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by S.K.

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玉川上水 野路への郷愁

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数ヶ月に一度、玉川上水の野路に対する郷愁がおそってくる。歩いて20分もかからず、その場所へ行くことができるが、仕事が忙しいと上水が心の中からいつの間にか消えてしまう。そして、数ヶ月がたつと無性に上水の野路を歩きたくなるのである。

今日は、午前中に自転車で玉川上水の野路を走ってきた。わたしの住む三鷹では、上水沿いの道は野路(土の径)が多く残っている。母校の中学校の裏手あたりまでいくと(写真)、昔の面影をよく残している。

三鷹へ戻った4年近く前に、この野路を自転車で走ったが、なにか表現できないような懐かしさにおそわれ、いたく感動した。木々の中から言葉のようなものがわたしに向かって発せられているようで、このような小さな自然でもかけがえのないものであり、感動を与えてくれるものなのだ、ということを感じたのである。

まだ、玉川上水の源流まで遡っていったことはない。時間ができたら自転車ででも、ゆっくりと源流まで散策してみたいものである。
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by kurarc | 2016-07-31 23:40 | 三鷹-Mitaka

レオナルドからアンドロイドへ

昨日、九段のイタリア文化会館にて、イタリア人美術史家、コンスタンティーノ・ドラッツィオ氏によるレオナルド・ダ・ヴィンチに関する講演を聴講した。わたしはレオナルドに、イタリア人らしからぬイメージをずっといだき続けていたが、そのイメージはどうも幻想であったようだ。レオナルドは人が考えつかぬような絵画の構図ほか、人を驚かすことを常に意識していた人物であった、という。彼の手稿や手記などから想像される、冷静沈着な文章とは真逆の人間だったようだ。若い頃から長髪のヘアスタイルであり、その巻き毛の手入れには気を使っていたのだという。

レオナルドは、常に意識から離れることのない歴史的人物であった。最初のヨーロッパの旅では、フィレンツェにおいて、レオナルドの膨大な馬のデッサンをみて、天才の業績をはじめて意識した。しかし、ドラッツィオ氏によれば、レオナルドは決して恵まれた天才とは言えなかったという。メディチ家には冷遇され、ミラノ公国へは音楽家として雇われ、彼の得意とする絵画の仕事に恵まれるのは、その10年後のことであったという。レオナルドが認められるのは40歳後半になってからのことであり、それまで、クライアント(パトロン)には契約を破棄されることが多く、未完成の作品を数多く残すことになったのである。

レオナルドの多くの発明品の中でも、現代のロボットに近い玩具をつくったことはよく知られている。花田清輝はその玩具を数多く発明したレオナルドについて、それらは心の危機から生み出された、という独創的な発想を『復興期の精神』で繰り広げているが、そのことに深くふれずに、ここでは、レオナルドを現代のアンドロイドへと連続する先駆者としてとらえてみたい。

われわれが初めて体験するようなアンドロイド、あるいはロボットという機械(玩具)も、少なくとも500年以上の時間の賜物だということである。そうしたパースペクティブを花田の言うレオナルドから、デカルト、ド・ラ・メトリー『人間機械論』、リラダン『未来のイヴ』、チャペック『ロボット』と、それに加えて、ウィーナー『サイバネティクス』、『人間機械論』などの流れの中で一度考えてみるとおもしろそうである。
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by kurarc | 2016-07-28 23:02 | books

基本語彙の数から

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仏検公式基本語辞典3級4級5級の古本を購入した。5級550語、4級370語、3級750語の計1670語が収録されている。

フランス語に限らず、どのような外国語においても、基本語彙といわれるものは、この程度の数だが、その語彙の各国の関係はどのようになっているのだろうか?フランス語の基本語彙と言われるものと、たとえばイタリア語の基本語彙と言われるものにどの程度の差異があるのだろうか、ということである。

もし、かなりの差異があるのであれば、その語彙がその国の言葉の特徴を表す言葉であることになろう。そうした比較は以外と困難で時間がかかりそうなので、自分で調べてみることはできないが、興味深い。

しかし、およそ基本語彙と言われるものが1500語前後と、どの国においても同一であることも興味深い。まずは、この1500語前後を覚えることが、外国語習得の第一目標になるわけであるが、全くあたらしい外国語を1500語覚えるということは、かなり苦労する。さらに、研究者となれば、この10倍、15000語は習得しているだろうし、3万語以上は頭の中に入っているはずである。

