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by S.K.

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東京外国語大学の講座へ

東京外国語大学の市民講座に参加することにした。「ポーランド映画の傑作を読むー21世紀の傑作群」という講座で、講師は、久山宏一先生。

東京外国語大学は、現在、府中にキャンパスがあり、わたしの住まいから自転車でも行けるほどの距離にある。電車では、武蔵境から西武多摩川線に乗り換えて多磨駅下車、徒歩5分のところにある。

東京外国語大学は、私の叔父(母の弟)の母校である。叔父は、神奈川の県立湘南高校で英語の天才と言われ、戦後、外語大の英米科の1期生であったという。わたしは母親の弟自慢を聞いていたおかげで、英語には興味がなくなった。叔父はレコードがすり切れるまで英語を聞きながら勉強をしたらしい。しかし、英語ができたがゆえに、家族とのアメリカ生活で、家族を犠牲にしてしまった。海外での生活はリスクが大きかったのである。

ポーランド語講座も申し込もうと思ったが、すでに定員オーバーであった。しかし、考えてみれば、そんなに多くの講座に通える程の時間はない。この講座もどれほど通うことができるのかはなはだ疑問だが、ポーランド学の専門家による映画の講座は、この大学くらいしか開講していないと思う。ポーランド映画をさらに深く味わえるようになりたいものである。

*解説される映画は以下の通りである。

第1回:ロマン・ポランスキ監督『戦場のピアニスト』(2002)
第2回:アンジェイ・ワイダ監督『カティンの森』(2007)
第3回:ドロタ・ケンジェジャフスカ監督『木洩れ日の家で』(2007)
第4回:アグニェシュカ・ホランド監督『ソハの地下水道』(2011)
第5回:パヴェウ・パヴリコフスキ監督『イーダ』(2013)
第6回:ヨアンナ&クシシュトフ・クラウゼ監督『パプーシャの黒い瞳』(2013)
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by kurarc | 2015-03-30 21:10 | Poland

春は「よもぎ」の香りから

春は桜で感じる、というのが一般的なのだろうが、その感覚、感性は日本の各地によって様々である。ミモザの花や桃の花で感じる地域もあれば、でいごの花で感じる地域もあるだろう。

わたしは、桜でも感じるが、「よもぎ」の香りで春を感じる。大学を卒業し、沖縄の建築家、末吉栄三さんの事務所に働きはじめて3日目くらいのこと。那覇、前島にある「ふみや」という家庭料理屋で、「フーチバ(クファ)ジューシー」(よもぎ入り炊き込み御飯、「フーチバ」はよもぎの意)と「イナムドゥチー」(甘みのあるみそ汁)をご馳走になった。その味はいつになっても記憶から消え去ることはなく、沖縄に行く人にはかならずこの店に立ち寄ることを薦めている。(沖縄では初夏といってよい時期であったのだろう)

先日、静岡産のよもぎが手に入ったので、自分でつくってみたが、沖縄の風味にならない。よもぎの種類が異なるためであるらしい。銀座の沖縄食材店「わしたショップ」に沖縄のよもぎが販売されているようなので、次はそのよもぎでつくってみようと思っている。

通常は、「ジューシー」と略されるが、これには2つあって、炊き込み御飯の方は「フーチバ・クファジューシー」で、雑炊の方は「フーチバ・ヤハラジューシー」と言う。

春を感じるのは桜だけではないという感性は、非常に重要である。日本は多様なのである。
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by kurarc | 2015-03-29 11:36 | aromascape

野菜の栽培を学習しながら

4月から農地を借り、野菜栽培をはじめるために、自然農法の学習をしている。福岡正信氏の著書『わら一本の革命』に影響されて、各地で自然農法を営む農業従事者が増えてきた。今、わたしが読んでいるのは、そうした若者が書いた本である。

いつも口にしている野菜の植生を学んでいると、目から鱗が落ちることばかりである。肥料のやり方、根のはり方、土壌の質や雑草から判断する土壌のph値、混植の方法などあげれば切りがないが、興味深いのは、自然農法においては、植生の均質性をさけるという点だろうか。われわれが日常的に食べる野菜は、広大な畑で栽培された均質な農地から生産される野菜であると思う。しかし、自然農法では、そのような育て方とは全く異なる育て方をする。多様な野菜を混在させて育てること、また、雑草をも利用しながら育てることである。いちいち雑草をぬいて「きれいな」畑にすることはしない。

