人気ブログランキング |

マルセル・カヤト 『LATIN GUITAR』(日本題名)

b0074416_22173304.jpg

ブラジルのクラシックギタリスト、マルセル・カヤト『LATIN GUITAR』は、クラシックギターCDの名盤である。少し前に「忘れえぬ都市」といった内容のブログを書いたが、この名盤も忘れえぬCDの一つと言える。それは、大曲ばかりが納めてあるようなCDではなく、2分弱の小曲が多く、それらの曲を丁寧に弾きこなしているCDだからである。何年かに1回はCD棚の奥から引っ張り出して聴きたくなる。

カヤトさんは、トゥリビオ・サントスに師事したギタリスト。わたしはポルトガル滞在時、ブラジルに行った最大の目的は、このトゥリビオ・サントスさんにお会いしたかったことであった。ヴィラ=ロボス記念館の館長をされていることは知っていたため、リオで早速記念館に向かうが、サントスさんは不在で、残念ながらお会いすることはできなかったが、ヴィラ=ロボスの直筆の楽譜などを職員の方に見せていただく光栄にあずかった。

その後継者とも言えるギタリストがマルセル・カヤトであろう。このCDの中では、ラウロのEL NEGRITO(エル・ネグリート)やバリオスのCHORO DA SAUDADE(追憶のショーロ)やブローウェルのOJOS BRUJOS(魅惑の瞳)といった小品が良い。

エル・ネグリートは、20代の頃よく弾いていたが、今では忘れてしまった。また練習したい曲である。わたしはこのCDではこの曲が一番好きかもしれない。ラウロに男の子が誕生したときにつくった曲のようで、意味は、黒人の子の意だが、髪が黒い子であったことから、こう名付けられたという。わたしにとって「忘れえぬ曲」である。

# by kurarc | 2019-08-23 22:16 | music

小説『ダイヤモンド広場』

b0074416_00223830.jpg

注文していた小説『ダイヤモンド広場』が届けられた。まずは訳者田澤耕氏の解説を読む。カタルーニャ語で著されたというこの小説は、スペインではかなり厳しい道を歩んだという。そもそも、スペインではカタルーニャ語の小説をスペイン語訳する場合ヒットしない、ということが常識となっているという。わたしはそのようなことを初めて知ったが、スペインでは、内戦が終わった後にも、カタルーニャ・アレルギーのようなものがあるのだと田澤氏は書いている。

日本では以前、この小説の翻訳が出版されているが、それはフランス語訳からの重訳であり、今回、初めてカタルーニャ語から直接訳されたことになるという。ガルシア・マルケスは、スペイン語とカタルーニャ語の両方で本書を読んでおり、著者のマルセー・ルドゥレダにもわざわざ会いに行き、お互いの共通の趣味である園芸について、話を弾ませたらしい。

この小説の舞台であるダイヤモンド広場のあるグラシア街についても田澤氏はふれている。グラシア街はバルセロナ旧市街とグエル(カタルーニャ語でグエイ)公園の中間、旧市街の北側に位置する。もともとはバルセロナ郊外の村であった地区であり、19世紀後半、バルセロナ拡張とともに、バルセロナに編入された地区であるという。低層の住居が残る落ち着いた地区のようで、現在でも若者に人気のある地区のようだ。

わたしが初めてバルセロナを訪れたのは1984年だが、その1年前、ルドゥレダはジロナ市の病院で死去している。1982年版の『ダイヤモンド広場』がスペインで出版されているというから、この小説の影響を受けて、映画『エル・スール』も誕生しているかもしれない。(もちろん、エリセは1982年版以前のものを読んでいるのだろうが)

この小説はスペインとスペイン内戦に興味を持つものにとって必読の小説であろう。

*スペイン語とカタルーニャ語にどれほどの差異があるのか、わたしは知らないが、近いうちにその差を学んでみたくなった。カタルーニャ語(ガリシア語も)で「おはよう」は「ボン・ディア」。ポルトガル語と同じである。そういえば、本日、ポルトガル語版のタブッキの小説『レクイエム』を注文するため、紀伊国屋書店洋書部に連絡する。イタリア人のタブッキがわざわざポルトガル語で書いたという小説を原書で読んでみたいと思ったためである。


# by kurarc | 2019-08-23 00:21 | books

忘れえぬ都市(まち)

