重要文化財 杉本家住宅

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親しくしていただいている英文学者のY.I.先生より、段ボールを整理したら、昔の資料が出てきたので、といって、新聞に投稿した書評や批評の切り抜きをpdfにて送付いただいた。

その記事の中に、杉本秀太郎著の『わたしの歳時記』の書評があった。わたしは杉本氏の著書を読んだことはなかったので、調べてみると、彼の実家が京都で重要文化財の杉本家(上写真 公益財団法人 奈良屋記念杉本家保存会HPより借用)であることがわかった。この京町家を初めて知って、今まで何をしに京都へいっていたのかと後悔した。

杉本家は、表通りに面する店舗部と裏の居室部を取合部でつなぐ表屋造りという建築形式で、京格子、出格子、土塗りのむしこ窓をはじめ、座敷庭、玄関庭、店庭、露地庭、坪庭、屋内の走り庭など、様々な庭をしつらえる京町家の中でも最大級の町家であり、保存状態もよいとのこと。(HPより)

次に京都へ行くときは、必見の町家だろう。公開は、土日に限定されているようだ。


# by kurarc | 2020-10-26 13:28 | architects(建築家たち)

三鷹市南部 仙川流域

先日、三鷹市南部の仙川流域を歩く機会があった。住所でいうと、新川2丁目周辺である。わたしは三鷹市生まれだが、三鷹市でも北部の中央線寄り、井之頭公園寄りの地域で育った。こちらは、玉川上水など緑豊かな地域であり、環境に恵まれた地域であるが、住宅地化され、ほとんど畑や果樹園などは見ることはできない。

それに比べ、三鷹市南部は、畑や果樹園がいまだに多く、田園的風景を残している地域がある。駅には徒歩圏ではないが、その分、のどかで、子育てには向いている地域である。わたしが歩いた仙川流域も、それまで気がつかなかったが、戦国武将、柴田勝家の孫、柴田勝重が治めた地域であり、彼ゆかりの神社、勝淵神社が今でも残っていた。

また、湧水池跡も復元され、小さな公園になっており、仙川の湧水地の原型を感じさせる場所も健在であった。三鷹でも大沢周辺は、野川ののどかな風景が広がり、こちらも好きな場所の一つであるが、三鷹市南部の仙川流域はわたしにとって死角のような場所であり、もう少し散策してみたくなった。新川から、京王線の仙川駅あたりまで歩くのがよいかもしれない。仙川は、野鳥の数も多く、三鷹市民にはあまり知られていない野鳥の穴場の一つかもしれない。

# by kurarc | 2020-10-25 18:45 | 三鷹-Mitaka

Bottega Ghiandaの木工製品

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Bottega Ghianda(イタリア語で、ギアンダ工房の意)の仕事が、数年前、CASAブルータスなどで紹介されていたが、改めてその木工製品の精度と品の良さ、イタリアらしさに感心する。

Bottega Ghiandaは、1889年、Iginio Ghiandaによって小さな工房(ボヴィジオ・マシャーゴで設立。ミラノとコモとの間にある街)から出発した。設立当初は、フローリング材(象嵌細工のフローリング)を、その後、木製プロペラをつくるようになり、1920年頃から家具に進出するようになる。戦後、息子のピエルルイジとジョゼッペにより工房は引き継がれていく。

Bottega Ghiandaを名だたるものにしているのは、著名な建築家とのコラボレーションからである。戦前では、ジオ・ポンティが、最近だと、マリオ・ベリーニらが、この工房との協働作業の中から、完成度の高い家具を生み出している。

Bottega Ghiandaがつくりだす木工製品や家具を眺めていると、デザインされた線にいやらしさのないことが大きな特徴である。木工製品で曲面を使うと、その曲面、曲線によっては下品な感じになってしまうことが多々ある。しかし、Bottega Ghiandaの製品には、小さいものから大きな製品に至るまで、すべてに品格が感じられ、デザインが抑制されながらも、ミニマリズムに萎縮していることもない。こうして生み出された製品は単にデザイナーの力だけではないはずである。Bottega Ghiandaでは、デザイナーとの対話の中から、必然的に高水準の木工製品に収束していくような力が働くのだろう。

