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by S.K.
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カテゴリ:archi-works( 187 )

notebook

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手帖をそろえる季節になった。パソコンがこれだけ普及しても、手帖の需要は衰えないという。それに、iPadもついに手書き入力が可能となる機種が出そろった。「手」のもつ力はいつのまにか復権しつつあるかのようだ。

大学の授業を受けたときにノートをとるということは日々行っていたが、社会人になってからは職業柄スケッチをするということはあるが、自分のノートをしっかりとつけるという努力を怠っている。

リスボンに暮らしていた頃、ルジーアダ大学での講義、また、国立リスボン大学建築学部での講義のノート(上写真)や、リスボン時代の旅行の記録、レストランへ行った記録、観た映画の記録その他様々な記録を一冊の丸善製ノートに収めた。このノートはわたしの宝物の一つだが、今見ると、日々の暮らしを大切にしていたということが実感できるノートである。こうしたノートが、日本での生活の中からも生まれでてくるようにならなければと思う。

ポルトガルから帰国して、すぐ、立教大学の中南米音楽の講座(濱田滋郎先生)を受講したが、その講義ノート(下写真、こちらも丸善製ノートを使用)も今みるとすばらしい内容である。講義は日本語だが、黒板に記述された言語はすべてスペイン語かポルトガル語であり、濱田先生の教養の深さをうかがい知ることができる。このノートもわたしの宝物である。

年の終わりにこのようなことを書いたのは、来年から特にノート(notebook)についてこだわりたいという思いからである。自分の興味のある分野について各々ノートをつくりたいと思っているが、様々な分野をどのように整理するのか、どのようなノートづくりの可能性があるか、年末年始に考えてみたいと思っている。
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*最上段のノート右上には、リスボンでお世話になったオラシオ・ボニファシウ先生がわたしのノートに参考文献を記してくれた痕跡が残っている。『PARA ALEM DA BAIXA』という書物(
Eにアクセント記号がつく)。ポンバリーナ建築に関する書物である。この書物は英文のもの、ポルトガル語のもの両方購入し、現在手元にある。ノートの内容は国立リスボン大学建築学部でのもので、ヨーロッパ建築史の内容。バロックの都市の部分。

*上中間はリスボンで見たエリック・ロメールの映画の絵葉書が貼付けられている。先日このブログで紹介した『秋物語(日本では「恋の秋」のタイトルで紹介された)』。

*上の下段は、リスボンからパリに旅した時に宿泊したホテルのレシートがノートに貼付けてある。サンジェルマンのHOTEL LENOXに宿泊したことがわかる。今度パリに行くことがあれば、また利用したい。→グーグルマップで調べてみると、廃業していた。残念である。
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by kurarc | 2015-12-27 10:14 | archi-works

HP 一つの仕事として

新しいHPをやっと公開することができた。PCの相次ぐ故障によって、無駄な時間を費やしてしまった。

幸い、HPのソフトが無償でバージョンアップできることに気がつき、今後はさらに新しい機能を取り入れられそうである。しかし、動画画像であるとか、写真を動かす、といったことはいまのところやるつもりはない。ブログを取り込むことは近いうちに行う予定である。

HPを専門家に頼むこともできるが、経費の問題はばかにならない。HPをつくることは、設計作業と同じく、一つの仕事としてこなさなければならないのだと思う。こうした作業をすることは、過去の仕事を顧みることになり、また新しい発想を生み出す原動力につながっていく。

建築家の名刺をみると、その建築家がどのような仕事をするのか、およそ見当がつくが、HPも同じことだと思う。だから、あまり気をぬいたものはつくれないが、かといって、あまりに凝ったものも必要ないと思う。過去に行った仕事や現在の考えが、素直に伝われることを大切にすればよいのだと思う。
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by kurarc | 2015-09-13 14:25 | archi-works

建築事務所のHPのデザインを変更、更新しました

わたしの建築事務所のHP(http://kurarc.jp/)のデザインを変更、更新しました。

まだ建設途中というところもありますが、これから少しずつ充実させていきたいと思っています。

ゆくゆくは、このブログは、建築以外のことについて書くことに限定し、建築や都市、デザインについては、HPの中にもう一つのブログを組み込み、そちらで書くことにする予定です。

FTPの設定が以前と変更されていたこともあり、公開に手こずってしまいました。しかし、わたしの場合、HPもすべてわたしの手づくりなので愛着がわきます。

今後も、できるだけよい方向にHPが改善、更新できるように、努力していきたいと思います。
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by kurarc | 2015-09-12 23:42 | archi-works

