ヴィム・ヴェンダース著 『愛のめぐりあい』撮影日誌 

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このところ、映画『愛のめぐりあい』について、ブログに書いている。この映画が興味深いのは、アントニオーニという巨匠と今や巨匠といっても過言でないヴェンダースとの恊働作業によって生まれた映画である、ということだけではない。アントニオーニはこの映画を、脳卒中によって失われた言葉、文字を書くことすら不可能という状態での戦いを乗り切って撮影された映画であり、わずか両手で数えることができるほどの言葉しか口にできなかった中で、わずかに動かすことができた左手でスケッチを描き、意志の伝達をしながら映画をつくりあげた。

撮影日誌は、この実験映画を理解したいと望むものにとって、最良のテキストになると思われる。映画を撮影するということがどのようなことなのか、ヴェンダースの繊細な言葉によって明らかにされている本書は、その大半はアントニオーニとの格闘の証言なのだが、最後までヴェンダースはヴェンダースにとっては荒唐無稽な言説を吐き出す天才と付合っていき、映画を完成させるまでの希望と絶望を記している。

私はこの映画の建築や都市の描き方がうまい、と以前のブログで書いたが、それはヴェンダースの力でもあったということがこの撮影日誌を読んで理解できた。パリのシーン、建築家ジャン・ヌーヴェルの建築を選択したのはヴェンダースの提案であった。

激務とも言える撮影の合間に、これだけの日誌を書いていたということは信じられない。ヴェンダースの人間をとらえる眼差しは的確で、紳士的であり、愛に満ちている。

残念なのは、日本版の装丁である(上)。この優れた内容にはそぐわないデザインである。再版されるときには、装丁を手直しして、出版されることを望みたい。

by kurarc | 2012-08-17 23:28 | books