Archiscape


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by S.K.

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新年を前にして

今年もあと残すところ2日となった。今年最後のブログでは今年の総括と新年に向けての展望をメモしておくことにしたい。

去年から今年にかけては、映画、音楽(吹奏楽)、語学などにのめり込んだ。これらは、これから一生続けられそうな趣味であり、こうした分野を見出せたことは大きい。今後は仕事を踏まえて、趣味をどのように深化させ、仕事との連携を深めていくことができるか、探っていくことになろう。

地域でいえば、やはりわたしはヨーロッパ周辺が好きなのだということを改めて自覚するようになった。それとの関連としてアメリカや中南米に今後シフトしていくのかもしれない。アフリカ、アジア地域についてももちろん興味はあるが、ヨーロッパほどの情熱をもつことが正直できない。これは、わたしの最初の旅がヨーロッパであったことが大きい気がする。(トランジットとして台湾、タイに立ち寄ったが)このときに感じた空気感は今でも忘れられない。日々が感動の毎日であった。25歳くらいまでに経験することが、その人の感性を決定づけるのかもしれない。そのことに忠実に生きた方が生理的にもよいと思えるので、わたしは当面ヨーロッパ世界を興味の中心に置くことになろう。もちろん、いわゆる東ヨーロッパと言える地域を含めてのことである。(初めての旅でプラハ、ブダペストは訪れている。)

その中でも映画に対する興味は日々深まっている。わたしにとって映画は、50年前、60年前に差し出された手紙を今受け取るような経験になっている。その手紙の内容を読みながら、失われた時間を補完しているのである。映画は世界を知る上においても役に立つ。(アクチュアルな話では移民問題など)本を読むことはかなりの体力を必要とするが、映画はその点、疲れないのがよい。映画は世界を知る「窓」のような役割であるから、その後、その映画の理解を深めるために、本が必要になる。その逆ももちろんあり得る。本から映画へという方向である。つまり、本を読むということで完結しない世界を映画は教えてくれるから、本の読み方にも変化が生じることになる。

自分の好きなことから、自分を深めてくれるものを積極的に取り込んでいくことが新年に向けての心構えである。映画や音楽、語学以外の分野(たとえばベーデーといわれるフランス語圏マンガ、料理や身体の探求etc.など)にも新たに挑戦できればと思う。それらすべてが趣味というだけでなく、仕事の糧になろう。これらをバランスよく吸収していくことが新年の目標である。
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by kurarc | 2015-12-30 14:02

notebook

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手帖をそろえる季節になった。パソコンがこれだけ普及しても、手帖の需要は衰えないという。それに、iPadもついに手書き入力が可能となる機種が出そろった。「手」のもつ力はいつのまにか復権しつつあるかのようだ。

大学の授業を受けたときにノートをとるということは日々行っていたが、社会人になってからは職業柄スケッチをするということはあるが、自分のノートをしっかりとつけるという努力を怠っている。

リスボンに暮らしていた頃、ルジーアダ大学での講義、また、国立リスボン大学建築学部での講義のノート(上写真)や、リスボン時代の旅行の記録、レストランへ行った記録、観た映画の記録その他様々な記録を一冊の丸善製ノートに収めた。このノートはわたしの宝物の一つだが、今見ると、日々の暮らしを大切にしていたということが実感できるノートである。こうしたノートが、日本での生活の中からも生まれでてくるようにならなければと思う。

ポルトガルから帰国して、すぐ、立教大学の中南米音楽の講座(濱田滋郎先生)を受講したが、その講義ノート(下写真、こちらも丸善製ノートを使用)も今みるとすばらしい内容である。講義は日本語だが、黒板に記述された言語はすべてスペイン語かポルトガル語であり、濱田先生の教養の深さをうかがい知ることができる。このノートもわたしの宝物である。

年の終わりにこのようなことを書いたのは、来年から特にノート(notebook)についてこだわりたいという思いからである。自分の興味のある分野について各々ノートをつくりたいと思っているが、様々な分野をどのように整理するのか、どのようなノートづくりの可能性があるか、年末年始に考えてみたいと思っている。
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*最上段のノート右上には、リスボンでお世話になったオラシオ・ボニファシウ先生がわたしのノートに参考文献を記してくれた痕跡が残っている。『PARA ALEM DA BAIXA』という書物(
Eにアクセント記号がつく)。ポンバリーナ建築に関する書物である。この書物は英文のもの、ポルトガル語のもの両方購入し、現在手元にある。ノートの内容は国立リスボン大学建築学部でのもので、ヨーロッパ建築史の内容。バロックの都市の部分。

