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by S.K.

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朝岡スパイス Curry Powder

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最近、カレーはつくらない。その代わりに、朝岡スパイスのCurry Powder(カレー粉)をよく使う。

このカレー粉を使うと、どんな料理も上品なカレー風味に変化する。定番は、以前にも取り上げたがポトフに入れてフランス風カレー(スープカレー)にすることである。

およそ17種類のスパイスがミックスされている。その調合方法が見事なのだろう。後味もよく、飽きがこない。

朝岡スパイスは、その他、様々なスパイスを販売する専門メーカーでもある。HPはここから。HP内のレシピ&コラムはスパイス好きには興味深いはずである。
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by kurarc | 2014-03-31 21:22 | gastronomy

横浜 山手の景観

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久しぶりに横浜の山手町へ。フェリス女学院6号館別館の改修工事見学と掃き付け仕上げ等の実習に参加。鎌倉在住時からいろいろお世話になっている、よこはま洋館付き住宅を考える会の主催である。

元町から山手へと様々な坂道(上写真:貝殻坂)がのびる。今日は天気がよかったせいもあるが、いつになく清々しい気分でその坂道を楽しんだ。元町をはじめ山手地区は、都内の街ほどの混雑もなく、人の流れ、車の流れも穏やかで、散策していて心地よい。エリスマン邸を中心とした地区が、景観上、こんなにも美しい街であったかと再認識する。

この山手は、みなとみらいと比較すると格別である。街を歩いていると、歴史に裏打ちされた落ち着きを感じる。洋館建築(住宅)は、私が知らない場所に数多く存在することも初めて知った。もともと洋館は、関東大震災後に外国人向けの賃貸住宅として再建されたものも数多かったという。

洋館はかなり日本の風土に適合しないつくりのものが多く、傷みも激しいという。今回の見学では外観から判断できない実情を把握できたことが大きかった。

横浜は東京から近いので、またたびたび脚を運びたい。

カテゴリに横浜-yokohamaを追加した。

下:6号館別館で使用されていた材ほかの断片。
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by kurarc | 2014-03-30 00:38 | 横浜-Yokohama

fragment/2014/03/29 映画の時制とモード(法)

*映画の中の時間を、言語文法の時制と対応させて考えてみる。

*映画を藝術言語の一つと考えた場合、言語(文法)の時制やモードという考え方の数だけ、様々な映像が可能だと考えてみる。

*たとえば、ポルトガル語には、通常の現在、過去、未来の他に、不完全過去、複合過去、過去未来などがあり、それぞれ直説法、接続法という異なるモード(法)により異なる表現が可能となるように。

*以上のような様々な時制とその映像の可能性について検討し、映画を藝術言語としてとらえる方法を模索してみる。

*映画の中では、無声映画でない限り、人間の言語(会話)が必ず挿入されるから、二重の意味での言語空間(時間)が形成されることになる。(それは多重化することも可能となる)

*たとえば、過去未来の映像に、現在の会話を重ね合わせる、というような多重時間映像も可能となる。

*注意しなければならないのは、この考え方が映画の一断面であるということ。この考え方で映画全体を語ってはならない、ということ。

*私にとって映画とは、快楽だけでなく、考えることのきっかけをつくってくれるもの。この二つが含まれる映画が私にとっての名画の条件となる。
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by kurarc | 2014-03-29 08:23 | fragment

トリコロールのマリナード(マリネ)

春らしくなり、冷たいサラダがおいしい季節になってきた。最近はよくマリネをつくる。それもシンプルに、使う野菜は3種類と決めている。

一つ目は、タマネギ(白)
二つ目は、プチトマト、または、ニンジン他(赤)
三つ目は、ズッキーニ、または、ブロッコリー他、たまにキーウィなどのフルーツ(緑)

これで、トリコロール(トリコローレ)となる。

作り方

野菜の割合はおよそ以下の通り。

タマネギ:中3ヶ
プチトマト:20ヶ
ブロッコリー:一房

1)タマネギをスライスして、少量のオリーブオイルと粉末のバジルを加え、炒める。およそ10分程度、しんなりとするまで。(白い色が残っている状態)

2)ブロッコリー、ニンジンなどは軽く塩ゆでしておく。ズッキーニの場合は素焼きして、水分を飛ばす。

3)ドレッシングは、アップルビネガーとレモン汁にエキストラバージンオリーブオイル、ブラックペッパー、塩少量。お酢類と油は1:1の割合。(私はお酢の割合を多めにしている)

4)野菜類とドレッシングを混ぜて、完成。(プチトマトは切らずにそのまま入れる。ドレッシングの酸味にトマトの酸味が混じらないようにするため)

