Archiscape


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by S.K.
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マイルズ・ディヴィスと小林一茶

年末、わたしの手元にあるのは、マイルズ・ディヴィスの映画パンフレットと小林一茶の『父の終焉日記、おらが春 他一編』(岩波文庫)である。

マイルズの方は、今日時間ができて、映画をみることができた。(日本名タイトル 『マイルス・ディヴィス 空白の5年間』)マイルズが1970年代の後半、演奏活動から退いたおよそ6年間をフィクション仕立てにして描いた映画。彼の再生までの道のりが描かれている。

一方、小林一茶は、50代になってからもうけた娘さとを亡くし、その誕生と死、そして再生を含む日記体句文集が『おらが春』である。

露の世は露の世ながらさりながら

という句に出会って、急に一茶のことが知りたくなり、古本を購入した。「さりながら」とは「しかしながら」の意。これは、現在では、「去りながら」のようにも響き、年が明けようとしている今の時間をも表現しているかのようである。フランスの作家、フィリップ・フォレストはこの「さりながら」という言葉をそのまま小説のタイトルにしてしまった。こちらの小説も気になり、注文したところである。

昨今、日本全体に言えるテーマの一つは、「再生」ではないか。これはすべての人の中に何か引っかかる言葉であろう。病に倒れた人は、その病を克服すべく、再生を夢見るであろうし、3.11を経たフクシマは、気の遠くなるような時間の先に再生を誓っているだろう。

それぞれの再生に向けて、一年が始まろうとしている。一茶のように、多くの苦難に打ち克つこと、その先にあるものこそが人の幸せというものであろう。

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by kurarc | 2016-12-31 21:10 | books

カイ・クリスチャンセンの椅子 4110

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コーア・クリントのお弟子さんの一人、カイ・クリスチャンセン(Kai Christiansen)さんが、日本の家具メーカー、宮崎椅子製作所でいくつか家具をつくっている。

わたしが注目したのは、「4110」(上写真)と名付けられた椅子である。まずは、価格がデンマークのデザイナーの椅子としては安価(60,000円程度)なこと、デザインにクセがないことなど、日本人に好かれるデザインである。

この椅子を改良し、復刻した宮崎椅子製作所のHPもよい。椅子がつくられる過程が映像で紹介されている。日本の有名なデザイナーも登場する。

椅子は頭で考えていてもよくわからない。かといって、工芸的に手を使い過ぎるのもよくない。映像をみるとわかるが、現在、家具はNC旋盤で木が削られていく。こうした機械化を前提にデザインすることが求められる。頭と手のバランスが重要である。宮崎家具製作所のような工場で一度、家具の製作過程をじっくりと見せてもらうことができると一番勉強になるのかもしれない。

新年は、工房、工場見学をできるだけ行って、製作現場のリアリティをつかめるようにしたい。

*画像は、宮崎椅子製作所HPより引用させていただきました。

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by kurarc | 2016-12-28 18:10 | design

樹木の地図

今日は朝食の後、いつもの井の頭公園周辺を散歩した。ナザレ修道院が玉川上水沿いにあるが、ここは、わたしが小学生の頃、「ドングリ林」と名付けていて、カブトムシやクワガタ、蝉などを採集した林であった。その2/3は修道院になってしまったが、1/3は裏庭として一般に開放されている。

小学生の頃と比べると、樹木は間引きされ、きれいになり、林は鬱蒼とした雰囲気はなくなったが、この中のクヌギをはじめとする樹木は、わたしが子供の頃から生き続けている樹木である。

この中のどの木でカブトムシだのクワガタだのを採集したのか、今となっては思い出せない。子供の頃に、この林の木一本一本を地図にして、記録しておけば、どの木が残っていったのかわかるはずであるが、今となってはそれは望めない。

何気なく残る木々を眺めていると、子供の頃からわたしを見守ってくれている、と感じるときがある。木と会話ができたならいろいろな想い出話ができるだろうに、と思うのである。そう考えると木々が愛おしくなってくる。

身の回りの木々を一つ一つ地図にして、プロットしていくこと、それは大自然の中では不可能だが、都市の中の限られた自然の中では可能なことなのである。木々をもっとよく観察しなければと思うこの頃である。

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by kurarc | 2016-12-24 21:07 | nature

『ポルトガルを知るための55章』増刷

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明石出版より『ポルトガルを知るための55章』を1000部増刷します、との連絡をいただいた。ありがたい限りである。

