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カテゴリ:東京-Tokyo( 9 )

八国山緑地(東村山市)で野鳥観察

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幼なじみ3人で野鳥を見る会を催している。先日、東京都東村山市にある八国山緑地へと出かけた。国分寺から西武線にのり、東村山駅で乗り換え一つ目の西武園で下車。そこから歩いて5分もすると八国山緑地が現れる。武蔵野の面影の残る緑地であり、ちょっとしたハイキングコースとなるような緑地帯、丘陵地帯である。

この緑地帯の中に池(湿地)があり、その周辺に陣取って野鳥たちが現れるのを待つ。この日に遭遇した野鳥は、コゲラ、ガビチョウ、シジュウカラ、アカハラ、アオジ、シメ、ツグミ(上写真)など。地元の井の頭公園ではシジュウカラはよく遭遇するが、それ以外はなかなか目撃できない。井の頭は都市公園としては快適だが、人が多いせいか、なかなか野鳥はいつかない。水鳥は種類も多いが、今年はまた始まるカイボリのせいで、野鳥の数もかなり減少しそうである。

驚いたのは、東京でありながら、よく残された自然である。この辺りは、狭山丘陵を含めて、古代多摩川が削り残した丘陵地帯がよく残存している。北(所沢市)は埼玉の県境であり、古代多摩川は当初、埼玉側へも流れていた。このあたりに来るのは小学校の遠足以来である。東京もまんざら捨てたものではない。東京に暮らす人々はこうした自然を忘れているのでは?(そういうこのわたし自身が忘れていたのである)あるいは、近場だけに相手にしている人は少ないと思われる。

今年は、こうした近場の自然を楽しみたい。そして、野鳥の知識を増やすことが目標である。
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by kurarc | 2018-01-10 20:05 | 東京-Tokyo

大手町界隈

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東京へ出たついでに、大手町界隈を歩く。東京駅周辺で、現在最もドラスティックに変化しているのが、大手町界隈である。主に、新しい超高層ビル街へと移り変わろうとしているのである。

東京駅周辺というと、丸の内を歩くことが多い。大手町はオフイス街というイメージがあり、買い物に行くような場所でもない。実際歩いてみると、商業地域とは言えないが、オフィス街だけあり、落ち着きがあり、丸の内方面よりむしろ静かで過ごしやすい。また、すれ違うビジネスマンたちは英語ほかの言語を話している人たちが多く、海外のエリートたちの集まる街として成長しているようだ。

大手町だからといって、物価も高いわけではない。今日たまたま見つけた読売新聞社本社内1階にある"yomi cafe"では、コンビニ価格でコーヒーや紅茶などが楽しめる。テーブルもあり、長居することもできる。こうしたところを利用すれば、スタバなど高いカフェを利用することなく、いっぷくできるのである。

大手町界隈は、確実に日本の中枢を担うオフィス街へと変化していることを感じた。

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by kurarc | 2017-11-10 19:09 | 東京-Tokyo

都立多摩図書館見学

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大学時代の友人から都立多摩図書館(上写真)がよい、との噂を聞き、早速連休を利用して出かけてきた。西国分寺駅南口から5分ほどのところに都立多摩図書館はある。中に入ると、通常の図書館に感じられる重たい雰囲気がないせいもあり、利用者は若者から年長者まで数多く、図書館には珍しく活気があった。

都立多摩図書館は、雑誌(約6,000タイトル)と児童書籍に特化した図書館である。主な雑誌はすべて閲覧できるので、こうした図書館ができてくれたおかげで、雑誌を買う必要はまったくなくなった。書店に置かれている雑誌は偏りがあるので、ここで全国で出版されている雑誌を比較できる。図書館であるから、バックナンバーまで閲覧できるのもよい。

今日は児童図書までは見なかったが、大人でもかなり楽しめそうである。小さなカフェと入り口近くには、企画展示スペースがある。都立中央図書館の方は、かなり老朽化が進み、今ひとつ利用しづらい。やはり、図書館は建築が優れていることが大事であることを、こうした新しい図書館を経験するとよくわかる。せんだいメディアテークなどを見学した時にも感じたが、図書館にはできれば一日中過ごせるような機能が配備されていることが望ましい。食堂(レストラン)、または食事まで提供するカフェは必須である。それは、街の小さな図書館であってもかわらないと思う。

こうした図書館がなぜわたしの住む三鷹市ではなく、国分寺にオープンしたのか、大変残念に思う。23区外の各市の中央図書館はこの図書館のレベルになってほしいものである。三鷹市は図書館ではかなり遅れをとっている。ジブリミュージアムを誘致したのはよいが、文化施設の建築のレベルを底上げすることに力を入れないと、人口はどんどん減少をたどり、三鷹以西の郊外へと流れてしまうことになるだろう。

三鷹市は、太宰治の資料と吉村昭の書斎を移築して文学館をつくるというが、こうした内容を含む図書館にすべきだった。多分、井之頭公園西園内あたりに建設されるのだろうが、この環境にカフェを含む図書館が建設されれば、井之頭公園の価値はさらに増すことになると思うが・・・

