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by S.K.

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佐賀のお菓子 肥前ケシアド

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カステラがポルトガル伝来のお菓子(スペイン伝来の可能性も否定できない)であることは広く知られている。すでに世界各国の華やかなスィーツが手に入る日本では、素朴なカステラを食べる人は相当減少していると思われる。しかし、わたしは躊躇なくカステラをスィーツ、あるいは和菓子の代表と考えたい。この究極の厳選された素材でつくられる菓子、洋と和を融合した結晶のような菓子は他に思い浮かばないからである。

ポルトガルではもう一つ代表的なお菓子がある。「ケイジャーダ」と言われるチーズタルト(ポルトガル語でチーズを「ケイジョ」という)で、シントラというリスボンからほど近い街のものが有名だが、地方ごとにそれぞれ独自の「ケイジャーダ」がある。

そして、驚いたことに、このお菓子も日本に伝わっていたことを最近知った。佐賀の鶴屋という和菓子店で、その製法が伝わっていたが、当時、チーズの入手、製造が困難だったこともあり、その代わりにかぼちゃを代用したのだという。そして、最近になってチーズ、かぼちゃ、シナモンなどを使った独自の「ケイジャーダ」を当時の言い方に習い「肥前ケシアド」(上写真、鶴屋HPより借用)と名付け、販売している。

わたしもまだ食べたことはないが、使う素材から、どう考えても美味しいとしか思えない。血糖値が上がりやすい体質のため、最近スィーツは控えているが、このお菓子は一度体験してみたいと思っている。残念なことに、東京では手に入らない。購入したい場合は、直接店に注文しなければならない。

*下に鶴屋のHPよりその由来を示した文章を引用しておく。(由来の中には「ケイジャータ」と記されているが、正しくは「ケイジャーダ」である。)

由来~
 創業370年(1639年創業)の当家には、代々伝わる「鶴屋文書」という4冊の菓子の
製造書があります。江戸時代中期の宝暦5年(1755年)頃書かれたと思われるこの中の
1冊に「菓子仕方控覚」というものがあり、ここに南蛮菓子のひとつ「ケイジャータ」の記載が
あります。これは「長崎夜話草」(1720年)にも当時の長崎土産として紹介されています。
 元来「ケイジャータ」はチーズを使ったタルト風の菓子で「ケイジョ」とは、ポルトガル語で
「チーズ」を意味します。「ケイジャータ」は現在でもシントラ地方の伝統菓子として有名です。
鶴屋文書では、当時入手困難であったチーズの代用として、当時佐賀で比較的簡単に
入手できた「ぼうぶな」(かぼちゃ)の餡を使用したと書かれています。そしてこの「ぼうぶ
な」を使った「ケイジャータ」は「けし跡」「けし香」などの名前で佐賀藩主鍋島家にも献上
されたことが同じく「鶴屋文書」に残されています。しかし、残念ながらこの菓子は、製法が
むずかしいため時代とともに姿を消し、今では「鶴屋文書」に製法を残すのみとなっていま
した。
 鶴屋では、この伝説の菓子の再現を試みました。「鶴屋文書」に残る製法に従い、そこに
当時の職人たちが手に入れられなかった(手が届かなかった)チーズやシナモンを加える
ことで、職人たちの「あこがれ」を表現しました。
そしてこの度「肥前ケシアド」として復刻し、皆様に御賞味いただけるようになりました。
江戸時代の昔、「肥前の国、佐賀」にあったこの菓子を偲んで、末永く御愛顧いただけま
すようにお願い申し上げます。 


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by kurarc | 2017-09-30 11:04 | gastronomy

(仮称)三鷹 牟礼6丁目ディサービスセンター 建設過程-01

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現在、三鷹市内で進められているデイサービスセンターが形を成し始めたこともあり、今後、竣工までの建設過程をブログで紹介したい。

工程は建方と言われる段階を迎えた。鉄骨を組み上げている段階である。建築は、鉄骨造2階建てで、述べ面積はおよそ280㎡。1階にデイサービスセンターの機能が入り、2階は相談室、及び職員の事務室となっている。

敷地は、わたしの通った中学校のすぐ近くであり、小さい頃から馴染みのある土地である。通学路であった道は、今回は仕事で通う道に変化した。通るたびに中学生の頃が思い出され、懐かしくなる。

地元でやる仕事として、最も大規模な仕事であり、最後まで手が抜けない。住宅以外の仕事を引き受けるのも久しぶりである。

このディサービスセンターが地域に根ざした、心地よい施設になってくれることを目指して、頑張るのみ。

*写真は、正面から撮影されたもの。偏心した切妻型の屋根で、その屋根の梁から吊り戸棚となるH鋼が吊られている。

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by kurarc | 2017-09-29 15:10 | 三鷹ディサービスセンター