国木田独歩の『忘れえぬ人々』という短編が好きである。独歩の忘れえぬ人というのは、親子、朋友知己、教師先輩など「忘れてかなうまじき人」ではない。アノニマスな人のことである。自分にとって取るに足りない人、いわば偶然巡り会い、通り過ぎていった人、すぐに別れてしまったような人でも、「忘れえぬ」ことがあるというのである。

わたしはそれと同じような経験を都市(まち)にも感じる。都市の名前も鮮明に思い出せないが、記憶の奥底に残っている都市がある。そうした都市はあるふとしたことで頭の中に蘇ってくる。パリやロンドン、ローマのような都市ではそうした想起はあまりおこらない。(こうした都市は常に鮮明に記憶に残っている)しかし、無名に近い都市に訪れ、何年かした後、そうした「忘れえぬ」経験がおこるのである。「忘れえぬ都市」とは必ずしも美しい都市ではない。

わたしは最近、そうした経験を詩に近い短編小説にまとめてみた。そうした都市の経験は、例えば、映画の舞台で使われる都市にも言える。例えば、映画『道』の中に登場する都市や街路の風景の中に「忘れえぬ」感覚をもよおすし、アントニオーニの映画に登場する都市にもよく感じる。

実は、そうした「忘れえぬ」都市というものが、もっともわたしにとって大切な都市なのではないか、と最近感じるのである。それはどういうことかというと、パリやローマに感動するのは、いわば能動的に感動しているのではなく、様々な情報を得ることから制度としての感動、受動的な感動なのではないか、つまり、一期一会の感動ではないのではないか、ということである。

人と巡り合う事も同様ではないか。会うべくして会った人より、何かの巡り合わせで偶然会ったような人ほど、忘れられない気がするのである。逆説的にいうと、半分忘れてしまっているような経験の中に重要なものが隠されている、と言えるのではないかということである。

*わたしにとって忘れえぬ都市(海外)のリスト抄
・リスボン(ポルトガル)のアノニマスな街路
・ギマランエシュ(ポルトガル)
・サンタレン(ポルトガル)
・エルバス(ポルトガル)
・アングラ・ド・エロイズモ(ポルトガル・アソーレス諸島)
・ブルージュ(ベルギー)
・ベルン(スイス)
・トリエステ(イタリア)
・オルヴィエート(イタリア)
・ブザンソン(フランス)
・メリダ(スペイン)
・オラン(アルジェリア)
・コンスタンチーヌ(アルジェリア)
・ブルサ(トルコ)
・シラーズ(イラン)
・マンドゥ(インド)
・台北(台湾)
・ジョクジャカルタ(インドネシア)
その他、名前も思い出せないような小さな都市

# by kurarc | 2019-08-22 00:28 | saudade-memoria

夏目漱石とアンドレア・デル・サルト

b0074416_00022450.jpeg

漱石の某小説に、イタリア・ルネッサンス期の画家アンドレア・デル・サルト(上自画像、Wikipediaより)が登場する。恥ずかしながらわたしはこの画家を知らなかったが、漱石がなぜ何気なくこの画家を登場させたのか、わたしにはどうも意味深長な気がしてならない。

ダ・ヴィンチの34年後に生まれたアンドレア・デル・サルトは、ルネッサンスからマニエリズムへの境界上に位置していた画家で、漱石はそこに注目していたのではないか?

漱石の小説に見られる自然主義を超越したような作風は、もしかしたらマニエリズムを意識していたのではないか。そして、漱石はそうした絵画の風潮をいち早く吸収し、自らの小説の中に取り入れようとしていたのではないか?

漱石ほどの教養人であれば、ロンドンでアンドレア・デル・サルトの絵画を見ていたのかもしれないし、漱石が、ルネッサンスではなく、その後に続くマニエリズムの絵画に興味をもったということは十分考えられる。

また、漱石の小説は、注釈を見ると興味深い。その中に登場する古今東西の文学者、詩人、哲学者、心理学者など、小説に登場する人々、もの、思想から漱石の考え、主題、興味など様々なテクストが読解できるわけである。

漱石を誰も捉えなかったように読んでいきたい。今、そのように思っている。

*検索していくと、高山宏氏は『夢十夜を十夜で』という著書の中で、マニエリズムを念頭に読解しているらしい。やはり、考えることは同じである。

# by kurarc | 2019-08-19 23:53 | books

言葉の無限

b0074416_00001402.jpg

ちょとした試みとして短編小説などに挑戦するようになって、改めて言葉について考えるようになった。言葉について、以前よりさらに興味をもつようになった。それは、言葉が身近でありふれたものだからでもある。

