Archiscape


Archiscape
by S.K.

カテゴリ:Poland( 21 )

東京外国語大学 ポーランド映画講座修了

1年間にわたり受講してきた東京外国語大学のポーランド映画の講座が昨日修了した。講師を務められた久山宏一先生のポーランドに対する造詣の深さには毎回驚かされた。膨大な量のレジュメを毎回用意され、講座で取り上げる映画を理解するのに役に立つだけでなく、その映画から派生する他の映画への影響や影響された映画についても取り上げられていて、映画を取り巻く世界をすべて理解できる内容になっていた。公開講座でこれだけの密度の濃い、緻密な講座は他にあるのだろうか。できれば、来期も受講したいと思っている。

東京外国語大学の講座の帰り、校内のチラシ置き場の中に、第68回日米学生会議の案内が置かれていた。母から聞いた話だが、わたしの叔父(母の弟)は、戦後はじめての日米学生会議(多分、第8回大会)に参加したと聞いた。(元首相の宮澤喜一もこの大会のOBのようだ)叔父は英語が堪能で、その後、商社マンとしてアメリカでの海外勤務をこなすことになる。しかし、わたしは叔父が英語ができることを人にひけらかすようなことを一度もみたことはない。わたしの前で英語で話すというようなこともである。

叔父が通っていた頃の校舎ではないが、東京外国語大学にこうして通うようになったのも、叔父の母校であったということが大きいし、それがたまたま、住まいの近くにあるのだからなおさらであろう。大学を出ようとした頃、ふと、叔父の姿が頭に浮かんできた。

わたしがもし今高校生であれば、この大学を第一志望校にするだろう。
[PR]
by kurarc | 2016-02-13 10:08 | Poland

ワルシャワからのメール 映画祭のことなど

ワルシャワ大学の学生Aさんにポーランド映画祭2015についてメールを送ると、すぐに返信をくれた。ワルシャワは今年はあまり寒くないと書いてあるが、その寒くないという感覚は、東京とは全く異なり、この時期に「0度以上ある」のは寒くないということらしい。(以前ガイドブックをみてわかったのだが、東京の最低気温がワルシャワの平均気温とほぼ重なる)

日本語の検定試験があるということで、勉強に忙しいそうである。本当にまじめな学生さんである。こうしたポーランド人の方たちが将来、日本とポーランドをどのように結びつけてくれるのだろうか。日本はこうした学生さんの希望に答えられるような立派な国家にならなければならないのだが、現状は自慢できる国家にはほど遠いように思われる。

しかし、私事のようになるが、建築の現場をみていると、職人をはじめ建築に携わる人々は本当にまじめによく働く。こういう人たちと労働を共にしていると、日本も捨てたものではないな、といつも思うのである。建築の世界では最近いろいろおかしなことが起きているが、それは残念でたまらない。まじめに働く人に対して、それは侮辱といってもよいことだろう。

現場で働く職人をみていると、その誠実さに涙があふれてくるほどなのだ。仕事に対する心意気というものに満ち満ちているのである。それを忘れてほしくないと思う。
[PR]
by kurarc | 2015-11-20 14:50 | Poland

アレクサンドル・タンスマン(Alexandre Tansman)その2

b0074416_1112638.jpg

10代の頃はよくクラッシックギターの曲を聴いた。その中に愛聴盤と言えるものがあって、渡辺範彦演奏の『渡辺範彦ギターリサイタル』(上)であった。わたしはもっていたほとんどのLPレコードは売ってしまったが、5枚だけ残しておいたものがある。その中の1枚がこの渡辺氏のレコードである。

この中にアレクサンドル・タンスマン作曲の「カヴァティーナ」が収録されていて、大好きな曲(小曲集)であった。4曲目の「バルカローレ(舟歌)」は自分でも弾いてみた懐かしい曲。

アレクサンドル・タンスマンがポーランド人であることは、LP裏のライナーノーツの中で当時から知ってはいたが、その後、彼の作曲した音楽を追跡するようなことは行っていなかった。

Wikipediaによると、彼はユダヤ系ポーランド人であり、優秀なピアニストでもあったという。パリからアメリカへと亡命するなかで、彼の中にポーランド人として、ユダヤ系としての民族的感性が芽生え始めたことが書かれている。

アレクサンドル・タンスマンは、わたしが最も早く体験したポーランド人の一人と言えるだろう。彼の作曲した楽曲を今度じっくりと聴いてみたいと思っている。
[PR]
by kurarc | 2015-08-02 11:10 | Poland

格変化をどう乗り切るか

ドイツ語やポーランド語には格変化という厄介な屈折語特有の概念が残っている。英語やロマンス諸語ではほぼ消滅した概念が、いまだに残り、学習者を困らせる。(つまり、このような言語を学習すると、フランス語などのロマンス諸語が簡単に見えてくるというメリットがある)

通常、入門者を対象とした語学学習書であると、主格「・・・が」、生格「・・・の」など、日本語の格助詞にあたる語がないために、語形変化する、といった説明のみが書かれている。

