Archiscape


Archiscape
by S.K.
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カテゴリ:books( 188 )

『三陸海岸大津波』(吉村昭著)を読む

b0074416_17202539.jpg
地元三鷹市に太宰治の資料と吉村昭の書斎を移築して文学館をつくるという構想が進められているという。三鷹市井の頭在住であった吉村昭の名前は知っていたが、恥ずかしながら著作は読んだことがなかったため、まず興味を引いたタイトルの著作を読んだ。(わたしの好きな映画『魚影の群れ』の原作者が吉村昭であった)

海をテーマとした著作が多いことで知られる吉村は、漁村などに取材に行くことが多かったのであろう。その中で、三陸海岸の津波の証言を記録することを思い立ったという。この著作の初版は昭和45年。明治29年、昭和8年の津波、および、昭和35年のチリ地震津波の3つの被害の状況を簡潔に記録したものである。

読み進めると、3.11でわたしたちが目の当たりにした出来事が全く同じように過去に起こっていたことを記録している。異なっていたのは、まだ、原発がなかったということだけである。この証言集が優れているのは、その前兆、被害、挿話、余波、津波の歴史から、子供たちの証言、救済方法まで記録されているということである。

例えば、津波災害の後、夥しいし死骸を探す方法として、「死体から脂肪分がにじみ出ているので、それに着目した作業員たちは地上一面に水を流す。そして、ぎらぎらと油の湧く箇所があるとその部分を掘り起こし、埋没した死体を発見できるようになった」といったことであるとか、子供の証言として、親しい友人の死体にその名前を呼びかけると口から泡を吹いた、といった記録を紹介している。この地方では、昔から死人に親しい者が声をかけると口から泡を出すという言い伝えがあるというが、そのことが本当に起こり、涙を流したということである。

吉村はこうした証言を津波を経験した老人たちから聞き取る一方、子供たちが残した作文まで発掘したのである。こうした記録を3.11で被害を被った地域の人たちは共有できていたのだろうか?きっと大半の人々は平和な日常の中で、忘れ、風化させてしまったに違いない。

津波の後、大木の枝に1歳にも満たない乳幼児が引っかかり泣いていた、という話や、津波のとき、ちょうど入浴中で、その風呂桶ごと津波に流され助かった、という笑うに笑えないような話まで、生死の境界はまさに偶然の出来事の重なりであったことがわかる。

この著作は、3.11以後再評価され、多くの人々が手に取ったというが、それでは遅かったのである。こうした書物が平和な時代に読み継がれるような時間、場所がどうしたら可能となるのか大人たちは考えていかなければならない。次は、きっと東海沖地震(こちらの対策は着々と進んでいるが)、そして巨大噴火(破局噴火)に備える番であろう。



[PR]
by kurarc | 2017-10-06 17:19 | books

『ペソアと歩くリスボン』(F・ペソア著、近藤紀子訳)を読む

b0074416_17524356.jpg
タイトルは、20世紀を代表するポルトガルの前衛詩人、フェルナンド・ペソアが、1925年に英文で書いたリスボンのガイドブックである。原題は、「LISBOA what the tourist should see-旅人はリスボンの何を見るべきか」。このペソアの思い入れのを込めたリスボンのガイドブックは、1999年にすでに近藤氏により訳されていたが、拾い読みしていた程度で、精読してはいなかった。今回、初めから終わりまで丁寧に読み進めた。

ポルトガル滞在時に、すでにこの原書(英文とポルトガル語併記)は買ってあって、積読状態であったが、改めて読んでみるとペソアのこだわりがよくわかるガイドブックとなっている。

実はこのガイドブックは、ペソア生誕100周年に当たる1988年に発見されたもので、その経緯については、この書物の中にテレーザ・リタ・ロペス教授によって記されている。実は、このロペス教授の文章は重要で、このガイドの指向性について示してくれている。ペソアは、かなりナショナリズムの動機があり、このガイドを書き記しているという指向性である。ペソアと同期のモデルニスタたちが海外の文化を吸収していくのに対し、ペソアは、自国の文化を輸出すること、知らせるために書かれた、とロペス教授は記している。

