マドレデウス 『陽光と静寂』再び



マドレデウス 『陽光と静寂』再び_b0074416_17325831.jpg




2年ほど前 (2022年8月7日)にもこのCDをこのブログで取り上げた。繰り返し聴きたくなるCDのうちの一つである。その時にも書いたが、マドレデウスのCDの中で最も気に入っているCDかもしれない。メロディーにのびやかな曲が多いのも気に入っているし、わたしの場合、どの曲がトランペットで演奏するのに合うのか、という耳で聴いてしまうことも多いが、このCDでは、こうしたわたしの願望を満たしてくれる曲が多い。

このCDのタイトルは直訳すれば『平和の精神』である。これを日本版では『陽光と静寂』と名付けた。この時点では仕方のないことであったかもしれないが、もし、このCDが現在発売されたのなら、このタイトルとは異なったものになったはずである。このCDは明らかに発売された当時、紛争が激化していたユーゴスラヴィアを念頭につくられた(「OS SENHORES DA GUERRA」(日本語訳 「戦士たち」)の歌詞に注意)と思われる。リダー、ペドロ・アイレス・マガリァンイシュの歌詞は決して明るいものではないが、その簡潔なポルトガル語はどの歌詞も美しい。日本版CDにはポルトガル語の歌詞の下に英語訳(ペドロ・アイレス・マガリァンイシュによる)があるし、国安真奈さんの日本語訳も記されているから、ポルトガル語が理解できなくても、歌詞の内容の理解を助けてくれるだろう。

このCDのポルトガル語は特に簡潔であるから、ポルトガル語を学ぼうとするものにも適しているし、ポルトガル語の詩(歌詞)の美しさを味わうことができる。また、その歌詞に合わせた伸びやかな曲は、現在の日本で流行する音楽とは正反対である。これだけ紛争が世界各地で展開するのに、テレビから流れてくる曲は能天気なものばかりで、それはメディアの選択でもあるのだろうが、現在の状況を歌にするミュージシャンはライブハウスで地味に活動するラッパーくらいかもしれない。

またこのCDは、ボーカルのテレーザ・サルゲイロの声が最も成熟した頃であり、その声に惹きつけられる。ライナーノーツのなかでグレゴリオ聖歌との類似を指摘されているが、30年以上経過したCDであっても色褪せることのないのは、彼女の声の輝きによるのだろう。

新生マドレデウスも結成され、新たに魅力的な曲をつくっているが、残念ながら、この当時の勢いはないようである。ポルトガル本国でも時代遅れ(保守的な音楽)のグループのように扱われているのかもしれない。わたしは決してそのようには思わない。また、日本の地で彼らの音楽が聴けることを期待したい。

「OS SENHORES DA GUERRA」の歌詞の中に、

Já não há memória de paz na terra. ( No one remembers peace, anymore. ) というフレーズがある。

これを国安さんは、「地上には すでに平和の影すらない」と訳されている。「memória」を「影」と訳されたのは真に名訳である。


# by kurarc | 2024-03-17 17:32 | Portugal(ポルトガル)

渋谷 名曲喫茶ライオン再訪



渋谷 名曲喫茶ライオン再訪_b0074416_08423771.jpg



昨日、久しぶりに渋谷のライオンを訪ねた。クラシック音楽の好きな方はよくご存知だと思うが、いわゆる、名曲喫茶である。創業は1926年。あと2年で、創業100周年を迎える。

わたしが初めてこの喫茶店に入ったのは20代後半であったと記憶している。すでに35年以上が経過したことになる。当時、あまりお客の数は多くはなかったし、店内が満席の場合も見たことがなかった。大学院に通っている時、この店の地下室で会議を行ったこともあるが、現在はどうなっているのか。カビ臭かった部屋の記憶が懐かしい。

しかし、昨日は驚いたことに店内は満席状態で、特に若者の方々が多いこと、また、外国人(多分、ツーリスト)の方々が多いことが目立った。どうも、渋谷の知名度が高くなったこともあり、海外向けのガイドブックにも掲載されているのだろう、観光地化された喫茶店に変貌したようである。

