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三鷹 北と南の文化

先日訪ねた三鷹市大沢の峯岸家、水車のある農家は三鷹市では西南に位置する。私が生まれ育った下連雀1丁目(生まれた時は上連雀であった)は三鷹の北に位置する。

三鷹の北は中央線に接する。また、三鷹というより吉祥寺文化圏である。私の小さい頃の方向感覚は常に北の中央線で区画され、その中央線を通じて東西を意識するという習慣が形成されていた。

高校は調布であったため、多少南に目を向けていたことはあるが、意識的にではなかった。しかし、峯岸家の商いの相手先が、調布や府中であったということを聞いたとき、はたと気がついた。私は中央線文化に洗脳されていたのだと。むしろ甲州街道や多摩川など古の時間が流れていたのは三鷹の南の地域だったのであり、そうした地域の文化について考察することを怠っていたのである。

さらに、養蚕が盛んだった頃、三鷹の人間は八王子という西の都市が常に意識にあったはずである。八王子は東京における養蚕の中心地であり、そこから横浜へと生糸が運ばれたからである。

最近、その八王子で多摩織という絹織物が販売されていることを知った。大学は八王子であったが、そうした文化を考えることもなく、のんびりと学生生活を送ってしまった。今からでも遅くはないのだから、「東京という地方性」について発掘を続けていこう。
by kurarc | 2014-07-10 20:54 | 三鷹-Mitaka