そのような考え方では、たとえば、バジルとトマトを混在させて育てることは非常によい組み合わせになるそうだ。イタリア料理で定番のこの組み合わせは、野菜を育てるという観点からも優れた組み合わせとなるというのは、偶然とは思えない。むしろ、混在して育てるのに適した野菜の組み合わせから、料理というものを考え直すことにつながるではないか?と勝手に想像してみたくなる。

肥料の多すぎる土は、逆に野菜の成長を阻害するということも興味深い。表面に肥料が多い土では、根が土の奥深くまで成長していかないのである。つまり、はじめは肥料を適度に抑えて、根を深くのびのびと成長させることが重要なのである。「根性」をつける、とはこのようなことを言う。これは人間にもあてはまりそうである。子供の頃、恵まれすぎた環境に育つと根は広がりはするが、深く張ることができないと言えるのかもしれない。

野菜を育てるという「具体の科学」は、現在、最も興味のあることだけに、失敗を恐れずその過程を楽しみたいと思っている。

*これをきっかけに、新たに「farming」をカテゴリに追加しました。
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by kurarc | 2015-03-28 20:13

井の頭公園 桜の季節

住まいの最寄り駅は三鷹駅だが、外出したときなど吉祥寺駅で降りて、井の頭公園を横切りながら家へ帰ることがある。今日も、桜の様子を伺いながら、家路についた。

井の頭公園は、地方の自然豊かな場所で育った人からみたら、貧しい公園と思われるかもしれないが、わたしにとってはかけがえのない場所である。この公園を歩くと50年以上の記憶が甦ってくるからである。幼なじみと遊んだこの場所はわたしにとってのホットスポットのようでもあり、心を浄化してくれるような場所でもある。このような場所はわたしにとって、ここしかない。

人からどんなに貧しい場所と思われようと、育った場所は誰になんといわれようと大切にしなければならないと思う。今年はまた「かいぼり」がはじまる。桜もよいが、まずは池の水が昭和初期の頃のように澄んだ池に戻ってくれることを願いたい。
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by kurarc | 2015-03-27 19:38 | 三鷹-Mitaka

映画『白い町で』再見

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映画『白い町で』(1983)を久しぶりにみる。15年ぶりくらいになるかもしれない。監督はスイス人、アラン・タネール。彼の映画は、この他には『レクイエム』をみている。両方ともポルトガル、リスボンを舞台にした映画。特に、この『白い町で』は、私が初めてリスボンを訪れた頃に撮影された映画である。

この映画の初めに、あるバルの中の逆回りの壁掛け時計が登場する。

「その時計、逆に進んでいる」
「正しく進んでいるわ」
「逆なのは世界の方よ」

といった、なにげない会話がかわされるが、このシーンが印象的で、1995年に再びリスボンに行ったとき、入ったバルの壁を見ると、同じような逆回りの時計に出会い、驚いたことがある。

この映画『白い町で』の「白い」とは、街の色を表現しているのではない。リスボンを訪れるとわかるが、決してギリシアのミコノス島やサントリニ島のように「白い」街ではない。映画の中で語られるように、それはある意識を表現している色である。その意識がこの映画のテーマといってよいだろう。

それでは、そのテーマとは何か?それは映画をみていただくしかないが、一つは「孤独」であろう。もう一つは「不条理」といったところだろうか。もちろん、これだけではない。この映画は万人がみて楽しい映画ではない。見終わったあとの感触もあまり心地よいものではないが、こうした意識を表現したという点では、特出すべき映画である。その舞台となったリスボンは、未だEUに加盟する以前の混沌とした都市であり、その様相が映画のテーマとうまくからみ合っている。

先日紹介した『過去をもつ愛情』以上にリスボンという都市が巧みに描かれていることも記しておこう。
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by kurarc | 2015-03-24 23:44 | cinema

映画『裏窓』論争

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ヒッチコックの映画『裏窓』が日本で初めて公開されのは1955年だという。その後、1980年代前半に日本で大々的にヒッチコック映画のフェスティバルが催されたようで、その時、彼の映画ファンになった方々も多いと思う。今年で初公開から60年目を迎えたことになるが、いまだに、この映画に対する論争がおさまりをみせない。それは、「この映画の中で、殺人事件は本当に起こったののかどうか」という点についてである。

Facebookで映画好きの集まるあるグループに属しているが、その中でも意見はまちまちであった。こうした結果にヒッチコックはさぞかし悦にいっているにちがいない。それは、ヒッチコックがまさに狙った通りの結果をもたらしているからである。