*上中間はリスボンで見たエリック・ロメールの映画の絵葉書が貼付けられている。先日このブログで紹介した『秋物語(日本では「恋の秋」のタイトルで紹介された)』。

*上の下段は、リスボンからパリに旅した時に宿泊したホテルのレシートがノートに貼付けてある。サンジェルマンのHOTEL LENOXに宿泊したことがわかる。今度パリに行くことがあれば、また利用したい。→グーグルマップで調べてみると、廃業していた。残念である。
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by kurarc | 2015-12-27 10:14 | archi-works

エミール・アンリ(タジン鍋)による蒸し煮

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かなり前、このエミール・アンリ(タジン鍋M 直径25cm、上写真)による塩蒸し肉じゃがについて書いた。季節も冬となり、現在は蒸し煮鍋として重宝している。

よくつくるのは白菜と豚肉の蒸し煮である。白菜、豚肉(しゃぶしゃぶ用)、椎茸、ニンジンなど簡素な素材のみをつかってつくる。日本酒で蒸し煮にするが、中火で煮立て、その後、弱火で12〜15分蒸すとおいしい蒸し煮ができあがるので、ありがたい。

この鍋はもともとタジン用であるが、むしろタジンをつくることはほとんどない。ブルゴーニュ産の天然陶土でつくられたというこの鍋は、少し重いが、料理は大変おいしく出来上がる。日本の鍋もよいが、味の凝縮された蒸し煮がこの冬は続きそうである。
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by kurarc | 2015-12-25 21:54 | gastronomy

宮尾大輔著 『映画はネコである』を読む

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宮尾大輔著の『映画はネコである』は、このタイトルだけをみるとふざけた印象を受けるが、大真面目な映画本である。

宮尾氏自身も大のネコ好きということもあるが、「ネコ」をキーワードに映画を読み解いている。わたしも以前から映画の中に登場するネコや犬などが気になっていたが、そうしたネコたちは実は映画の主題にも重なっているのである。

有名どころでは、映画『ティファニーで朝食を』だろう。この本にも最初に取り上げられているが、この映画では、ネコが俳優たちと同等に扱われている。それは最初のスクリーンのキャスト紹介で、「CAT」という名前でヘップバーンらの俳優たちを紹介する映像の中に登場しているのである。

この映画は、宮尾氏も言うように、ヘップバーン(ホーリー)はネコのように演技し、相手役のポールは犬のように演技している。映画のコンセプト自体がネコと犬を意識してつくられているのである。その証拠に、宮尾氏は、ホーリーとポールが100円ショップに入り、万引きの真似ごとをする場面で、店からこっそりと出て行くとき、ホーリーはネコの、ポールは犬のお面を被っていることを指摘しているetc.。

この本は、この『ティファニーで朝食を』の捉え方を知るだけでも十分もとがとれるが、そのなかで、ハリウッド映画の手法の解説等、シネマ・スタディーズの書物にもなっている秀逸な内容の新書である。
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by kurarc | 2015-12-24 23:18 | books

アルトゥーロ・サンドヴァルのトランペット教則本

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キューバ出身(後にアメリカに亡命)のトランペット奏者アルトゥーロ・サンドヴァルが、初級者から上級者まで対応した全3冊のトランペット教則本を出している。『PLAYING TECHNIQUES & PERFORMANCE STUDIES FOR TRUMPET』(上)という教本である。

サンドヴァルは、ジャズトランペット奏者として知られているが、どのような音楽もこなすマルチプレイヤーである。この教本は、世界でも5本の指に入るといってもよいくらいのトランペット奏者が、われわれのような初学者のために、非常にやさしい曲から高度な曲(アーバンの教則本の曲も含まれる)まで、丁寧に演奏してくれているCDが付属している。

このCDを聴くだけでも十分価値があるが、通常のCDを購入するのと同程度の金額で、教本が購入できるのがうれしい。この教本をながめながら、彼の吹くトランペットを聴くだけで、リズム感が養えるのである。

わたしの場合、楽器を習得するときには、まず1年間くらい楽器を練習せずに聴いているだけという時間がある。その後、少しずつ練習をして、2年が過ぎ、3年目くらいからある程度演奏ができるようになっている。ギターの場合も1年間、NHKの『ギターをひこう』という番組をただ見て聴いているだけであった。その後、2年目からすぐにギターを弾けるようになっていたから不思議である。

