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ブルース・チャトウィンとメーリニコフ

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『パタゴニア』や『ソングライン』といった紀行文で著名なブルース・チャトウィンの著書『どうして僕はこんなところに』(角川書店)を図書館で眺めていると、彼がロシア・アヴァンギャルドの一人として著名な建築家コンスタンティン・メーリニコフに会ったことについて書かれていた。

1973年の出来事であるから、メーリニコフが死去する1年前のことになる。チャトウィンとメーリニコフがあったのは、メーリニコフの自邸内(上写真、HPユーラシアビューより引用)であった。画家の息子に案内されてのひとときの記述であるが、メーリニコフの妻は西側の人間の彼を嫌っていて、寝室に閉じこもり、顔をみせていないことなど、自邸内の緊張感が伝わってくる。

いくつかの興味深いインタビューに答えて、メーリニコフは、貧しい農民の子として過ごした5メートル四方の生家が、自分の個性を形作った原点である、と語っている。粘土と藁でできた小屋(「干し草小屋」と呼ばれていたという)の素朴さが圧倒的な力強さをもっていたというのである。

パリ国際装飾美術博覧会のソヴィエト館の設計で一躍パリの建築家たちから絶賛をされた彼は、あのコルビュジェからも認められ、コルはメーリニコフにフランス国内中の近代建築をみせてまわるという世話までやいてくれたという。

本国に戻ったメーリニコフは、1937年、全ソ建築家同盟総会で建築家としての活動を封じる動議がなされ、その後40年もの間、自邸に引きこもる生活を余儀なくされることになった。しかし、建築家は作品の数で評価されるものではない。彼の手掛けた建築は建築史の中で永遠に語り継がれるはずである。
by kurarc | 2014-08-16 20:04