『シャルリ・エブド事件を考える』を読む

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『ふらんす』というフランス語、フランス文化を紹介する雑誌の特別編集号。今年は、この事件からはじまったといってよいだろう。そして、日本で広まった軽薄な言説。こうしたことをひとまず括弧にくくって、フランスやイスラムについて再考する企画である。

この事件に対し、日本人の大半は、風刺について「やり過ぎである」、「自業自得」である、「自由をはき違えている」といった意見が多かったと思う。しかし、フランスでは、そうした意見はほとんど表明されていなかった。それは、なぜか?

この事件を考えるためには、フランスにおけるムスリム社会について把握することが必要だが、その前に、フランス第五共和国憲法の第1条「フランスは、不可分でライック(非宗教的/脱宗教的)な、民主的そして社会的な共和国である」という点を理解しなければならない、ということを本書から知る。こうした、憲法の原理は、フランスが国家として成立していく過程の中で形成されたことであり、それはアメリカの多文化主義とも区別されることを理解する必要があるということ。

フランスは、「共存」ではなく「共生」を目的とした社会であるということも、はっきりと認識する必要があるということ。つまり、モザイクのような他民族の集合というより、多くの糸(多民族)で織られた織物のイメージ、それがフランスの目指す社会なのである。

もちろん、「自由」とは何かについても、様々なフランス通の知識人たちが意見をかわしている。池内恵氏は、日本の自由の公準を、「自分が気分が害されたくなければ、他者の気分を害するな」であるが、フランスでは、「自分の自由を失いたくなければ、他者の自由を守れ」という西欧近代の自由の護持であるという。こうした自由に対する認識の違いを今後、我々日本人はどのように受け止めていくのかが、問われてくるということである。

このような事件を冷静に把握しようという特集が組まれたことの意義は大きいし、この事件を契機に西洋(今回はフランス)とイスラム理解を深める契機にすることが求められるということである。
by kurarc | 2015-06-27 12:46 | books