これは、10代で学ぶ学習者にとっては、このくらいでよいのだが、わたしのように50歳を過ぎてから語学を学ぼうとする人間には物足りない。そもそも、ポーランド語にはなぜ格変化が残ったのかとか、格という概念は一体なんなのかといった根源的なことまで説明してもらわないと、ただ暗記するだけに終わってしまう。暗記力はわたしのような歳になるとあてにできないので、その欠点を補う必要が出てくる。

わたしはその欠点を、理解力で補うのが中年以降の学習者には必要になってくる、と思っている。これはすべての分野に言えることだと思う。だから、中年を過ぎた人に何かを教えようとする先生方は、そのことをよく心得ていなければならない。さらに、暗記力が衰えているのだから、なるべく短時間に理解できるように説明しなければならない。語学の文法であれば、一日2時間〜3時間学習するとして、できれば1週間くらい(つまり15時間から20時間程度で)ですべてを終わらせるくらいがベストだろう。

ポーランド語の学習書をいくつか調べているうちに、上に述べたような事柄について解説してくれている学習書を発見した。『ポーランド語会話・文法』(ゴジェフスカ・ヨアンナ著、ユーラシアセンター共編、ベスト社)である。

たとえば、生格という概念を、古典ギリシャ語、古典ラテン語から説明し、「全体と部分の関係を表す」のが生格である、といったような説明がなされている。時間というものがなぜ生格で表されるようになったかが、時間の全体とその分割としての日付という事柄から明らかにされる。さらに、印欧祖語の原型をとどめていると言われるリトアニア語などと比較するようなアドヴァイスまで書かれている。

こうしたことは、10代の少年少女達には煩わしい余計な説明に過ぎないのだろうが(10代で上のような説明に興味をもったなら、言語学者になった方がよい)、われわれのような中年、年長者にはかえって記憶に残る解説となってくれる。これらを踏まえた上で、最後は暗記することになるが、それは、ただ暗記する回路とは異なる「大人の暗記の仕方、作法」になるのである。
[PR]
by kurarc | 2015-07-29 22:26 | Poland

リスボンからプラハ、ワルシャワ、モスクワへの視線

以前ヨーロッパの軸線について書いたことがある。O先生からお聞きしたことである。モスクワからリスボンへの軸線を考えると、ヨーロッパの中心はプラハになるということ。

どうも、わたしの興味の軸線、方向性はリスボンからこの軸線、つまり、モスクワ方面へと方向転換を始めたということのようだ。プラハの延長線上には現在もっとも興味のある国、ポーランドがあり、クラクフやワルシャワという都市が、その軸線上におよそのってくる。

ラテン世界に向いていた興味は、今度はその逆方向のスラブ世界へと舵を切り返すことになりそうである。だからといって、ラテン世界を忘れるということではもちろんない。両方の世界を往復しながら、自らの懐の深さを広げていくということである。

当面、沼野充義氏の著書などが、その方向転換した頭の中身を満たしてくれそうな気がしている。

*考えられるもう一つの軸線は、プラハからイスタンブールへの軸線である。
[PR]
by kurarc | 2015-07-05 22:58 | Poland

Chopin と Szopen

「Chopin」(ショパン)とはフランス語の綴り方である。ポーランド語を学んでいるAさんから、ポーランドではいまだに、ポーランド語式の「Szopen」(ショペーン)と綴るべきだ、という議論があるということを聞く。正書法のような議論ということであろうか。

彼女は、「Chopin」の方がよいと言っていた。わたしもすでに世界的に流通している命名だし、今更変える必要もないのではと思うが。妥協案として、ポーランド国内では併記するということは考えられるだろう。

ショパン本人は、このことについてどう思うだろう?わたしにはわからないが、もしわたしであれば、「Chopin」を選択するだろう。育ててくれたパリという都市とフランスという国を裏切ることはできそうもないから。
[PR]
by kurarc | 2015-07-02 21:52 | Poland

ポーランド語辞典を購入

b0074416_2252355.jpg

白水社の『ポーランド語辞典』を購入した。もちろん、古書でである。定価で買うと6300円(税別)。この中辞典とも言えない薄さで、この値段かと思われるほどである。しかし、英語の辞書と異なり、買う人があまりいないので、ポルトガル辞典と同様、非常に高価になってしまうのだろう。

わたしのような初学者にはちょうどよい薄さである。見出し語は22000語あまり。付録に和ポ辞典としておよそ3300語が付属している。1981年に初版が出版されてから、改訂もなされていない。ポーランド語研究者たちの怠慢は明らかだろう。

逆に言えば、やりがいのある言語であるとも言えるが、多くの学習者はポ英辞典、または、ロシア語が堪能な人はポ露辞典を使用していると思われる。

これで、英語の辞書以外に、ポルトガル語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、そしてポーランド語辞典がそろったことになる。あとは、スペイン語辞典が必要か。
[PR]
by kurarc | 2015-06-30 22:44 | Poland

ポーランド語のレッスン、はじまる

ポーランド語のレッスンがはじまった。先生は、東京外国語大学の留学生Aさんである。この9月にはポーランドに帰国することになっているということなので、長くて3ヶ月あまりとなるが、初級を終了するくらいまでいきたいと思っている。

