ヘップバーンの映画作用

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何か生活のペースが乱れていたり、気持ちに余裕がない、と思われるときにヘップバーンの映画を観る。今週は、『いつも二人で』と『シャレード』を観た。

『いつも二人で』は初めて観る。『パリの恋人』の中で重要な撮影場所(オワーズ県コイ・ラ・フォレ)がこの映画で再度使用されているということも気になったためである。ドーネン監督は、この撮影場所を違った角度から使用していた。同じ場所で撮影しながら全く異なる背景を演出していた。『シャレード』はパリを舞台とした軽快なサスペンス映画。これもいつ観たのか忘れたくらい、かなり前に観た。

ヘップバーンの映画を観るとなぜか心がリセットされたような感覚を味わえるのはなぜだろう。映画の内容ははっきり言って大したことはない。大袈裟な娯楽性を追求したような映画とも異なる。それぞれの監督がヘップバーンの様々な魅力を引き出して、品のよい娯楽性を追求していることが、映画を見終わったときにすがすがしい感覚を味あわせてくれるのかもしれない。そのことがヘップバーンという女優の特性でもある。彼女の複雑な生い立ちを微塵も感じさせない軽やかさが最も大きな魅力なのである。

その感覚はおよそ20年ほど前に、自由が丘の映画館(今はもうない)で3本立てのヘップバーン映画を観たときに感じたことで、今も全く変わらない。
by kurarc | 2013-09-14 23:11 | cinema