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ジョヴァンニ・ヴェルガと『カヴァレリーア・ルスティカーナ』

岩波文庫に河島英昭氏翻訳による『カヴァレリーア・ルスティカーナ他11篇』がある。原作はジョヴァンニ・ヴェルガである。といっても、むしろマスカーニ作曲のオペラと記憶されている方が多いに違いない。

吹奏楽でもよく演奏されるマスカーニのこの曲から、私も原作が知りたくなり、この岩波文庫を知った訳であるが、ヴェルガの占めるイタリア文学の位置づけについて、河島氏のあとがきからかなり詳細に知ることができたことは幸運であった。さらに、あのD・H・ロレンスがいち早くヴェルガを評価していたことも、河島氏のあとがきより知ることができた。

D・H・ロレンスは、オペラによって「世俗的な」名声を得たヴェルガについてひどく落胆していたらしく、マスカーニの曲を「脆弱」とも「砂糖水のように甘ったるい」とも評価していたという。それは、むしろヴェルガの文学への賛辞の裏返しでもあった。それくらいロレンスは彼を評価していたのである。

それはなぜか。ヴェルガはイタリアにおいて初めて民衆の立場から小説を描いたからであり、船乗りの航海日誌から啓示をうけたという簡潔な文体であり、シチリア島生まれであり、シチリア人の「神をもたない」ギリシア性が彼の文学に表出されていたからであった。

つまり、彼の表現した文学のもつ意義からすれば、マスカーニの曲は上記のようなものでしかなかったとロレンスは思ったのだろう。ここに、音楽がもつ一つの罠が潜んでいる。マスカーニはヴェルガの文学をいわば骨抜きにしてしまったと言える。しかし、そのことによってヴェルガは「世俗的な」名声を勝ち取ったが、ヴェルガにとってそのような名声はどうでもよいことであったはずである。彼は、正真正銘の「名声」を文学で勝ち取ったからである。

『カヴァレリーア・ルスティカーナ』(田舎流騎士道といった意味)の原作は、以外にも短い。文庫でおよそ10ページ。しかし、船乗りという労働者から啓示を受けたというその言葉一つ一つは簡潔で力強い。「ああ、マンマ!」という叫びで終わるこの小説は、なんとイタリア的であろうか。

わたしは最初の海外旅行時にヴェルガの故郷カターニアを訪ねた。30年前にもなるので、記憶は定かではないが、シチリアの記憶は、古代ギリシア時代の遺跡を輝く太陽の下で眺めた強烈な印象をもつ。河島氏が言うように、シチリアが古代ギリシアと表裏をなす、という視点は新鮮である。そうした視点を忘れずに、シチリアの文化についてじっくりと考えてみたいものである。

*かつて、このブログで竹山博英氏の著書『シチリアの春 世紀末の文化と社会』についてふれた。タヴィアーニ兄弟の映画『カオス シチリア物語』の興味深い論考が収められた名著である。
by kurarc | 2014-11-22 22:04 | music