Archiscape


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by S.K.
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カテゴリ:design( 143 )

日常の中のデザイン18 関数電卓

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職業柄、関数電卓を良く使う。所有している関数電卓が老朽化したことと、使いづらかったので、ヨドバシカメラで新しいものを購入することに。

関数電卓の問題は、いろいろな機能が付属しているため(ボタンが多いため)、肝心の数字を打ち込む部分が小さく、数字を入力しづらいということである。かといって、大型のものもないので選択肢が限られる。

色々比較した上で、シャープのEL-509TWX(ホワイト)を購入した。2000円を切った値段で、建築で使用する機能が十分含まれている。画面が大きく、演算式(計算式)が表示されるのも良い。さらに、数字を入力するボタン表面が微妙に湾曲していて押しやすく、ボタンの大きさも他のものと比較して大きい。

関数電卓の種類は年々減少してきている。ごく限られた職種の人しか使わないからだと思うが、携帯にも付属しているためかもしれない。しかし、携帯でのパネル入力では使いづらい。ボタン式はずっと残ることになるだろう。



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by kurarc | 2017-06-16 10:50 | design

椅子の神話 座ることと立つこと

椅子に長時間座ることは健康に影響すると指摘されるようになった。PCの出現は、人間が長時間椅子に座ることを強いる結果となっている。しかし、そうした影響を回避する試みも進んでいる。机の高さが上下に変化し、立ってPCを使えるようにするオフィスや、欧米の大学では椅子、机のセットではなく、カウンターを設けて、立って議論する場を設けるなどの工夫をするようになった。そうした環境では、議論も活発になるという結果も出ているという。(PC離れし、スマホ中心の若者たちは、もしかしたら自然にそうした弊害を感じて、椅子+机の環境から遠ざかっていると見ることもできるかもしれない)

こうした状況をデザイナーたちはどのように受け止めればよいのだろうか。今までの通り、「美しい」椅子を作り続けて満足していてよいのだろうか?それは、まさに椅子が出現して以来の椅子のイメージ、あるいはモダンデザインの「椅子の神話」を守り続けることと同じではないか?

ロンドンで良く見かける光景はパブで立ってビールを飲み、議論しているビジネスマンたちの姿である。日本でもたまに見かけるようになったが、椅子の歴史の長いヨーロッパでは、立つことの意味を必然的に見出し、実践しているのかもしれない。日本でも立ち飲み屋や立ち食い蕎麦屋と言われるものがあるが、実はこうした身体の使い方は現代において理にかなっているとも言えるのである。

デザイナーたちは常に日常化した習慣に対して批判的な眼差しを向け、惰性化した身体様式に対して異議を唱えていかなくてはならない生き物である。そうはいっても、ある人は「平均寿命は伸びているではないか」というかもしれない。それは、医学による延命であって、健康寿命ではないと思われる。椅子に座っていて腰に負担がかかっていると感じていたり、姿勢が悪いと感じている人は多いはずである。そのような実感こそ大切にすべきなのである。

*上のように考えると、逆説的に、椅子は「座り心地の悪いものが良い椅子」だ、と言えるのかもしれない。皮肉なものである。

*椅子という道具、かたちはあまりにも自明であるため、新しいデザインはなかなか浸透していかないし、認められない。韓国のデザイナーがつくった椅子の背を腹側に配置した椅子も良いアイディアだったが、浸透していない。

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by kurarc | 2017-06-08 16:58 | design

椅子の座高について

建築家、デザイナーの中には、建築の中での視線を低くする(落とす)ことに執着するものがいる。テーブルの高さを通常の高さ700mm〜720mmより低くして650mm程度まで下げ、それに合わせて椅子のデザインも考える、というように。

こうしたデザインは一部の世界でもてはやされる。建築の空間自体の重心が下がり、安定感を与えるためである。天井高さを限界まで下げようとするデザインなどもこうした試みの一つと言っていい。

