Archiscape


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by S.K.

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引越しの準備

事務所を移転することになった。鎌倉から地元三鷹に戻り、およそ4年が過ぎた。手狭であったこともあり、ずっとどこかよい場所はないかと昨年から探していたのだが、ちょうど、ジブリ美術館の近くに最適の物件が見つかり、引っ越すことになった。

ここは、実家から歩いて5分程度の場所であり、母校である小学校のすぐ近くでもある。子供の頃からなじみのある場所で、近くに幼なじみも数多く住んでいる。さらに、ジブリ美術館をはじめ、井の頭公園西園に面するような立地であり、公園の中を歩きながら吉祥寺へ行ける。わたしの最も好きな場所が目の前にあるのでありがたい。

窓は主に西向きだが、わたしは全く気にしない。むしろ一日の終わりに夕陽(西日でなく)を楽しむこととしたい。アントニオーニの映画の台詞の中に、「人は夕陽を眺めることを忘れる」といったフレーズが出てくるが、わたしも東京に住んでいるといつの間にかそうなってしまっていた。湘南の夕陽には及ばないが、窓の向こうには高層建築がないので、かなり長い間、夕陽を楽しむことができる。

それにしても、引越しはいつになっても嫌なものである。スーツケース一つで引っ越すことができたらどれだけ楽だろうと思うが、そういう訳にはいかない。引越しのとき苦労するのは、本の整理もそうだが、むしろ細々したものである。そうしたものは、部屋の中にバラバラに置かれているから、それらをまとめなければならない。これがなければ、実は引越しはそんなに大変なことではない。そうした細々したもののなかに大切なものが多いから、粗末に扱うこともできない。

あと1週間で引越しである。新しい事務所に移るための通過儀礼だから、我慢するしかない。



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by kurarc | 2017-01-31 22:47

カフェの現在

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一日にコーヒーを何杯も飲むようになったのはいつごろからだろう。最近、出先で飲むものはそのほとんどがコーヒーである。わたしはコーヒーを飲みたくて飲んでいるのか、それとも飲まされているのか?

コーヒーは好きだから、「飲まされて」いたとしてもそんなには気にならないが、都市においてカフェ文化が浸透するにつれて、少しばかりコーヒーにあきてきたことも事実である。

わたしはある記憶を鮮明に持っている。20歳の頃、代官山のヒルサイドテラスにあったアルバイト先の建築事務所で働いていた時のことである。その事務所にはすでに小さいコーヒーメーカーが打ち合わせスペースに置いてあり、そこにある著名な建築家が訪ねてきた。わたしはその建築家にコーヒーを出そうとすると、「お茶がいいな」と言ったのである。

その建築家の心情は、多分以下のようだったはずである。

「建築事務所に来ると、いつもコーヒーばかりだされるな。たまには日本茶くらいいれたらどうだ。」

つまり、35年以上も前からコーヒーは「お茶」として浸透し、蔓延していた。すでに、飲むのではなく飲まされる状況にあったとその建築家の言葉を聞いて思ったのである。

カフェはヨーロッパでは文化の発祥のスペースであった。わたしがリスボンに滞在中、よく通ったカフェ・ブラジレイラ(上写真、pinterestより引用)は、ペソアというモダニズム期の詩人が仕事場としたカフェであり、ポルトガルのアヴァンギャルドたちのたまり場でもあった。カフェとは文化そのものだった。

そんな理想論を言ってもはじまらないかもしれない。現在のカフェの大半は、自習の場であったり、スマホをみる場、雑談をかわす場といったところが関の山であろう。様々なタイプのカフェが増えていることは興味深いが、そこから何か新しい文化が生まれてくるような空間になっているのかは疑問である。たとえば、東京のカフェというものを徹底的に調べて、論文が書けるだろうか?

カフェは今後どこへ向かうのだろう?

