横須賀製鉄所パネル展へ

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久しぶりに横須賀へ。さいか屋横須賀店で開催されている「近代日本のルーツ 横須賀製鉄所パネル展」を見学するためであった。今年は、横須賀製鉄所創設150周年にあたることもあり、こうした催しが今後も開催されることが予想される。

横須賀には2008年から2009年にかけておよそ1年間、様々な遺構を見学するために訪れた。2009年2月に開催された日本建築家協会、関東甲信越支部の保存問題大会の実行委員長となり、横須賀を会場として、2日間にわたるシンポジウムを企画しなければならないことになったためである。

そのときに、横須賀には表に現れてこない多くの遺構が眠っていることを知り、横須賀に魅了された。それは主に近代日本初期の遺構であり、その最も大きな遺構であったはずのものが横須賀製鉄所の遺構である。しかし、その大半は現在失われた。(もし、失われることがなかったならば、富岡製糸場のように世界遺産になったことだろう。)このパネル展はその当時の写真や資料を展示してあった。

今回の大きな収穫は、千代ヶ崎砲台(浦賀)の遺構について知り得たことである。この砲台跡は現在、防衛庁により監理されているが、今年、横須賀市にその監理が移譲されるとのことで、早ければ今年中にも公開されるということである。

千代ヶ崎砲台は、猿島に残る砲台跡地より時代が下って建設されたもののようで、日本におけるミリタリー・エンジニアによる建築技術の変容を知りうる貴重な遺構である。興味深いのは、この遺構がオランダ積みという煉瓦の積み方を行っているという点、また、斜架拱(しゃかきょう)と言われる煉瓦を斜めに積んでいくアーチをもつ工法(上写真、斜架拱の事例:馬場丁川橋梁、京都市左京区)による点である。

煉瓦も焼過煉瓦という露天にさらされても耐久性のある煉瓦を使用しているということである。ミリタリー・エンジニアは、いわゆる建築家と常に肩をならべて成立してきた職種の一つであり、あのレオナルド・ダ・ヴィンチもミリタリー・エンジニアの一人と言ってよく、建築を深く知る上において欠くことができない。今から公開が待たれる遺構である。
by kurarc | 2015-02-28 20:31 | 横須賀-Yokosuka