがを代表とするお袋の味の類い
・おでん
etc.
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by kurarc | 2015-02-19 21:30 | nature

野川

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墓参りに行く途中、野川(上写真)を横切る。野川は母校の高校のすぐ近くを流れる。

野川は国分寺崖線帯から二子玉川までの湧水を集め、多摩川に合流する。三鷹周辺では、この川を利用して水車が数多くつくられた。峯岸家の水車はこの写真から少し下流にいったところにある。(昔はこの写真よりかなり水量が豊富であった。)

地方都市へいくと見受けられる「美しい」川とは大違いだが、この近辺では大変貴重な川である。それは、古代以前からこの辺りに存在し、水の少ない武蔵野の地を潤していた川であるから。

「美しい」風景を求め、人はよく旅にでかけるが、こうした身近な場景、情景を忘れないようにしたいものである。今年は特に何気ない自然を意識した年であった。これからもこの川を見届けていきたい。
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by kurarc | 2014-12-27 15:40 | nature


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