Archiscape


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by S.K.
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カテゴリ:cinema( 165 )

ヴィスコンティ 映画『若者のすべて』

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連休ということもあり、長い映画を観ることにした。多分、この映画を観るのは30年ぶりくらいになるかもしれない。長い映画は苦手なので、観る決心がつくまで一苦労する。およそ5時間というベルトリッチの映画『1900年』も大学生の時観たきりである。

最近、アラン・ドロンが引退したということもあり、この映画を観たくなった。イタリア南部出身の家族がミラノという大都市の生活の中でカタストロフィを迎えるという映画だが、およそ3時間、全く椅子から立ち上がることなく観ることができた。

ミラノの大聖堂の屋上からのシーンがちょど映画の中間に挿入されている。この映画の中で、空間を初めて感じられるシーンであり、以前観たときも強く印象に残っていた。

この家族がミラノの中で二度目に引っ越した集合住宅のプランが興味深い。中庭に面して、バルコニーが回遊しているが、そのバルコニーはお隣と何も敷居がないから、自由に行き来できる。日本では考えられないが、イタリアではよくあるプランなのかもしれない。映画の中で、このバルコニーで祝宴をあげるシーンがあるが、イタリアらしいシーンとなっている。

この映画で、のちに『シエルブールの雨傘』の主役を務めるニーノ・カステルヌオーヴォが一瞬登場しているのに気がついた。映画の主役は、何と言ってもアラン・ドロンといって良いだろう。彼は、この5人男兄弟の中で、聖人のような役割を演じているが、その役は彼の適役で、素晴らしい演技を見せてくれている。アラン・ドロンの引退は惜しまれるが、彼の映画はどれも彼がいるだけで輝いている。

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by kurarc | 2017-07-17 18:13 | cinema

映画『スライディング・ドア』 ドアという装置と二つの運命

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先日、キェシロフスキ監督の『偶然』という映画を紹介したが、この映画は、『偶然』からインスピレーションを得て、地下鉄(チューブ)に乗り遅れた場合、地下鉄になんとか間に合い乗れた場合という二つの物語(運命)を同時に描くという手法をとったラブコメディーである。

二つの物語(運命)を同時に描くとはどのようになるのか、興味深かったが、なるほど、このように展開するのかと納得。ほとんどがコメディータッチで描かれていくが、最後、二つの物語(運命)は共に意外な結末に。映画全体は軽快で、気分転換には良い映画である。

この映画のタイトルは「スライディング・ドア」だが、都市生活の中で、我々はこうしたドアによって流動する生活が分断されているということに気がつく。電車、エレベーター、バスなど我々はいわゆる自動ドアの生活にいつのまにか浸っているし、普段は意識もしないくらい当たり前の装置として存在している。しかし、考えてみると、電車に乗り遅れることになるのは、この自動ドアが「自動」で閉まってしまうからなのである。そのことによって、我々は常に電車に乗れるのか、乗り遅れるのか(または、あえて乗らないのか)という二者択一を迫られている。その連続によって、運命は日々更新、変化していると言っても良いのかもしれないのである。「スライディング・ドア」というテーマ自体、極めて現代的なテーマと言えるだろう。

ドアという装置の不思議さに改めて気付かされる映画である。

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by kurarc | 2017-07-06 21:51 | cinema

映画『海難 1890』 トルコと日本の友情

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以前から観たかった映画であり、やっと観ることができた。1890年に起きた和歌山県串本町(現在)でのトルコのエルトゥール号遭難事件と1985年のトルコ政府によるテヘランの日本人救出劇を絡ませた映画である。

わたしはこの映画に人並みならぬ思いがある。それは、この救出劇が行われた1985年3月19日の6日前、イスタンブールからバスを丸2日乗り続けてテヘランに着いていたからである。映画によれば(事実だと思うが)、3月19日からサダム・フセインが無差別攻撃を行うと宣言した状況であった。わたしはそのようなことも一切知らず、ただ、夜中に爆撃がひどくなってきたな、と不安を抱えていながらも、15日にはイスファハンにバスで向かい、無差別攻撃が始まる19日にはシラーズという街へ移動し、親切なイラン人の方と、シラーズの植物園を案内してもらっていたのである。(結果として、無差別攻撃されたテヘランから遠ざかっていたということになる。)