こうしたデザインの試みは、一方で独りよがりであり、健常者を対象としたデザインとも言えるのである。最近、福祉施設の設計をやったこともあり、特にそのように感じられる。例えば、高齢者用の便器は、通常の便器の高さよりも高い。座りやすく、立ち上がりやすいようにである。高齢者になれば、深く椅子に腰掛けることは、腰に負担がかかるし、立ち上がろうとするにも困難を伴うことになる。椅子の座高を低く設定することは高齢者には身体に対する負担が大きいことになる。

ヨーロッパの椅子の座高は、通常450mm以上と高い。それは、室内でも靴を履くことから説明されてきたが、もしかしたら、そうではなく、座ることと立ち上がることを考慮した結果ではないか、とも考えられる。イタリア人などは、日本人と体格の差はほとんどない。にも関わらずこうした寸法を与えることは必然性があるに違いない。(イタリアは、テーブルの高さも非常に高い。)

何が言いたいのかというと、デザイナーは自分の美学のようなものだけでデザインして良いのか?ということである。デザイナーの大半はそのような人ばかりだ。美しいもの、かっこいい方へ向かう。それは果たして良い結果を生むのだろうか?

最近、デザイナーによるプロダクト商品が随分と出回るようになった。良いものもあるが、粗製乱造品も多い。名の知られたデザイナーのものでも、つくりが雑なものが多いことも事実である。それより、デザインなどどうでも良いから機能が優れているもの、長持ちするものも良い、と思う。両立することがベストであるが、意外と両立するものは少ない。これが現在の日本のデザインの現状ではないか。

*下はモンベルのキャンプ用フォールディングチェア。最近購入したもの。正直、デザインはよくないが、機能性は抜群に良い。安価で、軽く、室内で使用するにも床を傷めない。5cm厚のクッションを使えば、通常の椅子として十分使用できる。座り心地も良い。

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by kurarc | 2017-06-06 12:02 | design

Macのディスプレイ

MacBook Proは思いの外修理に時間がかっている。当日修理できると思っていたのが、とうとう1週間以上かかるとのことで、未だに戻ってこない。そのため、ダンボールにしまって凍結保存していた初期のiMac(アクリル?のボディのもの)を引っ張り出し、使うことになった。

机に新旧のiMacが2台並ぶことになったが、そのディスプレイの性能の違いに驚かされた。新旧でこれほどディスプレイの性能に違いがあることに気づかなかったのである。新の方もラティーナディスプレイではないが、その見やすさは旧式のものとは天と地ほどの差がある。最近、かなり目が悪くなってきただけに、旧式の方は画像が雲にかかったようにぼんやりして見える。

こうした比較から、Macは2010年くらいになって初めてまともなグラフィックを扱うようになれたのだ、といったことがわかる。ディスプレイの解像度は目の悪いユーザーにとってはますます重要度を増すことになるだろう。わたしもそろそろラティーナディスプレイのMacへ移行しなければならない時期にきたのかもしれない。

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by kurarc | 2017-05-23 13:54 | design

日常の中のデザイン17 BALMUDA バルミューダ 電気ケトル

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家電製品はなるべく持ちたくない。炊飯器、電子ジャーは持っていない。白米に執着がないので、必要ないのである。電子レンジも持っていない。何かを温めることもないから必要ない。家電製品の中では、電気ケトルは必需品である。一日に10回前後は使う。コーヒーを入れる時、日本茶、紅茶を飲むなど、お茶が好きだからである。

バルミューダの電気ケトル(ホワイト)を使い始めてかれこれ5ヶ月くらいたつ。男はブラックを買う人が多いらしいが、わたしはホワイトを選んだ。汚れやすいかと思ったが、5ヶ月たっても変な汚れ方はしないし、ほとんど新品そのものである。

コーヒーをペーパードリップで入れる時には、特に重宝する。大きさも手頃である。あとは、1年、2年と使い込んだ時の経年変化、経年劣化がどの程度になるのか見守りたい。2年使って、現在の状態と変わらないのであれば、100点をつけても良い製品であろう。



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by kurarc | 2017-04-13 20:01 | design

「 波 」へ

興味は断片から始まる。石ころや植物、好きな音楽、可愛らしい鳥、鳥の歌、砂、フランス文化、映画etc.などといった類のたわいもない事物が忘れられないものとなる。そして、その機が熟してくる頃、思いも掛けない主題が発見されたりするものである。わたしにとって現在、大きな主題となるものの一つは、「波」である。

