糖質制限食の広がり その3

このタイトルではこれで最後にしようと思う。『炭水化物が人類を滅ぼす-糖質制限からみた生命の科学』(夏井睦著)という著書の内容は単にこうすればやせる、といった類いの内容ではなく、大きく3つの常識について真っ向から異論を訴えていることが注目される。

一つは、「カロリー」という定義について。一日に2000キロカロリーに食事制限しなさい、などと言われるあのカロリーである。この著書では、このカロリーという概念、考えが非科学的であることを主張している。たとえば、比叡山延暦寺の千日回峰行のような修行は、カロリー計算では全く説明不可能だという。これは極端な事例であるが、人間はそう単純にカロリーを燃焼しているような生物ではないということ。(この内容はかなり化学の知識が必要になるので簡単にふれておいたが、著書ではかなりラディカルに説明されている。)

もう一つは、著書のタイトルとなっている「主食としての炭水化物=穀物」に対する疑いである。これは著者が言っていることではないが、日本人のように白米を宝物のように食す民族は、世界でも見当たらないし、そのことは日本の文化であると見なすこともできると思うが、それ自体が神話となってはいないか、ということ。白米がおいしいのではなく、そのように制度化されたという見方も一つある、ということは頭の中に入れておいた方がよいと思われる。(これは、日本であれば米、イタリアであればパスタ(及びパン)、欧米、ユーラシアであればパンのように全く常識となっている文化であろう。しかし、そのこと自体が疑われる時代に入ったと夏井氏は言っているのである。)

日本で一日に3食という食習慣が普及したのは、夏井氏が言うには、江戸期明暦の大火以後のことであり、江戸復興のために、全国から集まった職人たちに労働食として米を昼に振る舞ったことだという。地元では滅多に食べることができなかった白米を腹一杯食べることができ、空腹を満たし、労働した。その中で、米という嗜好品(米は嗜好品であったという認識が重要!)である糖質の味を覚えてしまったということ。食生活は概して保守的である、ということもあるが、その流れが現在の食生活にも連続しているということである。

最後に、穀物を生産するという農業の立場からの警告である。穀物の栽培には窒素肥料が必要となる。その肥料によって、地下水の汚染、さらにそれらが海水、湖水に流出することで水の富栄養化による赤潮被害の発生、穀物栽培による地下水の枯渇など、言えばきりがない。

以上のように、穀物(もちろん米だけではない)と食について、我々は一度考え直す時期にきていることだけは確かであろう。夏井氏は、この著書の内容は仮説であるとも言っているが、そうした謙虚さで再考することが望まれる。
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by kurarc | 2014-08-21 22:03 | gastronomy