シネマ・アンシャンテ

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映画『LA LA LAND』にインスピレーションを与えたジャック・ドゥミの一連の映画は、「シネマ・アンシャンテ」と呼ばれる。

"enchanté"というフランス語は、通常「初めまして」といった挨拶の言葉、「魅せられた」という意味の言葉として知られているが、この言葉の中に、”chanté”という「歌われた」という意味が含まれていることもあり、ドゥミは、特に映画『シェルブールの雨傘』をフィルム・アンシャンテ(film en-chantéー歌で魅せる映画)と名付けたという。(山田宏一)

今年は『ロシュフォールの恋人たち』50周年を迎えたこともあり、10月からドゥミの一連の映画のリバイバル上映が恵比寿ガーデンシネマで予定されている。それに合わせて、『シネマ・アンシャンテ』(山田宏一、濱田高志著)というドゥミの業績をたどる素晴らしい書物も発売されたばかりだ。

この書物では、ドゥミと音楽を担当したミシェル・ルグランの世界がこれでもかと堪能できる。ドゥミの映画の秘密、ルグランの音楽の秘密がかなり明確に理解できるような内容になっている。

『ローラ』、『シェルブールの雨傘』、『ロシュフォールの恋人たち』の三部作はわたしにとって掛け替えのない映画で、何度見ても飽きることがない。今秋は、映画館でこれらの映画を鑑賞できるまたとない機会が訪れようとしている。秋は、映画の季節になりそうである。


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by kurarc | 2017-09-27 17:35 | cinema

弁当は美味しいか?

ここで取り上げたいのは、手作りの弁当ではなく、コンビニやスーパーで売られている弁当のことである。健康志向が進み、カロリー制限から糖質制限といった流れも定着してきたが、相変わらず弁当の貧しさに変化が見られないのはどうしたことだろう?

コンビニやスーパーへ行っても、食べたい、買いたい、と思われるような弁当は並んでいず、もしそういうものがあれば、女性たちによってすぐに買われてしまい、残るのは唐揚げ弁当、ハンバーグ弁当など揚げ物を中心とした貧しい弁当の売れ残り。男たちはそうした貧しい弁当を500円程度払い、10分程度で食べて、昼食は終わる。

日本食が大々的に取り上げられ、その「健康的」な食がメディアに度々登場するのにもかかわらず、この現実との落差はどういうことなのだろう。不満があるなら自分でつくるしかないではないか、と言われればそうかもしれないが、わたしが海外で経験した食生活を思い出してみても、イギリスのサンドイッチと日本のコンビニ弁当は良い勝負ではないか。

問題は、価格なのか、買う側の問題、あるいは弁当をつくる側(コンビニやスーパー)の意識の問題なのか?ポルトガルのようなラテン世界で過ごした経験のあるものには、この貧しさにはなかなか慣れることができないし、憤りすら日々感じてしまうのである。そもそもラテン世界ではコンビニのような空間はなく、あっても、日本の弁当のような売り方はしないだろう。イタリアであれば充実したお惣菜屋が街には必ずある。バルは昼にはレストランに変わり、おばさんたちがつくる昼食が安く提供されているから、常にできたての昼食が味わえることになる。現在でも価格は日本円にして500円〜600円程度だと思う。

日本人の食生活は貧しいのか、豊かなのか?弁当を見ているといつも考えてしまうのである。

*上のことは、「弁当」だけでなく、「定食」という食文化にも言える。

*コンビニは、すでに21世紀の食文化を考えるとき、モデルとして破綻していると思わざるを得ない。コンビニは、例えば、各県単位(あるいは都市単位で)で独自のモデル(独自の品、独自のサービスほか)をつくったら面白いのかもしれない。ローソン、ミニストップ、セブンイレブンなどしかコンビニがない、というのはどこかおかしい。

*コンビニを利用するときにいつも感じる空虚さ、白々しさはなくならない。ものを買うためにだけ行き、便利だからつい利用するわけだが、ただそれだけなのだ。何かを買う、ということには文化が感じられるべきだと思うのだが。

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by kurarc | 2017-09-26 12:52 | gastronomy

『ペソアと歩くリスボン』(F・ペソア著、近藤紀子訳)を読む

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タイトルは、20世紀を代表するポルトガルの前衛詩人、フェルナンド・ペソアが、1925年に英文で書いたリスボンのガイドブックである。原題は、「LISBOA what the tourist should see-旅人はリスボンの何を見るべきか」。このペソアの思い入れのを込めたリスボンのガイドブックは、1999年にすでに近藤氏により訳されていたが、拾い読みしていた程度で、精読してはいなかった。今回、初めから終わりまで丁寧に読み進めた。