わたしにとってこのガイドブックが貴重なのは、かなり建築や建築家の記述にページを費やしている(その他、文学者、芸術家たちも)ということである。できればその一つ一つに詳細な訳注が欲しかったところだが、日本の西洋建築史家でも、きっと初めて聞くような建築家たちの名前が列挙されていることもあり、現時点では無理と言えるだろう。

このガイドブックを読んだ限り、彼は遊歩の詩人であったことがよくわかる。リスボン、及びその周辺の都市をくまなく歩き込んでいたことが伝わってくる。1925年に書かれたこともあり、リスボンに船でやってくる旅人を想定しているが、現在であれば、リスボン国際空港、または、サンタ・アポローニャ駅から書き始めなければならないだろう。

かなりマニアックなガイドブックであるが、そもそもポルトガルを旅する人自体、マニアックな方々が多いのだろうから、こうしたガイドブックを頼りに、ペソアの軌跡を辿ってみるのも興味深いことに違いない。



[PR]
by kurarc | 2017-09-25 17:51 | books

『集合住宅ー20世紀のユートピア』(松葉一清著、ちくま新書)通読

硬派な建築評論を出版し続けている松葉氏の集合住宅に関する著書を拝読した。

結論から言うと、松葉氏が、いわゆる非装飾の「モダニズム」、「即物的」なデザインの集合住宅を評価するのではなく、ウィーンの「カール・マルクス・ホーフ」やアムステルダム派による表情豊かな集合住宅を評価していることに興味を持った。

さらに、そうした集合住宅を成立させている背景を重要視する姿勢についてもである。それは特に、20世紀に日本の建築家たちがヨーロッパ最新の集合住宅のスタイルを真似て、その理念を学習することを怠ったことを痛烈に批判している。

職住近接を目指したイギリスの田園都市運動が、日本では「田園調布」のような不動産経営によるなれの果ての街と化したことについて、建築家の中條精一郎(中條の長女は宮本百合子)の言葉を借りて苦言を呈している。中條はちょうど、イギリスの田園都市運動がまさに勃興した頃、ケンブリッジ大学に留学し、その理念に深く共感していたこともあり、日本の惨状をいち早く感じていたのである。

この書物は、一般向けとは言えない。近代建築史をある程度読みこなしているものでないと、読み説くことはできないだろう。ドイツにおけるワイマール共和国時代の集合住宅を想像しろ、と言われた時、一体どの程度の人がそのものを思い浮かべることができるだろうか?また、アムステルダム派の建築についても。しかし、かつて、わたしはここに出てくる主な集合住宅は見学したが、こうした集合住宅の歴史がが日本人の常識となってくれることを願わずにはいられない。

そうした意味では、この本を一般の方々にも是非読んでもらいたいものである。以前から言うように、日本のマンションなどは「集合住宅」と言えるようなものではないのである。

[PR]
by kurarc | 2017-09-24 20:28 | books

EUは崩壊に向かっていくのか?

b0074416_21514858.jpg
最近のヨーロッパの出来事の中で、最も論議を呼んだことといえば、テロの話題とイギリス人が国民投票の末、EU離脱の道(Brexit ブレグジット)を選択したことだった。特に、Brexitについては、日本の知識人たちの大半は、EU残留を予想していたのではないか。そのため、ニュースなどでは予想できなかったという意見が大半を占めたと思う。

一方、こうしたイギリスの選択を予想していたヨーロッパの知識人たちもいた。その一人、日本で翻訳が数多く出回るようになったエマニュエル・トッド氏である。彼の著書を積極的に日本に紹介しようとしている堀茂樹氏などの知識人もいることから、気軽にトッド氏の考えを知ることができるようになった。

『問題は英国ではない。EUなのだ 21世紀の新・国家論』(文春新書)の1章、2章でBrexit、およびグローバリゼーション・ファティーグ(グローバリゼーション疲労、トッド氏の造語)についてトッド氏は述べている。結論から言うと、トッド氏はイギリスが新たな国民国家の道を歩む選択をしたことを評価していること、EUは崩壊に向かい、21世紀型の新たな国民国家像を他のヨーロッパ諸国も模索していくとになること、そもそもイギリスが脱退したのは、ドイツによって支配されるEUからの脱退であったこと・・・etc.について述べている。EU脱退が即、保守反動の道と考えることは非常に皮相なイギリス(あるいはヨーロッパ)に対する見方である、ということである。

