溝口健二と柳瀬正夢

先日、柳瀬正夢展へ行ったときに、映画監督溝口健二の似顔絵のイラストが展示されていた。柳瀬と溝口はどこかで接点があったのではないか?と思っていたが、たまたま図書館で借りて来た『1秒24コマの美 黒澤明・小津安二郎・溝口健二』(古賀重樹著)という書物に、その手がかりが書かれていた。

古賀によれば、柳瀬は、1923年5月に向島撮影所がファンのために創刊した雑誌「向島」に画家として参加していた。その頃、当時この撮影所で活躍していた溝口と短期間だが接点をもつことになる。溝口は、怪盗ルパンものの『813』に着手した時期であったという。日本ではドイツ表現主義が流行していた頃であり、大泉黒石原作による『血と霊』のような表現主義映画が撮影されたのもこの時期であった。

しかし、柳瀬は、柳瀬の後見人であった長谷川如是間には映画関係の仕事についたことをひどくしかられたという。柳瀬は、アヴァンギャルドとして、当時の様々な最先端の表現技法を吸収するために、幅の広い人脈をつくることになるが、その落ち着きのなさに長谷川は憤りを感じていたようである。

こうしたモダニズム運動の最中、関東大震災が東京を襲う。震災は、東京のモダニズム運動に亀裂を生じさせることになる。溝口もこの震災により、活躍の場を京都へ移すことになった。
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by kurarc | 2014-04-19 15:53 | cinema