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by kurarc | 2017-01-29 18:18 | gastronomy

大きい建築 小さい建築

かつて「住宅は藝術である」といった建築家がいた。建築の基本は住宅であることに変わりはないが、住宅が建築において最も重要な領域を占める、といった神話をつくることは間違いである。

住宅と言う「小さい建築」と都市の中の再開発で建設され出現するような「大きな建築」は、同じ建築でも、全く異なる領域なのである。これら二つを比べて、どちらが優れているかとか、どちらに価値があるのかといったことを比較することはそもそもできない。

わたしは、およそ4年の間、「大きな建築」に関わるようになって、その意義がおぼろげながらわかるようになった。個人を主に対象とする住宅「小さな建築」と、不特定多数の人々の使用を対象とする建築「大きな建築」、あるいは、「都市の建築」は、制度、法規、予算、建設形態、建築技術、労働者の労働条件、施工者の組織、設計者の思考など様々な領域で全く異なる発想から建設される。

詳しく述べると切りがないが、わたしはむしろ「小さい建築」派だった人間であり、「大きな建築」を全く気にかけなかったが、それは、間違いであったことがわかった。少なくとも、これら二つの領域を横断する建築全体の流動域を常に注視することが重要なのである。

単純にいってしまえば、すべての建築領域に眼差しを向けることが重要であり、その中からしか新しい建築は生まれないのだと思う。主に住宅しか設計しないような建築家であっても、CFTだのフラットスラブだのCRM等々といった建築技術をすぐに頭の中に思い描けることが重要である。

何の領域でも同じかもしれないが、見るものと見ないものとを自分で決めてはダメだ、ということである。

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by kurarc | 2017-01-26 23:50 | architects

ドクシツェルの音

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トランペットは相当うまいと思われる奏者でも、CDなどで聴くと失望することがある。そうした失望を味わうことのない奏者はわたしの中では二人しかいない、モーリス・アンドレとドクシツェルである。

この二人を超えるような奏者にわたしはまだ出会ったことはない。すべてのトランペット奏者の演奏を聴いた訳ではないが、著名な奏者ですらこの二人の演奏と比べるとなにか物足りない。

それは、どういうことかというと、技術と音楽性とのバランスである。この二人と技術的に等しい奏者は数多くいると思うが、その奏でる音楽性となるとこの二人にまで到達しないということである。二人ともクラシック奏者であるが、わたしのような素人が聴いてそのように感じるのだから、音楽は正直である。音楽大学をいくら優秀な成績で卒業しようと、そんなことは全く問題にならない。

音楽は優秀な奏者だけのものでないことは言うまでもないが、彼らのような優秀な奏者がいることが絶対に必要である。そうでなければ、誰も音楽を真剣にやらなくなってしまうだろうし、向上しようとするモチベーションが持続しないだろう。

以前、電車の中でモーリス・アンドレの「G線上のアリア」を聴くことが習慣となっていることを書いたが、現在は、ドクシツェルのトランペットを聴くことが多い。寒い季節には、寒い国出身の奏者、作曲家とその音楽がよく合うからかもしれない。

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by kurarc | 2017-01-24 23:27 | trumpet

一橋大学の「怪物」たち

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今日は、地元の建築家グループの見学会に参加。見学対象は、一橋大学や国立の街についてである。

一橋大学内に入るのは、わたしが高校生の頃、学園祭に訪れて以来のことになると思う。伊東忠太設計の兼松講堂がその中心に位置するが、実は正面に見えるのは時計塔をもつ付属図書館であることに初めて気がついた。こちらの設計は伊東ではなく、中根まがきである。

建築史家の藤森照信氏によって、「怪物の棲む講堂」と名付けられた兼松講堂は、内部の見学はできなかったが、そのロマネスク様式を模した外観を鑑賞した。スクラッチタイルの土色の外観、三連アーチのポーチと柱頭に彫刻された「怪物」たち(上写真)に目が留まる。

藤森氏によれば、大学の起源は、中世修道院にあり、その当時の様式はロマネスクであったから、伊東は、その起源の様式をこの一橋に選んだのではないか?と推測している。手の込んだ建築であり、当時の職人たちの技術の高さを思い知らされる講堂である。