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by kurarc | 2017-11-05 20:57 | 東京-Tokyo

虎ノ門ヒルズ

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都心には超高層ビルが相次いで建設されている。わたしは特に興味を持ってはいないが、超高層ビルを建設するのであれば、その周辺に広大な公園や緑地、空地を設けるべきであると思う。そのような緑地を配した超高層ビルの中に、虎ノ門ヒルズがある。

2階裏庭に当たる場所に、広大な芝生の緑地(上写真)が設けられていて、この広場に面してカフェやレストランなどが配置されている。都心では珍しいが、こうした配慮は当たり前のことだろう。新宿西口の超高層ビル街はこうした配慮に欠けて開発されてしまった。個々の超高層ビルが、こうした緑地を持ち、その各々が連続していくような都市計画があらかじめあれば、あの殺伐とした超高層ビル街はもう少しくつろげるスペースになったに違いない。

虎ノ門ヒルズ2階にある虎ノ門ヒルズカフェのランチはお薦めである。この立地からするとかなり安い(850円)。ご飯(大中小から選択、確か五穀米のような感じだった)、副菜2点、メイン1点が選択できる。わたしの地元吉祥寺であれば、多分、1200円〜1300円以上するようなランチであるが、なぜか都心スーパーの弁当代ほどで食べることができる。コーヒーは100円追加すればよいが、味の方はわたしの好みではなかった。



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by kurarc | 2017-09-14 13:23 | 東京-Tokyo

地域を掘り下げる旅

昨年つくった「たてもの・まちなみ・景観を考える市民の会」の活動もちょうど1年が過ぎた。身近な建築物や街、景観を見て歩くということからはじめたこの会での活動は、想像以上の収穫を得ることができたように思う。

それは、ひと言で言うと、「身近な世界のとらえなおし」である。身近にある建築物や景観を一つ一つ調べながらみていくと、思いもかけない歴史が浮かび上がってきたり、日常の中で退屈になってしまった風景が、全く新たらしく、奥行きのある世界として感覚できるようになる。

わたしの住む東京郊外(あるいは、武蔵野と昔呼ばれた地域)は、都心の世界と比べると退屈で歴史の感じられない地域と思われるかもしれない。しかし、それは全くその地域をそのように見ていたからに他ならないのであって、退屈と思われるような地域の中にも、実に豊かな歴史、風土が隠されていることがこの1年で明確になってきた。

たとえば、わたしの住む周辺の地域を「水」という主題で調べてみるだけで、上水、湧水、消えた上水、水車、水車小屋、水車大工、水神、古代の多摩川、扇状地の上に築かれた武蔵野、水でつながれた江戸との関係etc.・・・など様々な副題が出てきて、興味が尽きることがない。それは、江戸を中心からではなく、周辺からとらえる、という新たな視点も与えてくれる。

こうした視点は、元来、郷土史家を名乗る人々によってその知が蓄積されてきたと思われるが、わたしは、郷土史家といった言い方ではなく、もう少し建築的な言い方ができないかと現在模索している。地景史家といった言い方も一つあるかもしれないが、今一つである。

「武蔵野」の理解については、国木田以前と以後について考察することの重要性に気づかされた。「武蔵野」は消失したことは事実で、これも、何か別の言い方ができないのかと考えている最中である。

わたしの住む東京郊外という地域に限らず、東京の大きなとらえ直しがはじまっているのかもしれない。東京オリンピック前の激しい変化の中で、東京は様々な意味で、脱構築がなされ、新しい視点で東京を再定義する時代に入ったということなのかもしれない。

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by kurarc | 2016-11-26 00:47 | 東京-Tokyo

別荘地としての東京 あるいは、「武蔵野ヴィラ」について

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インフルエンザでは、発症の日から6日間の休養が義務づけられる。今日はその最終日である。明日から、また日常の生活にもどらなければならない。

時間があったこともあり、いろいろな本を読んだが、久しぶりに渡辺真弓先生の『ルネッサンスの黄昏 パラーディオ紀行』(丸善株式会社)をじっくりと読み返した。渡辺先生は、わたしの大学時代の西洋建築史の先生であった方(上写真:先生の最近の著書)。この書物を読み返したのは訳がある。最近、郷土の地景について調べているが、わたしの住む三鷹をはじめとするいわゆる武蔵野地区は、数多くのの別荘、別邸が存在したことに気づかされたからである。別荘と言うと、軽井沢や箱根といった土地がすぐに思い浮かぶが、東京(特に西部)もかつては別荘地帯であったのである。

以上のような理由から、アナロジーとしてイタリアのヴェネト地方を中心として数多くのヴィラ(別荘、荘園の館といった建築形式)を手掛けたパラーディオ(1508−80)という建築家が再び気がかりになってきた、と言う訳である。ベネツィアは、大航海時代という新しい時代の到来によって、航路が変更され(東地中海を経由する必要がなくなった)、特権的な力を持ち得なくなった。そうした背景から、貴族たちは、貿易だけではなく、内陸の農業経営、湿地の干拓、開墾に眼を向ける。そのときに、その拠点となる建築を建設する必要に迫られることになる。「ヴィラ」とは、そうした貴族たちの砦となった建築形式であり、その建築を数多く設計したのが、パラーディオであった。

