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母のノート

わたしの部屋にある桐簞笥を整理していると、母の結婚前のノート2冊と結婚後に書かれた1冊のノートが出てきた。そんなに大きな簞笥ではないのだが、このようなのノートが保管されていたことに今まで気づかずにいた。この桐簞笥は、わたしにとって実家の記憶を想起させる唯一の遺品のようなもので、大切に使っている。

結婚前の2冊のノートは、一つは、「花道 未生流」とタイトルに記されていた。結婚前の1950年代に鎌倉で未生流という華道(花道)を学んでいた頃のものであった。講義ノートといえるようなもので、花を生ける上での宇宙観のようなものから、花の生け方のスケッチや文章などが記されていた。

もう一冊は、「家庭帳」と記されていて、主にレシピ集のようなノートであった。母は栄養学を学んでいたので、その頃の実習ノートのようなものかもしれない。その他、新聞の切り抜きなどが貼付けてあった。

結婚後のノートは、「育児記録」というタイトルであり、わたしのおよそ3歳までの成長記録のようなものであった。最初のページは昭和37年8月4日の日付であり、わたしが初めて言葉を話した昭和36年11月27日のことについて書かれている。

「智は言葉を覚えるのが早い。生まれて10ヶ月目の11月27日に早くも「花」と言った」とある。わたしが初めて話した言葉は「花」という言葉であったことがわかる。

わたしの兄たちは腹違いの兄であり、病気で亡くなった兄たちの母親の三回忌に菊の花を生けているのを見て、指を指しながら「花、花」と言ったのだという。不思議なことだが、先に亡くなった兄たちの母の戒名にはわたしの「智」という文字が含まれている。それを知ったとき、わたしは兄たちの母の生まれ変わりなのではないかと思ったことがある。兄たちの母が亡くなった日が、わたしの誕生日とほとんど同じであることも何かの縁であろう。

母親のノートはこれだけではない。膨大な日記や俳句の記されたノート、手紙などが残されていて、わたしはいまだに捨てるに捨てられないでいる。言葉には言霊が宿るせいであろうか、いつかはゴミとして捨て去られることはわかっているが、わたしにはやはりゴミとして捨て去ることはできそうもない。
by kurarc | 2015-02-07 19:21 | saudade-memoria