日常の中のデザイン24 今治謹製至福タオル

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結婚式の引出物に今治謹製至福タオルをいただいた。一見普通のタオルだが、肌触りがまったく異なる。優しいタオルである。今治タオルはデザイン界ではよく知られていただが、ここまで使い心地が異なるとは思わなかった。

それでは、何が違うのか?

素材:新疆綿
製法:甘撚り(ひねり)
水:晒し方(先晒し)

の三つが大きく異なるようだ。つまり、今までやっていたことをもう一度見直し、高品質のものを生み出しただけなのだといえる。大発明など必要ないのである。


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# by kurarc | 2018-11-17 11:12 | design

映画『台北カフェ・ストーリー』

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台北でカフェをオープンした姉妹の物語。全く性格も生き方も異なる姉妹が、物々交換をテーマにカフェを営んでいく。その中で、「もの」にはそれぞれ固有の物語があり、「もの」の価値はそれぞれの記憶、思い出など人の心が決めるものだと気づいていくが・・・

魅力的な映画である。こうしたある意味で軽い映画が最近、心地よい。映画には映画監督の思い入れがあるのはわかる。しかし、その映画を観るものには重さに耐えきれないときもある。一時、キム・ギドクの映画を集中して観た時期もあったが、今は観ることができない。あまりに残酷なシーンが多く、なぜそうしたシーンを観せられなくてはいけないのか、と疑問に思ってしまう。

映画『台北カフェ・ストーリー』は爽やかさが残る映画である。姉は勉強を母から押しつけられ、妹は世界旅行を押しつけられ育ったが、今度は姉が世界旅行へ旅立つことになるが、その理由はなぜか・・・

映画の中の音楽がよい。また台湾のミュージシャンを発見した。雷光夏という女性のシンガーソングライターである。50歳?くらいの女性であるが、その声を聞くと50歳とは思えない。日本で言えば大貫妙子のような感じだろうか?アジア人のボサノヴァと言えるような語りかける音楽である。残念ながら歌詞はわからないが、映画とのコラボレーションが絶妙である。それにしても、やはり台湾は興味深い。

*この映画のストーリーは、映画の中の台詞にも登場する「カウチサーフィン」(海外旅行などをする人が他人の家に宿泊させてもらえるという仕組み)というシステムがヒント(下敷き)になっているようだ。

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# by kurarc | 2018-11-15 22:17 | cinema

映画『ポルトの恋人たち 時の記憶』

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先日観たポルトガル(ポルト)を舞台とした映画『ポルト』に続いて、ポルトガルと日本(浜松)を舞台とした映画『ポルトの恋人たち 時の記憶』を鑑賞。

映画は2部からなる。第1部は18世紀。リスボン大震災後のポルトガル、リスボンが舞台。復興にかり出された日本人奴隷を柄本佑と中野裕太が演じる。第2部は東京オリンピックが終了した2021年の日本(浜松)。外国人労働者が働く日本が舞台。この二つの時代に時間を超越した男女の恋物語が重ねられる。

アクチュアルな映画である。日本における3.11のカタストロフィ、そして現在、外国人労働者の法案がもめている時期でもある。その問題を先取りしたような題材を日本とポルトガルという二つの世界から描いている。まったく無関係といえるような出来事にもある必然性があるのではないかと思わせる映画である。

日本人俳優ふたりの間に立つポルトガル人女優アナ・モレイラがよい。彼女は映画『トランス』や『熱波』以来。ヨーロッパ人の女優の中で、どこの国とも異なるポルトガル人女性としか思えない彼女の佇まいがよい。個性的な女優である。フランスで言えば、イザベル・ユペールであろうか。そうした女優を感じさせる。

この映画は決してポルトガルを美化していないのもよい。リアルな時代と同時代を描いている。そして、「ジャポネイラ」とポルトガルで呼ばれる椿の花にからむラストシーンがよかった。