もし、テヘランで体調でも悪くし(実際、体調が悪かった)、あと6日ほど滞在していたらどうなったのであろうか?多分、わたしはトルコ政府が手配してくれた飛行機には乗れず(イランの日本大使館が把握していたのは、イラン在住の日本人のみであったと思う。もしくは、相当高級なホテルにでも宿泊していた日本人ではなかったか?わたしのように、窓のない2畳間程度の安宿に宿泊していた日本人など蚊帳の外であっただろう。)、テヘランの街の中で爆撃に合い、路頭に迷っていたか、死んでいたかもしれないのである。

イランでの爆撃がひどかったのを知ったのは、パキスタンのカラチに3月26日に着き、当時の東京銀行で日本の新聞を見たときであった。このときほど運命というものを感じたことはなかった。人の命とは実は紙一重だということを痛感することになった。

トルコという国は、やはりアジアの中では特別な国である。わたしもトルコ滞在中、日本人というだけで特別な振る舞いを受けた。例えば、バスに乗ると、日本人だとわかれば、一番前の席に座るように席を譲ってくれたり、とにかく親切に応対してくれるのである。

映画の方は、期待以上に良いできであり、力作であった。トルコのことをもう少し、力を入れて学ばなければと思う。

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by kurarc | 2017-07-02 22:12 | cinema

キェシロフスキ監督の映画『偶然』

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今日は東京外国語大学のポーランド映画の講座に参加。取り上げられた映画は、キェシロフスキ監督の映画『偶然』(1981)である。この映画は何度か観ている。冒頭の回想シーンの意味がよくわからなかったが、その疑問が解け、その冒頭シーンが重要な役割を果たしていることも理解できた。

誰でもこういうことはないだろうか。乗ろうとしていた電車に乗り遅れた、あるいは、なんとか走って無理やり乗ることができたということが。しかし、もしその無理やり乗った電車が事故に合い、その当人が死亡してしまったらどう思うのだろう?バスや電車の死亡事故が起こるたびに、私はそのようなことをよく思う。その電車になぜ乗っていたのか?なぜ乗らなければならなかったのか?

キェシロフスキ監督の映画『偶然』は、1)ある医大生が列車になんとか間に合い、乗れたパターン、2)乗り遅れたパターン、3)乗り遅れ、警備員と衝突、暴力をふるい逮捕されてしまうパターンという3つのパターンに分けて、同一人物が全く異なる3つの運命をたどることを描いた映画である。これだけでも興味深い主題の映画なのだが、その背景に、ポーランドの現代史が見え隠れしている。

そして、この映画は、未来と過去への問いかけのある映画でもある。ある年齢になるとすべての人間に過去が大きな事実として意識される。その時、その過去にどのような意識をむけるのか、どの過去にどれだけ注視するのかによって未来は変わってしまう。この映画はそのことを問うている。以上が久山先生の講義から理解できたことである。いつもながら先生の深い洞察には感服する。映画は色々あるが、名作と言われる映画は、とてつもない歴史、哲学を何気なく表現しているのである。

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by kurarc | 2017-06-30 22:08 | cinema

映画『海街diary』

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映画『海街diary』を何の予備知識もなく観た。映画監督の是枝裕和氏の映画を観るのは初めてのことである。舞台は鎌倉であった。

結論から言うと、いい映画であった、と素直には言えないが、かといって悪くもないといったところである。鎌倉の古い家屋を舞台として、若い女姉妹4人の生き方と心の動きを描いている。

初めは鎌倉の新しい描き方が表現されるのでは、と期待させたが、ロケに極楽寺駅を使用するなど、使用される撮影場所は紋切り型のものとなっている。鎌倉をよく知るものにとっては、期待はずれで物足りなさが残った。

是枝監督の映画を初めて観たので、他のものと比較できないが、是枝監督の関心事の一つは「家族」なのかもしれない。小津監督の家族の描き方とはもちろん異なる現代の家族のあり方を描いているが、その中に、小津映画に通づるような舞台をあえて選定しながら現代を描こうとしたこと。この映画はそこが狙いなのかもしれない。

映画の中の古い家屋を観ていたら、鎌倉の母親の実家が思い出された。母の実家は庭の大きな立派な家屋であった。わたしは夏休みにその実家に行って祖父母に会うことを楽しみにしていた。庭には、ザクロ、ぶどう、サルスベリなど多くの木々があり、隣の家の庭とも庭続きであり、古きよき鎌倉の風情が感じられた。映画を観ていて、祖父母の面影が現れたが、そのことがこの映画によるわたしにとっての収穫かもしれない。