私の場合、タマネギを大量に炒める。通常は3個。主に、タマネギを食べるためのマリナード(マリネ)である。

朝食は、フランスパン(40g×2ヶ、一つはチーズのせ、もう一つはジャムのせ)、カフェオレまたはチャイ、それにこのマリナードが定番。午前中かなり身体を使う場合は、これにバナナ他の果物(バナナ+ヨーグルトなど)を加える。このマリナードがあるだけで、朝食が彩り豊かとなる。
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by kurarc | 2014-03-28 22:11 | gastronomy

トランペットの呼吸 圧力ではなく流れへ

月一度、トランペットのレッスンを受けている。前回のレッスンはさんざんであった。身体の疲れと練習不足などがたたり、音がでないのである。

こういう状態のときには、第三者の目で見てくれる教師のような存在はありがたい。自分で何かどつぼにはまってしまっている状態を、外部から冷静に眺めてアドバイスをもらうことができるからである。

身体が疲れると、どうしても息が浅くなる。トランペットに充分息が流れていない状態であったとわかる。口先だけで息を吹き込もうとしても、トランペットはよい音が鳴ってくれない。

疲れていると、息を吹き込むときに、口元に力が入ってしまい、息が飛んでいかない。先生曰く、「外部の空気の流れを感じ、とらえ、コントロールするイメージで」吹いてください、とのこと。

このことは、呼吸というものを考えるときに大変重要な指摘だと思われた。呼吸は通常は自律神経によるので、コントロールすることは難しいのだが、それを楽器という外化された道具を介在させて、全く次元の異なる呼吸をつくる、ということである。なおかつ、その呼吸は一時的な圧力をかけるような息の仕方ではなく、連続した豊かな流れを感じさせる息づかいでなければならない。「力」ではなく、「柔らかさ」ということか。あえて言葉にすると、「圧力」に対する「柔力」といったところだろうか。

息は可視化できないので、どのような呼吸をするのかを教えることは非常に難しい。私はその言葉から、ひとまず息を水の流れのようなイメージを想像して練習してみることにした。常に絶えることのない豊かな水量の川の流れ、といったイメージである。
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by kurarc | 2014-03-28 00:10 | trumpet

コピペ

論文の問題が世間をにぎわしている。コピペの意味がはじめはよくわからなかった。通常、論文を書く場合には、「引用」はよくやる。その場合、引用した文献と著者、さらに引用したページ箇所などを注として書き込む。

どうも「コピペ」とは、「引用」ではなく、人の文章を自分の論文にコピーし、さも自分が考えたような文章としてなりすます、ことを意味するらしい。よって、どこからコピペしたのかも返答できない(つまり引用でないから)、ということになるらしい。

これは論文とは言えないのは言うまでもない。そんなに博士学位をとることが重要なのだろうか?もちろん博士学位をとらなければ、いまや大学や研究機関に就職することは難しいが。

博士学位は処世術の一つに成り下がったということなのだろうか?本物の研究者と言われる人がどれほどいるのか、疑わしくなったが、誠実に研究している研究者にとっては本当に迷惑で悲しい事件であろう。
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by kurarc | 2014-03-26 12:36

カオスの収束点

かなり大規模な建築のお手伝いをしている。免震装置をもつ建築で、私にとっては初めての経験である。こうした建築の現場で作業をしている職人たちの行動をみていると、建築という仕事は何か根源的な経験を含むものだ、ということを感じる。我々は21世紀の建築をつくるが、この職場の様子は、きっと素材や構法こそ違うものの、職人たちの働きぶりは古代の頃にも同じであったのでは、と感じられるような経験なのである。

それぞれの職人たちは異なる職種である。その職人たちが自らの役割を果たす。その結果が建築物となって完成する訳だが、その過程においては、カオスの状態なのである。建築物が完成する最初から最後まで現場にいる職人はほとんどいない。自分の仕事を終えたら、次の現場へ移っていく。竣工までほとんどが外部での作業になるから、特に基礎工事を終えるまで、作業中は泥だらけ、泥まみれになる。こうした仕事も考えてみたら珍しい。建築は第一次産業といってもよいのかもしれない。

図面はあるが、役者のように台本があるわけではない。その現場の中でどのように働くのかは、常に頭で考えなければならない。台本を日々更新していくような芝居、それが建築現場だ。職人たちはけんかもする。我々の方は失敗もする。それをまたカバーし、乗り越えていくための知恵を絞り出す。日々が闘いであり、戦場にいるような職場でもある。

職人たちの働きは、それぞれ職種により全く異なる。しかし、その異なる動き(働き)が、最終的には一つの建築物へと収束していく。カオスの収束点、それが建築という行為のゴール、すなわち竣工である。

こんなにも興味深い仕事が他にあるのだろうか。私は日々、そう感じながら仕事を手伝っている。

住宅の規模では、上のような考えは導きだされない。住宅はやはり少数の職人による個人的な仕事であるから、職人同士の関係が友人、同僚という関係に近いかたちで進行する。規模が大きくなると、友人、同僚ではなく、都市化する。人と人とが都市の中で接するような緊張感が生まれてくる。
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by kurarc | 2014-03-25 23:24 | archi-works