子供が生まれてから言葉を話し始めるのにおよそ1年くらいかかると思うが、楽器も言葉の習得と同じ感じだろうか。だから、逆に言えば、1年、2年という年月は大切だ、と言える。そのくらいの時間を何かに集中すれば、できないことはない、と思うべきなのだ。
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by kurarc | 2015-12-22 21:48 | trumpet

タウトの日記データベース 進捗状況

タウトの日記をデータベースにする試み。この年末と正月休みを利用して、少しまとめて進めて行きたいと思っている。

ブルーノ・タウトという建築家をドイツ人としてではなく、むしろポーランドやリトアニア人に近しい人間としてとらえ直す試みは多分、まだ誰も行っていないと思う。(少なくとも日本では)「タウト」(タウタ)という名がリトアニア語で「民衆」を意味するということは、彼の著書の中でも語っていて、以前からこのことは非常に重要な気がしていた。(以前、彼の色彩建築がリトアニアの都市住居の影響によるものであることをこのブログで言及した。)

彼の生まれた土地ケーニヒスベルクという都市の文化を掘り起こすことも必要なのだろうが、現在はロシア領カリーニングラードとなっている。哲学者カント、多才な文学者E.T.A.ホフマンらもこの土地の生まれ。この都市は特殊な知的環境をもっていたことは明らかで、西欧と東欧の結節点のような役割を果たしていた都市と想像される。

ポーランドに興味を持つことで、ラテン世界とスラブ世界がわたしの中で連続してきたことは大きい。タウトについても、スラブ世界の感性をもった建築家と仮定して、一度再読してみると興味深い事実が浮き上がってくるかもしれない。タウトの日記の中に、そうした事実が隠されているかもしれない。そうした事柄を頭の片隅に置きながらデータベースづくりを行っていきたい。

*E.T.A.ホフマンについては、最近、タルコフスキーの脚本となる『ホフマニアーナ』という書物が出版された。タルコフスキーが残念ながら映画化できなかった幻の脚本であり、この司法官でありながら音楽家でもあったホフマンをモチーフにしている。
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by kurarc | 2015-12-20 10:20 | architects

エリック・ロメール 映画『秋物語(恋の秋)』 ローヌ河の風

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昨日、久しぶりにエリック・ロメール監督の映画『秋物語(恋の秋)』をみた。前回みたのは、ポルトガル滞在中であった。(1999年9月2日にリスボンの映画館でみている)ポルトガル語の字幕だったこともあり、あまりストーリーは記憶にないし、多分、その頃は半分寝ていたかもしれない。ロメールの映画を楽しめるようになるには、ある程度、年齢を重ねることが必要になる。

ロメールの四季の物語のシリーズの中では、この映画が最も好きかもしれない。冒頭のシーンから、心地よい風を感じる映像や透明感のあるフランス、ローヌ河近郊の風景に引き込まれて、最後まで飽きずにみることができる。

ドゥミの映画をずっと渉猟してきたが、彼の映画とロメールの映画はかなり対照的なことが理解できた。ドゥミの映画がデザインされた空間の中で繰り広げられるおとぎ話といった趣きであるのに対し、ロメールの映画はデザインを排したナチュラルな空間の中で繰り広げられる日常の表現である。ドゥミが技巧を重んじるマニエリズムの映画だとすれば、ロメールはボッティチェリの絵画の世界のようなルネサンス映画という感じである。

これらはどちらも独自の世界を展開していて、どちらが良いかということは難しい。お互いが補完し合っているような関係の映画だから、ロメールの映画に飽きるとドゥミの映画をみて、その反対のこともある、といったらいいだろうか。

それにしても、久しぶりにみたロメールの映像は新鮮であった。ロメールの映画『緑の光線』で主役をつとめたマリー・リヴィェールはすっかり大人の女性に成長していて、『緑の光線』のときの青臭さはなく、美しい女性に変身していた。

ドゥミの『ロッシュフォールの恋人たち』のテーマは「幸福感」であったが、この映画もロメール流の幸福感の表現と言えるもので、見終わったあとも、フランスの秋の風が頭の中を吹き続けている感覚が消え去ることがない。彼の映画はやはり、すべてみなければならないだろう。
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by kurarc | 2015-12-14 21:37 | cinema