わたしと同世代の映画監督ということもあり、今後の是枝映画に期待したい。



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by kurarc | 2017-06-27 23:17 | cinema

昨年に続き エリック・ロメール監督特集が

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昨年に続き エリック・ロメール監督の映画の特集「ロメールと女たち 四季篇」が6月3日から角川シネマで開催されるという。

以前も書いたように、夏近くになるといつも見たくなるのが映画「海辺のポーリーヌ」や「緑の光線」である。しかし、考えてみると、わたしはこの二つの映画を映画のスクリーン上で見たことはないのかもしれない。リスボンに滞在中、「恋の秋」を映画館で見たのが最後、そもそも、彼の映画の上映自体がほとんどないから仕方がない。

やっと、日本でもロメールの映画を味わおうというシネフィルたち、ロメールファンが増え、時代が成熟してきたということなのだろうか。そういうわたしもロメールの映画をすべて見ているわけではない。DVDでレンタルしているものがごく限られているためである。

この機会に足を運びたいと思う。

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by kurarc | 2017-05-31 16:04 | cinema

ピアソラの名曲 ”REMEMBRANCE"

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ピアソラの担当した映画音楽の中でも、映画『ENRICO Ⅳ(エンリコ4世)』の音楽はどれも名曲ばかりである。2年ほど前にもこのブログで取り上げたが、やはり私は”REMEMBRANCE"がもっともよい。ピアソラの曲のエッセンスをすべて持ち合わせたような名曲である。

映画の冒頭、確か列車(車?)の中から外部の風景が流れていくシーンとこのゆったりとした曲の対比がよく、そのシーンだけで映画に釘付けにされてしまった。ジャック・ドゥミの『天使の入江』の冒頭のシーンと同じような感覚である。

”REMEMBRANCE"という曲だけが英語のタイトルなのだが、これは一体なぜだろうかと気になり、わたしなりの結論を出してみた。”REMEMBRANCE"の動詞”REMEMBER"の語源は、古ラテン語であり、その言語は古フランス語に受け継がれていた。つまり、イタリア語には、この語に直接対応する言葉がない。強いて言えば、”MEMORIA”だが、これを監督のマルコ・ベロッキオは気に入らなかった。ラテン語の起源を暗示する言葉を使用したいし、イタリア映画なのでフランス語を使う訳にもいかず、最終的に英語を選択した、というのがわたしの想像である。

この映画はまだ一度しか観ていない。記憶と忘却をテーマとしたような映画。2015年にやっとDVD化されたようなので、再度音楽を楽しみながらじっくりと味わいたい映画である。

*”REMEMBER"は「再び+心にかける」が原義。”MEMORIA”の方は、いわゆる「思い出すこと」が原義。この微妙な原義の差異がベロッキオ監督にとって重要であったということか。

*この映画の最大のテーマは、ENRICO Ⅳ(エンリコ4世)という狂人を前にして、人はいかに振る舞うのか、ということ。狂人を面白がるもの、必死に治そうとするもの、あるものは道化を演じるものetc. 狂人を前に人は我を失ってしまうということだ。そして、マルコ・ベッキオが狂人として描いたものは何を意味してたのか、それは明白だろう。

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by kurarc | 2017-05-09 16:31 | cinema

映画『霧の中の風景』再見

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10年ぶりくらいにアンゲロプロス監督の映画『霧の中の風景』を観る。映画音楽や象徴的なシーンの印象だけは強く残っていたが、各々のシーンなど細部についてはほとんど忘れかけていた。映画は忘れるからまた観たくなるのである。

結論から言うと、こんなによい映画だったのか、と改めて感じた。1988年の映画とは思えず、古めかしい感じは全くない、普遍的な映画である。アンゲロプロスは自分の子供のためのおとぎ話をつくりたかった、ということだが、もちろん、生やさしいおとぎ話ではない。

手短に言えば、姉弟が不在の父をドイツに探しにいく、というロードムービーである。父はドイツにいないのだが、その父がドイツにいるということを信じて、幼い姉弟が旅をする。その過程で、姉は少女から恋を経験して大人に近づいていく。特に、わたしは今回、この姉の心の動きに注目して映画を観た。