砂の採取02/葉山 一色海岸/GL±0m

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柳瀬正夢展に行ったついでに、葉山の一色海岸で砂の採取を行った。(上写真の中央あたりで採取)神奈川では最も好きな海岸の一つ。一色海岸は、葉山の御用邸が隣接するだけに、管理が行き届いていて、私が子供のときの記憶にある海岸のイメージがそのまま残された貴重な景観である。

近年、海岸の砂浜が浸食され、他の地域から砂を運び入れている砂浜も多い。そのために、一色海岸のオリジナルの砂であるのか確証はない。よって、採取の場所をなるべく波打ち際で行った。

人は海の前に立った時、何をみるのか。水平線上に視線をおくる人、波の動き、風の流れを感じる人、沖に浮かぶヨットに目をやる人、海の中の生物を想像する人など様々だろう。私は砂に興味をもってからは、波打ち際で波の作用によって回転する砂の運動に目をやるようになった。

砂浜に存在する砂は、何万年もの時間をかけて、海から運ばれてきたものである。あるいは、川から海へ運ばれた砂が海へたどり着いたものもあるだろう。落下した隕石の破片がその中に含まれている可能性も十分にある。砂の採取は、砂に眠る膨大な時間を観察するためのフィールドワークの一つである。
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by kurarc | 2014-03-24 21:07 | sand

柳瀬正夢と建築家 山越邦彦

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柳瀬正夢展はなんとか最終日に見学ができた。柳瀬のアヴァンギャルドとしての活動を俯瞰できたことは有意義であった。三鷹において作品展が開催されたときは、ポルトガルにいたので、みることはできなかったが、やっとその全貌を把握できたことは今後の日本のモダニズム藝術や運動を考える上で参考になる。

柳瀬の様々な活動の中で、最後の住まいとなった三鷹の自邸兼アトリエは、建築家山越邦彦設計による住宅であったことを初めて知る。山越は、いわゆるエコロジーの視点からモダニズム建築の先を見据えた建築家として、近年、エコロジーを主題に活動する建築家たちによって注目されている。柳瀬の自邸がどのようなものであったのか知らないが、プランだけでも知りたいと思う。柳瀬は、後世に自らの仕事を伝えようという強い願望をもっていたため、自邸の壁の中に仕事を隠して保管した。そのおかげで、今日、彼の仕事をこうして見ることができるのである。

驚いたのは、この柳瀬が自邸を建てる前に仮寓として住んだ山越の自邸は、現在の私の事務所のすぐ近くにあったことがわかった。8年程前までは現存していたらしい。見学できなかったことが惜しまれる。

つながりというのは恐ろしいものである。柳瀬の仕事を見に行ったつもりが、山越邦彦の仕事にまで波及するとは・・・

*柳瀬正夢の図録は4センチの厚さで2500円。5000円だったら買うのを迷ったが、購入する。貴重な資料である。
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by kurarc | 2014-03-23 16:54 | architects

肉体労働とサンバ

肉体労働のように身体を激しく使う労働をすると、自然とブラジル音楽が頭の中に響いてくる。それも、サンバである。

アフリカの黒人によってもたらされた音楽から派生したサンバ。その起源は様々な説があるが、Samba da Roda、つまり輪になって踊る音楽であるという説やSemba(へその意)から、ある中心を囲んで踊るための音楽など様々である。(濱田滋郎氏による)

黒人はもちろん奴隷として連れてこられたから、彼らはその過酷な労働を和らげるような音楽を口ずさんだこと、また、アフリカで労働中に口ずさんだ音楽の再現など、新天地のブラジルに来ても様々な状況の中で、音楽と生活とが分ちがたく結びついていったことが想像される。

また、アフリカに多い2拍子のリズムとスペインに多い3拍子の複合もあり、ブラジルのサルバドールからキューバ、ドミニカ、ハイチなどの北へ、またペルー、アルゼンチンなどの南へと黒人音楽が広がっていった。たとえば、タンゴのリズムはキューバのリズムが伝わったもの(*)と言われており、中南米世界は、多様な音楽文化を形成することになる。

労働という過酷な状況の中で、サンバのような明るい、ある種ユーモアを感じられる音楽がブラジルに広がったこともよく理解できる。そのせいなのだろう、私もきつい労働のときには、セルジオ・メンデスのサンバなどが響いてくる。そのうちに、いやな気分もどこかへ行って、その日を乗り切ることができるのである。

タンゴは、1)アバネラ(Habanera)をハバナ(アバナ)から輸入、2)スペイン経由のタンゴ・エスパニョール、3)ポルカの流行が南米へ伝播、これらが複合してタンゴ・アルゼンチーノが生み出された。ピアソラによれば、古くはナポリの音楽文化の影響もあるという。
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by kurarc | 2014-03-22 22:28 | music


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