東京(武蔵野地区)に存在していた別荘は、ベネツィアと事情は異なるが、その土地の選定を国分寺崖線付近に定めたものが多い。これらを、仮に「武蔵野ヴィラ」と呼んでおこう。これらは、傾斜地の眺望と傾斜地から湧き出る湧水を利用した庭園(池)と門、母屋、待合、離れなどからなる建築形式をもつものが多い。鎌倉に住んでいるときに湘南の別荘を実測したり、調べたりしたこともあったが、そのフィールドワークが東京へ還ってからも活かされることになった。「東京武蔵野の邸園文化」といってよい文化の発見である。

このような視点をもつことは、若いときにはできなかった。ありふれた日常をみつめる、ということは若いときには苦手である。こうした視点は、歳を重ねて気づくこと、認識できることのようである。
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by kurarc | 2016-03-14 14:47 | 東京-Tokyo

丸ノ内線 四ツ谷駅

銀座へ行くときには渋谷から銀座線に乗ることが習慣化していたせいか、四ツ谷駅で丸ノ内線に乗り換えて銀座にすぐに出られることを知ったときにはショックであった。

丸ノ内線の四ツ谷駅は、四谷の赤坂口の方に位置する。地下鉄駅だが、地上にあり、JRの四ツ谷駅と隣接しているため、乗り換えに階段を使うこともない。アクセスがことのほか良い。

丸ノ内線は、その名前からは想像もつかないローカルな地下鉄である。乗車数も以外と少なく、東京では穴場の地下鉄と言えるかもしれない。朝の通勤時間帯でも、四ツ谷駅では座れるほどである。

東京では様々な地下鉄があるが、この丸ノ内線四ツ谷駅は、それをうまく利用すると思いがけないメリットが生まれる好例である。
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by kurarc | 2015-06-17 22:22 | 東京-Tokyo

東京学事始め

様々な地域で、・・・学が提起されて久しい。東北学や関東学などその呼び名、地域は様々だが、わたしは当面、東京学を提起して、東京学をフィールドワークの一つにすることに。

このところ、このブログで取り上げた武蔵野や多摩に関する話題はその一つである。東京をより微細に眺め、研究すること。東京という大まかな言い方で排除される地域性を取り上げることがその大きな目的である。

「東京都」と言えば境界ははっきり限定されるが、「東京」とは実はどこにもない都市であり、見えない都市である。(東京都が東京ではない、ということ。また、東京は現在日本以外の影響を強く受ける都市でもあるが、その部分にまではふれないこととする)それらを具体的に読み解いて、見えない都市を見えるように認識することを目指す。わたしは建築が専門分野であるので、建築的なアプローチは重要となるが、武蔵野の記述のなかでふれたように、自然やある時代に栄えた事物、地形や道、川、または特定の技術など東京を読み解くための手がかりは数多い。

まずは、興味のある地域、事柄を手がかりとして、読み解いていくことになろう。そうした作業の中から、一つの中心軸のようなものが見つかるかもしれない。

私にとってまずキーワードとなるのは「武蔵野」や「多摩」である。その模索の中から、隣接する神奈川県(小田原北条氏)や山梨県(武田家)、埼玉県(帰化人の文化)との関わりなどにも手を伸ばすことになろう。
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by kurarc | 2014-07-17 23:57 | 東京-Tokyo

新しい東京論へ

新国立競技場のコンペティションのことで、ここ数ヶ月、建築界は騒がしかった。新しい競技場(都市に付加されるアイコン)のできる場所は叔父のマンションの近くであり、私にとって、子供の頃からなじんだ風景がどのように変質してしまうのか気がかりである。

さらに、2020年に東京オリンピックが決定したこともあり、今後7年間、東京は日本の中心としてまた新たに再編成されることは間違いない。(日本の中心東京という神話の再編成)この中で問われることは、東京はどのような都市になっていくべきなのか、ということだが、再開発による歴史的建築物の崩壊(あるいは保存活用)やインフラ整備による都市の急激な変化、古い街並みの変化などが予想される。つまり、「何が壊され」、「何が残され」、「何が新たに付加される」のかが問われることになる。


「見えない都市」としての東京の新たな都市認識、東京をとらえ直す都市論が今後数多く執筆されるに違いない。そのときに、今までの都市論の経緯(江戸から東京までのパースペクティブ)が総括され、どのような認識に変化していくのか興味深い。先日ブログで取り上げたヨーゼフ・ライクワートの都市論は、特に参照すべき基本文献の一つとなるべきだが、そこまで射程を広げた都市論に発展することはなく、表層の議論に終始すると思われる。

建築を踏まえた新しい「東京論」がここ数年間、世論をにぎわすことは間違いなさそうである。

この文章を契機に新たにカテゴリ「東京-Tokyo」を付け加えた。
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by kurarc | 2013-12-25 09:20 | 東京-Tokyo


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