チェット・ベイカーのフィンガリング

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伝説的なジャズトランペット奏者チェット・ベイカーの演奏が、今ではYou Tubeによって数多くの生演奏の模様を鑑賞できることは、トランペットを学ぶ者にとって、非常にありがたいことである。

トランペットをはじめる前もベイカーのファンであったが、トランペットを自分で演奏する(演奏するところまではまだまだだが)ようになってから彼の演奏を観察すると、また別の角度から彼のオリジナリティーに気がつく。

まず第一に、彼の演奏スタイルは、身体の力をぬいて演奏される。椅子に腰掛け、ある時は脚を組んで演奏する場合もある。姿勢はだいたい猫背。しかし、この姿勢が彼にとってはもっとも疲労の少ない姿勢なのだろう。普通の人間には真似できないが、楽器の演奏は、究極のところ、お手本などというものはないのである。よい演奏ができれば、どのような姿勢であろうとかまわない。

そして特に私が注視するのは、彼のピストンの押さえ方、フィンガリングである。ベイカーの指の動きは最小限の力でピストンを押さえていることがよくわかる。指を押さえるときと、離すとき(つまり、ピストンを押さえていないとき)の動きがきわめて微小で、指がピストンからほとんど離れない。つまり、指の動きがバタバタせず、小さいのである。右手の親指の位置も、通常のもち方とは異なる位置に置かれている。

彼は歌の名手でもあるが、その歌を歌うようにトランペットを演奏する姿は、悟りをひらいた僧侶のようにさえ見えてくる。どのような楽器も努力なしにはマスターすることはできないが、彼の場合は、普通の努力だけでは到達できない境地に早々と達したのだろう。もう少し普通の生き方ができればよかっただろうに、やはり普通ではない人間だったので、仕方がない。
by kurarc | 2014-05-30 22:32 | trumpet