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by S.K.
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カテゴリ:gastronomy( 118 )

アロシュ・デゥ・ポルボ(タコの雑炊、タコのリゾット)

久しぶりにタコの唐揚げを食べる。タコやイカは大好物だが、タコというと忘れられないのが、ポルトガル滞在時によく食べたアロシュ・デゥ・ポルボ(タコの雑炊、タコのリゾット)である。日本でいうタコの雑炊であるが、赤ワインとトマトで煮込むタコのリゾットといったほうがわかりやすいかもしれない。

ポルトガル滞在時、わたしはこの料理に魅せられて、各地方へ行った時に、この料理がメニューの中にあれば必ず注文した。その中でも、ポルトガル北部、スペイン、ガリシア地方に近いヴィアナ・ドゥ・キャステロという街で食べたものが最も美味しかった。今でもその裏路にあった小さなレストランの場所はおよそ記憶している。

関西ではタコは明石と決まっているが、明石のタコは、瀬戸内海の潮流とカニを食べているため、身が引き締まり、美味しいものとなるらしい。旬は夏場とのことだが、その季節になったら、わたしもこのアロシュ・デゥ・ポルボ(タコの雑炊)を明石のタコを使い挑戦したい。

気をつけなければならないのは、日本で出版されているポルトガル料理本である。いい加減なものが多く、わたしが持っている本でも、この料理にワインもトマトも使っていないという有様である。(これでは、いわゆる日本のタコご飯と変わらない)現地ではこうした調理方法もあるのかもしれないが、タコが最も活きる調理方法を掲載すべきである。日本での情報には気をつけなければならない。

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by kurarc | 2017-04-10 18:41 | gastronomy

『コンビニコーヒーは、なぜ高級ホテルより美味いのか』通読

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少し前、コーヒーに少し飽きがきたことをこのブログで書いたが、タイトルの川島良彰氏の本を通読し、やはり、それはわたしがまずいコーヒーを飲んでいたからであったことに気がついた。

サードウェーブコーヒーといった言い方がなされ、カフェ文化が新たな段階に入ったようなことがテレビやラジオで流れてくるが、川島氏によれば、それは、アメリカ西海岸の尖った一派が日本の多様なコーヒー文化に触発された結果なのだという。だから、「ブルーボトルコーヒー」が日本に進出して、大騒ぎになるようなことは、アメリカ人自身、想像していなかったことなのだという。日本では、それ以前に優れた抽出方法で美味しいコーヒーを入れていたのだから。

この本は、美味しいコーヒーの淹れ方のようなマニュアル本ではない。多くは、コーヒーの世界について著されている。その点について、ここで詳しく述べても意味がないので、川島氏がコーヒーを美味しく淹れる方法をいくつか抜粋しておこうと思う。

1)コーヒー豆は買ってきたら、トレーなどに移して、欠陥豆を取り除く。これで、随分と美味しくなるとのこと。

2)真空パックされた豆は買わないこと。焙煎後、豆は炭酸ガスを放出するが、その炭酸ガスとともに香りを逃さないようにすることが重要で、その炭酸ガスを真空パックは取り除いてしまっているということ。

3)コーヒー抽出に適正なお湯の温度は85〜90度。

4)コーヒー豆は「果実」である、ということを忘れずに。焙煎よりも、まずは豆そのものの品質が第一。

まずは、川島氏がプロデュースするコーヒー店に足を運んで、美味しいコーヒーとはどのようなものか把握することか・・・

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by kurarc | 2017-04-06 22:09 | gastronomy

タラのアクラ フランスのクレオール料理

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在日フランス大使館のHPの中にフランスの食文化を紹介しているコーナーがある。その中に紹介されている料理のレシピをながめていると、グラドループのクレオール料理”タラのアクラ”(上写真、在日フランス大使館HPより引用)が紹介されていた。