*たとえば、わたしがポルトガルに住むようになったのも、単なる偶然とは思えない。もしかしたら、わたしの祖先の中にはポルトガルに連れて行かれた奴隷がいたのではないか?または、ポルトガルが支配していたマカオと交流があったのではないか?などと思うことがある。わたしはそうした祖先の軌跡をたどることになったのではないか?その理由として、わたしは沖縄から台湾、そしてタイを通過してヨーロッパへ向かったのである。まさに祖先が通過していったであろう?軌跡をたどっていったような旅路を歩んでいるのである。

*映画のタイトルは今ひとつ。原題 ”Lovers on borders" をうまい日本語に変換できなかったのだろうか。

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# by kurarc | 2018-11-11 20:49 | cinema

雑誌SD 『音楽のための空間 1989年10月号』

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久しぶりに雑誌SD(古書)を購入した。特集は『音楽のための空間』である。国内外のコンサートホールが数多く紹介されていることと、ホールの特性や楽器、例えばピアノの音の伝達方向などのコラム記事が収録されている。

ピアノの音について、郡司すみ氏(当時 国立音大教授)による興味深いコラムがあった。ピアノという楽器は、ヴァイオリンやトランペットのように携帯できる楽器ではなく、演奏音の一部が直接床に伝達されるために、建築構造内部にピアノの音が深く関わることになる、と郡司氏は指摘する。ピアノを演奏するための建築、空間は建物全体がピアノを含んだ楽器としてとらえなければならないことになる。(チェロなども同様かもしれない)

また、ピアノの特性上、ピアノは舞台のある位置に固定され、演奏されなければならない。そのことは必然的にピアノの音の方向性を注視しなければならないことにつながる。郡司氏は、ユルゲン・マイヤー氏が行ったピアノ音源の測定を紹介しているが、その測定によれば、ピアノの多様な音は、鍵盤の延長上(奏者の右側に伸びる線)を中心として左右に5度振れた狭い範囲に集中するということである。つまり、ピアノコンサートを聴く場合には、鍵盤の延長上の席で聴くのがもっともよい、ということになる。

その他、建築家の吉村順三氏や、様々な音響設計者のコラム記事が豊富に紹介されている。かつて、SDはこれほど力の入った雑誌を出版していたのか、と改めて驚かされた。音響に興味のあるものには必見の特集と言えるだろう。

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# by kurarc | 2018-11-07 22:26 | books

台湾映画『遠い道のり』

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不思議な映画であった。ストーリーのようなものはない。不倫をする女性(写真:この女性を演じたグイ・ルンメイ)、別れた恋人に台湾の東海岸の音をカセットテープに録音し送り続ける録音技師の男性、精神を病んだ精神科医の3人の生活が同時に進行する。カセットテープは、たまたま別れた男性の彼女が住んでいたアパートに不倫する女性が住んでいて、その女性が封を開け、その音に興味をひかれる。この3人がどのような接点をもつようになるのかが気になってくる。男と精神科医は偶然に出会うのだが、女性の方はどうなるのか?

この映画はこうしたひと癖ある男二人、女一人がそれぞれ台湾の東海岸へ旅をすることになる。そして、その美しい風景に最終的には救われるような流れとなるが、本当に救われたのかどうかはわからない。多くの余韻を残してラストシーンを迎える。

台湾映画をこのところ続けて観ているが、少し気になってきたのは、ヨーロッパ映画から引用されたと思われるシーンの展開の仕方である。この映画ではテープ(音)を届けるというシーンは、たとえば、わたしの好きな映画『ふたりのベロニカ』で重要なシーンとして展開されている。台湾映画を観ているとこうしたヨーロッパ映画からのヒントを映画にしている場面が数多く見受けられる。引用の仕方の成功しているものもあり、失敗しているものもある。引用することはどのような名画にもあるので、悪いことではないが、その引用の仕方のセンスは問われることになる。

この映画で特によかったのはラストシーンの後に流れる音楽である。ARA KINBOというミュージシャンだが、ファドのような情感を感じる歌声。台湾音楽も奥が深そうである。


