『シュピルマンの時計』を読む

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前回のブログで書いた映画『戦場のピアニスト』の主人公であるユダヤ人ピアニスト、シュピルマンの息子さんで、日本在住のクリストファー W.A.スピルマンさん(息子さんによれば、日本人は「シュ」という発音ができなかったので、「ス」と記すようになったとのことだが、「シュ」という発音ができない日本人がたまたま周りに多かったのかもしれない)の著書『シュピルマンの時計』を一気に読む。250ページ程の著書だが、平易な文体で書かれているため、2時間あれば読了できるものである。

この著書は、息子さんから見た父の実像であり、息子さんの半生記も兼ねた内容となっていた。戦後を生きた父がいかに優れた音楽家であったのか、そして、音楽になぜ没頭したのか、癇癪持ちだったのはなぜか等々、遠く日本に暮らすことになりながらも、父親と共に暮らした生活を回顧しながら、その理由について自分なりに考え、結論をだし、父の死までについて記されていた。シュピルマンの死が2000年であったことから、20世紀を回顧するような内容でもあった。

父シュピルマンは息子さんが音楽をやりたいと言ったとき、その中途半端な思いを見抜き、やめるように諭したという。彼にとって音楽とは命を救ってくれたものだったのであり、真剣に取り組むべきものであったから、中途半端な気持ちで音楽をやることが許せなかったのだろうという。また、シュピルマンは、戦前の悪夢を思い出さないように、仕事に没頭し、毎日スケジュールを一杯に入れたのだという。

また、戦後いち早く『ある都市の死』(この著書の再版となるドイツ語版『ピアニスト』が1998年に出版され、映画の原作となる)という自伝を著すことで、それまでの経験を清算し、音楽という芸術の道を突き進んだことが記されていた。しかし、晩年は、消し去ろうとした悪夢にうなされる日々が訪れ、なぜ生き残ったのかについて悩むようになり、鬱状態になったことも記されていた。

シュピルマンは作曲家としても活動し、多くの曲を残したという。また、クラシックだけでなく、歌謡曲も数多く作曲した。わたしは、シュピルマンがどのような曲をつくったのか知りたくなった。今度CDがあれば、是非聴いてみたいものである。

戦後70周年、シュピルマンの没後15周年でもある今年、日本でも、モーツァルトやショパンといった大作曲家の音楽だけでなく、シュピルマンのような平和を求めた音楽家の曲をプログラムに含むコンサートが開かれることを期待したいものである。
by kurarc | 2015-04-19 20:33