ポルトガル滞在時に、すでにこの原書(英文とポルトガル語併記)は買ってあって、積読状態であったが、改めて読んでみるとペソアのこだわりがよくわかるガイドブックとなっている。

実はこのガイドブックは、ペソア生誕100周年に当たる1988年に発見されたもので、その経緯については、この書物の中にテレーザ・リタ・ロペス教授によって記されている。実は、このロペス教授の文章は重要で、このガイドの指向性について示してくれている。ペソアは、かなりナショナリズムの動機があり、このガイドを書き記しているという指向性である。ペソアと同期のモデルニスタたちが海外の文化を吸収していくのに対し、ペソアは、自国の文化を輸出すること、知らせるために書かれた、とロペス教授は記している。

わたしにとってこのガイドブックが貴重なのは、かなり建築や建築家の記述にページを費やしている(その他、文学者、芸術家たちも)ということである。できればその一つ一つに詳細な訳注が欲しかったところだが、日本の西洋建築史家でも、きっと初めて聞くような建築家たちの名前が列挙されていることもあり、現時点では無理と言えるだろう。

このガイドブックを読んだ限り、彼は遊歩の詩人であったことがよくわかる。リスボン、及びその周辺の都市をくまなく歩き込んでいたことが伝わってくる。1925年に書かれたこともあり、リスボンに船でやってくる旅人を想定しているが、現在であれば、リスボン国際空港、または、サンタ・アポローニャ駅から書き始めなければならないだろう。

かなりマニアックなガイドブックであるが、そもそもポルトガルを旅する人自体、マニアックな方々が多いのだろうから、こうしたガイドブックを頼りに、ペソアの軌跡を辿ってみるのも興味深いことに違いない。



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by kurarc | 2017-09-25 17:51 | books

『集合住宅ー20世紀のユートピア』(松葉一清著、ちくま新書)通読

硬派な建築評論を出版し続けている松葉氏の集合住宅に関する著書を拝読した。

結論から言うと、松葉氏が、いわゆる非装飾の「モダニズム」、「即物的」なデザインの集合住宅を評価するのではなく、ウィーンの「カール・マルクス・ホーフ」やアムステルダム派による表情豊かな集合住宅を評価していることに興味を持った。

さらに、そうした集合住宅を成立させている背景を重要視する姿勢についてもである。それは特に、20世紀に日本の建築家たちがヨーロッパ最新の集合住宅のスタイルを真似て、その理念を学習することを怠ったことを痛烈に批判している。

職住近接を目指したイギリスの田園都市運動が、日本では「田園調布」のような不動産経営によるなれの果ての街と化したことについて、建築家の中條精一郎(中條の長女は宮本百合子)の言葉を借りて苦言を呈している。中條はちょうど、イギリスの田園都市運動がまさに勃興した頃、ケンブリッジ大学に留学し、その理念に深く共感していたこともあり、日本の惨状をいち早く感じていたのである。

この書物は、一般向けとは言えない。近代建築史をある程度読みこなしているものでないと、読み説くことはできないだろう。ドイツにおけるワイマール共和国時代の集合住宅を想像しろ、と言われた時、一体どの程度の人がそのものを思い浮かべることができるだろうか?また、アムステルダム派の建築についても。しかし、かつて、わたしはここに出てくる主な集合住宅は見学したが、こうした集合住宅の歴史がが日本人の常識となってくれることを願わずにはいられない。

そうした意味では、この本を一般の方々にも是非読んでもらいたいものである。以前から言うように、日本のマンションなどは「集合住宅」と言えるようなものではないのである。

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by kurarc | 2017-09-24 20:28 | books

2018年秋 パリで伊藤若冲展開催

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2018年秋、パリのプティ・パレ美術館で、日仏友好160周年を記念した「ジャポニズム2018」にちなんで、伊藤若冲の大規模な展覧会が開催されるという。  

最近、特にこうした日本の画家や詩人、文人などの世界が気になるようになった。わたしは基本的には日本の芸術に特別に興味を持ったことがない。23歳の時に初めて海外の芸術に直接触れ、その衝撃的と言える緻密な芸術(建築を含む)に圧倒され、その世界から抜け出せずにいた。

しかし、欧米の芸術全般を知れば知るほど、日本の芸術が逆照射されるように感じられ、最近、興味を持つようになった。その一人に、伊藤若冲がいる。

彼の絵に興味を持つのは、まず、花鳥画を数多く残していることが挙げられる。野鳥の観察をするようになったこともあるが、「鶏の画家」と言われるほど多くの鶏を描いていることにも惹かれるし、その他の動植物の絵の「神気」にはただならぬ力が感じられる。また、桝目描きのような、現代のデジタルアートにつながるような斬新な絵にも魅力を感じる。

