『琉球祭祀空間の研究:カミとヒトの環境学』(伊従勉著)を探しに



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今日は東京都立中央図書館に、上記の著書(論文)を探しに訪ねた。

中央図書館は久しぶりである。何か専門的で希少な著書を読むためには、東京ではまずここに頼るしかない。ここになければ国会図書館だが、国会図書館は日曜日に開館していないという致命的な欠陥がある。これは日本の図書政策の欠陥と言えるだろう。

東京都立中央図書館が優れているのは、開架の蔵書が豊かであるということである。国会図書館のようにすべて収蔵庫に保管されている状態では、偶然に良書を発見するということは不可能である。今日も上記著書だけでなく、近刊の良書をいくつか写真に収めてきた。

中央図書館は日曜であるにもかかわらず、この図書館を利用する都民は少ない。逆にいつでも座席が確保できるのでありがたい。都民で書物を好むものは少ないのだろうか?というこのわたしも、久しぶりに訪れるようでは問題がある。こうした優れた図書館は毎週にでも訪れるようでなければいけないのである。

上記著書は、「女性司祭の現代の年中祭祀の見聞を通して、近世の琉球祭祀世界の変貌を描き出すことを、本書は主題としている」と序にある。膨大は著書でありちょっとやそっとでは読み切れるような著書(論文)ではない。優れた研究者の力の入った論考と言えるものである。この著書は先日、沖縄の後輩であるO君から紹介された。いつもこのような大著を紹介してくれる。今年10月末から11月の初めにかけて沖縄を訪ねるが、それまでにどの程度本書の内容を理解できるのか、多分、1/10程度しか読むことができないと思われるが、なるべく理解を深め、今年の旅を実り多いものにしなくてはならない。

# by kurarc | 2026-04-19 17:36 | 沖縄-Okinawa

『前川建築と国立音楽大学』コンサート&レクチャーに参加



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昨日、国立音楽大学で開催された上記タイトルの催しを聴講。国立音楽大学の校舎の数多くが、前川國男の設計によるものであることを初めて知ったが、その中心となる講堂で開催されたコンサート&レクチャーである。

はじめに、講堂に設置されたパイプオルガンによるコンサートがあり、バッハの「トッカータとフーガ ニ短調 BWV565」とC.W.ヴィドール作曲による「オルガン交響曲第5番ヘ短調 作品42-1より」終楽章「トッカータ」が演奏され(演奏:新田朝香)、講堂の響きを確認。その後、前川建築設計事務所所長の橋本功氏により、前川建築のホール建築の流れをはじめ、日本における舞台空間の歴史を踏まえたレクチャーが行われた。非常に内容の濃いレクチャーであり、音楽好きであったという前川によるホール建築へのこだわりの強さを窺い知ることができた。

特に興味深かったのは、通常ホールでは残響時間により、一方的にホールの良し悪しを判断するような風潮があるが、それは間違いであるということ。残響時間は、そのホールをいかに使用するのかといった目的により異なるということである。ちなみに、国立音楽大学の講堂(大ホール)では、残響時間は通常のホールより短めであり、その分、演奏者の発する音はシビアに響くとのこと。アンサンブルのような場合には、その力量の差が明確にわかってしまうホールであるという。つまり、ここで演奏する奏者の実力がはっきり出やすいため、学生には厳しいホールであるという。

講堂内部、外部ともに、前川らしい堅実なつくりであり、軽さとは無縁の建築である。中庭に設置された彫刻(下写真)の大きさと動きがこの建築とバランスが取れていて、感心した。こうした彫刻は多くが大きすぎたり、大袈裟すぎるような場合が多く、ないほうがよいのにと思うことがしばしばであるが、流石にその点、彫刻の大きさやモチーフまで気を使ったに違いない。

国立音楽大学では100周年を迎えたということもあり、建築と音楽をテーマにレクチャーを行うことを企画したということだが、こうした試みは初めてのことだという。建築を学ぶものとしては、こうした企画を今後も続けていってほしい。音楽と建築との連関は想像以上に深いと思われるからである。

パイプオルガンを久しぶりに聴く。今年は特に、建築と関係の深いパイプオルガンのコンサートに通うことにしたい。




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# by kurarc | 2026-04-12 10:18 | 建築活動記録

ブログ20周年

今日、このブログを始めて、20年が経過した。20周年である。

始めた頃は、このように長く続けることはもちろん考えていなかった。ブログを始めて4、5年くらい経った頃だろうか、最低でも毎月1度は更新しようと思うようになり、それから、病気で長期入院するようなことがあった時でも、パソコンを病院に持ち込んで更新していき、毎月必ず更新し続けている。

私的な備忘録の域を抜け出ることはできないが、過去にこんな本を読んでいたとか、こんなことを考えていた、といったことに気づかされ、自分で自分に驚かされることがある。現在より、物事を深く考えていたような場合もしばしばだからである。

現在、SNSの台頭もあり、ブログはもはや時代遅れと見做されているようだが、わたしにはこの形式がよく合っている。だから、20年続けられたのだと思う。今後も、この調子で力を入れ過ぎず継続して行くつもりである。

ブログ開始当初はコメント欄を設けていたが、イタズラをされることもあり、そのコメントを消去する手間を省くため、コメント欄は中止した。

# by kurarc | 2026-04-09 20:29 | 建築活動記録

アラビア文字事始め



三鷹ネットワーク大学主催による「はじめてのアラビア語」講座に参加した。およそ2時間30分の講座で、アラビア文字を一通り学ぶという講座である。アラビア語をマスターしたいというような大それた願望を持って、参加したわけではない。アラビア文字に興味を持ち、どのような仕組みになっているのか知りたいと思い、参加したに過ぎない。

2時間程度という短い時間であったが、一通りアラビア文字を学習することができた。アラビア語は一単語を連続した文字(接続形)として表記すること、つなげて書く場合、語頭、語中、語末により表記が変わること、母音は「あ」、「い」、「う」の3つしかないこと(「え」は「い」を、「お」は「う」をあてる)、それらは、母音記号(アクセント記号のようなもの)で表すこと、連続形を行わない文字が6つあることなどを学ぶ。

最後に、自分の名前をアラビア語で表記するまでで終了。アラビア語は文字の表記通りに発音がなされるらしく、英語のように複雑な発音はないようだが、日本語の音にはない発音が数多く含まれる。(例えば、喉の奥から発音するような「は」であるとか、喉を震わせる「は」のような音etc.)

こうしたわずかな時間でも、まったく知らなかったアラビア文字に触れるだけで、かなり親しみが湧く。興味をもったものには何にでもチャレンジすることは大切である。アラビア語ももう少し学習してもよい気がしてきた。




# by kurarc | 2026-04-04 23:26 | Islam (イスラーム)

一才桜旭山 満開



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今朝、一才桜旭山が満開となった。このような形で桜を楽しむのもよいものである。桜がより身近に感じられ、蕾の状態から開花までの様態を間近に感じられる楽しみは予想以上に興味深いものであった。

花びらが散った後の手入れを怠らず、来年も美しく開花できるよう、大切に育てようと思う。



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# by kurarc | 2026-04-03 21:25 | nature(自然)