*16世紀、ポルトガル人が台湾近海を通過し、台湾の自然豊かな情景をみたとき「formosa」(ファルモーサ 美しいの意)と呼んだ、といったことが台湾に関する本を読むと出てくるが、発音は「フォルモーザ」である。この映画でもこの言葉が印象深く使用されている。



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# by kurarc | 2018-11-05 23:55 | cinema

中沢新一著『古代から来た未来人 折口信夫』

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地元の書店で空き家に関する書物を探しているときにたまたま目にし、購入した書物である。民俗学の書物を最近読んでいなかったことと、中沢新一が折口信夫についての書物を書いていることは知らなかったため購入。

ちくまプリマー新書はおよそ高校生までを対象にした新書だと思うが、その内容は大学教養課程程度のレベルだと思われた。折口の古代論、「まれびと」論から芸能論、最後には神道、宗教論まで幅広く取り上げられている。折口の入門書と言ってよい内容であった。

興味深かったのは、わたしが「古代」といって思い浮かぶ奈良時代は、中沢にとっては古代ではないということ。中沢にとって奈良時代はむしろ古代人の心の理解が希薄になりかけた時代と認識されていることである。つまり、奈良時代とは都市社会であり、極端に言えば、すでに自然と一体感を失った我々と同じような社会であったのである。

中沢は折口が古代人の特徴としてとりあげた類化性能(アナロジーを感じる能力)に長けていたことから、日本では「神」という言葉より、「タマ」と呼ばれる霊力を評価する。むしろ、「タマ」は「神」よりも原初的な「精霊」といってよいものであったということである。

後半では折口の戦争体験から神道の宗教化への思想などについて触れているが、このあたりは難解で、折口の著書の熟読が必要となりそうであるが、折口が超宗教として神道を捉え直そうとしてた?と読めたが、このあたりは門外漢のわたしにはよく理解できなかった。

それにしても、水平神としてのまれびと論など、わたしがかつて沖縄に住んでいたこともあり、あまり珍しい認識ではなかったが、柳田国男などの民俗学が主流であった日本において、まれびと論などを論じることは相当勇気のいることであったに違いない。折口の著作を少しずつでも読んで見たくなった。そして、彼の小説なども。

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# by kurarc | 2018-11-04 15:16 | books

ヴァイオリンと天井高さ

現在、日本で著名なピアニストの方の防音室デザインをお手伝いしている。

その打ち合わせで気づいたことだが、天井高さを気にされたことである。ヴァイオリンを弾く方と防音室で演奏されるようで、ヴァイオリンは弓を引き上げたときに身長170cmくらいの方だと天井高さは最低2.1m必要になるとのこと。

わたしは楽器の演奏と演奏に必要な空間について全く考えたことはなかった。特に動きの激しいヴァイオリンのような楽器では、その演奏と演奏者を取り巻く空間について把握しておくことは重要である。

また、空調機の設置位置についても指摘された。ピアノに温風が直接あたるような位置へエアコンを設置することは避けたいということであった。

今回、恥ずかしながらベーゼンドルファーというオーストリアのピアノについても初めて知った。ヨーロッパではその都市(あるいは国)によって音の好みが異なる。特に、オーストリアのウィーンのような音楽都市はなおさらである。トランペットにおいて、ウィーンの音があることは以前から知っていたが。

東京という都市はどのような音が好みなのだろう?音に対するプライドは東京にはあるのだろうか?楽器に限らず、東京でしか存在し得ないもの、東京でしかつくれないものをなにかつくりたい気がしてきた。

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# by kurarc | 2018-11-02 23:47 | music

韓国映画『建築学概論』

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建築に携わるものとして、このタイトルに惹かれ、ずっと観ようと思っていた映画である。

建築家ともと付き合っていた彼女との物語。過去と現在が折り重なるように映像化される。最後に、建築家はその彼女の住宅をつくることになるが・・・

ラブストーリーとしてよくできていた。笑えるような場面もいくつかあり、楽しめる映画であった。韓国ではかなり流行ったようで、実際につくられた住宅は現在カフェとして利用されるようになったという。(映画でつくったものとはデザインが多少変更されたようだ)