早速、簡単な発音のレッスンからであったが、ポーランド語の音は日本語にないものが多いので、かなり難解である。ポルトガル語のようにローマ字読みできるスペルが少ないことも発音しづらい要因となる。

彼女は日本語と日本の文化を学んでいるという。誠実な女性という感じで、同世代の日本の女性に比べると好感がもてた。わたしが受けている外語大のポーランド映画の講義について話すと、是非受講したいという。

驚いたのは、わたしがよく聴くアナ・マリア・ヨペクの音楽は、彼女の中では15年くらい前の歌手、というイメージだということ。しかし、わたしが彼女のすばらしい音楽性について話すと、今、無性に聴きたいと話していた。

言語に限らず、異文化を知るということ、人と人との異文化交流ということは実に楽しいものである。
[PR]
by kurarc | 2015-06-21 21:45 | Poland

ポーランド語の学習へ

ポーランド語を学ぶことにした。先日訪ねたポーランド大使館のおおらかな雰囲気も非常に気に入ったこと、そして、ポーランドの映画、音楽が好きであることが大きい。今後は建築や芸術、デザインといった分野に興味を広げていければと思っている。

以前にも書いたが、わたしは30歳の頃、勤めていた設計事務所の昼休みを利用してポーランド語を勉強していたことがある。しかし、長くは続かなかった。(その後、ポルトガル語を学習することになる)最近わかったが、当時わたしが使っていたポーランド語の学習書は名著であり、いまや古本でありながらも高額で販売されている。

大学院でドイツ人の建築家(ブルーノ・タウト)を研究したこともあり、20代後半はドイツ語を勉強したが、あまり成果があがらず、それに近い言語としてポーランド語を選んだ。だが、その当時は現在のようにポーランドに対して特に興味をもっていた分野がなく、とにかく、大国でない小さい国を選びたかった、と言う理由に過ぎなかった。また、大学院で取り上げた建築家はドイツ人と言われながらも、その生まれは現在のポーランド北部(カリーニングラード(ケーニヒスベルク))であり、彼はリトアニアの建築から影響を受けていたことは研究していたからわかっていた。そうした経緯からポーランド語を選択したこともある。

現在は、はっきりとした興味があるから、24年前に学んだときより少しは成長がみこまれるのではないか。先生は、東京外国語大学の学生の方(ポーランド人)にお願いしようと思っている。それにしても、若い頃にやっていたことに帰る、ということなのだろうか?
[PR]
by kurarc | 2015-06-10 21:12 | Poland

東京外国語大学の講座へ

東京外国語大学の市民講座に参加することにした。「ポーランド映画の傑作を読むー21世紀の傑作群」という講座で、講師は、久山宏一先生。

東京外国語大学は、現在、府中にキャンパスがあり、わたしの住まいから自転車でも行けるほどの距離にある。電車では、武蔵境から西武多摩川線に乗り換えて多磨駅下車、徒歩5分のところにある。

東京外国語大学は、私の叔父(母の弟)の母校である。叔父は、神奈川の県立湘南高校で英語の天才と言われ、戦後、外語大の英米科の1期生であったという。わたしは母親の弟自慢を聞いていたおかげで、英語には興味がなくなった。叔父はレコードがすり切れるまで英語を聞きながら勉強をしたらしい。しかし、英語ができたがゆえに、家族とのアメリカ生活で、家族を犠牲にしてしまった。海外での生活はリスクが大きかったのである。

ポーランド語講座も申し込もうと思ったが、すでに定員オーバーであった。しかし、考えてみれば、そんなに多くの講座に通える程の時間はない。この講座もどれほど通うことができるのかはなはだ疑問だが、ポーランド学の専門家による映画の講座は、この大学くらいしか開講していないと思う。ポーランド映画をさらに深く味わえるようになりたいものである。

*解説される映画は以下の通りである。

第1回:ロマン・ポランスキ監督『戦場のピアニスト』(2002)
第2回:アンジェイ・ワイダ監督『カティンの森』(2007)
第3回:ドロタ・ケンジェジャフスカ監督『木洩れ日の家で』(2007)
第4回:アグニェシュカ・ホランド監督『ソハの地下水道』(2011)
第5回:パヴェウ・パヴリコフスキ監督『イーダ』(2013)
第6回:ヨアンナ&クシシュトフ・クラウゼ監督『パプーシャの黒い瞳』(2013)
[PR]
by kurarc | 2015-03-30 21:10 | Poland


検索
最新の記事
カテゴリ
Notes
HP here

e-mail here

■興味のあるカテゴリを見た後に、また最初のページに戻るには、カテゴリの「全体」をクリックしてください。

■カテゴリarchives1984-1985では、1984年から1985年にかけて行った11ヶ月の旅(グランドツアー)について紹介しています。
画像は30年前のスライドをデジタル化しているため、かなり劣化しています。

■カテゴリfragmentでは、思考のヒント、覚書き、論理になる前のイメージ等、言葉を羅列する方法で書いています。

ライフログ
画像一覧
以前の記事