新しいHPがほぼ完成する

新しいHPがほぼ完成した。同じソフトを使用してつくったが、バージョンアップしたものを使用したので、大部デザインが異なる。現在のHPは、少し散漫な感じのHPであったが、今度は凝縮し、まとまった様相である。

現在のHPにはフォトギャラリーのページもあるが、こうしたページは割愛し、必要最小限のHPに仕上げることにした。

早ければ今月中旬にはアップできるかもしれない。
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by kurarc | 2015-09-09 16:22 | archi-works

新しいHPの公開を準備中

現在、事務所には4台のPCがあり、その内、HP更新には、最も古いiMacを使用していたが、このPCがカーネルパニック(後でこの症状とわかる)になり、もう一台のMac Bookへソフトを入れ直し、新しいHPを作成しようとしている矢先に、このノートパソコンもカーネルパニックになり、中断。

やむを得ず、ノートの方は修理に出すことにして、その後、新しいHPがほぼ完成。まだ、スケッチという状態ではあるが、今月中には公開できそうである。

最初に故障したiMacは10年使用しているが、修理に出せばまだ使えるはずだ。しかし、Apple社は修理期間を5年としていて、万が一故障していも、すでにApple社では修理を受け付けてくれない。街場のPC修理店へ持ち込まなければならないことになる。

ソフトの更新は、早すぎると思う。ソフトの更新とハードの更新が呼応してPC業界は発展していくが、豪奢な機能を付加して更新しているとしか思えない。最新ソフトの何パーセントをユーザーが使いこなしているのだろうか。たとえば、最新のCADソフトを100パーセント使いこなしている人は建築業界には少ないはずである。そんなことをしていたら、肝心な仕事ができなくなってしまうから。

Apple社のメンテナンス対応期間は、10年程度にしてほしいが、そうした時間感覚はPC業界には期待できそうにない。愚痴をこぼしてもしょうがない。早くHPを公開しなければ。
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by kurarc | 2015-09-05 21:37 | archi-works

某企業本社ビルの竣工

およそ1年半にわたりお手伝いしてきた某企業本社ビル(地下2階-地上10階建て、高さおよそ40m、延べ床面積およそ20,000㎡)のお手伝いが終わり、12日に無事竣工した。わたしも竣工式のお手伝いをするはずであったが、前日から熱が出始め、とうとうダウン。しかし、久しぶりに良い汗をかいた仕事であった。

個人事務所では経験できない様々な工法を経験できたこと、それを現場で間近に学べたことは大きな成果であった。一日あたり400〜500人という職人たちと共にこのビルを建設してきたが、職人たちの並々ならぬ力を肌で感じることができたことも貴重な経験であった。

単にテナントを募集するためだけのオフィスビルと異なり、社運をかけたビルであった、ということもあり、その建築のコンセプトには力が入っていた。日本で初めて、ということをいくつか挑戦しているが、その成果は今後このビルが使用されていくにつれ、評価が定まっていくことだろう。

現代建築の最前線の施工を間近で経験することは、われわれのような小規模の事務所ではなかなかできない。そして、この現場でやられていることは、大学の授業のようなヤワな空間の中でも学ぶことはできない。現場に最近は女性も増えてきたが、やはり、建築は男の心意気がなくては成り立たない仕事である。こうした現場の様子を誰にも知ってもらいたいとは思わないが、想像を絶する世界であることだけは確かである。

建築とは、世界を一度、混沌の状態に引き戻し、そこから新たな秩序を構築して行くプロセスであることが身にしみて理解できた。混沌とした世界を経験してきたもの(技術者、職人たち)が最後にたどり着くのが、秩序だった静なる空間である。動から静への劇的なドラマといっていい。

建築はやはり、おもしろい。
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by kurarc | 2015-06-14 20:36 | archi-works

高床住居の系譜01 ー ロンドンのテラスハウス(ロウハウス)

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以前、某大学の助手をしているときに、学生に街路に関するレクチャーをしたことがる。たとえば、歩道がいつごろ発生したのかについて、様々な見解がある。すでに、ポンペイの遺跡の中にも歩道らしきものがあるが、それは、我々の身近にある歩道の意味とは異なっていて、街路に水(雨水)を流すため、その水をよけるため、一段持ち上げたと言われている。