この料理に興味を持ったのは、ポルトガルのバルでよく供される”パスティシュ・ドゥ・バカリャオ”(タラのコロッケ)とそっくりな料理であったからである。

塩タラを使う料理はユダヤ文化と関わりがあるとどこかで読んだことがあるが、どうもそれだけではないのかもしれない。フランスから遠く離れたカリブ海に浮かぶフランスの海外県グラドループ(アンティル諸島内)にこのような料理がなぜあるのか、興味深い。

ポルトガルと異なるのは、唐辛子や生姜などスパイスの効いたソースと共に供すること、ジャガイモを使わない(コロッケではない)ということである。見かけはほとんど同じと言ってもよいもので、前菜のように供されることも似ている。

ポルトガルのタラのコロッケは、もしかしたらアフリカの影響があるのかもしれない。

この在日フランス大使館のHPは編集がすぐれていて、フランスに興味をもつものに親切でわかりやすい。フランスは多くの国に囲まれていることもあり、ドイツ、スペイン、イタリアから影響を受けたと思われる料理、植民地としたアジア、アフリカなど多くのクレオール料理が存在することも興味深い。

*ブログのバグだと思うが、なぜか少し編集をすると、一部文字が拡大されてしまう。わたしが意図的に拡大しているように思われてしまい、心苦しい。


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by kurarc | 2017-03-05 12:24 | gastronomy

野菜スープを主食に

事務所の引越しで忙しく、なかなかスープを仕込む時間がなかった。今晩、やっといつものスープを仕込む。およそバケツ一杯の野菜を一気に煮込む。これで一週間分である。

すでに、野菜スープ(大豆など豆を含んだもの)を食前に飲むことが習慣になってしまったので、飲めない間は食事が落ち着かない。何か不足した感覚がつきまとうのである。特に、外食では野菜スープを食前に飲むことは無理だから、せめて、前菜として野菜サラダを口にする。

3年ほど前にこのブログで取り上げた糖質制限食はかなり市民権を得てきたように思う。牛丼屋のような場所でも、ご飯の替わりに湯豆腐を提供する店も出てきた。それとは正反対のカフェがスターバックスである。甘い菓子、甘いコーヒーが大人気である。ここは、マクドナルドがカフェ化したのと変わらない。

労働がデスクワーク化してきたこともあり、定食は日本人の健康を蝕むメニューとなった。定食は肉体労働食なのである。労働時間中にほぼデスクから離れないようなホワイトカラーの主食には、野菜スープが適していると思っている。もちろん、肉体労働をするブルーカラーにも、野菜スープは適している。血糖値の変動を抑えてくれるからである。

日本人から白米をぬぐい去ることはできないだろうが、もうすぐ誰もが気づくことになるだろう。日本人の食生活を根本的に変革しなければならないことが。

*日本人のアイデンティティを支えているような日本食が、実は現代の日本人にとって大したメリットがないこと。これは大きな社会問題である。糖質制限食と命名したのは、むしろ、そうした問題を直接的に指摘することを避けた巧妙な戦略だったのである。



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by kurarc | 2017-02-11 20:01 | gastronomy

カフェの現在

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一日にコーヒーを何杯も飲むようになったのはいつごろからだろう。最近、出先で飲むものはそのほとんどがコーヒーである。わたしはコーヒーを飲みたくて飲んでいるのか、それとも飲まされているのか?

コーヒーは好きだから、「飲まされて」いたとしてもそんなには気にならないが、都市においてカフェ文化が浸透するにつれて、少しばかりコーヒーにあきてきたことも事実である。

わたしはある記憶を鮮明に持っている。20歳の頃、代官山のヒルサイドテラスにあったアルバイト先の建築事務所で働いていた時のことである。その事務所にはすでに小さいコーヒーメーカーが打ち合わせスペースに置いてあり、そこにある著名な建築家が訪ねてきた。わたしはその建築家にコーヒーを出そうとすると、「お茶がいいな」と言ったのである。

