侯孝賢(ホウ・シャオシェン) 映画『恋恋風塵』 風景への郷愁

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侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の映画『悲情城市』は、わたしの中でベスト10に入る映画であるが、この映画でずっと満足していたために、これ以前の彼の映画をみていなかった。『恋恋風塵』は『悲情城市』の二年前に上映された映画(1987年)。ちょうど、わたしが初めて台北を訪れた頃に撮影されたことと重なるが、この映画に対する感動がおさまらない。

侯孝賢監督の描く風景(映像)になぜこれほどひきつけられるのだろう。明らかに日本とは異なる台湾の風景、それも都市だけでなく、山村であるのに、なにかわたしの幼少の頃の生きた世界を見せられているかのような錯覚を覚えるのである。

それは、風景や空間に対する郷愁のようなものであるが、日本にはないものに対する郷愁なのである。もちろん、それはヨーロッパ映画を見たときにも感じるものであるけれど、侯孝賢監督の描く風景は、アジア人の中にある普遍的な、あるいは記憶の奥深いところにある何かに訴えかけてくるようなのである。侯孝賢監督の映画によって、わたしはアジア人の一員であることを容赦なく突きつけられてしまう。

そして、何より感動したのは、女優の辛樹芬(シン・シューフェン)である。彼女はちょうど少女から女性として成長していくその中間の輝きを見事に表現していると同時に、アジア人としての女性の原型のような佇まいを感じる。『悲情城市』の演技ですっかり彼女のファンになってしまったが、この映画以前に侯孝賢監督の作品に出演していたことを、まったく知らずにいた。

台湾にはまだ彼女のような女性はいるのだろうか?すっかり様変わりしたと聞く台北も30年前の姿しか記憶にないわたしにとって、この映画は、「初恋」という主題を扱っていることもあるが、若い頃のけなげだった心の記憶を呼び覚ましてくれる貴重な映像である。こういう映画に出会えると生きていてよかったと思えるのである。
by kurarc | 2015-01-18 22:57