歩道が誕生した一つの要因に、ロンドンのテラスハウス(ロウハウス)という住居形式が誕生したことが関連しているという見解もある。テラスハウスとは、日本で言うと低層長屋といった住居形式で、歩道からおよそ5段程度昇って、日本で言う1階があり、3〜5階程度の高さの長屋型集合住宅である。歩道と建物との間には通常空堀(ドライエリア)があり、建設当初は歩道にマンホールを設け、そこから石炭を入れて、地下部分に貯蔵できる工夫がなされているものが多かった。石炭に水がまわらないようにという配慮から、建築に接する街路を一段持ち上げたのが歩道の始まりである、と言われていて、こうしてテラスハウス誕生と共に、歩道らしきものも誕生することになったという訳である。

このテラスハウスが興味深いのは、やはり、高床住居であるということ、都市住居のアーキタイプと言われるように、18世紀末から建設されて以来、住居だけでなく、様々な活用の仕方ができるという点にある。(上写真:ロンドンの典型的なテラスハウスの一例)

1階を1メートルから1.5メートルほど立ち上げるので、バリアフリーという観点からは難点があるが、地下工事が楽であり、地下も半地下といえる空間になるので、地下室という圧迫感がない。よって、商業スペースやギャラリーのような用途にも転用できるのである。

初めてロンドンを訪れた31年前、ロンドンやその他の都市(バース)などのテラスハウスを片っ端から見学してまわった。こうした住居タイプがなぜ日本の近代に普及しなかったのか不思議だが、日本のハウジング計画が成熟していなかったということであろうか?

*こうした地下室があるタイプまで高床住居と言えるのか、という疑問が生じると思われるが、わたしは、当面、1階の床高さが地上より常識以上に高いもの(およそ1m以上)を高床住居に含めることにしようと思っている。つまり、1階がピロティーのように列柱状に開放されていなくても、高床住居と呼ぶことにする。

*高床住居についてまず明らかにしないといけないのは、1階において、地上から1m程度高い環境が日本において特に過ごしやすい環境を担保してくれるという実証的なデータ。これは独力で計測するのは難しそうだから、既往の研究をたよりにするしかないかもしれない。実証された後に計画論に進んでいかなければ意味はないが、当初は計画論と同時進行でいく予定である。

*高床住居というと一般的に、1階部分は人が立っても頭がぶつからない、あるいは、駐車スペースに利用できる、といった空間を想像するだろう。わたしの場合は、まずは、地上1m前後の高さにこだわりたいと思っている。そして、ピロティのように1階分の高さを持ち上げたような高床住居の形式と比較、対比させることが重要である。

*上に書いたように、わたしが高床住居と定義する空間は、必然的に、半地下のような空間が生じる可能性がある。よって、次に、半地下という空間の有効性について実証することも必要になってくる。この場合は、空気環境の有効性というより、計画論としての有効性になると思われるが、もしかしたら、思いがけない利用方法が考えられるかもしれない。
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by kurarc | 2015-05-30 12:11 | archi-works

高床住居のパースペクティブ

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2年前に竣工した門前仲町の住宅に久しぶりに伺う。塔屋の部分の汚れの現況を見るためであった。2年過ぎた住宅は、植栽がしっかりと住宅になじみ、地域に根付いた様を拝見できて、喜ばしかった。

この住宅は、浸水が危惧される地域であることから、1階の床の高さは、前面の歩道からおよそ1m立ち上がった高床住居として計画された。建築基準法では、通常45センチ以上が基準の高さとして決められているから、通常、1階床高さは地盤面から45センチ〜60センチ程度が標準である。

わたしの数少ない仕事のなかでも、伊豆の仕事、葉山の仕事、藤沢の仕事は高床住居といえるものであることに、今日、あらためて気づかされた。伊豆は湿気対策のため、葉山は1階が艇庫であるため、藤沢は、この門前仲町と同じ理由による。

以前、このブログで紹介した恩師、太田邦夫先生の『世界の住まいにみる工匠たちの知恵』という書物の第2章にも、「浮上する高床の住まい」という章があり、こちらは、穏やかな洪水が起こるような地域で、住宅が水に浮くように工夫されたタイの高床住居が紹介されている。高床の床下に竹の束を常時配備させておいて、洪水のときには、その竹の浮力を利用して、船のように浮き、洪水をしのぐ、という信じられないような仕掛けのある住居である。

