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カテゴリ:slope-stair( 3 )

下降する地景 実篤公園 都市の中のオアシス

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今日は午前中に、地元で活躍する女性建築家Oさんと情報交換、意見交換などをした後、調布市文化会館たづくり1階展示室で開催されていた『ピンホール針穴写真展』を見学。作品を展示されていた遠藤志岐子さんが会場にいらしたので、その撮影方法などをお聞きする。

その後、つつじヶ丘へ移動して、実篤公園へ。ここは、武者小路実篤の住まいであった場所。実篤の死後、実篤の住宅や遺品が調布市に寄贈され、隣接する武者小路実篤記念館に保管されている。

今日は、実篤公園に残る実篤の住まいとその敷地を見学した。京王線つつじヶ丘駅から10分ほど歩くと、斜面に広大な緑地が現れる。今日は真夏のように暑かったこともあり、この緑地に近づくにつれて気温が低下してくることが肌で感じられた。

実篤が安子夫人と二人で過ごした住宅は、著名な作家にしては質素であり、緑の中にうずくまるように立地していた。敷地は国分寺崖線にあたり、傾斜地である。通常、こうした敷地に住宅を立地させる場合、敷地からの眺望を優先して、敷地の最も高い場所に住宅を建設することが常なのだが、実篤の住宅は、この傾斜地の中腹に立地していた。住宅から望む景観は、緑の森の中に佇むような眺望であり、これは、実篤が望んだことなのかもしれない。窓先から富士山を眺めたい、といった趣向は実篤にはなかったのだろう。

緑の島としての敷地は、近隣する住宅地に浄化した空気を吹き込むようなオアシスの機能を担っていると思われる。わたしは、実篤の文学に親しんだものではないが、実篤の文学は知らなくても、武蔵野の地景は誰もが親しむことができる。これこそ、実篤のメッセージであったのかもしれない。
(写真上:住宅へのアプローチ 下降する径 写真下:ニジマスのいる池(写真からはわかりずらい)へ降りる径)
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by kurarc | 2016-05-22 17:38 | slope-stair

世田谷 国分寺崖線散策マップ

(財)世田谷トラストまちづくりが発刊する『世田谷 国分寺崖線散策マップ』、『自湧時間』を購入した。各々500円。世田谷に残る国分寺崖線に焦点をあてたマップと小冊子である。

このブログで何回か紹介している国分寺崖線は、立川から世田谷に広がる崖地であり、わたしの幼少の頃の記憶の中に深く焼き付いていた自然である。ここ2年くらい前から少しずつ資料を集め始めている。今回は、世田谷区の南を東西に延びる国分寺崖線に関する資料である。

まちづくりの先進地である世田谷らしい資料で、自然から歴史に到るまでよくまとめられている。わたしにとっての東京と言えるのはこの地域である、ということを最近特に自覚するようになった。小さい頃、兄の車に乗せてもらって二子玉川あたりの起伏のある土地を何度も訪れたことがこれほど心の中に刻み込まれているとは思っても見なかった。無意識の中の、記憶の中の東京を思い出させてくれたのが、この国分寺崖線の地景であったということである。

世田谷には、旧小坂家住宅等、歴史的建築物もこの崖線地帯に数多い。今年は、立川からこの世田谷までのこうした歴史的建築物をすべて見学することにしよう。
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by kurarc | 2016-03-24 22:57 | slope-stair

坂道学(階段学)事始め

坂道を初めて意識したのは小学生低学年のときであった。市ヶ谷のT書房社長宅にお邪魔したときのことである。社長夫人が母の親友であったことから、何度かお宅にお邪魔した。お嬢様が4人いて、自宅内の広々とした縁側に置かれた卓球台で卓球をして、私と遊んでくれた。

このお宅は、1階玄関から2階へ上がると、2階に庭園があった。私は子どもながら不思議でたまらなかった。はじめはなぜなのかよくわからなかったが、帰り際にそのお宅の敷地をよくよく観察すると、坂道沿いに建っていたのである。大邸宅であったから、このお宅が坂道沿い(傾斜地)に建っているとは玄関先では気づかなかったのである。坂道がもつ何か不思議な力、魅力を感じた初めての経験であった。

最近、地元の崖線帯などを歩くと、必ず坂道に出会う。また、私が2年暮らしたリスボンは坂の都市であり、魅力的な坂道が無限に続く都市であった。東京も坂の多い都市である。『大江戸坂道探訪』(山野勝著、朝日文庫)によれば、東京には、江戸時代に命名された坂がおよそ500、明治以降では140ほどあるという。

東京には、坂道のほかに、魅力的な階段も数多い。山野氏が言うには、こうした坂道には江戸の姿をとどめているものが多いという。敷地内の変化は激しかったが、街路、道筋の変化が以外と少なかったため、こうした坂道を訪ねると、江戸の記憶を感じられることになる。

今後、時間をみつけては坂道散策にでかけることにしようと思う。そこから、なにか新らたな東京らしい景観や江戸東京の空間感覚を見出すことができるかもしれないからである。

*カテゴリに”slope-stair"を追加しました。
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by kurarc | 2014-12-08 22:34 | slope-stair


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