しかし、一橋大学は一つ、大きな間違いを犯している。それは、伊東の方針で進めたロマネスク様式を、新しく建設された建築にまで敷衍し、近代建築にロマネスクの装飾をかぶせてしまった建築を数多く建設していることである。素材感を踏襲するのはよいにしても、現代においてその様式、装飾まで踏襲する必然性はなかったはずである。大学理事会のセンスが疑われる事象であろう。

それにしても、1920年代から30年代にかけて建設されたロマネスク様式の大学内の建築は落ち着きがあり、好感がもてた。伊東の建築の中では、わたしは最も好きな建築かもしれない。モダニズム建築の全盛期にこうした建築が建設されたことにどのような意義があるのかは、また別の問題であるが・・・



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by kurarc | 2017-01-21 22:05 | architects

偶然 人の生のシナリオ

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最近、このブログで浅井忠という画家についてふれた。その浅井について調べていると、太宰治の娘で作家の太田治子さんが浅井忠についての本『夢さめみれば 日本近代洋画の父・浅井忠』という本を出版されているので、いつものとおり古本で購入した。

この本を読み進めながら、驚いたことがある。わたしは名刺を銀座2丁目の中村活字という印刷所でつくっている。その店の近くに銀座としては珍しい出し桁造りの町家(上写真)があり、その写真をいつも名刺をつくりに行く帰りに何気なく撮影していた。先日、新しく移る事務所の名刺を受け取りに行ったときも、この町家の写真を撮影していた。

そして、その後、太田さんの本を手に取って読んだのだが、この町家のことが文章の中に現れたのである。中村活字やこの町家がある辺りは浅井が生まれた江戸・木挽町で、浅井忠が生まれた木挽町佐倉藩邸があったのもこの辺りだというのである。

わたしはこの文章を読んでいて、あまりの偶然の出会いの結びつきに寒気がするほど驚いたのである。このブログでは、よくこうしたことを書いていたが、これほど思いもかけないことがつながって行くことにもはや偶然とは思えないとすら感じるようになった。

人の一生はもしかしたらすでに一つのシナリオが書かれていて、そのように人は生きているのではないか、とすら思えてくるのである。人の出会いや別れもすでに決まっているのかもしれない。そう考えると、慌てることもないし、迷うこともない。ただ、ありのままに生きればよい、ということかもしれない。

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by kurarc | 2017-01-19 21:18 | books

建築の中のカオス

お手伝いしている大規模な建築がかたちをなしてきた。この現場に通いだしておよそ1年7ヶ月が経過し、竣工を今月末にひかえ、様々な想念が頭の中を駆け巡っている。その中で最も強く印象づけられたのは、建築がカオスから秩序づけられ、かたちづくられていく様である。

住宅のような小さい建築の仕事からは、そのような印象は現れないが、竣工前の6ヶ月くらいは未だにかたちのみえない化け物のような様相の物体が、3ヶ月前、1ヶ月前と竣工に近づくにつれて、かたちが現れ、カオスから秩序を持ったかたちへと収束していく。建築に携わり、この時を迎えられるのをずっと待ち望んでいた。

建築をつくるとは、いわば先の見えないトンネルを掘り続け、ある時期にふと明かりが見え始める、そんな仕事なのである。その明かりが見えるまで、暗闇の中を少しづつ歩いていかなくてはならない根気のいる仕事である。

古来、巨大な建築を建設してきた権力者たちは、巨大な建築がもつこうしたカオスを利用してきたのだと思われる。労働者をカオスの中に導き、そのカオスから抜け出させるために、膨大な労働を強いる。労働者に目標と理想を与え、カオス的様相をもつ人間の意思を一つの方向に向かわせたのであろう。人は、建築に参加することで、一つになる。

そして、こうした統一は、巨大な建築でなければなし得ない。ピラミッドや様々な神殿、宗教建築が巨大であることは偶然ではない。権力者たちは巨大でなければならないことを理解していたのである。現在、権力者のかたちも変化したが、建築に携わる人間とものとの格闘は、今も昔も変わらないのだと思う。巨大な建築の中で、人は何千年も前のカオスと同じ経験を味わうことになる。