トッド氏はイギリスのケンブリッジで研究した経緯のあるフランス人であることから、かなりイギリス贔屓であることは承知しておかなければならないが、例えば、ドイツの移民政策の寛容さは、日本のように少子化に歯止めのきかないドイツが、様々な民族や近隣諸国から若者や熟練労働者を取り込んで経済を維持し、EU内でのヘゲモニーを維持しようとするしたたかな戦略なのである。今後、注視しなければならないのは、こうしたドイツのEUにおける立ち位置と他のEU加盟国がどのような方向に舵を切るのかということ、イギリスのEU離脱までの動向、それを冷静に見つめるロシアの動向だろう。さらに、ドイツから見放されつつあるアメリカの動向か。

トッド氏は、「工業化以前の伝統的な家族構造によって、近代以降の各社会のイデオロギーの選択が説明できる」ことを彼の若い頃の著作で立証したという。こうした彼の家族システム論のような著作にも興味があるが、わたしが最も関心を持つのは、21世紀は、国家が一つの世界国家のような形態に移行していくのではなく、新たな国民国家の再定義へと向かいそうだ、ということである。まずは、2040年くらいまでに国家像が世界の中でどのように推移していくのか、今後目が離せそうもない。

*トッド氏は、あのポール・二ザンのお孫さんであるという。

*グローバリゼーション・ファティーグ(グローバリゼーション疲労)については、また別の著作を読んでから書きたい。


[PR]
by kurarc | 2017-09-13 16:50 | books

『フラ語入門、わかりやすいにもホドがある!』を学ぶ

b0074416_19215995.jpg
フランス語の学習を相変わらず続けている。現在は、独学状態である。この夏、タイトルの入門書を2回通読した。著者は、清岡智比古氏。以前、属していたある映画学会で、ちょうど、清岡氏が『パリ移民映画 都市空間を読む-1970年代から現在』(白水社)という大著を出版され、学会に属している希望者に差し上げます、ということで、わたしもお言葉に甘えて、頂戴した。そうした借りもあり、今度は、清岡氏のもう一つの顔である、フランス語教本の著者としての本を購入し、お礼代わりとさせていただいた。

タイトルにあるように、少し冗談混じりでフランス語にとにかく気軽に接してもらうように心がけた教本である。この手の冗談を受け付けない人もいるかもしれないが、それは気にぜず先に進むと、この教本が、フランス語の初歩を非常に明快に解説してくれていることがよく理解できる。

ほぼ全てにカタカナ書きされた発音も参考になる。(こうしたカタカナ書き発音の弊害もあることは頭の片隅に入れておくことは必要だが)直説法、条件法、最後に接続法までを含み、入門はこれで十分だろう。

わたしの場合、ロマンス諸語の学習をポルトガル語から始めたが、その後、スペイン語、フランス語ときて、あとはイタリア語へ進むのみである。(ルーマニア語は省く)60歳までには、この4ヶ国語を旅行で困らない程度にレベルアップさせ(ポルトガル語はすでに問題ない)、さらに、簡単な小説くらいまで読めるようにすることがひとまず語学での目標か。

ロマンス諸語は、
1)発音
2)法
3)動詞(動詞の活用)と時制
4)3)以外の冠詞、名詞、代名詞、形容詞・・・etc.
5)単語
という5つに集約される。

それぞれの国で、上の5つがどのような仕組みになっているのかをみていくことが基本である。ロマンス諸語はいわばお互い兄弟のような言語なので、『フラ語入門・・・』レベルの教本であれば、1週間で読むことができるようになったことは、ポルトガル語を学んだおかげである。

次は、清岡氏の『フラ語ボキャブラ、単語王とはおこがましい!』へ挑戦。

*フランス語の教本は、入門書の類は事欠かないが、中級へ導くための教本が少ない気がする。今後、中級用の教本を探さなくてはならない。



[PR]
by kurarc | 2017-09-03 19:21 | books

小説嫌いの克服


b0074416_12344453.jpg
この夏、小説嫌いを克服しようと思い、いくつかの長編と中編小説にチャレンジすることにした。小説嫌いを克服することだけでなく、この作家の小説を読みたいという欲求もあり、およそ4冊(3冊を読了、1冊は読書中)を読み終えようとしている。