しかし、エリック・ロメールとクロード・シャブロルによる『ヒッチコック』という著書が今年のはじめ翻訳され、出版されたこともあり、この論争はひとまず落ち着きを見せそうである。ヌーヴェル・ヴァーグの世代に属するこの二人の精緻なヒッチコック論によって、少なくとも、もう一人のヌーヴェル・ヴァーグ世代であるトリュフォーによるヒッチコックインタビュー集がやっと相対化され、この論争はある決着を迎えることができそうになってきた。

トリュフォーは素直にこの映画で殺人が行われたことを認めたために、それを読んだ映画ファンは、トリュフォーの説を深く考え直すことをさぼってしまっていた。ネタバレになることもあるので、詳しい解説は省略するが、『裏窓』という映画が娯楽映画を極めながら、いかに多くのテクスト性に満ちているかが60年を経過した今でも消え失せていないという点は驚くべき(恐るべき)ことである。

ヒッチコックというと、サスペンス映画、スリラー映画の巨匠という薄っぺらい紹介の仕方で片付けられてしまうことが多いし、彼の映画をみた人も、「ああ、楽しかった」で終わってしまうものが大半であるかもしれない。しかし、彼の映画はそんなに単純なものではなかった。彼の映画は、人間そのものを深く洞察し、それを娯楽映画というオブラートで包んでいただけなのである。そのオブラートを溶かし、彼の映画の本質に近づくと、再び彼の映画をみることが楽しくて仕方がなくなるのである。
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by kurarc | 2015-03-20 21:48 | cinema

ペダルトーン(pedal tone)

ペダルトーン(pedal tone)は、(特に金管楽器で)第1倍音(基音)をさす言葉である。トランペットでいうと、通常の「ド」のまた1オクターブ下の「ド」の音になるが、ピストンを押し、普通に吹いて鳴らすことができない音であるため、トランペットがペダルトーン(pedal tone)の存在しない楽器と言われることがあるという。

ペダルトーン(pedal tone)を出す練習というものは初学者にとって最もハードルの高い練習と言える。この練習が必要かどうかは賛否両論あるとのことだが、サンドヴァールなどの著名なトランペット奏者が実践していることもあり、現在では標準的なトレーニングの一つに数えられている。

それでは、なぜ、ペダルトーン(pedal tone)を(無理やり)練習する必要があるのか?それは、低音を出せるようになることが、ひいては高音を楽に出すことにつながると言われているからである。それは、言って見れば、空高く飛翔するためには、水中に深くもぐることを知らなくてはならない、と言われていることのようでもあり、あるいは、大木の下には目に見えない巨大な根を下ろしているように、その根になる部分を養うことと言ってもよいかもしれない。

トランペットのように、唇を振動させて音を出す楽器は、その振動数を自由自在に操れなくてはならない。唇は低音から高音に到るまで、様々な振動を連続して行える柔軟な唇にすることが求められる。そのトレーニングとしてペダルトーン(pedal tone)を出す練習がある、という訳である。

こうした考え方は、ある意味で一般化できる考えと言えるかもしれない。人は飛躍するために、目に見えない努力が必要である。それも、ある意味で直接自分の糧になるようなことではなく、時には正反対と思われるようなことを行うことが、ひいては未来の飛躍につながるということもある、ということである。わたしは現在そのような時期を過ごしているのかもしれない。
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by kurarc | 2015-03-19 20:49 | trumpet

本がおもしろくなってきた

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最近、本の編集技術が深化し、新書にかわる様々な企画の本が出版されるようになってきた。新書版による様々な企画が一時、書店にあふれだしたが、その動きが一段落したこともあるだろう。出版業界はまた新たな戦略にのりだしたものと思われる。

その中でも、最近読んだものでおもしろい企画と思われたのは、たとえば、ポプラ社の「百年文庫」というシリーズである。以前もこのブログで紹介したが、タイトルに一つの漢字を割り当て主題とし、その中に3人の作家を選び出し、あまりなじみのない作品を選定することで、本として新鮮さをデザイン、編集しているものである。『窓』という百年文庫26にあたる企画では、遠藤周作、ピランデルロ、神西清が組み合わされている。

また、みすず書房の「理想の教室」シリーズでは、それぞれの専門家が特別に講義を行ってくれるような企画であり、わたしが読んだ加藤幹郎著の『ヒッチコック『裏窓』 ミステリの映画学』においては、ヒッチコックという映画作家のイギリス時代からアメリカ、ハリウッド時代までの映画の俯瞰を行うとともに、映画『裏窓』がヒッチコック映画の中で、現代映画の出発点といえる記念碑的映画であり、ヒッチコックの特にアメリカ時代の映画が、ヌーヴェル・ヴァーグの作家たちに多大な影響(古典的ハリウッド映画の脱構築)を与えたことを見事に分析してくれている。