3.11以後の東京 建築家T.I.の東京批判

ユリイカ(2013年3月増刊号)の『世界マンガ体系』という特集の中に、様々な座談会が収録されている。その中に、有名建築家T.I.が登場していて、ここでも東京批判を述べている。

震災後、東北に通うかたわら、その活きたコミュニティを経験するにつれ、東京は絶望的に思えてくる、というのである。3.11以後、特に東京は地方の敵として扱われるようになった。東京批判はいっそうメディアの中に容易に受け入れやすいようになった。地方移住がさかんに取り上げられるようになったのも、東京批判のイデオロギーと無関係とは思えない。

この場合、T.I.が言う「東京」とは一体どこを指すのだろう。彼の言葉から、彼の東京は、高速道路が交差し、超高層ビルが建ち並ぶ東京であり、富士見坂と言われても富士山のみえない東京である。しかし、東京はそのような場所だけではない。

東京をもっと微細に見る必要があると思うのである。たとえば、わたしの地元で言えば、国分寺崖線に残る武蔵野らしい自然であるとか、玉川上水沿の小径であるとかである。彼の中にこのような東京の風景はみえていないようである。あるいは見えていても、なにも感じないのであろうか。そこが問題だ。

東京にはわたしのようにそこで生まれたものから、地方から住み着いた様々な人々が暮らす。そういう人たちと共にコミュニティをつくることが必要なのである。彼はそのような活動をしてきたのであろうか。そうした活動をしてきて、絶望したのならまだ許されるが。有名建築家の設計したマンションに住むと聞くが、彼はそのマンションの住人として他の住人とコミュニケーションをとっているのだろうか。多分していないだろう。そういうことをしないで自分の住む街を簡単に批判してほしくないのである。
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by kurarc | 2015-12-13 09:25

映画、マンガ、都市・・・

映画の中の都市、そしてマンガの中の都市、現実の都市、この3つの連関について興味がでてきた。それは意識して興味を持ちはじめた訳ではなく、単独で興味をもったものがそれぞれ結びついてきたということである。

映画においては、ジャック・ドゥミ、エリック・ロメール、ミケランジェロ・アントニオーニ監督他の映画に登場する都市、マンガにおいては、特にBD(ベーデー、フランス語圏のマンガ)の影響が大きい。特に、ブノワ・ペータースとフランソワ・スクイテンによる『闇の国々』の中の都市である。

建築を生業とするものはすべてといっていいと思うが、都市とは古来どのように成立してきたのか、都市とはそもそもどのようなかたちをもつのか、あるいは、かたちのない生命体のようなものなのかetc.といった様々な疑問をもつ人種であると思う。建築するという行為そのものが都市である、ということも言えるのだが、都市という共同体の現在をつかむことがいつの時代にも求められる。

映画やマンガだけでなく、文学や芸術を加えてももちろんかまわない。スクイテンらによるBDは、カフカやカミュ、ボルヘス、カサーレスほかの文学作品を参照しているというし、建築では、わたしも以前から興味をもっているピラネージの影響が大きいが、それだけではない。フランスの啓蒙主義時代の建築家たち(ブーレー、ルドゥーなど)も登場する。

各々別に興味をもってきたものが、気づくと一つの主題のようなものを指し示している。不思議なことだが、実は別のようにみえていただけで、無意識のうちに同じ主題をみつめていた、ということなのかもしれない。自分を知るためには、やはり、もう一人の自分が必要なのである。
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by kurarc | 2015-12-12 20:06 | books

五郎丸選手 スポーツマンの姿

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今年の最も大きな話題となったラグビーワールドカップ。その中でも五郎丸選手のルーティンのポーズは特に注目された。

しかし、それ以上にわたしの心をとらえたのは、五郎丸選手のスポーツマンとしての姿であった。半ば芸能人化しているスポーツマンを見慣れていたせいか、彼の誠実なものごしは、非常に新鮮であった。テレビに出ても特に冗談をいってサービスをするような素振りも見せず、淡々とラグビーについて話す冷静沈着な姿は、忘れかけていたスポーツマンの姿を思いださせてくれたのではないか。

わたしは年に一度、正月に秩父宮にラグビーを観戦に行く程度のラグビーファンであったが、これから益々応援したい気持ちになった。しかし、多分、五郎丸選手のような誠実さを醸し出してくれる選手はそうざらには現れないだろう。彼のような選手が多く誕生することを望むばかりだが、彼は特別な存在であると思う。五郎丸ファンの一人としてこれからもラグビーを応援したいと思う。
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by kurarc | 2015-12-09 18:53


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