ジュリアン・グラッグ作『アルゴールの城にて』から始まり、ガルシア・マルケス作『百年の孤独』、アントニオ・タブッキ作『供述によるとペレイラは・・・』、最後に、ジュリアン・グラッグ作『シルトの岸辺』を読書中である。

最初に、グラッグの中編小説を選択したのが功を奏した。それは、比喩に比喩を重ねた難解な文体の小説であり、これを読み終えると、マルケスの『百年の孤独』の素直な物語は容易に感じられるようになっていた。タブッキの中編の方は、リスボン(及びその周辺)が舞台であり、わたしにはその街路名や地名までおよそ検討がつくため、一気に読み終えてしまう。そして、最後に、再度難解なグラッグの長編に挑戦中というところである。

特に、マルケスの『百年の孤独』を読むことは、ここ数年の宿題のようなところがあり、ノルマをやっと果たせたという爽快感が読書後にこみ上げてきた。マコンドという村が近代という時代に飲み込まれていく物語であり、その村に住むある家族の100年を超える生き様を壮大、かつ肉感的なディテールに富む文体で表現しており、ノーベル文学賞を受賞したのもうなずけた。

グラッグの小説は、最近興味を持っているシュルレアリスムとの関連でずっと読みたいと思っていた。グラッグの文体は、時間を超越したところがあり、夢の中をさまよっているかのような小説といったところがある。グラッグのフランス、ナントを主題にした都市論にも興味がある。

タブッキは、以前からポルトガルとの関連で読んではいたが、名作と言われる『供述によるとペレイラは・・・』は読んでおらず、この4冊の中では最も力まず読み進んだ。最初は気の抜けたような描写が続くが、それはタブッキの戦略で、最終章に向かうにつれて、緊張感が増していく小説であり、全く飽きることがなかった。タブッキとリスボンの都市との関係について考察したいという企みが頭の中にあるが、どうなることか?

小説も良いものだ、と久しぶりに思えるようになったが、これらの海外の作品に触れるにつけ、日本人による小説もこうした海外の作家にひけを取るものではない、と改めて感じられるようになった。日本人の小説は今後の課題、宿題である。

*タブッキの翻訳者は著名な翻訳者、須賀敦子さんである。しかし、以前にも指摘したことであるが、この作品で何度も登場する「リシュボア」という発音表記と「サウダージ」という発音表記は、明らかに間違いである。正しくは、「リジュボア」と「サウダーデ」(わたしは「サウダーデゥ」と表記したいところだが)となる。特に、ポルトガル、リスボンが舞台であるにもかかわらず、なぜ「サウダージ」とブラジルポルトガル語発音に表記するのか理解できない。翻訳者とともに、編集者の責任でもあろう。これだけ著名な翻訳者でありながら、その他のポルトガル語発音表記についても間違いが多い。ポルトガル語を軽んじているとしか思えない。

この発音表記に関しては、わたしも苦い経験がある。『ポルトガルを知るための50章』の出版に参加した時、わたしの文章の中に、「リジュボア」と表記しなければならない箇所があった。しかし、出版社の編集者は「リズボア」と表記するというのである。わたしの意見は通らなかった。第2版増刷の校正時、初めてわたしの「リジュボア」という表記を認めたのである。初版時から十数年が経ち、(ポルトガルの)ポルトガル語発音が一般に浸透し、やっと編集者も気づいたのであろう。
b0074416_12345566.jpg


[PR]
by kurarc | 2017-08-27 12:32 | books

『ラテンアメリカ十大小説』(木村榮一著)を読む

b0074416_22110212.jpg
20世紀の間にやり残したことの一つは、ラテンアメリカの文学作品をあまり読んでいないことである。ボルヘスやコルタサルといった作家の短編をかじった程度。そもそも小説(特に長編小説)が苦手ということもあり、手を出さなかったが、今更ながら後悔している。そういう経緯もあり、木村氏の概説書を手に取った。

タイトルは十大小説となっているが、それだけではなく、70〜80くらいの小説を概説、案内してくれている。大学院時代にお世話になったM先生が、ボルヘジアン(ボルヘスの熱狂的なファン)であったこともあり、ボルヘスのみは特に注視していたが、コルタサルは、アントニオーニの映画『欲望』から興味を持った。