それは、自然現象の中に存在するすべての「波」、芸術の中に現れる「波」、特に音や光のような不可視な「波」について、興味を持っていることに気がついたのである。

わたしの専門とする建築の中にもしばしば「波」は登場する。バロックの建築の中に、それはうねる曲面として現れたが、次第にそれは、平面(平坦な面)の中にリズムをつくるというエレガントな回答を発見することになる。その発見者はポルトガル人であった。ボロミーニがやったようなうねる曲面によってバロックを表現するのではない、面のリズム(装飾的手法)による、いわば、隠喩としての曲面が現れた。

その後、その手法は、あのル・コルビュジェのラ・トゥレット修道院やハーバード大学の視覚芸術センターのガラス窓の中に現れることになる。コルビュジェの作品集7巻目に登場するその「波動窓」は、「Pan du verre ondulatoire 」というフランス語で表現された。日本語版では、このフランス語を単に「波動式」と記述しただけで、「波動式ガラスによる壁面」という直訳すら掲載されなかったのは丁寧さに欠けた翻訳と言わざるを得ない。(波動を応用した壁面(窓)は、クセナキスの功績であることを付け加えておかなければならない)

そして、この「波」を記述する言語として数学が登場する。フーリエ級数、フーリエ変換、フーリエ展開などといった数学がこの「波」の理解を助けてくれることになる。18世紀から19世紀に生きたフランス人フーリエ(ジャン・バティスト・ジョゼフ・フーリエ)の業績を理解しようという意識がわたしの中でようやく熟してきた。

そして、これらをまた別の視点でくくってくれるのは「フランス」である。「フランス」という文化への深い理解がわたしにとって最もアクチュアルな主題に浮上してきたということである。



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by kurarc | 2017-04-08 19:30 | design

事務所 打ち合わせ用テーブル脚のデザイン

事務所の打ち合わせ用テーブルの脚をデザインした。デザインというほど大袈裟なものではないが、よく現場で職人さんが作業台として利用している二枚の板(現場では12ミリ厚のラワン合板など。ここではMDF 厚9ミリ)を中心で差し込み、脚としているやり方を踏襲したものである。天板のたわみを抑えるために貫(1×3材)でつなぎ(貫はのせているだけ)、この上に8ミリ厚のOSB(800×1820ミリ、ポーランド産)をのせて天板とする。

天板をのせない時の高さは660ミリで、今後、30ミリ厚程度の天板をのせること(この場合は、貫は必要ない)があっても、高さを700ミリ以下とするように寸法を決定した。今回は8ミリ厚の天板なので、およそ670ミリの高さのテーブルとなる。

二枚の板を中心で差し込んでいるだけなので、取り外せば板になる。全て組み立て式であり、釘金物など一切使用しない。これで最大7人座ることできるテーブルとなる。

*8ミリ厚のOSBを選択したのは、片面サンダー掛けしたものが見つかったこと、ポーランド産OSBは、カナダ産などに比べると使っている木材の破片が細かく、綺麗なことがその理由である。日本のヒノキ、スギを使ったOSBもあるが、わたしにとっては高価であったので使用しなかった。

*OSBとは、構造用下地材として開発された面材のこと。

*コの字型の脚は、見付け(見えがかり)がすべて100mmに見えるようにデザインされている。
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*上写真は、某現場で見られた作業台。非常に優れたデザインである。わたしは今回こうした浮き上がるようなデザインにしなかったのは、事務所床がビニール床シートであり、集中して荷重をかけないようにしたため。集中して荷重をかけてしまうと、床にその跡が着いてしまうからである。硬い床であれば、このようなやり方をさらに発展させてデザインすることが選択できた。


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by kurarc | 2017-03-26 12:13 | design

書類、資料の整理方法について

本や書類の「瓦礫」が少しずつ片付けられてきた。事務所の床がやっと見え始めた。

引越しをして片付けに困るのは、本よりもむしろ書類、資料の方である。それぞれ異なるファイルにその時代にたまった書類、資料を挟み込んでいるため、ファイルの厚さや大きさもまちまちであり、自立しないファイルが多いため、本棚に整理しにくい。

