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ジョージ・オーウェルのパリ  貧乏の意味

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鹿島茂著『パリの異邦人』のなかに、オーウェルの章がある。このなかで鹿島はオーウェルの最初の著書『パリ・ロンドン放浪記』の解説、分析を行っている。

私はオーウェルのこの著書をまだ読んだことはないが、鹿島はオーウェルにとっての貧乏生活(カラッケツ)がどのような意味を持つのか、ユーモラスに分析している。

興味深いのはオーウェルにおけるロンドンとパリでの貧乏の差異である。ロンドンではすでに資本主義的システムに染まっていたために、そこでの貧乏は奴隷のような労働を強いられるのに対し、前資本主義的段階に止まっていたパリでは、貧乏でもオーウェルに明るさがあった、と分析する。それは、「明日のために、今日を我慢する」という倫理観ではなく、「将来というものが、消えてしまう」楽天主義、先のことは考えられないが故の明るさが芽生えるのだと。

『1984年』をはじめ、オーウェルの著作の数々は「今このとき」に読まれるべき時期にさしかかっている。


鹿島氏のあとがきにはパリを「触媒都市」という視点で、次のような文章が書かれている。パリの魅力を的確に表現している。

「・・・パリは、そこにやってくる異邦人(エトランジェ)に対して、何ら影響を及ぼそうともせず、また影響を与えられることもない。つまり、まったく変わらないのである。・・・その伝統のおかげで、パリジャンは少しも変わらなくてすんだし、その無変化ゆえに、パリジャンは異邦人をなんらロマンチックな気分も、感傷もなく、あるがままの事実として、ある意味、無関心に受け入れることができた。・・・「異邦人が異邦人のままでいることを許す」という事実のおかげで、異邦人は自らを見つめ、自らを変容させ、そして、そこから新しいものを創り出すことができるようになったのだ。・・・」
by kurarc | 2013-12-07 13:50 | books