この本で特に興味深かったエピソードは、ガルシア=マルケスの祖母がスペインのガリシア地方の出身であり、マルケスの子どもの頃、ケルト系民話、神話(ガリシア地方はケルト民族の影響が大きい地域である)を話してきかせたということである。木村氏によれば、マルケスの祖母は、「死者や亡霊の出てくるぞっとするような話やきみ悪い話と現実にあったことをまったく区別せず、ふだんと変わりない口調で話した」。この話し方のスタイルが、後にあの『百年の孤独』という小説を生み出すヒントになったということである。この話から、改めてケルト民話(神話)とはいかなるものかについて興味が湧いてきた。

また、マヤ文明について、わたしは、マヤ自体もスペインに征服されたという先入観があったが、そうではなく、木村氏によれば、13世紀の頃、高度に構築された都市文明を捨てて、マヤ人たちは森へと住処を移動させたということである。つまり、現代の我々に照らし合わせてみれば、東京という大都市を捨てて、山奥の原始的生活(日本ではすでに不可能)に回帰したということらしい。それがなぜだったのか?興味は尽きない。

中南米の世界は、未だに古代から現代までの生活が生きており、アフリカの神話的世界(さらにインディオの世界)がユダヤ・キリスト教世界と対峙し、ユダヤ・キリスト教世界の時間概念とは異なる円環的時間と宇宙、現代では考えられないような魔術的世界(日本人が考えつかないような超現実)が体験可能であるということ、20世紀の中南米文学者はそのことにいち早く気づき、文学世界に昇華させたのである。

彼らの文学に触れない限り、20世紀は終わらない、ということなるのかもしれない。

*調べてみると、マヤも一部はやはりスペイン人に侵略されているようだ。木村氏の書き方は誤解を招く。




[PR]
by kurarc | 2017-07-13 22:10 | books

「郊外論」の広がり

「郊外」という主題はすでに古いのだと思うが、色々な本を渉猟していると意外と奥が深いことがわかってきた。さらに、日本だけでなく、海外でも郊外についての考察が盛んであることもわかった。サティという作曲家がパリの郊外に住んでいたことをテーマにした書物や、そういえばエリック・ロメールの映画『満月の夜』の中でもパリとパリ郊外との往還を描いていたことに改めて気付かされる。

郊外論が興味深いのは、我々は無意識に中心というものを意識しているが、その中心に批判的な眼差しを向けるきっかけになるということである。わたしの住む地域であれば、中央線各駅が圧倒的な力を持つのだが、江戸時代に視線を移動させると、その中心は、甲州街道や青梅街道などに移動するし、古代に目を向けるのであれば府中といった都市が重要になってくる。中心は常に変動していることを郊外論が教えてくれるのである。

東京圏に限ってみても、20世紀は郊外を中心から周辺へと拡散していく時代であったと言える。そして、21世紀は、ポスト郊外の時代である。それは人口減少に伴う、郊外消滅の時代になるのか?、あるいは、郊外の過疎化になるのか?

大きな変化は、2050年くらいにならないと起こらないようにも思えるが、それは新しい働き方(新しい仕事、労働)と住まい方との関係によって決定されることは間違いなさそうである。

[PR]
by kurarc | 2017-07-08 17:48 | books

「郊外」というプロブレマティック

b0074416_21233394.jpg
少し前、エリック・サティという作曲家とパリの郊外(ここではアルクイユ)についての関係性を論じた本を紹介した。この本を読もうと思ったのは、サティという興味深い作曲家の本であると同時に、「郊外」というトポスを含めて論じていたからである。建築学や都市社会学のフィールドの中で、この「郊外」をテーマとした書籍が出版され始めたのは、もう30年ほど前にさかのぼる。

その後、世紀転換期を前後して、新たに「郊外」をテーマとした書籍があふれ出した。それは、「郊外」(ニュータウンや団地、新興住宅地など)での問題点が顕在化し、はっきり目に見えるようになってきたためだと思われる。郊外で起こる殺人事件なども郊外が持つ闇を照らし始めた。しかし、ここではネガティブな捉え方でなく、東京を考える上での中心のテーマとして位置づけ、今後どのような郊外を構想していくのか、その手がかりを掴みたいと思う。