例えば、コンピューターもなく、スマホもなく、テレビやラジオもないような世界でも、言葉は失われない。言葉とは最も省エネの文化である。1年病院に入院することになったとしよう。上にあげたすべてのものがなくても、辞書一冊あれば、退屈はしないだろう。聖書一冊でもよいかもしれない。あるいは、長編小説1冊でもよいかもしれない。言葉に機械は必要ない。何なら、10冊の長編小説があれば、1年は十分楽しめる。

ジュリアン・グラックの『ひとつの町のかたち』(上)という書物をやっと古本で手に入れたが、このタイトルの「かたち」という単純な言葉の中に、グラックはゲーテまで遡ることを要求している。何気ない言葉の中には、その人の膨大な記憶と命がけの生き様が表現されるものであるということを見落としてはならない。

仕事で交わされる言葉はもちろん粗末にはできないが、精神を解放するようなことは稀で、むしろ言葉の世界を矮小化する場合が多い気がする。言葉はもっと創造性をもつものでありたいし、そのように使用したい。

そうした意味でも、創作として言葉を考え、トレーニングする習慣をつけることは大切である。言葉について、より深く考える習慣を身につけなければと思うこの頃である。

# by kurarc | 2019-08-18 23:58

映画『青天の霹靂』

b0074416_00075762.jpg

劇団ひとり監督の映画『青天の霹靂』を観る。劇団ひとりさんの芸人としての才能に感心するが、それだけでなく、作家として、あるいは映画監督としてどのような仕事をしているのか興味をもったこともあり、この映画が観たくなった。

もちろん、それだけではない。映画のロケ地として信州上田を選択し、ロケを行ったということにも興味をもった。上田映劇という劇場から映画館へと100年以上も続く劇場+映画館をメインの舞台に採用していることもこの映画を観たくなった理由である。上田はわたしの姓を名乗る人が数多く住み、地方都市の中で親近感を感じている都市であるからである。

映画の出来もよかった。息子であるマジシャンが40年前にタイムスリップして、自分の父親(父親もマジシャン)、母親と再会し、ひと騒動起こすという映画である。笑いあり、涙ありの映画で、むしろ、涙の方が多い映画であった。

こうした映画を観ると、劇団ひとりさんの中には、昭和の時代を生きてきた芸人に対する並並ならぬ興味があるのだろう。そうした芸人に対するリスペクトもあるのだろう。映像からそうした彼のこだわりが伝わってきた。原作である小説も読みたくなった。『陰日向に咲く』の方も。

# by kurarc | 2019-08-18 00:06 | cinema

香港とケンタウロス

香港の暴動はいまだに治る気配を感じさせない。日本では考えられないことだが、香港人の自由への希求は、我々が思う自由とはかけ離れていると思わざるを得ない。それは、何気なくあるものではなく、勝ち取るものなのである。

以前、このブログで紹介したトン・カイチョンの小説『地図集』の中に、「東方の半人半馬」という章がある。ボルヘスの『幻獣辞典』を引用しながら、西洋の半人半馬ケンタウロスは、異質混淆性、つまり、二つの全く混じり合うことのない混淆性であるのに対し、中国神話にはこうした異体併合の幻獣は見当たらないというのである。

一国二制度という大義を掲げながら、すでにほころび始めている香港を見ると、このケンタウロスという幻獣は中国ではなじまない幻獣であることは歴史が示唆している、というような内容にも捉えられる。小説とは実は「小説」などではない、ということがトン・カイチョンの小説を読むとよく理解できる。

翻って日本を考えてみると、わたしはてっきり日本は混血、雑種(hybrid)が難しい国家であるように感じていたが、日本はむしろ中国や韓国他のハイブリッド国家と見たほうが素直である。実は異質混淆性に欠ける国家である。香港の暴動はそうした意味で人ごとではない。もし、日本が将来中国に併合されようとした時、日本人は香港人のような暴動を起こすことができるのだろうか?