コンサートと呼んでいる各月に決まったプログラムでレコード(またはCD)を聴かせてくれる。午後3時と7時に始まるため、昨日は3時に訪れ、ハチャトリアン(ハチャトリアン自身の指揮による)の組曲スパルタクスとガイーヌを聴く。その後、3、4曲、リクエストに応える曲を聴いた。その中で、特に印象深かったのは、バッハのシャコンヌ(ブゾーニ編曲によるピアノバージョン)で、演奏は広瀬悦子によるものであった。シャコンヌはヴァイオリンかギターでの演奏しか聴いたことがなかったため、その編曲の大胆さと圧巻の演奏は素晴らしく、日本人ピアニストの層の厚さには驚かされた。他人がリクエストした曲を聴くことは、思いがけない名盤に出会うことになり、自らの音楽世界を広げることに役立つため、こうした名曲喫茶は貴重な場、空間である。

いつも配布されるパンフレット(上写真(表側)、裏側には今月のプログラム半月分が掲載されている)も美しくなり、かつて配布されていた地味なものとは変化していた。コーヒーは一杯650円と高額だが、その値段を支払う価値は十分ある。せめて1ヶ月に1度くらいは通いたいな、そう思いながら店を後にした。

# by kurarc | 2024-03-10 08:42 | music(音楽)

建築家 佐々木宏さんの建築本



建築家 佐々木宏さんの建築本_b0074416_09060530.jpg



本棚の奥に佐々木宏著の『二十世紀の建築家たちⅠ、Ⅱ』が仕舞い込まれていた。長い間この著書を開いていなかったが、ここで取り上げられている建築家たちのユニークさは、今見ても驚かされる。1973年の出版であるが、博覧強記として知られる佐々木氏の世界がこの著書で開花したように思える。

佐々木氏とは短い時間だが、一度、小田急線の中で話をしたことがある。佐々木氏の講演会の後、ホームでバッタリお会いし、そのままお隣の席に座らせていただき、雑談したのである。その時、強烈に印象に残った会話は、

「ギーディオン著『空間 時間 建築』の日本語訳が出版される前に、わたしは原書ですでに読み終えていたよ・・・」

とおっしゃっていたことである。

佐々木氏の著書は数冊は所持しているが、このところ、『二十世紀の建築家たちⅠ、Ⅱ』のように、本棚の奥に隠れている状態であった。建築に関する膨大な著書が出版される中、真に有益なものは何かについて考えなくてはならない。残された時間には限りがある。この辺りでもう一度まとめて佐々木氏の著書(著書だけでなく訳書も多い)について読んでみたくなった。佐々木氏が追求してきた近代建築についてもう少し深く知りたいことと、在野の建築家、建築研究者で通した佐々木氏の気迫、そこから何を掴んだのか確かめたいからである。



建築家 佐々木宏さんの建築本_b0074416_09061555.jpg

# by kurarc | 2024-03-08 09:04 | architects(建築家たち)

サバ缶でつくるリエット


青魚を食べるとよい、と盛んに言われるようになった。その際、最も手軽なのがサバ缶であろう。そのまま食べてももちろんよいのだが、ひと工夫したい。サバカレーくらいしか今までつくってこなかったが、何か他によい使い方はないか、と日頃から思っていたが、たまたま見たYoutubeでサバ缶を使ったリエットのつくりかたを紹介していたので、わたし流のリエットをつくることに。

材料を見ると、クリームチーズを使っていたので、こちらはカロリーのことを考えカッテージチーズに変更した。また、スパイスについては記述がなかったので、臭みを消す効果と香りづけにシナモンを加えてつくることにした。

最終的な調理材料は以下の通りである。


*サバ缶 180〜200g(1缶、よく水を切ること)
*カッテージチーズ 100g(サバ缶の1/2にした)
*発酵バター 20g
*オリーブオイル 20g
*粒マスタード 小さじ1
*レモン汁 適量
*塩 適量
*黒胡椒 適量
*パセリ 適量
*シナモン 適量


以上をブレンダーで掻き混ぜるだけである。材料の準備を含めおよそ10分もあればできあがる。サバ缶がフランス的な爽やかな食材に変化して、美味しい。それぞれ具材の割合は、好みで調節する必要があると思う。

リエットに近いものにタプナードがある。黒オリーブ、ニンニク、アンチョビフィレ塩漬け、ケイパーのピクルスなどにオリーブオイルを少しずつ加えながら、すり鉢でつくるのが伝統的なつくりかたである、ということをアラン・デュカスの料理本でかつて教えてもらった。