字幕を担当した池澤夏樹さんは、この映画は物語ではなく、詩で構成されていることを指摘している。その点、わたしも同意するが、今回わたしは、アンゲロプロスの映画がシュルレアリスムの影響を大きく受けていることを感じた(誰もが感じることだろう)。彼の映画とシュルレアリスムとの接点を指摘している批評家はいるのだろうか?わたしは、そうした批評に今まで出会ったことはない。

この映画を観ていて、映画『エル・スール』(1983年)が頭をよぎった。共に子供たちの演技の光る映画である。子供たちが重いものを背負っていることも共通している。もしかしたら、アンゲロプロスは映画『エル・スール』の影響を受けていたのかもしれない。



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by kurarc | 2017-04-02 23:36 | cinema

映画『LA LA LAND』

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普段はアカデミー賞をとったからといって、映画を観に行くようなことはないが、この映画『LA LA LAND』は特別である。この映画が、ジャック・ドゥミの映画『シェルブールの雨傘』や『ロッシュフォールの恋人』からインスパイアされたミュージカル映画と知ったからである。

映画の日、夜仕事を早めに終わらせ、地元の映画館へ脚を運んだ。結論から言うと、エンターテイメント映画としては申し分ないできばえであり、音楽もよかった。アメリカ版のシェルブールの雨傘、及びロッシュフォールの恋人と言える内容だが、それだけではない。わたしのまだ観たことのない映画のアレゴリー、引用に満ちている。(詳しくはパンフレット参照)

監督のデイミアン・チャゼルの相変わらずのジャズ好き、そして映画好きがこれでもかと登場する映画であること。そして、ロサンゼルスという都市の魅力を引き出したことなど、古典的映画をよく研究した上で、この映画を製作したことがよく理解できて、チャゼル監督の映画に対する誠実さ、謙虚さに好感が持てる内容になっている。

映画が公開されてまだ日が浅いので、あまりストーリーについてはふれないが、この映画がアカデミー賞の作品賞を逃したのは、きっとラストシーンの詰めの甘さからだったのではないか。残念なのはその点だけである。少なくともシャルブールの雨傘に匹敵するようなラストをつくれたのなら、この映画は作品賞も受賞できたのではないか?

それにしても、わたしはもう一度、今度は少しスクリーンから距離をとって観たいとおもった。クローズアップが多かったこともあり、それにしては少し前で観すぎてしまったからである。あれこれ言ったが、お薦めの映画であることに全く異論はない。

*この映画にはかなり厳しい批評も見受けられる。このチャゼル監督の目指しているのは、きっとジャック・ドゥミのような品のある映画ではなく、徹底したエンターテインメント重視の映画だろうから、そもそも批評の対象に取り上げられる映画と言えるのかどうか?映画を観ていて、楽しいか、楽しくないか、そのどちらかの映画であり、楽しい映画に出来上がっているのだからそれでよいと思う。逆に、わたしはそうした単純な、直截的な映画をつくれるチャゼル監督の力量こそ評価したい気がする。

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by kurarc | 2017-03-02 22:14 | cinema

映画「天使の入江」とニースの記憶

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ジャック・ドゥミの映画「天使の入江」は、まず冒頭の1分間で釘付けになってしまう映画である。ジョンヌ・モローの顔のアップが現れたかと思うと、その彼女から遠ざかるようにニースの海岸を疾走する車。その車の後ろにはカメラがセットされているのだろう。彼女の姿は一瞬にして消えてしまう。そのシーンには燃えるようなルグランの曲が流れている。

ジャンヌ・モローは苦手な女優であったが、わたしはこの映画の演技を観て彼女の演技力にすっかり魅了されてしまった。モローはわたしの印象では重い女の役が多かったと思うが、ここではコメディエンヌさながらの軽いギャンブル好きの女を演じている。その演技が今までわたしが抱いていた彼女のイメージを覆してくれるのに十分であった。

この映画を観る前、実はあまり期待はしていなかったのだが、その期待はずれの期待を見事に裏切ってくれた。この頃のジャック・ドゥミの映画はすべてすばらしいものばかりである。

ニースはかつて一度訪れたことがある。しかし、地中海の海水がやけに澄んでいたこと、湖のような海岸だった記憶があるだけで、あまり覚えていない。わたしはニースからサン・ポール・ド・ヴェンスの街に建つ建築家ホセ・ルイス・セルト設計の美術館に行くためだけに立ち寄った。日記によれば、ニースから歩いて2時間以上かかったとある。こうした何気ない想い出というものがわたしには最も貴重な記憶なのである。



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by kurarc | 2017-02-24 22:10 | cinema


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