その建築家の心情は、多分以下のようだったはずである。

「建築事務所に来ると、いつもコーヒーばかりだされるな。たまには日本茶くらいいれたらどうだ。」

つまり、35年以上も前からコーヒーは「お茶」として浸透し、蔓延していた。すでに、飲むのではなく飲まされる状況にあったとその建築家の言葉を聞いて思ったのである。

カフェはヨーロッパでは文化の発祥のスペースであった。わたしがリスボンに滞在中、よく通ったカフェ・ブラジレイラ(上写真、pinterestより引用)は、ペソアというモダニズム期の詩人が仕事場としたカフェであり、ポルトガルのアヴァンギャルドたちのたまり場でもあった。カフェとは文化そのものだった。

そんな理想論を言ってもはじまらないかもしれない。現在のカフェの大半は、自習の場であったり、スマホをみる場、雑談をかわす場といったところが関の山であろう。様々なタイプのカフェが増えていることは興味深いが、そこから何か新しい文化が生まれてくるような空間になっているのかは疑問である。たとえば、東京のカフェというものを徹底的に調べて、論文が書けるだろうか?

カフェは今後どこへ向かうのだろう?

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by kurarc | 2017-01-29 18:18 | gastronomy

豆菓子

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豆(あるいは種)が大好きである。毎日なんらかの豆や種を食べている。スープには必ず大豆を入れるし、家のガラス瓶にはいつもアーモンドやカシューナッツ、ピーナッツほかをミックスしたものを常備している。

先日、有楽町駅前の交通会館の中にある地方の物産を販売している店で、「塩豆」という菓子が目に入り、購入した。長崎五島のとっぺん塩(「とっぺん」はてっぺん、一番の意味とのこと)によって味付けされた豆菓子は美味であり、食べ始めると止まらない。

この「とっぺん塩」も気になる。ゲランドの塩がほとんどなくなりかけているので、今度はこの塩でスープをつくってみるか。

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by kurarc | 2017-01-12 21:43 | gastronomy

下北沢 みん亭

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今日は、夕方、仕事の帰りに下北沢で途中下車。下北沢は、わたしが25歳から28歳くらいまで務めた事務所があった街である。

現在、駅の地下化により、駅周辺の再開発が進み、落ち着かないが、一歩、駅から離れると、昔の面影がよく残っている。

今日は昔よく利用した中華料理屋みん亭(みん、の漢字が変換できない)に立ち寄り、餃子とレバニラ炒め(ライスなし)を食す。30年以上前からやっていることになるから、かなりの老舗だ。きれいな店とは言えないが、この店のカウンター越しに座り、料理人の調理をみていると、いつも元気をもらえる。働きっぷりのよい若者がそろっていて、きびきびした動きで調理をしているのは、昔も今も変わらない。

1階と2階があるが、1階の内装は、30年前とまるっきり変わっていない。カウンターに置かれた小さな「ラジカセ」からラジオの音が響く。今どき、ラジカセである。中華料理はあまり食べる方ではないが、この店は特別だろう。20代の頃を思い出すことができるのだから。

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by kurarc | 2016-11-19 23:21 | gastronomy

島菜(シマナー)と万願寺(とうがらし)

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沖縄で働いているとき、事務所の所長に「スーパーでシマナー買ってきてくれる」と頼まれたことがある。沖縄に暮らし始めたとき、その意味がわからなかった。「シマナー」(写真 上)とは、沖縄野菜であり、こちら(ヤマト)で言うと芥子菜(からしな)である。炒めて食べることがポピュラーだったと思う。

5月に神戸に行ったとき、神戸で入った居酒屋(焼き鳥屋)で、「万願寺」(写真 下)というメニューがあったので、店の人に尋ねると、京野菜でとうがらしの一種だが、辛くないのだという。串焼きにされた万願寺は美味で、甘みとかすかな苦みが口の中にひろがった。