わたしは巨大な建築からずっと遠ざかってきたものであるが、今回、このプロジェクトに参加できた経験から、建築を全く今までとは異なる視点で考えられるようになった。建築は一つの世界ではないのである。やはり、いろいろ体験することは人を変えてくれるものである。

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by kurarc | 2017-01-14 23:12

Biel(ビェル) 白へのオマージュ

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アナ・マリア・ヨペクと小曽根真とのCD『俳句』を購入した。今まで、アナのCDにはポーランド語の日本訳が掲載されていなかったが、このCDには幸い、日本語訳が掲載されている。もっと早く気づけばよかったのだが、今まで彼女が歌うポーランド語の意味を知りたくて仕方がなかった。

このCDの中の5曲目に入っている「Biel」(白の意)は、大好きな曲であった。あった、と書いたのは、パット・メセニーとつくったCD『UTOJENIE』の中の3曲目にも入っていて、以前からよく聴いていたからである。

この曲は、パット・メセニーのためにつくったと、作詞作曲者のマルチン・クドリンスキが『俳句』のライナーノーツに書いている。さらに興味深いことは、この曲の詩を「和泉式部の和歌からインスピレーションを受けて書いた」ということである。

待つ人の 今も来たらば いかがせむ 踏むまま惜しき 庭の雪かな

という和歌であるという。庭に積もった雪の美しさを詠んだ和歌だが、この曲では、その雪の白い色の美しさ、世界の初源としての色を讃えている。そうした内容の詩であることを知ると、いっそうこの曲が好きになった。

この曲を鑑賞するのにふさわしく、ちょうど白い季節が訪れようとしている。

*ちなみに、作詞作曲者のマルチン・クドリンスキは、アナの夫であるという。主に、彼女のプロデュサーを担っているようだ。

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by kurarc | 2017-01-13 22:04 | music

豆菓子

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豆(あるいは種)が大好きである。毎日なんらかの豆や種を食べている。スープには必ず大豆を入れるし、家のガラス瓶にはいつもアーモンドやカシューナッツ、ピーナッツほかをミックスしたものを常備している。

先日、有楽町駅前の交通会館の中にある地方の物産を販売している店で、「塩豆」という菓子が目に入り、購入した。長崎五島のとっぺん塩(「とっぺん」はてっぺん、一番の意味とのこと)によって味付けされた豆菓子は美味であり、食べ始めると止まらない。

この「とっぺん塩」も気になる。ゲランドの塩がほとんどなくなりかけているので、今度はこの塩でスープをつくってみるか。

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by kurarc | 2017-01-12 21:43 | gastronomy

オムニバス映画

仕事が忙しくなってきた。このようなときには映画を楽しむ余裕すらなくなってくる。しかし、幸いオムニバス映画というものがある。15分程度の物語りをいくつか収めた映画だから、ちょっとした時間があれば映画を楽しむことができるのだ。

アントニオーニ監督+ヴェンダース監督の『愛のめぐりあい』の中の第4話「死んだ瞬間」は、何度みたかわからない。この映画が好きなのは、舞台がエクサン・プロヴァンスであることが大きい。初めてヨーロッパ旅行をしたとき、わずか2日立ち寄っただけの街であるが、この街がわたしの中で大きな記憶に膨れあがっているからなおさらである。先日も久しぶりに見返したが、この映画の音響が気になった。

この映画は、昼から夜にかけての半日を描くが、はじめに小鳥のさえずる音からはじまり、泉の水の音、教会内のミサの音楽(音響)、雨(雑踏の音)、雷から最後に映画音楽を導入して終わる。音の展開とシーンの展開が完全に計算しつくされている。イレーヌ・ジャコブが階段を駆け上がりながら流れる音楽はいつ聴いても美しい。(このシーンも、階段を上がるという上昇性と彼女が明日、修道院へ入る身であることが重ね合わされていることはあきらかであろう)

忙しいときには優れたオムニバス映画をいくつか用意しておけば、映画熱を少しだけ冷ますことができるのである。

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by kurarc | 2017-01-11 23:13 | cinema


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