やはり興味深かったのは、映画の中で実際に建築学概論の講義が行われるが、その課題の出し方である。ある課題は、自分の住む街を旅し、観察し、写真に収めなさいといった課題。またある課題は自分の住む街から「遠い」ところとはどういうことか考えなさいなど、建築だけでなく、都市的な視点を考えさせるような課題であったことである。

実際に設計された住宅も興味深かった。フラットルーフの上に瓦屋根が載り、フラットルーフ部分は芝生で覆われていた。屋根が芝生の上に帽子を被せたように載っている感じである。屋根から流れた雨水は芝生の上に注がれ、その芝生はルーフガーデンにもなっている。

建築をテーマとしたもの、あるいは建築家が主人公の映画はたまにあるが、建築事務所の中が舞台となることは珍しい。そうした意味で、この映画は希少価値がある。しかし、映画『ル・コルビュジェの家』のような毒のある映画を知っているが故に、少し物足りなさは残った。

*最近観た台湾、韓国映画での共通点、それは、恋人たちが音楽を共有する場面である。こうしたシーンを観るとわたしが思い出すのは映画『ラ・ブーム』の印象的なシーンである。この映画から影響を受けてつくられたことは予想できる。それだけ、『ラ・ブーム』はアジアにも浸透していたのだろうか?

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# by kurarc | 2018-10-30 00:38 | cinema

神代植物公園 バラと音楽

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秋のバラの季節、神代植物公園バラ園に出かけることが習慣になってきた。今日は天気もよく、バラは満開。

たまたま午前11時からコンサートがバラ園ステージで行われるということで、演奏も鑑賞。演奏は"TRIO KARDIA"(”KARDIA"とはギリシャ語で「心」を意味するという)という国立音大卒業の女性トリオ。ピアノ、バイオリン、フルートという3人編成。天気がよく、背景に満開のバラを眺めながらの演奏はすばらしく、CDを販売していたこともあり、映画音楽を集めたCDを購入。

どのような曲が入っているのかもわからず購入したが、「ラ・ラ・ランド」や「ロシュフォールの恋人たち」といった大好きな映画の曲が並ぶ。コンサートを聴きながらピアソラの曲をやってくれたら、などと思って聴いていると、アンコールでピアソラのリベルタンゴを演奏。(こうした曲はすでにポピュラーになったことを実感する)

多分わたしの娘のような世代であるから、この世代とは音楽の趣味が合うのかもしれない。ブログで早速紹介しておく。

*バラの写真はフランスのバラ。名は”Destiny"(避けがたい運命)


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# by kurarc | 2018-10-28 13:59 | nature

映画『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』

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以前から観たいと思っていたエドワード・ヤン監督の映画『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』をやっと観終わった。4時間近くの映画である。こうした上映時間の映画は最近ではあまりお目にかかれないが、こうした長時間の映画を観るのはベルトリッチの『1900年』以来かもしれない。

問題作である。この映画を理解できる日本人は数少ないと思われる。わたしが受けた印象は、アンゲロプロスと小津、溝口の映画を同時に観ているような印象であった。この映画を理解するためには、台湾の1960年前後の台湾人心理を知っていなければならないし、もちろん、台湾の戦後史を理解していなければならない。

実際に起きた少年の殺人事件をもとにヤン監督が映画にしたものだというが、この映画はホウ・シャオ・シェン監督の『悲情城市』の影響もあったに違いないし、台湾の民主化の影響にもよるだろう。台湾人が冷静に台湾の戦後を見つめること、表現することが許される政情になったことがこの映画の出現する大きな要因になったことは間違いない。

こうした「暗い」映画を好んで台湾人が観るとは思えないが、ヤン監督にとって表現しなければという衝動を抑えきれなかったのだろう。外省人の苦悩、そして戦後にも消えない日本の陰についてこれほど濃密に表現した映画はこの映画以降ないのではないか。

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# by kurarc | 2018-10-27 11:38 | cinema

Archiscape


by S.K.
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