真にイタリアを感じさせるデザインが生み出される背景には、バランス感覚と木のジョイント部に対する優雅な解法がかかわっていると考えられる。日本にもこのような工房ができてほしいし、もしかしたら、どこかに存在するかもしれないが、木を扱う工房の模範とすべき仕事といってよいだろう。

*上写真:Bea de Giacomoによる。

*下:アルヴァロ・シザ・ヴィエイラによる「Helena」と名付けられた携帯用本棚もBottega Ghiandaによる。
(Bottega Ghianda HPより借用)

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# by kurarc | 2020-10-21 15:39 | design(デザイン)

英語圏の音名表現について

You Tubeで音楽理論を学習している。以前にも紹介したが、わたしが今聴講しているのは、「クライン音楽大学」というチャンネルで、やっと、54レッスンまで終えたところである。

53、54のレッスンの中で、移動ドの考え方とともに、音名の英語表現の話が出てきた。われわれは、通常、Cメジャースケールであれば、ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ドと誰もが発音すると思う。しかし、アメリカでは、まず、シはTi(ティ)と発音されるという。

それでは、ドのシャープはなんと発音されるのか?ミ・フラットは?日本でこの発音について学んだ人は、音大へ進学した人くらいなのではないか。英語圏ではそれぞれ、ド・シャープであるとか、ミ・フラットであるとかの発音は決まっているのだそうだ。以下に書いておこう。

ド(Do ド)、レ(Re レ)、ミ(Mi ミ)、ファ(Fa ファ)、ソ(Sol ソ)、ラ(La ラ)、シ(Ti ティ)

ド・シャープ(Di ディ)、レ・シャープ(Ri リィ)、ファ・シャープ(Fi フィ)、ソ・シャープ(Si スィ)、ラ・シャープ(Li リィ)

レ・フラット(Ra ラ)、ミ・フラット(Me メ)、ソ・フラット(Se セ)、ラ・フラット(Le レ)、シ・フラット(Te テ)

以上のような音名の発音により、すべての音の発音が決まっており、一対一対応で読むことができる仕組みになっている。この仕組みは、シャープは母音をiに、フラットは母音をeに変えて発音するという法則である。(レ・フラットのみ例外)シをTiとするのは、ソでSの音が出てきてしまうので、その重複を避けるためのようだ。

バークリー音楽大学などでは、こうした音名の発音の仕方を学ぶのだという。

# by kurarc | 2020-10-19 17:48 | music(音楽)

「弱い技術」の方へ

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もう随分と昔になるが、2007年7月31日のブログで、歴史工学者、中谷礼仁さんの著書『セヴェラルネス 事物連鎖と人間(改定版では、セヴェラルネスplus 事物連鎖と都市・建築・人間に変更)』を取り上げ、その中で「強い技術」と「弱い技術」というキーワードについてふれた。

中谷さんの著作では、「強い技術」とは巷にあふれている建築や、たとえば、メタボリズムの中で展開された建築である。一方、「弱い技術」とは、たとえば、古代ローマのレンガの技術である。日本の木造建築もその中に含まれると考えてよいと思う。

プロダクトデザインのスケッチをしながら、わたしはいつの間にか、この「弱い技術」の実現についてスケッチしていることに気がついた。スケッチする前に特に意識していたわけではないが、先月デザインした文具、そして、現在スケッチしているものもそうだが、通常、かなり強度のある物質でデザインされるものを、その常識では考えられないような素材、強度の捉え方で勝手に手がデザインしていたのである。

私の中で、「弱い技術」という概念に対し、かなり強い影響を受けていたことが、10年以上過ぎた現在、初めて身体に現れてきたようなのである。この「弱い技術」により何が可能かを考えることが、今後のテーマの一つとなりそうな予感がしている。

# by kurarc | 2020-10-18 05:42 | design(デザイン)

森達也監督 『i-新聞記者ドキュメント』を観る

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森達也監督による『i-新聞記者ドキュメント』を遅ればせながら観た。

