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『映画音響論 溝口健二映画を聴く』(長門洋平著)を読む

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『映画音響論 溝口健二映画を聴く』(長門洋平著)を図書館より借りきて、つまみ読みをしている。注釈を含めると400ページ近くになる大著である。

映画を観ていると気になるのが音楽である。そして、その音楽は、はっきりとしたコンセプトにもとづき構成されているから、音楽をどのように使用しているのかによって、その映画自体の緻密さまでさらけだされてしまう。映画監督は、少なくとも音楽の素養はなくとも、映画の中で音楽がコンセプトの一つを形成すること、映画音楽がどのような経緯で使用されてきたのかについて理解していなければならない。

長門氏の著書によって、映画の中の音楽、それも溝口映画の音楽を取り上げることによって、これほどの広がりのある世界が提示できることに驚く。特に、最近観た『残菊物語』の章では、音楽だけでなく、女優の声に着目するという視点は、この映画をみながらわたしも少なからず気づいていた視点であったので、共感できた。この著書を読むことで、逆に「いかに映画を聴くのか」という映画の鑑賞法の新たな視座(聴座というべきか)を獲得できることにもつながりそうである

それにしても、『残菊物語』は不思議な映画である。長門氏も言うように「顔のないヒロイン」を演じた女優、森赫子の声は、この映画を何か彼女の映画に変形、変容させてしまうような力をもっている。森は当時から「ぶ女」の女優と言われ、そのために、溝口も彼女のアップを撮影することを避けたのだが、それによって、この映画は一層、森の声が生き、輝きはじめるのである。
by kurarc | 2015-04-23 22:02 | books