版型も新書版を一回り大きくしたものであり、手になじみやすく、携帯にも不自由しないし、読みやすい。こうした企画からもわかるように、現代は、ある評価の定まった古典といわれる書物やテーマ、芸術作品などを編集、再評価、再構築して、マスメディアの中で慣習化された評価を脱構築し、現代の中に蘇生させるような知性が求められている時代と言えそうである。

*ピランデルロはわたしにとって重要な作家である。映画『カオス・シチリア物語』の原作者であることがまず一つ、映画監督エリック・ロメールの『六つの本 心の話』は、ピランデルロの戯曲『作者を殺す六人の登場人物』からヒントを得たものであることを最近知った。不思議だが、何かにつけて彼の名前がついてくる。愛読書、花田清輝の『復興期の精神』にも「ユートピアの誕生ーモーア」に登場する。
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by kurarc | 2015-03-18 14:10 | books

アストル・ピアソラの映画音楽

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アストル・ピアソラが担当した映画音楽を集めたCD『ピアソラ・オリジナルサントラ集』を入手した。このCDには、4つの映画の中に挿入されたピアソラの曲が取り上げられている。この中で実際にみた映画は『エンリコ4世』のみ。その他は、『ローマに散る』、『サンチャゴに雨が降る』、『12モンキーズ』である。

映画『エンリコ4世』の中で使用された曲の中では、「オブリヴィオン」が最も有名でポピュラーだが、わたしは映画の導入部で使用された「リメンバランス」が特に気に入った。(このCDの中で最も優れた曲かもしれない)落ち着いたテンポの中で、ピアソラのバンドネオンが自由に飛び跳ねるようであり、映画の導入部にふさわしく、イマジネーションがかきたてられる。

このCDは、ライナーノーツを担当しているあがた森魚氏と小沼純一氏のピアソラへの熱い想いが込められた文章がよい。小沼氏によれば、ベルトリッチの映画『ラスト・タンゴ・イン・パリ』では、当初ピアソラの曲が使用される予定であったが、ピアソラが病に倒れ、実現されることはなかったが、この映画のために作曲されていた曲が映画『ローマに散る』の中に使用された「ジャンヌとポール」なのだという。もちろん、この曲はこのCDの中に含まれている。

ピアソラ自身は映画音楽にそれほど執着していたわけではないようだが、彼が音楽を担当した映画はどれも名作が多い。近いうちに一度、彼が音楽を担当した映画をすべてリスト化してみたい。
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by kurarc | 2015-03-17 20:41 | music

朝食のCondiment

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朝食はパン、野菜スープ、フルーツをのせたプレーンヨーグルト、チャイ、というのがここ数年の定番である。パンは、食パンでいえば、およそ8切り1枚の量を食べるが、通常はバゲットなどを3〜4ミリに切って6〜7枚程度食べる。

そのパンの上にのせるのは、フランス料理でいうところのCondiment(コンディマン)だが、これを通常冷蔵庫に10種類くらい用意して、その日の気分で4〜5種類を選択して、パンにのせて食べる。コンディマンが充実していると、朝食から気分よく過ごすことができる。たまに、自家製コンディマンをつくることもあるが、外出先でスーパーに立ち寄っては、珍しいコンディマン(あるいは、スプレッド、ペースト、パテなど)を探すのも楽しみの一つになっている。

今日は、そのうちのいくつかを紹介したい。

上写真 奥左から
梅ペースト(龍神絹梅)
オーガニックフルーツスプレッドレモン(Fiordifrutta)
黒糖黒ごまジャム
カッテージチーズ(うらごしタイプ)


上写真 手前左から
ブラックタプナード(MARTIN)
スモークサーモンペースト(CRUSCANA)
オリーブオイルスプレッド(VOLEI)
ホイップハニー シナモン

これらを焼いた小さなパンにのせて食べる。カッテージチーズの場合はその上にホイップハニーをのせる、といったように組み合わせを楽しむこともできる。一つ一つは高いものでも1200円程度であり、何度も使えるから、思った程高額ではない。朝食用なので、ニンニクの入ったものはさけている。

この中でも、お薦めは、黒オリーブのタプナード。スペインの黒オリーブと異なり、フランス、プロヴァンスの黒オリーブはコクがある。それをケーパー、アンチョビ、ビネガー、ハーブ(エルヴ)などを入れ、ペースト状にしたものである。ちなみに、このタプナードは明治屋で購入できる。

*購入する店は、明治屋や恵比寿のWINE MARKET PARTYに行くことが多い。
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by kurarc | 2015-03-15 13:19 | gastronomy


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