千から万という数字へ飛躍するためには、人並みの努力では足りない。百で終わるか、千で終わるか、また、万という数字まで到達できるか、人はただそれだけのことである。
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by kurarc | 2016-07-27 12:57 | France

「adieu」と「au revoir」

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『「星の王子さま」をフランス語で読む』(加藤恭子著、ちくま学芸文庫)の中に、「adieu」と「au revoir」の言葉のニュアンスの違いについて書いてあった。

加藤氏が言うには、「adieu」は永遠の別れ、もう会わないことを前提とした別れであり、「au revoir」は、ふつうの意味の「さようなら」であるという。

以前、映画「AU REVORE , LES ENFANTS」について書いたとき、「au revoir」の意味をまた会うことのない別れと認識していた(映画ではそのような別れであった)が、わたしの認識は間違っていたのかもしれない。(フランス語の先生もこのように言っていたのだから仕方ない)

そう考えると、映画のタイトルがなぜ「ADIEU, LES ENFANTS」ではなく、「AU REVORE , LES ENFANTS」であったのかという疑問がわき起こる。「adieu」では、永遠の別れという意味が露骨に表現されてしまうので、「au revoir」を使うことで、永遠の別れであっても、またいつか会えるのだ、という希望を託した言葉を監督のルイ・マルは選択した、ということなのではないか?

言葉を知るということは、こうした疑問を投げかけてくれるし、想像の深度、広がりをもらたしてくれる。こうした小さな発見を楽しむことが言葉を学ぶ大きな魅力と言える。

*『星の王子さま』に関する著書は、フランス語に関するもので3冊、訳書で2冊(内藤濯訳と池澤夏樹訳)、さらに、『星の王子さまの世界』(塚本幹夫著)の計6冊もっている。こうなったら、『星の王子さま』に関する著書の収集でもはじめよう。
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by kurarc | 2016-07-23 21:30 | France

心をリセットしてくれる音楽 モーリス・アンドレ G線上のアリア

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仕事で疲れた時、よく聴く音楽が、トランペット奏者モーリス・アンドレのトランペット音楽である。特に、彼の「G線上のアリア」の演奏は繰り返し聴く。完璧な演奏というものは、偉大な奏者においてもまれにしか出会わないが、アンドレの「G線上のアリア」の演奏は、個人的には完璧と言わざるをえないほど美しい演奏である。

ベルリン・フィルのホルン奏者ファーガス・マクウィリアムによる著書『自分の音で奏でよう!ベルリン・フィルのホルン奏者が語る異端のアンチ・メソッド演奏論』の中に、この「G線上のアリア」を様々な調性で練習するという興味深いトレーニング方法が紹介されていた。この方法はわたしのようなトランペットを練習しているものにも役に立ちそうなので、わたしも挑戦したいと思っているが、この曲は、多くの音符をもたないミニマルな曲であるところがよい。

アンドレののびやかなピッコロ・トランペットの演奏を聴くと、仕事で酷使してできてしまう脳の中の凹凸のようなものが、きれいにならされ、もとのまっさらな脳に戻してくれるような感覚を味わう。感情が安定し、朝目覚めたときのような気分に引き戻してくれる。

わたしにとって、アンドレのバッハと、もう一つ、ジュリアン・ブリーム(クラシックギタリスト)のバッハは、心のリセットに欠くことのできない音楽となっている。
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by kurarc | 2016-07-22 23:49 | music

Le Petit Prince

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ブログのタイトルは、サン=テクジュペリの『星の王子さま』(あるいは、「小さな王子さま」、「小さな王子」と訳される)の原題である。発音は、おおむね、「ル プティ プランス」と発音される。フランス語の発音を知らず、英語の発音にならされている日本人は、多分99%、「プランス」を「プリンス」と口ずさんでしまうはずである。

フランス語を学ぶということは、こうした英語音との微妙な差異を感じることからはじまる。わたしをはじめ、多くの日本人は英語発音に洗脳されているだろうから、そこから抜け出すことがまずは求められる。

フランス語を学ぶというモチベーションを維持するのにかかせないのが、この『星の王子さま』をフランス語で読んでみたいと言う衝動である。そして、書店のフランス語コーナーには、これぞとばかりに様々な星の王子さま商品が並んでいる。わたしもその内の3冊を購入し、まんまと罠にはまってしまった一人である。しかし、この罠は、悪いどころか、フランス語と『星の王子さま』という二つの理解を助けてくれるから、むしろ、この罠には歓迎しなくてはならない。

