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映画『ふたりのベロニカ』をみる

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久しぶりにすばらしい映画に出会った。『ふたりのベロニカ』である。20年以上前にみた記憶はあったのだが、すっかり忘れかけていた。ポーランドとフランス、同時に生きるふたりのベロニカ(ベロニク)を対比しながら描いた作品。

ポーランド(クラクフ)のベロニカは、ピアノ科の学生であり、声楽家もこなす。初めてのコンサートの最中に心臓麻痺で舞台の上で死んでしまう。

フランス(パリ)のベロニクは、何かポーランドのベロニカのことを霊感として感じている。パリのベロニクも音楽を志していたが、彼女は音楽を止め、人形作家と出会い、結ばれ、生き延びる。

この映画が秀逸なのは、ふたりのベロニカは、映画の中で「つながっている」と感じさせるだけで、直接のつながり、因果関係は指示しない。そうした脚本のために、この映画は様々な想像力をかきたてる。

私が感じたのは、人間の普遍的な魂のつながりであった。人は親や兄弟、友人や師など様々な人と魂を通してつながっているという感覚をもつことがある。『ふたりのベロニカ』は、まずそのことを言わんとしているように思う。さらに、この映画では、一人が死を迎え、一人はその死を感じ、生き延びる。つまり、パリのベロニクは、クラクフのベロニカの犠牲の上に生をさずかったことを暗示している。

監督であるクシシュトフ・キェシロフスキは、こうした魂と生死の連関について訴えたかったのでは、と私は想像した。もう少し違った見方もできるかもしれない。様々な解釈を許す映画である。

この映画は、フランス映画でも、スペイン映画でもない、何かポーランド映画としか言いようのないテイストをもっている。ラテン的世界とスラヴ的世界を混血したような映画であり、色彩を多用しながら透明感のある映像を表現している。

主演のイレーヌ・ジャコブの自然な演技が光る。彼女はこの映画の中で転ぶシーンがあるが、アントニオーニの『愛のめぐりあい』の中でも転ぶシーンが登場する。映画は気をつけてみていると、それぞれつながりがあることに気づく。それは、映画監督の映像によるジョークと言えるようなものである。

この映画はツタヤではVHSしかおいていない。VHSのデッキは現在もっていないため、購入を検討していたくらいだ。幸運にもアマゾンでインスタント・ビデオというサービスがあり、その中にこの映画が含まれていた。申し込むと、一ヶ月の猶予があり、その間、いつみてもよいサービスである。

この映画が撮影された頃(1990年)、ポーランドは民主化という激しい変化を経験した時期である。ベロニカを人ではなく、国家の隠喩とみることもできるかもしれない。

この映画のラストシーンの解釈はわかれるところだろう。インターネットの中でも様々な解釈がかわされている。
by kurarc | 2014-02-21 22:52 | cinema