このリエットも、タプナードの具材を取り入れながらハイブリッド・リエット+タプナードをつくっても美味しいかもしれない。

現在、パンはほとんど食べていない。自らガレットもどき(そば粉と米粉でつくる)をつくって、冷蔵庫で保管し、朝食ではそれを温め、カッテージチーズや鮭のフレーク、リンゴジャムほかをのせて食べている。こちらにリエットを加えたいのである。今回サバ缶でつくったが、鮭缶などでもよいかもしれない。その時には、また異なるスパイスを選択する必要があるだろう。

アラン・デュカスの料理本(Nature simple,sain et bon、世界文化社)には、その他、ディップ的なものとして、ピストゥー(バジル、ニンニク、パルミジャーノチーズ、松の実などでつくる)、グアカモレ(アボガド、トマト、玉ねぎなどでつくるメキシコのディップ)、フムス(ひよこ豆、玉ねぎ、にんじん、ねり胡麻などでつくるトルコほかアラブ圏のディップ)などが紹介されている。

# by kurarc | 2024-03-04 17:00 | gastronomy(食・食文化)

高橋アキさんのサティ



高橋アキさんのサティ_b0074416_20533687.jpg



最近のブログで、コープランドやメシアンなどの現代音楽家についてサラッと触れたが、いつも最後に戻ってくるのはサティの音楽である。それも、高橋アキさんが最初に録音した、「サティ・ピアノ音楽全集<第1集>」である。録音は、1979年、1985年、1988年に行われている。高橋さんはその後、新たにサティを録音しなおす試みを行なっている。その経緯については、ユリイカ2016年1月臨時増刊号『エリック・サティの世界』に記されている。

この新しい録音は、イタリアのウンブリアにある教会で、ファツィオーリのピアノで録音されたという。こちらはまだ聴いたことはないが、わたしは多分、こちらより、今手元にある最初の録音の方をよしとするのでは、と感じている。それは、今まで何度も聴き続けた録音であるし、何度聴いても新鮮さが感じられる録音だからである。

最近特に気に入っているのは、「オジーブ<4曲>」(1886)である。「オジーブ」というゴシック建築の用語が使用されていることもあるが、この楽譜においてすでにサティは調号記号を付けず、小節線も拍子記号も削除された楽譜として曲が表現されている。そうした曲の詳しいコンセプトについては、CDに付属したライナーノーツを担当した秋山邦晴氏による詳細な解説が役にたつ。特に、秋山氏による旋法(ジャズでいうところのモード)の分析は、わたしのような素人にはありがたい。

Youtube上で、さまざまな演奏家の「オジーブ」を聴いてみても、やはり、高橋アキさんの和音の音の美しさに優る演奏は今まで聴いたことがない。それがなぜなのかはピアノ演奏に詳しくはないのでわからないが、最初期の録音と同時期に刊行された『エリック・サティ ピアノ全集』の第1巻に高橋アキさんによる「エリック・サティ ピアノ曲演奏についての注意(留意点)」がある。そこに「オジーブ」の演奏での指使い(運指)の解説があり、そのヴァリエーションに関する言及がある。この辺りが他の演奏家と差異を生んでいるのではないか?と勝手に想像している。

「オジーブ」は、サティがパリ・コンセルヴァトゥールに入学したものの、教師に才能がないと言われ、ノートルダム大聖堂に一人こもりながら、読書に時間を費やした時期に作曲されたものだという。この曲には、そした孤独の中でもがきながらも、以後展開するサティの革新的な作曲法がすでに垣間見られ、開花する手前の花の蕾の状態が感じられる。「ジムノペディ」といった名曲もこの時期のものだが、こうした状況を高橋アキさんの演奏は見事に汲み取り表現しているから、きっといつも新鮮な響きが持続できるのではないだろうか。

「オジーブ」のような和音を同時に響かせる曲の場合、ピアノの機種により、その響きに大きな差異が現れることがわかる。低音が響くのか、あるいは、高音が響きやすいのかといった差異は、そのバランスにより曲の印象もガラリと変化する。高橋アキさんの初期の録音はどの機種のピアノで弾いたのか記述がないが、透明感ある響きを感じる。


# by kurarc | 2024-03-01 20:51 | music(音楽)