この第2版を出版した年は2011年。ちょうど、3.11の震災の後のことだった。わたしの書いた文章で、リスボン大震災についてふれたが、それとちょうど同じ規模の大震災が日本を襲った。2001年に初版が出版されたときにも、もちろん大震災のことを書いているが(第2版のわたしの文の内容は誤字の訂正程度で、初版と変わらない)、その時にはリスボン大震災のことがメディアで取り上げられることはなかった。

しかし、3.11以後、リスボンの大震災について随分といろいろなメディアで取り上げられるようになった。注意したいのは、リスボン周辺では、およそ250年の周期で大地震が起きていることである。現在、リスボン大震災の起きた1755年から250年以上経過している訳で、3.11はポルトガル人にとっても人ごとではなかったはずである。

今回の増刷でも、内容には手を入れない。若干気になった発音の表記と経歴について訂正をお願いすることにした。自画自賛になるが、この本は、ポルトガル人が種子島に漂着してから、初めての学術的調査に基づくポルトガルの解説書なのである。(だから、ロドリゲス通事賞を受賞できた訳である。)

こうした本の出版に参加できたことを誇りにしたい。

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by kurarc | 2016-12-20 21:54 | books

日常の中のデザイン14 LUXOとZライト

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デスクで使用しているライトはLUXO(ラクソ)とZライト(上写真)である。Zライトはわたしが多分小学生の頃、コマーシャルでも取り上げていたくらい人気商品であった。LUXOは、著名な建築事務所などでよく使われることから、わたしも何十年もまえから愛用していた。(ポルトガル語ではLUXが光を意味するから、これが光に関するものであることがすぐに理解できる)

しかし、最近この二つが同時に壊れてしまい、迷ったあげく、Zライトを改めて購入することにした。ちょうど、昔のランプのかたちを復刻したものがあり、デザインもよいし、価格も安いので迷いはなかった。ランプはLEDが付属していた。

ZライトはLUXOをヒントにして、日本で開発されたものだと思うが、いまや、そのデザインと機能性はすでにLUXOをしのぐ商品となっている。つまみを回してライトを点灯するが、そのつまみを回したときの感触もスムーズで、使い勝手が非常によい。

山田照明も結構がんばっている。

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by kurarc | 2016-12-18 23:17 | design

映画『道』

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フェリーニの映画『道』を久しぶりにみる。この映画を初めてみたのは、30年ほど前、沖縄で暮らしていたときのこと。テレビの名作劇場のような番組でこの『道』が上映された。わたしはこの映画に衝撃のようなものを受けて、それ以来、忘れられない映画として、何度もみている。

最初にみたときには、ザンパノが海岸で泣き崩れるラストシーンが悲しくて仕方がなかった。今回、この映画をみて、フェリーニの映画の流れに興味をもった。特に、前半の流れるようなシーンの連続についてである。車の動き(車の後部座席からの視線、人が遠ざかっていくシーンが繰り替えされた)、大人から子供たちの自然な動き、シーンの展開、これらが演出をしてできあがったものとはとても想像がつかないのである。

そして、ニーノ・ロータの音楽。この映画ではトランペット(ロータリー・トランペット)が象徴的に使われるが、映画音楽と映画の中で使われる音楽が重なっていることも重要である。そして、この映画で映画音楽は、ジェルソミーナを主題としている点にも注意が必要である。ジェルソミーナの生の記憶として、音楽が生き続けるというシナリオは、あまりにも美しい。

見事な映画、としか言いようがない。この映画に匹敵するのは、この時代(1950年代)、溝口健二監督の映画くらいしかわたしには思い浮かばない。

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by kurarc | 2016-12-17 23:43 | cinema

『線文字Bを解読した男 マイケル・ヴェントリスの生涯』

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           © ZSL‐Lubetkin Penguin Pool copyright: ZSL © ZSL London Zoo

『線文字Bを解読した男 マイケル・ヴェントリスの生涯』(アンドルー・ロビンソン著、片山陽子訳、創元社)を読み始めた。ヴェントリスが建築家である、ということに興味をもったからである。

読み始めて、すぐに思いもかけないことに出くわした。彼の母はポーランド系の女性であり、離婚後、ヴェントリスをつれて住み始めたのが、「ハイポイント」という著名なモダン・ハウジングであったということである。ヴェントリスはここで育ち、線文字Bもここに住みながら解読したのだという。

「ハイポイント」を設計したのは、イギリスで活躍したリュベトキンという建築家である。ロシアから亡命し、イギリスでテクトン(TECTON)という建築事務所をつくった。このテクトンで設計した著名な仕事が、ロンドン動物園のペンギンプール(とゴリラハウス)である。このプールはわたしもポルトガル滞在中、ロンドンに旅行した時、見学した。リュベトキンはWikipediaによれば、一時ポーランドで建築教育を受けているので、ヴェントリスの母親となんらかの接点があったのかもしれない。

イギリス内のハウジングはかなり見学したが、この「ハイポイント」の見学は眼中になかった。今となっては悔やまれる。一つの本から思いがけず、モダン・ハウジングの傑作へと導かれることになったが、これも運命としか言いようがない。リュベトキンを注目するようにとの神のお告げか? 