映画『新聞記者』のモデルともなった新聞記者、望月衣塑子さんを中心にすえたドキュメンタリーである。今まで、新聞記者という職業がどのようなものか知らなかったし、考えたことはなかったが、彼女の活動から、その一端が理解できた。

このドキュメンタリーは、特に現在の政治を考えるために観るべき映像である。彼女と政治家S氏との確執がよく描かれているからである。記者質問に対する露骨な妨害や質問に回答しないなど、はずかしいと思わないのかと思われるS氏の実像が垣間見れて興味深い。

このドキュメンタリーを観て、日本の政治に希望を見出せる人は何人いるのだろうか?むしろ、日本の危機を感じる人が大半であろう。ブログでは政治的なテーマを選択することは避けているが、最近の政治の状況は、良識をもった人間であれば、誰もがおかしいと思わざるを得ないのではないか。

このドキュメンタリーは、答えなければならない問題にも答えようとしない今この状況を先撮り(先取りではなく)していた貴重な映像となっている。

# by kurarc | 2020-10-17 17:35 | cinema(映画)

東京ビジネスデザインアワード(TBDA2020)


東京ビジネスデザインアワード(TBDA2020)は、東京の企業(主に中小企業)とデザイナーとのマッチングを行う催しである。デザイナーはいくつかの企業の中から興味深い提案ができる企業を選定し、デザイン案を提出する。そのデザインが認められれば、商品化への道を切り開くことができる、という仕組みである。

わたしはここ3年あまり、ものづくり企業を富山や金沢、あるいは福岡などの地方に求めていたが、東京ビジネスデザインアワード内で手を挙げている企業は、非常に先進的で、SDGsの流れを踏まえた企業が多い。東京の企業のものづくりの力を改めて感じている。

今年はこの中から一つの企業を選定して、デザイン案を提出しようと思っている。初めての参加となる。もちろん、建築ではなく、プロダクトデザインである。今までに扱ったことのないような素材で何がデザインできるか考えてみたいと思っている。

# by kurarc | 2020-10-16 14:41 | design(デザイン)

Googleマップでリスボン サン・ロケ教会へ

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コロナ禍において、当面、海外旅行に行くことはできそうもない。最近は、そうした欲求不満を Googleマップを眺めることで癒している。

Googleマップでよく訪れるのは、2年間住んだ経験のあるリスボンの街である。滞在中歩いた街路を辿ってみたり、行きつけのレストランを探したりする。その中には、すでに閉店しているところもあり、がっかりすることが多い。

リスボンは街路が複雑で、高低差も激しく、歩いていて退屈することがない。Googleマップでは、外部からだけでなく、主な美術館や教会は内部まで見学できるようになっている。

その中で、リスボンにおいて重要な位置を占めるサン・ロケ教会(上写真 身廊 Googleマップより)を訪れてみよう。この教会がポルトガル建築史上重要なのは、ポルトガル・マニエリズム期の一つのタイプを表していることによる。ポルトガル語で、「イグレージャ・サラオ(Igreja salao)」(正確にはsalao後半のaにティルがつく)と言い、日本語に訳すと、「広間式教会」といった訳語になる。

教会の入口を入ると、前室もなく、いきなり大きな広間(サロン)のような身廊(nave)が現れる。このタイプの教会は、18世紀までイエズス会の教会を中心として各地に建設された。また、時代もスペイン支配がはじまる1580年以前に建設されたものであることも重要である。装飾には、フランドル地方の唐草文様(Flemish Rolwerk)などが使用されたことにも特徴がある。こうしたプランは、説教を重視する方針から形成されたのでは、と考えられている。

以上のようなことは、大学で学ぶ西洋建築史では、一切言及されることはない。西洋建築史は、古代ギリシャ、ローマからはじまり、イタリア、フランス、ドイツ、イギリスを中心に進められるだけで、それ以外のことを知りたいものは、原書にあたるしかない。(もちろん、イタリア他の国々で扱われる建築、建築家も限られているから、興味のある領域は原書を読むしかない)