こうした天才と言えるような画家も、生まれは青物商の出であり、ブルジョアではあったが、何をやってもダメな子供だったのだという。それが20代後半から絵の道を志し、その10年後には立派な画家に成長したというから不思議である。

若冲の絵を近いうちにまとめて観たいが、来年の秋にパリに行くのが手っ取り早いのかもしれない。



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by kurarc | 2017-09-18 13:18 | art

タウトの日記データベース化 長期休暇中

建築家ブルーノ・タウトが日本滞在時(1933〜1936年)に残した日記をデータベース化する試みは、現在、長期休暇中である。全くのボランティアとして始めたものだが、始めてみるとかなりの時間が必要になることがわかった。大学院生の時代に、すでに半分程度は入力したデータはあるのだが、それは当時(1990年)の5インチのフローピーディスクに保存されたままである。MS-DOS時代のデータであり、このデータを開くPCもソフトも今はすでにない。

大型書店で建築書籍のコーナーをのぞくと、相変わらずタウトに関する書籍は増え続けている。それはむしろ建築畑の人よりも、ドイツ文学などを専門とする方々の研究成果が多い気がする。タウトを企画した展覧会も数年に一度は開催されている。未だに日本におけるタウトのファンは数多いことがわかる。

このデータベース化に快諾していただいた岩波書店には大変申し訳ないのだが、あと2年近くかかるかもしれない。ちょうどその年、わたしはタウトがイスタンブールで亡くなった年齢と重なる。タウトが考えたことも、同じ歳に近づくにつれ、昔以上に理解し安くなったように思う。

とにかく、データベース化完了の目標を2018年中に定めてコツコツと進めたいと思う。

*現在、立ち上げたブログ自体にアクセスすることができない状況。どうも、エキサイトブログでは、いつのまにか二つのブログを持つことが不可能になってしまったようだ。最悪の場合、また新たにブログサービスを提供する企業を探し、ブログのデータを移行することから始めなければならないかもしれない。(この問題は解決できた。2017/09/25)

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by kurarc | 2017-09-17 09:52 | architects

「カテナリア・テーブル」 復活への道を探す

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2010年に天童木工から発売されたカテナリア(ガラステーブル)。2015年に販売が中止されてから早2年が過ぎた。

昨日は協働デザイナーのT氏と打ち合わせ。天童木工で商品化されたテーブルの欠点などを議論し、できれば、若干ディテールを変更し、なるべくコストを抑えたテーブルとして蘇らせることができれば等々、を話し合う。

まずは、合板の技術を持つ企業、かつ、商品として販売してくれる企業を探すことから始めなければならない。

コントラクトとして製作することには問題ないが、なかなかその企業の商品として販売してくれるような企業を探すことは困難が予想される。どのような小さなものでも、商品には必ずリスクがある。そうしたリスクまで引き受けてくれる企業は存在するのだろうか?

それにしても、2008年、審査会場であった新宿OZONEの会場に試作品のテーブルが並んだとき(上写真)の感動は忘れられない。私たちがデザインしたものだが、「わたしという個人のデザイン」をすでに超えて、「もの」として堂々と自立していたのである。それは、自分の子供が立派に成人を迎えた時のような感動に近いものだと思う。

デザインとは、自分が他者になっていくことを、「もの」を通じて知ることである。

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by kurarc | 2017-09-15 15:35 | catenaria-ガラステーブル

虎ノ門ヒルズ

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都心には超高層ビルが相次いで建設されている。わたしは特に興味を持ってはいないが、超高層ビルを建設するのであれば、その周辺に広大な公園や緑地、空地を設けるべきであると思う。そのような緑地を配した超高層ビルの中に、虎ノ門ヒルズがある。

2階裏庭に当たる場所に、広大な芝生の緑地(上写真)が設けられていて、この広場に面してカフェやレストランなどが配置されている。都心では珍しいが、こうした配慮は当たり前のことだろう。新宿西口の超高層ビル街はこうした配慮に欠けて開発されてしまった。個々の超高層ビルが、こうした緑地を持ち、その各々が連続していくような都市計画があらかじめあれば、あの殺伐とした超高層ビル街はもう少しくつろげるスペースになったに違いない。

虎ノ門ヒルズ2階にある虎ノ門ヒルズカフェのランチはお薦めである。この立地からするとかなり安い(850円)。ご飯(大中小から選択、確か五穀米のような感じだった)、副菜2点、メイン1点が選択できる。わたしの地元吉祥寺であれば、多分、1200円〜1300円以上するようなランチであるが、なぜか都心スーパーの弁当代ほどで食べることができる。コーヒーは100円追加すればよいが、味の方はわたしの好みではなかった。



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by kurarc | 2017-09-14 13:23 | 東京-Tokyo


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