地元の建築家たちと国分寺崖線上に築かれてきた分譲地(学園都市、田園都市を含む)としての郊外を歩いて1年以上が経過した。通常漠然と通り過ぎてしまう都市「見えない都市」を「見える都市」として意識する試みだが、この中から改めて東京の「郊外」のプロブレマティックを学習してみようと思うようになった。

もはや参考文献は山ほどある。まずは、山口廣先生編による『郊外住宅地の系譜 東京の田園ユートピア』(1987年、鹿島出版会)が良さそうである。江戸から東京へと都市が変化する中で、必然的に「郊外」が生まれたわけだが、その発生と今後の展望を早いうちに一気に掴んでしまおうというわけである。それは、大きくは江戸から東京へという都市の動態を掴むことでもある。今年度の都市研究のテーマの一つとなりそうである。

*「郊外」という言葉が新鮮さを失っているようにも思えるので、「郊外」という言い方とは異なる表現の仕方、言い方はないものだろうか?

*「郊外」をテーマとした書籍の著者は、自ら郊外育ち、郊外住まいという経験を持っている方々が多いのに気づいた。ちょうどわたしと同世代の方々である。「郊外」に関する書籍があふれ出した一つの原因は、世代論の現象(我々の世代が過去を振り返り、分析すること)にも影響していると言えそうである。

[PR]
by kurarc | 2017-06-21 21:20 | books

『エリック・サティの郊外』を読む

b0074416_23181191.jpg
エリック・サティという作曲家を「郊外」をキーワードにして読み解いた本、『エリック・サティの郊外』(オルネラ・ヴォルタ著、昼間賢訳、早美出版社)を通読した。

サティは、20世紀へと時代が移ろうとするその少し前、モンマルトルの「押入れ」と言われたピアノも置くことのできない部屋から、パリの南の郊外、アルクイユの「4本煙突の家」(上は現在の4本煙突の家、グーグルマップより)と呼ばれた家へ移り、そこで死ぬ寸前まで過ごすことになる。アルクイユは、映画『アメリ』の中で登場する水道橋のふもとの街である。かつて、パリの国際大学都市にル・コルビュジェのスイス学生会館を見学に行ったが、アルクイユはこのすぐ南に位置する。

この本から様々なサティの生き様が垣間見られ、興味深かったが、サティのルーツの一つに母方がスコットランドの出身ということがあり、こうした郊外に住む習慣のあるイギリス人たちとの連関があるのでは?といった訳者の見解も興味深かったし、さらにサティがポルトガルの酒精強化ワインであるポルト酒を好んだというのも、元はイギリス人がこのワインをつくったようなこともあり、そうした目に見えないつながりがあるのかもしれない、とわたしも勝手な想像を楽しんだ。

サティはダダイストと紹介されたり、アナーキストと紹介されたりと様々な側面を指摘されるが、この本を読むと、むしろ誠実な紳士というただそれだけの人であったのではないかと感じる。サティはパリ郊外に住むことによって、パリという都市を相対化し、批判した視点に立って彼の音楽を築き上げたのだということがよく理解できた。

フランス語で、banlieusard(バンリュザール)、郊外人としてのサティをテーマとした本書は、一方、この原義に「追放されたもの」として意味があることを隠し持っているため、意識的に使用したのだと思われる。孤独のうちに死んだサティではあったが、こうした孤独の中で大きな創造行為を成し得たサティは、satisfaction(サティスファクスィヨン、サティ+スファクスィヨン、満足、サティ的行為)できた生を営めたのだろうか?少なくとも、サティの曲を享受しているわたしたちにとって、サティの孤独とは無益なものでは決してなかったと言えるということである。

[PR]
by kurarc | 2017-06-17 23:20 | books


検索
最新の記事
カテゴリ
Notes
HP here

e-mail here

■興味のあるカテゴリを見た後に、また最初のページに戻るには、カテゴリの「全体」をクリックしてください。

■カテゴリarchives1984-1985では、1984年から1985年にかけて行った11ヶ月の旅(グランドツアー)について紹介しています。
画像は30年前のスライドをデジタル化しているため、かなり劣化しています。

■カテゴリfragmentでは、思考のヒント、覚書き、論理になる前のイメージ等、言葉を羅列する方法で書いています。

ライフログ
画像一覧
以前の記事