高床住居はそれぞれ広範な目的と自然災害などの防御から工夫された建築の一つの原型のような住居形式と言えるもので、それは、伊勢神宮や寺社建築をみてもわかるように、日本の文化の中に位置づけられてきた。

そして、今日、門前仲町の住宅の心地よい空気感を感じながら、この高床住居という形式を現在の文脈の中で深化させる方法はないだろうか、というイメージが頭のなかに浮かび上がった。まずはその前に、世界で、あるいは日本で、高床住居というものがどのような起源と歴史を辿ってきたのかを探求することは、今後の設計活動に役に立つことは明らかであろう。

鎌倉で偶然発見した建築家、曽原國蔵さん設計による離れ(加藤邸)も高床住居であった。建築におけるフィールドワークの中心にそえるべき主題の一つが発見できたということである。

*上写真:ファンズワース邸  設計:ミース・ファン・デル・ローエ
このような近代建築の高床住居の代表作を、何千年、何万年という住居の歴史から紐解いて理解すべきということである。
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by kurarc | 2015-05-17 21:08 | archi-works

避難階段

最近、高層建築の火災事故がよく報道される。高層建築の住人たちは、その場合、屋内避難階段、または、屋外避難階段を降りることで、下階に避難していく。高層建築である場合、階段を下りるという反復移動は想像をはるかに超える苦痛を伴う。(屋上に避難することも考えられるので、もちろん、階段を昇るという移動も同様である。)

ここで、われわれのような建築設計者が気をつけなければならないのは、階段のデザインである。高度成長期に建設されたマンションには屋外避難階段を螺旋階段にデザインしているものをよく見かける。しかし、考えてみればわかることだが、地上10数階からこの螺旋階段を降りていくと当然目が回ってしまう。螺旋階段はせいぜい3階〜5階くらいが限度である。円形の螺旋階段だけでなく、正方形上にデザインされた螺旋階段も同様のことが言える。

正方形上の螺旋階段(各コーナーに踊り場があるタイプ)を昇ったり、降りたりしたことのある方ならわかるが、人間が螺旋状に移動する運動に対して、正方形というかたちを与えているため、非常に昇りづらく、降りづらい。正方形上の螺旋階段は、回転していく足の運動に対し、階段は直線上に配列されることになるので、足が踏み面に安定して乗らないのである。

われわれ建築家やデザイナーは、こうした緊急時に使用されるような階段を観念的にデザインすると、いざというときに迷惑をかけてしまいかねない。現在、階段の基本は、通常のビルであれば、中間に踊り場を設けて直進する昇り、降り、または、われわれが「行って来い階段」と呼ぶ、踊り場を介して180度回る階段である。こうした階段であれば、避難階段として大きな問題になることはない。

デザインをするときには、具体的に様々な行為、事象を想像しながら行われなければならない。デザインで遊んでよいところは、いざという時に人の行動に不都合が起こることのないような場所を選定した上でなされるべきである。

*東京都条例では、直通階段を螺旋階段とすることを禁止している。
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by kurarc | 2015-03-03 21:13 | archi-works

墨出し

建築の現場では、設計図通りに建築物をつくるために、ベースとなるコンクリートなどに墨を出していく。今でも墨つぼの中に糸を通して、コンクリートに一つ一つ墨の線を描いていく。近年、レーザー光による墨出し機械がつくられ、その技術と精度は格段に飛躍した。

描くのは、壁の芯や、柱の芯、壁の厚み、柱の外形、金物の位置など様々である。建築をつくることは当たり前のことだが、人間が入ることができる容器となるわけだから、必然的にかなりの大きさになる。墨を出すことは、原寸の図面を描くことであり、測量することでもある。

自らつくりだすものを測量しながら確かめていく行為の連続、それが建築をつくることとも言える。すでにあるものを計測するのではなく、頭の中にあるものを外化し、それを計測していくという、ある意味で特殊な行為と言えるだろう。たとえば、車のように人間が入る容器でも同じことが言える。車の場合は、原寸の模型をつくることが重要となる。

墨出しという仕事は、したがって建築において非常に重要な位置を占める。墨が間違っていては、間違った建築物になってしまい、あとで壊さなければならなくなるからである。下げ振りにより垂直を出すこと、水平面に墨を描いていくこと、という2つの行為は、建築がつくられはじめた太古の昔から全く変化のない根源的な作業なのである。
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by kurarc | 2015-02-12 20:24 | archi-works


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