「インテリジェンス」の意味とダニエル・デフォー

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古典と言われる文学作品や芸術作品に最近、特に注意を払っている。作品は読んだ、あるいは知っているが、その作者がどのような人間であるのかまでは知らないことが多い。作品と作者を安易に結びつけることは危険だが、古典と言われるものを残す人物は、とても尋常とは思えない人生を歩んでいることが少なくないようだ。

たとえば、ダニエル・デフォー。彼は傑作『ロビンソン・クルーソー』の著者であるが、その人生は波乱に満ちたものであった。ダニエル・デフォーに興味をもったのは、冒険家、高橋大輔さんが、ロビンソン・クルーソーは実在の人物をモデルにしていることをつきとめ、その足跡をたどる書物(『ロビンソン・クルーソーを探して』)を知ったことがきっかけであった。

ダニエル・デフォーの生涯について簡潔にまとめてあるものに、川成洋氏による著書『紳士の国のインテリジェンス』(集英社新書)がある。この書物のタイトルにある「インテリジェンス」は、単純に「知性」といった意味を想像すると誤解を生むことになる。この著書のタイトルの「インテリジェンス」とは、「海外の情報を収集し、分析、評価し、その結果得られる生産物」、といった意味と理解しなければならないという。つまり、そうした知性を持つ人はときに諜報員であり、平たく言えばスパイなのである。

デフォーは「パンフレティア」(pamphleteer、政治、宗教、社会情勢、娯楽、海外事情などの専門的な書き手のことだという)と言われる執筆者であった。そして、彼のような「パンフレティア」が集ったのは、当時流行しはじめたカフェであった。文才に長けていたデフォーはロバート・ハーリー(下院議長)が設立する情報機関への協力を依頼される。デフォーはイングランドの旅をしながら、スパイ・ネットワークをつくりあげていき、イングランド各地の反政府運動やその首謀者をスパイたちに報告させたという。彼はその本部事務所をまかされていた。時は18世紀初め、イングランドとスコットランドの議会の合併賛成に導くことが彼の任務だったという。つまり、デフォーは「インテリジェンス」に生きた英国人であったのであり、スパイマスターであった、という訳である。

こうした生涯を送りながら、晩年、政治から疎遠になり始めた頃書かれたのが、『ロビンソン・クルーソー』であった。デフォーの最期は会葬者のいない葬儀だったという。
by kurarc | 2015-02-16 22:11 | books