映画『ふたりのベロニカ』論

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映画『ふたりのベロニカ』は私にとってかなり衝撃的な映画であった。詩的な映像とそれを支える音楽、ポーランド(クラクフ)とフランス(パリ)という興味深い都市の舞台設定、映画としての完成度は高く、ファンタジーとしてもとらえられるし、哲学的、政治的な背景も感じられる。どういった断面を切っても、豊かな想像力が溢れ出てくるような瑞々しい映画であった。

この映画についてインターネットで検索していると、菅原裕子さんという映画研究者の博士論文に出会った。この論文の中の一部(pp.45-51)でこの映画についての分析が行われていた。博士論文というだけに、その分析は緻密だが、この映画を理解する上で非常に参考になる。

この論文で取り上げられている映画はどれも私の興味と合致する。映画を学問としてとらえると、このような論文にまとめられることになる。映画をどのように感じ、理解するかということは自由であるが、こうした論文に取り上げられるような映画をつくるということは、映画監督クシシュトフ・キェシロフスキの理性と想像力の深度を表すとみてよいだろう。

菅原裕子さんの論文のpdfはこちらから。

この論文で興味深いのは、パリのベロニクに焦点をおいていることだろう。菅原氏の分析からすると、『ふたりのベロニカ』という訳は誤訳と言えるかもしれない。映画の原題(フランス語)は、『La double vie de Veronique』であり、直訳すると、『ベロニクの二つの生(あるいは生き方)』になる。フランス語による表記だから、ポーランド語のベロニカという名は現れないのは当然だが、クシシュトフ・キェシロフスキはこのタイトルを意味深長に使用している、と思わせなくもない。そこには彼特有の様々なスーパーインポーズが隠されているのかもしれない。つまり、タイトルからVeroniqueをフランスのベロニクのみを意味するものとするか、あるいはポーランドとフランスのベロニカ=ベロニクとするか、という二重の意味を合わせ持つという解釈である。
by kurarc | 2014-02-23 20:56 | cinema