新しい事務所に引っ越したこともあるが、根本的に書類、資料関連の整理の仕方を考え直さなければならない時期にきたようだ。わたしははじめに分類した上でファイリングするクセがあるが、それがどうもよくないことがわかった。そうすると、ファイルの量が膨大になってしまい、例えば、たった1枚の資料のためにファイルをつくるなどといった浪費をしていた。

今までの失敗を繰り返さないため、以下のような方法を考えてみたが、うまくいくかどうかは、今後の成果による。

1)ファイルの数を増やさず、かつ、自立できる程度に資料をまとめていくこと。どのように使われるのかわからないような情報は同じ分野の資料に限らず、違う分野のものでも同じファイルに閉じておく。(分類のカテゴリをなるべく細分化しない。)

2)ファイルはかならず「A4」にする。変形のA4も避ける。なるべく簡素なファイルにする。(処分するときに困らないように)

3)時系列に閉じるようなファイルも一つつくる。ファイルの日記帳のようなもの。これは、仕事以外のもの。

4)仕事以外の興味のあるカテゴリーを整理して、最も自分にとって重要なものから整理していく。

5)有効な情報と思われるものしか持たない、ということ。つまり、ファイリングする価値があるかないか、ファイリングする前に見極めること。

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by kurarc | 2017-02-26 12:04 | design

日常の中のデザイン16 ミルクパン

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朝にチャイを飲むこともあり、ミルクパンは必ず必要な調理器具である。ホーローの白いものが一般的かもしれないが、チャイを好きな方はわかると思うが、チャイの成分で白いミルクパンはすぐに茶色にくすんで定着してしまう。ミルクだけを温めるためだけに使うのなら白いミルクパンでよいが、ステンレスのものの方が手入れしやすい。

柳宗理さんの調理器具は以前んから気になっていたこともあり、少し高いと思ったが、柳さんのミルクパン(16cmつや消し)を購入した。いわゆるユニバーサルデザインとなっていて、右利き左利き両者に使用できるようにデザインされている。そのかたちは上から見ると葉のような不思議なかたちであるが、使用してみると確かに水切れ(ミルク切れ)がよい。

取手部分のデザインの昭和な感じが好まれるか好まれないかがこの商品を購入するかしないかを分けてしまうかもしれない。柳さんは現在であれば、この部分はデザインし直すのではないかと思う。機能を求めるユーザーであれば満足できるミルクパンであろう。

*ステンレスのものでも手入れを怠るとすぐに茶色にくすんでしまう。チャイをつくったなら、使用後すぐにミルクパンを洗うことを忘れてはならない。

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by kurarc | 2017-02-25 08:25 | design

住宅 西向きの効用

住宅のプランにおいて西日は避けるというのが、昔から日本の住宅設計において暗黙の原則のようなものになっている。西日の方に窓を大きくとると、夏場に熱がこもり、大変なことになる、というのがその主な理由である。「夏を旨とすべし」という原則を重んずると、西側には小さい窓しかつくらないというのが常識なのである。

現在、西側に大きく開かれた事務所に移転し、その窓を体験してみると、西側の窓もまんざら悪いだけではないことに気がつく。少し前にも書いた通り、一日の終わりに夕陽を楽しむことができること、それに、夏は暑いかもしれないが、冬はちょうど日が沈みかけ、外気が冷え込んで来る時、室内を温めてくれるメリットがある。

現在の事務所がよいのは、西側に駐車場があり、街路から10メートル程度空隙があり、さらに街路の幅が6メートルほどあるから、隣家の窓まで20メートル近くの空間がある。よって、窓は対面しているが、プライバシーが気にならない。西側に大きく空隙があるのであれば、西側を開く、という住宅のプランを大胆に考えてもよいのかもしれない。

西側に住宅を開くことは多くのメリットがある。室内物干などをつくるにも西向きがよいのではないだろうか。

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by kurarc | 2017-02-07 16:13 | design


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