サン・ロケ教会は、あの天正遣欧使節団が宿舎として利用した教会でもある。日本人にって重要な教会であるといってよく、リスボンへ訪れたときには、必ず訪れるべき教会と言える。

*Wikipediaには「サン・ロッケ教会」と記述されているが、これは間違いだろう。ポルトガル語の発音を日本語に移し替えるのは難しいが、「サン・ロケ」、あるいは正確には「サァォン・ロク(ケ)」の方が近いと思うが、後者の表記(鼻母音の表記)は日本語ではしないから、「サン・ロケ」くらいに簡略化して表記せざるを得ない。

*教会建築に詳しい方であれば、イグレージャ・サラオ(Igreja salao)とは、Hall Churchと呼べるのでは、と思われるかもしれない。ジョージ・クブラーによれば、この二つは区別しているようである。しかし、Wikipedia上では、イグレージャ・サラオ(Igreja salao)はHall Churchとしている。リスボンでは、ジェロニモス修道院礼拝堂がHall Churchの代表事例。

# by kurarc | 2020-10-15 09:26 | Portugal(ポルトガル)

南仏セヴェンヌ地方 ラボーニュという造形

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南仏セヴェンヌ地方の牧畜文化、移牧文化を紹介するテレビ番組を観ていると、泉の周りを石で円形に取り囲む造形が現れた。

ラボーニュ(上写真、スペルは不明)という羊たちのための水飲み場であるという。泉に集まる羊は、泉の周りに石をひかないと、泉に土が紛れ込み、泉の機能を麻痺させてしまう。ラボーニュは、泉の周りに石を敷き詰め、泉を守るため、人工的につくられた造形であった。いわゆる、「建築家なしの建築」の典型である。こうした用からう生まれた造形には力がある。

実は、この造形を見て思い出したプールがある。ポルトガルの建築家、エドゥアルド・ソウト・デ・モウラが設計したポウザーダ・サンタ・マリア・デ・ボウロ(ポルトからバスで1時間ほどの場所にあるポルトガル国営ホテル)内のプール(下写真)である。

卵型のプールの周りを大理石が囲み、芝生の見切りとしているが、初めてこのプールを見たとき、その造形力に感心した。彼はもちろん、ラボーニュというものを知らなかったと思うが、ラテン世界の根源的な造形力からこの二つの造形は導かれたのではないか、と思わせる事例である。

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# by kurarc | 2020-10-13 13:07 | design(デザイン)

アイタチ・ドアン カーヌーンの響き

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敬愛するイタリアのトランペット奏者、パオロ・フレスの音楽をYou tubeで聴いていると、その共演者でウード奏者のダファー・ヨーゼフのアラビックな響きに魅了された。ダファー・ヨーゼフの他の演奏をYou Tubeで探しているとき、カーヌーン奏者のアイタチ・ドアンの演奏に偶然に出会った。

ゴリラのような巨体から紡ぎ出される音は、それとは正反対に繊細、複雑で、トルコ古典音楽の魅力に一瞬にして取り憑かれてしまった。日本では、メディアから流れる大半の音楽は、欧米の音楽(そのほとんどがアメリカ音楽)であり、トルコの音楽がテレビやラジオから流れてくることはまずない。

そうした一方的な音楽の暴力に常にさらされているため、意識的にその暴力から逃れるしかない。ウードやカーヌーン(上写真)の音がそのことを気づかせてくれた。You Tubeのこうした偶然の出会いを歓迎しなければならないし、こうした出会いがYou Tubeのメリットでもある。

アイタチ・ドアンはトルコのブルサ出身とある。ブルサはかつて訪れた街の一つである。この街に行ったのは、グリーンモスク(下写真、モスク内部ミヒラーブ)見学のためだが、その帰りに洞窟のようななかにある大理石の風呂に入ったときの心地よさはいまだに忘れられない。トルコのことについて最近、学習していなかったが、この国の文化について改めて知りたくなった。


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# by kurarc | 2020-10-12 21:05 | music(音楽)