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by kurarc | 2016-12-14 21:07 | books

ピエール・ジャンヌレの椅子

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何気なくインターネットを逍遥していると、ピエール・ジャンヌレの椅子が現れた。驚いたことに、わたしが今年デザインした椅子のコンセプト(上 写真左側の方)に近い椅子であった。1年ほど前、日本でコルビュジェとジャンヌレの家具に関する展覧会があったことを初めて知った。

わたしがこの椅子をもっと早く見ていたら、今年デザインした椅子はもう少し違ったものができたかもしれない。それにしても、ジャンヌレの家具について一度調べてみる必要性を感じた。

この椅子を発見できたのも、わたしが彼のようなコンセプトを考えていたからかもしれない。頭の中に浮かんだアイディアは、ネット上で常に相対化していかなければならない時代である。必要な情報を常に的確に入手できるようにすることがデザインを進める上で特に重要になってくる。来年はこのことに特に注意して仕事を進めていきたい。

*写真データは、「タブルーム」サイトより引用させていただきました。

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by kurarc | 2016-12-11 13:53 | design

長田弘とボブ・ディラン

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テレビでボブ・ディランの特集をやっている。わたしはボブ・ディランに薫陶を受けた世代ではない。彼の曲を聴くと、歌詞は確かに優れているが、曲はどうだろう?

わたしが頼りにする20世紀のバイブル『私の20世紀書店』(長田弘著)には、ボブ・ディランに関係する章があった。「iDEATH」というタイトルの章である。

長田はここで、直接ディランを語るのではなく、ディランの友人でシンガー・ソングライターであったフィル・オクスを取り上げている。1963年、オクスとディランは雑誌「ブロードサイド」を編集。名曲「風に吹かれて」はそこからはじまったのだという。しかし、彼らはたえず衝突。プロテスト・ソングの正道をいくオクスをディランは批判していたのだという。オクスのテーマは常に「政治」だったからである。しかし、そのオクスが独房に入れられるや、ディランはオクスのためのバラード「ハリケーン」を歌うことになる。

長田によれば、1960年代のアメリカは死(自死、変死)の時代であった。ヘミングウェイの自殺、モンローの死、ケネディの死、キング牧師の暗殺などあげれば切りがない。

こうした時代の後に、詩人のアレン・ギンズバークはディランの『欲望』に、「キープ・オン・ワーキング!」(やりつづけること!)という言葉をよせたと言う。長田は、「日々の生きるという手仕事」を「やりつづけること」と解釈している。

長田のこうしたディランの理解の仕方はなんとエレガントなのだろう。

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by kurarc | 2016-12-10 22:10 | music

東京の自然

最近、東京の自然についてよく考える。玉川上水のような人口の用水路によって、この土地は都市としての機能を成就できるようになったり、人口ではないにしても、湧水によって潤ってきた土地である、ということについてである。

東京は江戸から東京という大都市に発展するために、水(上水)の供給量を極端に増量させなければならなかったし、その水によって、新しい農地を開墾し、村を形づくっていくことになる。

こうした事業としての水の供給がなければ、東京は痩せた土地でしかなかったし、人口を膨らませることは不可能だった。わたしが旅した海外でいうと、どこかイスラムの地域に似ていなくもない。モロッコにある砂漠地帯のような土地との類似性を感じる。湧水はオアシスに近い。

そして、玉川上水の自然に対する興味が、その中心となっている。上水という水に対する興味であり、この土木事業がどのように行われたのか、あるいは、350年以上経過した上水の環境についてである。たとえば、上水沿いにどのような植生が宿っていったのかを調べてみることは、玉川上水が開通してから350年を超える歴史のなかで、植物がどのように成長したのかを観察できる貴重な領域となっている。

東京の自然も捨てたものではない。それは、都市の中の自然(地方のような、自然の中の都市ではなく)を考えるモデルとなる、ということである。

*300年という年月は、原生林を育むことができる年月と言われる。玉川上水の中の自然に、武蔵野の原生林に近い植生が再現されている可能性があるかもしれないのである。

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by kurarc | 2016-12-08 22:21 | nature


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