地方に旅すると、その地方特有の野菜に出会う。こうした野菜を食べることは楽しみであり、忘れられない舌の記憶につながる。きっと、身体にもよいはずである。先日、地元のスーパーで「万願寺」が売っていたので、早速買い、炒め物につかった。ピーマンのようだが、微妙に味が異なる。ピーマンの嫌いな子供にも、この万願寺であれば食べられるかもしれない。地方の野菜はかなりスーパーで売られるようになった。本当は地方のものはその地方で食べるべきなのだろうが・・・
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by kurarc | 2016-10-15 18:59 | gastronomy

二つの生命 外部と内部の他者

最近、よく耳にするのが「腸内細菌」や「腸内フローラ」という用語である。我々の腸の中には100兆個もの腸内細菌が住みついていて、そのバランスが健康を維持するのに不可欠であることがわかってきたという。

単純に考えると、人間の体内にはもう一つの生命体=細菌が住んでいて、その細菌とうまく付合うことが求められているということになる。その細菌を活性化させるような食物をバランスよく摂取することが必要となる訳である。

つまり、そのことは自分の意志で、これが食べたいとかあれが食べたい、ということとは全く無関係に腸内細菌の欲しい食べ物を摂取しなければならないということを意味する。食べるということは、自分と腸内細菌という二つの生命の欲求を同時に満たすものでなければならない、ということである。

そのように考えるとき、常々、わたしは果たして和食がよいのか疑問に思っている。和食といってわたしが思い描くのは、いわゆる、家庭料理、お袋の味である。ご飯、みそ汁にメインとなるおかずという組み合わせによる和食である。

この3、4年あまり、わたしは自宅で食べる食事について、このパターンの食生活を一切やめることにした。初めにみそ汁を一口飲み、その後、おかずをつつきながらご飯を食べる、という典型的な食べ方を一切やめたのである。

わたしの食べ方はむしろ西洋、特に南欧型の食べ方に近い。初めに野菜スープを飲み、その後、メインのおかずを食べる。食後には、チーズやナッツ類を口にしたり、果物やヨーグルトなどを食べる食べ方である。特に、夜はご飯やパン類、甘いデザートの類いは一切食べない。(これは南欧型とは少し異なる)ポルトガル滞在中は、カルド・ベルデというジャガイモベースのキャベツのスープをまず飲み、その後にメインディッシュを口にするという食べ方をよく行っていたが、その食べ方にならうようになって、随分と体調がよくなった。

そうするようになったのは、わたしの家系は血糖値が高いものが多かったこともあるが、上のような食生活にしてから、腸内環境が改善されたからである。つまり、お通じがよくなったからである。こうした食べ方を一日でも怠ると、腸内環境はすぐにバランスを崩す、ということもわかってきた。

腸内細菌は規則正しい食生活を好むということ、そして、多くの野菜の入ったスープの前菜がお好みのようだということがわかってきたのである。だから、家庭料理は、わたしの意志とは別に、腸内細菌が喜ぶ食物を食べることを最優先に食事のメニューを組み立てることにしたのである。外食においてもできる限り、同様な食事を摂取することに心がけるようになった。

生きるということは、外部の他者=他人、内部の他者=細菌、とうまく付合わなければならないということか。
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by kurarc | 2016-08-15 23:15 | gastronomy

珈琲コクテール堂 STRONG 

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久しぶりに丸ビル地下の明治屋に寄ってみた。タプナードがあれば購入しようと思っていたが、棚には並べられていなかった。日本で食べる習慣のある人は少ないのだろう。(そもそも、タプナードは買うものではなく、自らつくるべきものなのだが)

ここに立ち寄るもう一つの理由は、コクテール堂の珈琲を買うためでもある。こちらも購入するのは久しぶりになるが、今日は初めて缶入りのSTRONG(フレンチロースト 上)を購入する。

自宅に戻り、早速ペーパーフィルターでこの珈琲を味わった。透明感のある珈琲で、フレンチローストの苦みが口の中に余韻を残す。自宅で味わう珈琲としては申し分のない味である。

このブログでいくつか珈琲を紹介したが、市販品のなかでは、コクテール堂の珈琲が一歩抜きん出ているように思う。お薦めである。
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by kurarc | 2016-06-17 21:07 | gastronomy


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