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エリック・ロメール監督 映画『冬物語』をみる

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エリック・ロメールの映画を追いかけている。今度は『冬物語』である。彼の原作(シナリオ集)に『四季の恋の物語』という著書があり、その中の一つが映画化されたもの。タイトルからもわかる通り、後半にシェイクスピアの『冬物語』の演劇の一場面が、映画の中に取り入れられている。

いつもの通り、台詞の多い映画である。トリュフォーに「映画で小説を書く」と言われたロメールであるが、まさに的を突いた言葉である。今回は一人の女性とそれをとりまく3人の男性の物語。

興味深いのは、この中の男性の一人がロメールのような知的な男性であり、何を話すのにも論理的で、冷静、教養があふれでてくるような話し方。しかし、女性は彼の言葉が肉体の中に入り込んでこない。それは、感情から出る言葉ではないからだ。「肉体で支配されるのはかまわないが、頭で支配されるのはいや」と突き放すのである。

このロメールの映画をみていて思い出したのは、花田清輝の『復興期の精神』の冒頭に登場する「女の論理ーダンテ」である。花田は言う。


「・・・論理から支配されるのではなく、逆に論理を支配し、論理に向かって自己の刻印をうつものが女であることを思うのならば・・・」


まさに、こうした女の論理と男の論理との格闘がこの映画のテーマのように感じられた。こうしていつものとおり、ロメール流の男と女のシナリオの緻密さをおもしろがりながら、2時間が過ぎていく。男としては女の論理に一瞬、不快になりそうになるのだが、ロメールのやさしさのある映画づくりに導かれて、いつのまにかそうした思いも吹きとび、最後には爽快感すらのこる映画になっているから不思議である。そこが、ロメール映画の最大の魅力と言えるだろう。次は『春のソナタ』にしよう。
by kurarc | 2015-03-09 21:51 | cinema