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産屋考 始源の砂

谷川健一の著作『常世論』(とこよろん)の中に、『若狭の産屋』という章がある。産土(うぶすな)とは何か、について柳田国男は答えをもっていなかったことを引き合いに出して、谷川は、敦賀湾の常宮(じょうぐう)という海村で聞いた話を紹介している。

それは、この村の産小屋で子供を産んだ経験を持つ老人の話である。この村では、子供を産むのに産小屋で産み、およそ50日はその中で生活するという。お産を不浄と見なす観念から出発したものと谷川は考えているが、その産小屋には畳は敷かないという。床には海のきれいなを敷き、その上に藁を置き、荒いムシロを重ね、一番上にい草のゴザを敷くのだという。

谷川によれば、立石半島(敦賀半島)の東海岸に沿う集落である常宮や沓(くつ)では、海岸の波打ちぎわの砂をザルに入れて、これを常宮神社とその奥の院の岩屋の拝殿の前に置き、お賽銭がわりにする習慣がある、という。また、常宮神社では「砂持ち行事」といって、5月に神社の境内に砂を敷く行事があるという。つまり、この地方では産小屋という人間の始源の空間に敷く「砂」を特別な聖性をもつ物質とみるのである。

この書物は、沖縄に暮らし始めた30年前に出会った本であるが、その本の内容に書かれていることを私は無意識に葉山の一色海岸でやっていたことになる。「砂」のコスモロジーに取り込まれてしまったのかもしれない。谷川流に考えると、「海」(うみ)と「産み」(うみ)とは何か関係があるのか?
by kurarc | 2014-04-08 20:43 | sand