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忘却という記憶

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先日、ポーランド映画『パプーシャの黒い瞳』をみたが、そのパンフレットの中に、フランス文学者、海老坂武氏の随想が掲載されていた。タイトルは「忘却と記憶の間で」である。映画自体のテーマといえるタイトルであったが、このタイトルをみながら、わたしは「記憶」について考えたことはあったが、「忘却」について考えたことがなかったことに気がついた。「記憶」という、ある意味でポジティブな概念と、「忘却」というネガティブな概念は、実はそう簡単に分離できるものではないということを。

「忘却」というと、ピアソラの曲「Oblivion、オブリヴィオン」を思い出すが、われわれは、何を記憶するのかということと、何を忘却するのかという2つの事象に常に注意をしなければならないのではないか。建築の世界では、保存活用といった活動の中で、常に建築、都市の記憶について主張することが紋切り型となっているが、それとは対照的に、われわれは何を忘却しようとしているのかについても問われなければならない。

忘却とは強い表現をすることを許されるのなら「排除」に近い行為だが、忘却することを積極的に行う場合には、それも一つの記憶の内に内包されるということも言える。「忘れ去ろう」とすることは、「忘れる」ことを積極的に行う「記憶」のようなものであるだろう。

建築や都市を考えるときに、「忘却という記憶」は重要な視点であるような気がしてきた。
by kurarc | 2015-04-14 20:40 | saudade-memoria