# by kurarc | 2019-08-13 22:30 | asia

建築短編小説

仕事の合間に短編小説を書いている。すでに8編の短編を書いたが、出来の方はテーマによってバラバラである。まあまあと思えるものもあれば、稚拙だと思われるものもある。初めて書いたのだから仕方がないが、ちょっとした時間のアキに小説を書くことは意外と性に合っている。

今日は、書き始めて途中で投げ出していたルネッサンス期の建築家ブルネッレスキに関する短編を仕上げた。一応建築短編小説のようなものになったが、彼が建設に携わったフィレンツェの花のドームが竣工した時、彼はどのように思ったのか、そして、引き続き仕事をするつもりだったランタン(頂塔)の仕事が上手くいかなかったことに、彼はどのように憤慨したのか、そのあたりを短編にしてみたのである。

ロス・キングの評伝によりすっかりブルネッレスキという建築家を尊敬、敬愛するようになったのだが、それだけではない。建築家の運命のようなものを彼に見出したのである。様々なライバルとの闘いや騙し合い、そして誹謗中傷との闘い、役人との確執、同業者の裏切り、仕事での大失敗など建築という仕事に携わるとき遭遇する様々な困難を彼は体験している。そうした困難との闘いを乗り越えていったことに興味をもった。

創造はそうした困難の中での閃光のようなもので、困難に会えば会うほど、その光は強度を増していくのである。彼がフィレンツェの中心に位置するあのドームを遠くから眺めたとき、一体どのような感慨を持ったのか?それは非常に興味深いし、できれば本当のことが知りたいくらいだが、それは望めない。

だから、わたしは短編小説にして、彼の心情を表現しようと思ったのである。

# by kurarc | 2019-08-11 21:28 | archi-works

沖縄からのメール

5月末から6月にかけて訪ねた沖縄の末吉栄三計画研究室の末吉礁君からメールが届いた。お父様を亡くされた後、仕事がとれたetc.との内容である。

沖縄の特に学校建築で実績を残した末吉栄三さんの後を継いで、新たな出発を始めたという知らせである。沖縄からメールが届くというのも感慨深い。メールというのも捨てたものではない、よいツールだなと思う。沖縄を訪れ2ヶ月以上が過ぎたが、改めて沖縄という場所、世界を大切にしなければとつくづく思う。

礁君からメールをもらった時、わたしが沖縄に旅立った時の光景が思い出された。自宅のすぐ近くのバス停からリックを背負って、バスに乗り、ふと後ろを振り向くと、バス通り沿いに両親が並んで立ち、わたしを見送っていた光景である。両親が並んで立つという光景をその後、わたしは一度も見ていない。多分、その時が最初で最後である。沖縄での仕事をやめ、東京に戻ってからすぐに父も他界してしまったからである。

沖縄に何か貢献できることはないか、遅ればせながら今、そう思っている。年末には末吉栄三さんの回顧展が開催されるかもしれない、と聞いている。多分、また今年、沖縄を訪れることになりそうである。

# by kurarc | 2019-08-09 22:46 | architects

寺尾聡『Reflections』

b0074416_11544581.jpg

歳のせいか懐メロがふと頭をよぎることが多くなった。コマーシャルで寺尾聰さんの「出航SASURAI」が流れるのを聴き、久しぶりにヒットした『Reflections』を聴きたくなった。

ほぼ40年前にもなるこのCDだが、全く古さが感じられない。全曲を寺尾さんが作曲していることにも驚かされる。編曲には井上鑑さんが参加、作詞は松本隆さん、そして大半の作詞を有川正沙子さんという少数の人間によってつくりだされた音楽である。当時ヒットした「ルビーの指輪」が収録されているが、むしろわたしはそれ以外の曲に名曲が多い気がする。

有川さんの詞には「・・・ぜ」という詞が多い。寺尾さんを意識した作詞なのだろうか。「タバコと男」という当時のイメージからつくりだされたのだろうか。今ではタバコは女のものだが、嫌味は感じられない。このCDには決して男と女がハッピーになるシナリオはないが、なぜかその不幸を糧に「出航」していこうとする男の明るさのようなものが感じられるし、マイナーな曲でもジメジメした感覚のない曲調がよい。

寺尾さんの低音の声も大きな特徴だろう。ここに収録された曲を女性がカバーすることもできないのではないか。そうした意味で、このCDは男の音楽になっている。それにしてもこれだけの曲をつくりだす寺尾さんの音楽的背景は何だったのだろう。そのあたりが一番気になるところだろうか。

『Reflections』というタイトルも斬新だ。直訳すれば「反射」だが、それはアルバムの中の文章にもあるが、「過去を映し出している光」のように捉えられている。つまり、経験を十分に積んだ大人の光を表現しようとした、ということらしい。



# by kurarc | 2019-08-04 11:53 | music