わたしの購入した3冊はどれも良書で、フランス語を楽しく学ぶ工夫にあふれている。8月はフランス語のレッスンが休みとなることもあり、『「星の王子さま」と学ぼう! はじめてのフランス語』(第三書房)を1ヶ月で仕上げてしまおうと計画している。そして、この秋には、まずは検定5級を、そして、来年には、3級までを目標に学んでいくつもりである。
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by kurarc | 2016-07-21 22:14 | books

プロダクトデザイン作品のデザイン寄託

某デザインコンペティションに提出した作品を(社)日本デザイン保護協会にデザイン寄託してきた。デザイン寄託したのはこれで4度目となる。

今回デザインしたものは、ツマヨウジ程度の小さく何気ないものである。リ・デザインになるが、なぜこのような形態にしなかったのだろうと思い、デザインし直してみた。

今回のコンセプトは、”anonymity "つまり、匿名性である。

デザインを行うとは、際立ったもの、美しいものをつくる、という先入観があると思うが、それと共に、デザインを誰がやったのかわからないようなものでも、日々の生活に役に立つものがある。たとえば、ゼムクリップのようなプロダクトである。このクリップを使うときに誰がデザインしたのかを考える人はいないし、そのようなことはどうでもよく、日常生活の中に(特に事務作業の中で)溶け込んでしまっている。

今回デザインしたのはそのようなものである。本当に優れたプロダクトデザインは匿名性をもつものだと思うのである。たとえば、現在流通する「かわいい」をコンセプトにしたものは、その場では購買意欲をそそられ、購入してしまう人が多いかもしれないが、その後、時間とともに飽きられ、ネガティブなガジェット商品のようなものに変化してしまうのではないだろうか。

今年は様々なデザインコンペティションが開催される。その中で、この匿名性のデザインを今年の共通するテーマとしていきたいと思っている。
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by kurarc | 2016-07-20 21:14 | design

fragment2016/07/12 対称性 フランスとアルジェリア

*キェシロフスキの映画『ふたりのベロニカ』を論じるにあたりふと出てきた言葉「対称性」について考えてみる。フランス(イタリア、スペイン、ポルトガル)と対称軸としての地中海(ポルトガルは特に大西洋という対称軸をもつ)、フランスに対峙するマグレブの国々。

*現在、フランス文化に興味をもつが、たとえば、地中海をはさんで対峙するアルジェリア(あるいはモロッコ、チュニジアといった旧フランス植民地)の世界を常に頭の中に想定しておくこと。

*たとえば、サルトル V.S. カミュ

*アルジェリアのアルジェには、かつて1985年1月5日から6日まで滞在。その他、オラン、ガルダイヤ、コンスタンチーヌに滞在。アルジェ=「世界を望む街」というカミュの言葉を思い出すこと。

*カミュの手帖などにもう一度目を通すこと。カミュを通してイスラムの世界を考えてみる。「正義」について考えてみる。
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by kurarc | 2016-07-12 22:01 | fragment

伊福部昭著 『音楽入門』を読む

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書店で偶然に出会った新刊本である。こうした新刊との出会いは、なかなか図書館では果たせない。たまには書店に行かなければならないのである。

独学で作曲を学んだという作曲家による音楽史である。映画音楽家とも知られている伊福部は、あのゴジラの映画音楽を作曲したことでも知られている。わたしは、伊福部の著書を読むのは初めてのことであるが、彼の音楽理解に対するスケールの大きさを感じずにはいられなかった。初版が1951年。その後、1985年に改訂版、2003年に新装版が出版。その後、この文庫での出版となる。

壮大な音楽史を、平易に、かつ、音符のような専門家のみにしかわからない記号も使わず、言葉のみによって音楽史を語っている。戦後、間もない頃に出版されているという時代からは想像もつかないほど落ち着いた語り口である。音楽史に詳しくはないが、古代から現代(微分音階主義や線対位主義などに到るまで)まで語り、その後、民族のもつ意義や、音楽と生活について、現代人が感じる音楽への齟齬にまでふれている。

彼のサティの音楽に対する大きな評価が文章からあふれていて、共感すると共に、他の作曲家に対する相対化がしっかりとなされていることにも感心した。こうした偉大な作曲家がゴジラの音楽をつくったとは夢にも思わなかった。

