ポーランドの映画監督キェシロフスキ論の準備

最近このブログで取り上げているポーランドの映画監督キェシロフスキ論の準備をはじめたいと思っている。

そこで取り上げる映画は『ふたりのベロニカ』と『トリコロール 赤の愛』である。この映画の主演は二つともイレーヌ・ジャコブであり、二つの映画を最近何度も繰り返しみた結果、対になった映画であることを発見した。(私自身が対の作品であると感じた。)

そのことはこれらの映画をみていただければ、誰でも気づくことだと思われる。そうした二つの映画から何をひきだすのか。例えば、おおよそ以下のようなことである。

1)映画の中の時間について(映画の中の現在、過去、未来、不完全過去について)

2)映画と都市について

3)映像の表現の可能性について-特に映画とその場所性

4)キェシロフスキ監督における「運命」、「偶然」の表現方法について

5)映画の要素について

6)映画と夢について

7)映画と音楽について

8)その他

特に1)の映画の中の時間についてを主なテーマとする。1)以下すべて論ずることは膨大な文章量を必要とするし、まだその力量もない。ただ、彼の映画をみていて、無性に文にまとめておきたい衝動を感じるようになった。彼の映画から感じられる強烈なノスタルジー(サウダーデ)は一体なんなのか。自分で整理しておきたいと思ったのである。
by kurarc | 2014-03-06 21:26 | cinema