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「中洋」というフレーム

先日、太田邦夫先生のトルコに関する木造建築の講座を聴講した帰り、池袋から新宿まで先生と山手線をご一緒したのだが、その10分程度の時間の中で、驚く程深い内容のお話をお聞きすることができた。

先生は、まず「中洋」という梅棹忠夫氏の提唱する概念を教えてくれて、東洋でもない、西洋でもない中洋、すなわちインドを中心にすえると、それを対称とする世界が想定できて、東南アジアに対するのは東ヨーロッパなのだと。

さらに、ヨーロッパの中心をパリではなく、プラハとみる見方についても教えていただいた。東のモスクワと西のリスボンを結ぶ直線の中間に位置するのがプラハである、というものである。

私は、帰ってから早速世界地図をめくり、その位置関係を確かめてみたが、メルカトル図法の地図において、先生のおっしゃる通りであった。中心には、プラハ、あるいはワルシャワ、ブダペストあたりも範疇に入ってくることがわかる。

何かを学ぶというとき、まずこうしたフレームを想定することは重要であろう。特に先生は研究者であるから、それは当然のことと言えるが、がむしゃらに学ぶような時期は私も遠の昔に過ぎ去ってしまっている。

ポルトガルに行ったのは、大西洋という日本人の感性の中に存在しない海(この考えは、岡村昭彦氏の著書から教えられたことは以前、このブログで述べた)を中心に添えたときに重要になる国だったこと、また、その海の向こう側の世界、つまり、広義の「アメリカ」(南北アメリカ、ラテンアメリカ)を視野に入れることが大きな目的であった。「アメリカ」を太平洋ではなく、大西洋から考察するという視点である。しかし、その視野の広大さは私の力量の中に収まりきれるものではないことが、ポルトガルへ行って直ちに気がついた。それは、アフリカまでも視野に入れなくてはならないし、ポルトガルであれば、ブラジルを相手にしなくてはならない。

13年程前に出版した『ポルトガルを知るための50章』(のちに55章として再版)では、ポルトガル建築のフレーム(一部ブラジルを含む)を描くことを中心とした。この場合、フレームとは書物で言えば目次のようなものである。目次ができれば、あとはそれに肉付けをすることが義務づけられるが、それを行うのは、私でなくてもよい。(そもそも私は研究者ではない)興味をもったものに任せればだれでもよいのである。現在、私はそのような心境で、ポルトガル世界を見守っているが、その後、誰も肉付けをしてくれる人は現れてくれない。

*その他、先生が別荘の設計を手掛けられた生物学者の飯島衛氏(当時、三鷹市下連雀在住)のことなど。
by kurarc | 2014-06-19 23:13