*かつて、病気で入院中に読んだフーゴー・ライヒテントリット著『音楽の歴史と思想』(伊福部の著書とほぼ同時代の著書となる)と比較しながら読むと、音楽史がより深く理解できるようになるだろう。

*伊福部の著書が残念なのは、索引がないこと、参考文献が記されていないことである。こうした著書には最低限、この二つは掲載されるべきであろう。もう一つ、中南米音楽への記述がないことも惜しまれる。
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by kurarc | 2016-07-10 17:10 | music

映画『ふたりのベロニカ』再見

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渋谷のBunkamura ル・シネマで今日から始まった「キェシロフスキのまなざし」で、再び『ふたりのベロニカ』を再見。映画終了後、深田晃司監督のトークを聞く。

わたしが映画に再びのめり込むようになったきっかけをつくってくれた映画がこの『ふたりのベロニカ』である。映画館でみるのは初めてのことになる。やはり、いつみても興味は尽きない映画である。深田監督は、この映画の主題を「神秘主義」といった切り口で語られていたが、わたしは改めてみて、「死と再生」の映画であることを強く感じた。

この映画では、自分と同じ人間がこの世界にはもう一人いて、同じでありながら、運命は全く異なり、一人の生を引き継ぐ、もう一人の生がある、ということを考えてしまうのである。

つい最近に起きたバングラデッシュの事件のように、人は希望に満ちあふれている途上で死を迎えてしまうことがある。それでも、その希望半ばの生は、別の人間に確実に引き継がれていく、と考えれば、その死も無駄ではなかったのではないか、と思うことができる。

わたしは、この映画をそのようにとらえるようになった。自分と同じであるのかどうかは別として、なんらかの希望は確実に別の人間に引き継がれていく、と考えれば、短命であろうとも後悔することはないのではないかと思えるのである。ある人にとっては、希望は子供に引き継がれるかもしれない。子供のいない人にとっては、後輩のような人間に引き継がれるのかもしれないし、全く別の世界に住む人間に引き継がれるのかもしれない。そう考えると、この映画は、人間の死と生のある断面をとらえた傑作だと言えるだろう。もちろん、それだけではない。その他の豊饒なテーマをみつけることも可能だろう。

正直に言えば、テーマなどどうでもよい、とも言えるくらいこの映画は、映画をみている時間を楽しませてくれる。だからそれだけで、わたしにとっては十分な映画なのである。

キェシロフスキ没後20年の今年、彼の映画をできるだけ楽しみたいと思う。

*この映画は実写映画とアニメーションの中間のような映画にも感じられた。人形が重要な役割を果たしているから、余計にそのように思えるのかもしれない。キェシロフスキはもしかしらた、アニメに興味をもっていたのではないか?ヒロインのイレーヌ・ジャコブが走る(走り転ぶ)シーンが多いが、彼女の走る(転ぶ)姿はアニメの中の少女のようである。

*この映画の中での「鏡」の使い方が気になる。ベロニカとベロニクはいわば鏡に写った対称的な人間像、あるいは、対称性(反転)のようなものを映画の中に導入することが意図されていたと考えられる。それは、現実性と虚構性という対称性もその一つである。映画館の会場に、ポーランドのアーティストPrzemek Sobocki (プシェメク ソブツキ)氏がキェシロフスキ監督の作品『ふたりのベロニカ』から影響を受けて描いた作品(下写真)が展示されていた。彼の絵画もその対称性を感じて描かれたのだろう。

*この映画を希望のリレーととらえることは、実は正確ではない。ポーランドの「ベロニカ」は、天性の声を聴衆の前で披露すること、歌うことが希望であった。フランスの「ベロニク」は、同じような声をもっていたが、その歌をあきらめることによって生きのびる。希望を捨てることで生き続けることを選択することになる。つまり、「現実的な選択」をしたベロニクは「生を選択」したことになる訳である。しかし、彼女は音楽を教える先生として音楽を捨てることはしなかった。ポーランドのベロニカのかすかな希望を引き継いでいることに変わりはないのではないか。

*この映画は「夢」との関連性も指摘できる。ポーランドのベロニカは、実はフランスのベロニクがみていた夢ではなかったか、とも思えてしまうのである。しかし、実際に出会っているのはポーランドのベロニカであり、ベロニクはベロニカに会った記憶はない。(偶然、写真に写っていたベロニカを確認することになるが)こうしたズレがさらにこの映画の迷宮性を高めている。
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by kurarc | 2016-07-10 00:16 | cinema


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